1-1第六話 来る勇気はあるかい?
近づいてきたお爺さんの服装は相変わらずの若さを保っていた。しかも、それが意外と似合っている。これが今のお爺さんの底力……と思った。しかし、こんな早朝からここで待っているということは……?
「君が佐木君だね?」
「そうですけど、もしかしてこの人が……?」
「そう、この人が昨日言ってた幸島さんだよ」
このおじいさんが、孤児院をやっているのか? どこにそんな体力があるのか分からないのだが……
「幸島さん、今日はよろしくお願いします」
沢田さんの敬語使っているところ、始めてみたかもしれない。
「こんな良い子に教えられることなんて無いよ? 俺だって周りの人に助けられながらやっているわけだしね」
なんか嫌な予感がした。
「幸島さんを助けるための佐木ですよ? この子をしっかり鍛えてやってください」
やっぱり。なんにも知らない俺に助けられるわけ……その後に今どきの例えではおかしいが、さらに釘を刺すような言葉の嵐が発生した。
「佐木くん、これから行く場所は君が思っている以上に地獄の場所だよ? 暴力を目の当たりにすることになる。昔の知り合いの警察官に手伝いをしてもらっているが、それでも止められない。そんな無法地帯に来る勇気はあるかい?」
その言葉は俺の決断を迷わせるほどの力を持っていた。今の彼は俺の知ってるおじいさんの幸島ではない。きっと現役の頃の幸島さんだろう。彼の目がそれをハッキリとさせていた。
その頃の力を失い、少しでも人がほしいはずなのにここまで止めようとするのは俺の心が弱いことを知っているからなのだ。でも俺は迷いながら生きなければならない。
今まで全く迷わずに、全く考えずに生きていたのだからこれからは迷わなければならない。それが俺の果たすべきことであるから。この迷いは消せなくとも今の俺がしたいことは幸島さんのところに居ること……のはずだ。
もう俺の迷いはいったん忘れよう。「あたって砕けろ」という言葉は無責任かもしれない。でもそうしなければ俺は行かないことを選んでいた。周りの人(特に妹)がくれた最後のチャンス、これを無駄にしていいわけが無い。
「勇気は無いですけど、行かせてください」
「まぁ、佐木くんに行ってもらうのは幸島さんが孤独死しないようにってのもあるんだけどね」
「沢田さん……そりゃいくらなんでも酷くないかい? しかも本人の前で……」
「それは失礼しました。でも、幸島さんも無理がきく歳じゃないんですから気をつけてくださいよ?」
「そんなことわかっとるよ。だから知り合いの警官にお願いしてるんじゃないか」
あれ……警官って言ったよな……さっきは聞き間違えただけだと思ってたけど、聞き間違いではない。警官に止められないような場所に足を踏み入れるのか……俺は。
「警官って、あの警官ですよね……?」
「そうだ、交番とかにいる警官だ」
「プロが止められないのに、俺が止められるわけないでしょう?」
「それは心配しなくても大丈夫だから。俺の後輩がみっちり、きっちり指導してくれるらしいから」
「は、はぁ……?」
まさかこんなおじいさんの後輩がとんでもない人物だったとはこのときは知る由も無かった。
────そして、まもなく地獄の特訓が始まるのである……。
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