第5章 優樹、海里とカクテルについて話す(前編)
「重いんだよね……」
「えっ」
急に言い出した海里を、優樹はドキッとして見つめた。
「スマホが最近重いんだよ……」
「スマホが! なるほど!」
一気にホッとした優樹は、グラスをぐっとつかんで、一気にビールをあおった。
「何で急にテンション上がったの」
「いやぁ、その、自分のことかと思って。『なんかこいつよく知らないのに飲み屋までついてきやがって』って」
「そんなわけないじゃん。こっちが好きで『飲みにいかない?』って誘ったのに」
「ですよね! よかったー! いやぁよかったー! ……うん? 好き?」
「……次の飲み物頼もうと思うけど、一緒に注文する?」
気分が下がったり上がったり忙しい優樹に対し、それを知ってか知らずか、海里は淡々とメニューを見始めた。
2人がいるのは近所の小さな飲み屋で、バーというより居酒屋に近かったが、店主が凝り性なのかカクテルの品揃えだけはやたらと多かった。
「注文、します。……飲んだことないカクテルにしてみようかなぁ」
「いいね」
「じゃぁこのアフィニティっていうのにします。海里さんは?」
「ブルドック。じゃあ、呼ぶよ」
注文を済ませて待っている間に、海里が言った。
「さっきの、スマホが重いって話なんだけど」
「あ、はい」
「この機種を買ってすぐって、うわーサクサク動くなーって思ってた気がするんだけどさ」
「はい」
「もう2年くらい使ってるのかな。最近気がついたら、なんか反応悪いなぁって」
「なるほど」
「これはもしかしてウィルスってやつなのかな?」
「たぶん違うと思います」
「違うのか」
カウンターから店主がやってきて、2人の前にカクテルを置いていった。
優樹は一口飲んで見て、予想よりアルコール強目だったために一瞬顔をしかめた。
正直なところ、酒にはあまり強くないのだ。
「新しい機種を買ってすぐって、前の機種と比べるから、サクサク動いてる印象になりやすいっていうのはまずありますよね」
「まあね」
「アプリも大して入れてなかったり」
「そうかも」
「あと、新しいアプリになるほどリッチになるから、処理が重くなりがちっていうのもあるのかなあ」
「処理が重い? っていうのは?」
優樹は少し考え込んだ。
「コンピューターって、メインになってるCPUっていう部品でできるのは計算することっていうの、前に話したの覚えてますか」
「あぁ、あったね」
「で、他にメモリとかストレージとか、通信に使うモデムとか、いろんなセンサーがついてて、CPUは全体の司令塔にもなってるっていう」
「そうだね。なんかそんなだった」
「重いなぁって感じるパターンはいくつかあるんですけど、CPUがデータを処理、計算するのに時間がかかるっていうのがまずひとつ」
「処理……」
「もう一つは、扱おうとしているデータそのものが大きいっていうのがもうひとつですね」
「ふうん……」
海里はいまいちピンときていない様子だ。
「あんまり違いがわからないけど」
「2つ目の、データそのものが多い場合っていうのは……前から何度か話してる、マス目を多く使ってる場合になんですけどね」
「うん」
「コンピューターにはたいていの場合、CPUの他に、メモリとストレージという部品が付いています」
「それ、何回か出てきた気がするけど、何だっけ」
「そうですね。ややこしいかなと思って説明してなかったんですけど、うーん。海里さんは、自分のお金ってどこに保管してますか」
「お金? 手持ちの分は財布で、あとは銀行かなあ」
「分けているのはなんでですか」
「え? ふつうに答えていいの?」
「はい」
「大きい金額を持ち歩くのは怖いから銀行に入れてて、でも買い物した時に使う必要があるから、銀行からいくらか引き出して財布に入れておくよ」
「ありがとうございます。保管しておくには銀行がいいけど、持ち歩くためには財布がいいみたいに、都合によって分けてるわけですね」
「そうなるね」
「メモリとストレージの違いも、それとちょっと似てて。両方とも、中にマス目がたくさんあってデータを入れられるのは同じなんですけど、性質が違うんです」
「ふうん?」
「もし、こういうデータを入れられる部品で、安く作れて、電気代もかからなくて、大量のデータを格納できて、データの読み書きも高速で……みたいなのがあれば、それだけ使っていればいいんですけど、現実にはそう都合のいいのがないんです」
「ほう」
「アプリがデータを高速に処理するためには、高速に読み書きできるタイプが必要ですけど、そういうのはデータをあまりたくさん入れられなかったり、作るのにお金がかかって値段が高くなったり、常に電気を流し続けないとデータが消えてしまったりするんです」
「贅沢品っぽいね」
「ですね。じゃぁ逆に、ダウンロードしたアプリとか音楽とか動画とかのデータを保存するためにはどういうのがいいかというと」
「たくさんデータを入れられるのがいいかなあ」
「そうなりますよね。しかも、たくさん入るからといって高くなると結局買えなくなるから、たくさん入るけど安く買えるのがほしいし」
「ほしいね」
「スマホの電源切るだけでデータが消えたりするのは困るから、電気が切れてもデータが残るっていう性質も必要です。なんですけど、こういうタイプのは、あまり読み書きの速度が上げられないんです」
「あらら」
「というわけで、データを入れるためのマス目がほしいという同じ目的でも、高速に読み書きするのに向いているタイプと、大量にデータを保存するのに向いているタイプがあって、結局どうしてるかというと、両方付けちゃって、目的に応じて使い分ければばいいんじゃね? ということになるわけですよ」
「わかった。話の流れ的に、それがメモリとストレージってことでしょ」
「読まれた! そうです。速いのがメモリで、大量にデータが入るのがストレージ」
「よっしゃあ」
「メモリもストレージも、機械の種類としてはもっと細かくあるんですけど、スマホだとメモリにはRAM(ラム)、ストレージにはフラッシュROM(ロム)っていうのが使われてます。フラッシュROMの方は、『ROM』とだけ書いてあることもありますね」
「似てるね」
「ちょっと紛らわしいですよね。似てるタイプの部品なので、どうしても名前が似ちゃうんですよ」
「そうなんだ」
「スマホのテレビCMとかで、『大容量128GB!』とかやってるのはROM、つまりストレージの方のことです」
「データをずっと取っておくためのマス目がそれだけあるってことか」
「はい」
「だから、アプリや写真や動画や音楽が入るよってことか」
「そうです。今だと32GB、64GBあたりが多いかな。安い機種だと16MBとか、高い機種だと128GBとか256GBのモデルもあったりしますね」
「やっぱり大きい方がいいの?」
「うーん。容量が大きいと値段が高くなっちゃうので、自分が今どれくらい使ってるか見ておいて、次に機種変するときに、現状維持か増やすか考えればいいと思います。お財布と相談で」
「そんなもんか。もう一個の、メモリの方は?」
「今の機種だと、2GBとか4GBくらいが多いですね。たまーに6GBとか8GBとか10GBとかの機種もあるみたいですけど」
「だいぶ少ないけど、大丈夫なんだ?」
「そうですね。今まさに動いているアプリが使う分と、バックグラウンドで動いている機能が使う分と、プラスαくらいあればいいので」
「どうやって選べばいいの」
「うーん。4GBくらいが無難かなぁ。世に出ているアプリのほとんどは、これだけメモリあれば快適に動くだろう、という意味で」
「ここはあんまりバリエーションがなくていいね。選びやすくて」
「まぁ……」
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