木妖精<リベル>の書物

お喋り植木の剪定と、屋根に陣取る風見の鶏のこと

 フィルヨンドの町に有名な魔法使いが住んでいました。

 彼が特別にれたものはみんな、花でも石でも、おしゃべりをするようになりました。(それってでもね、困ったことも起こるんだ。)わたしが彼から聞いたこんなことを、ひとつお話しましょう。


 彼の庭は小さなものでしたけれど、真面目な白いさくに守られ、草花はゆれ、ジョーロもスコップも、ちぎれたあさひもも、あるものはいつでも平和でいました。

 お日さまがのぼるときとしずむとき、魔法使いの家はすみまでかげになって、一本のモミの木のように見えます。それは三角屋根をいくつも積みかさねてできているからでした。

 そして天辺てっぺんの屋根では、うわさ好きのネズミたちよりお喋りな風見のとりが胸を張って、ちゅうをキーフーいわせているのでした。


 「ここはなんて高いんだろう。ちがいなく、ここらで一番じゃないか。わたしは低いところでなんか暮らさないさ。草木のように根っこを張ることもなければ、えさをついばむために自分から地面におりることもしない。飛んでる鳥たちのようにね」

 こんなふうに、低いところにいるものをいつも馬鹿ばかにしていたので、屋根のまわりにはだれもりつかなくなりました。

 それでかざどりは、なにか用事のあるときには、すぐそこまで伸びている植木に話しかけることにしていました。

 「おおい。聞いたかい。いま下の部屋で主人が話したことを。どこかの大陸には巨人きょじんてのが暮らしているらしい。どんなに大きいんだろう。なあ、ここから見あげるくらいはあるだろうか。……植木さんには分かるまい。あんたはまだ少し低いから……。けれども、ああ、巨人はわたしより高いところにいるだろう!」


 秋になったばかりのある日、風見鶏は下の様子がいつもと違うことに気がつきました。そこで植木に呼びかけました。

 「おい、おい。はちえのやつらが静かじゃないか。ちびなんだから喋っておかないとねえ、見えなくなるじゃないか」

 植木が言いました。

 「あの子たちみんなぶんな葉を落としてもらうんだよ。家のなかに入らなくちゃならないから」

 「そんなの、どうしてさ」

 「大風おおかぜがくるんだよ。タイフーンってやつだよ。わたしらもすっかり軽くしてもらわなくちゃ」

 「タイフーン。そりゃいい。大きいのがお目見えするわけだ」

 風見鶏は自分が見学をするつもりで、キーフーキーフー回りました。

 「だがねえ、主人はあんたも、おろすってお言いになったよ」

 植木が笑うと、支柱がきしんで、がたつきました。

 「なんだって、冗談じょうだんじゃない。そんならタイフーンなんて……しかし見なよ、こんなに晴れてるじゃないか。今日のれも赤くなる!」

 植木はもうだまって答えませんでした。


 真っ赤な空のなかで、雲はふちを金に燃やしています。その火が消えると、おおきな炭にそっくりな雨雲になるのです。

 「タイフーンなんてなんのもんだい。わたしは星になりたい。星はあんなに高いところにいる……」

 風見鶏がながめていた一番星も、あたりが暗くなるのといっしょに雨雲の向こうへとかくれていきました。いよいよタイフーンが近いのです。

 風がどんどん強くなり、雨はばらばら降りだしました。魔法使いがあわてて階段をあがってくるあかりが、窓からもれて見えました。

 「ああ、主人が来る。おろされたくないなあ。キーフー! キーフー!」

 ぐるぐる回って雨水をらしながら、風見鶏はさけびました。

 「タイフーンよ。その風よ。あんたが本当に大きいものなら、わたしを空へ連れてってくれよ!」

 大風は、これを聞いて、にやっとしました。

 「連れてくってことはできないが、勝手に飛ばされていきなよ。ただしひどくに目が回る。鶏さんまんできるのか」

 「できるとも。わたしは高いところへいくのだから」

 魔法使いが屋根への戸を開けようとしたとき、風見鶏を支える柱は風にねじ切られて音を立てました。

 風見鶏は二度とキーフー鳴きませんでした。ただものすごい風と水とが、つぶてとなって体じゅうをたたきました。


 やがて気がついたとき、風見鶏はなにかの枝らしきところに引っかかっているのでした。すぐにそうと分からなかったのは、ぜんたいが重く雪でおおわれていたからです。

 「ここは高いところだ! しかし寒いなあ、高いが寒い。高い……」

 降ればふるほどに、雪の白が暗く、くらく、黒くなっていくことを、風見鶏ははじめて知りました。そうしてもしかしたら、自分はここでこごえてしまうのではないかと思いました。

 「ああ、せめて巨人というものを見たかった。できることなら星だけでも見たかった。あれはわたしが知っている、一番高いところにあるものだから」

 いよいよ考える気力もなくなったとき、雲の向こうから見たこともないほどの大きな指がびてくるのが見えました。そしてそれは雪のなかから風見鶏をつまみあげました。

 風見鶏はとてもおどろきましたが、口ばしがこおりついてなにも言うことができませんでした。それに、これは終わりの夢かもしれないとも思いました。


 指は風見鶏をつまんだまま雪のなかを動き、しばらくすると灯りに照らされたようでした。

 風見鶏が目だけで見ると、頭のうえでたくさんの大きな玉が、ゆらゆらしていました。ちょっと考えてみると、それは何人かの大きな人、つまり巨人の目玉だということが分かったのです。

 巨人の国はもう冬であり、いまは大切なせい時期じきでした。風見鶏をひろいあげたのは、この家の子どもなのでした。

 一家は子どもの指先を見つめながら、なにか話をしているようでした。それはあまりに太い声だったので、くわしいところは聞こえません。

 ただ、すぐに目の前の景色がぐるりと回って、四角な山火事や(それはだんでした)、白いみずうみが(それはじゃがいものスープでした)下のほうに見えました。

 次に、風見鶏にもすぐに分かる大きさのモミの木が近づいてきました。切り紙や色綿いろわたで飾りつけられた天辺には金の星がかがやいていました。

 子どもはそれを指ではずして、わりに風見鶏をさしてやり、おもしろく笑ったようでした。そして指のさきで、やさしくつついて、くるくる回して遊びました。風見鶏は信じられない気持ちでした。

 (見たか今のを。とうとう、わたしはお星さまの椅子いすに座った。わたしはいま世界で一番高いところにいる!)

 風見鶏は、いつしか喋ることができなくなっていました。けれども、そんなことは気にもなりませんでした。そこから見るものはすべてが大きく、高く、素晴すばらしかったからです。

 風見鶏は回ってまわって、いつまでもモミの木の天辺にいました。その聖夜飾りがいまも使われているのなら、風見鶏もたしかにそこにいることでしょう。


(もしもみかけたならよろしくね。おしまい。)

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