第3章 優樹、海里と遠恋費用について話す(後編)
優樹はグラスを手に取り、さっき持ってきた、グレープジュースのジンジャーエール割りを飲んで見た。
「これ意外とおいしいですね」
「でしょー」
思っていたより甘いけど、炭酸が適度に入っていて、口の中に爽やかな刺激を与えた。
話を続ける。
「それで、スマホの契約したときに、『1ヶ月に2ギガバイトまで』とか『7ギガバイトまで』とか制限が付いてたと思うんですけど」
「そうだっけ? うーん、あんまり覚えてないけど……」
「あるんですよ。最近だと2ギガバイトのコースとか5ギガバイトのコースとかから選べるようになってますね。前は7ギガバイトのコースしかなかったですけど」
「ギガバイト……この前教えてもらったやつだっけ」
「です。1バイトがコンピュータの中の1マス分のデータを表していて、1KB (キロバイト) が1000バイト、1MB (メガバイト) が100万バイト、1GB (ギガバイト) は10億バイト」
「7ギガバイトだったら、70億マス分ってことだね。うん、思い出したよ」
「上限を超えても通信ができなくなるわけじゃないんですけど、通信がすごく遅くなるんです。海里さんは今その状態ですね」
「あー、なるほど……」
「よく『ギガが減る』って言ってるのがこれですね。毎月の何GBかの制限の中で、色々使ってると残りが減っていくから、『ギガが減る』」
「おー! 『ギガが減る』ってそういう意味だったのか。たまに聞くけど、意味わからなかったんだよね。学生の頃はスマホじゃなかったし」
新発見を喜ぶ海里を見ながら、優樹は海里の学生時代を想像した。
きっと子どもの頃からカッコよかったんだろうな。それとも意外とかわいい感じだったりして。
「……えーと。この前、撮った写真をLINEで送ってもらったじゃないですか」
「別れ際に撮ったやつ?」
「はい。確かあの写真が100KBくらいだったんで、10万バイトってことですね。とすると、1ヶ月に70億バイト分のデータはふつうに送れる契約になってて、そのうち10万バイト分は使うわけですね」
「あれ? そうなの? 目の前にいる相手に送ったのに?」
「そうです。LINEで送ったメッセージとか写真とかって、必ずいったんLINEの会社にあるコンピューターに送られて、そこから相手のスマホに送られるんです」
「えー。じゃぁ、相手のスマホに直で送ってるわけじゃないんだ」
「そうです。だから、距離は関係ないですね」
「LINEの無料通話もよく使うんだけど、あれはタダってことでいいの?」
「タダっていうか、7GBなら7GBのうちなら問題なしってことですね。LINEの通話って、喋ってる人の音声を録音して、LINEの会社にあるコンピューターを経由して相手に届けて、そこで再生するっていうのを、ずっと繰り返してるんです」
「録音?」
「あぁまぁ、録音って言うと、喋ったことをいったん全部保存してから相手に送る、っていうイメージになっちゃうかもしれないですけど」
「そうだね」
「その場合って、喋ると、スマホの中のマス目に音声のデータがどんどん入っていって保存されるわけですけど、マス目のデータは通信で送ることもできるわけです」
「うん」
「ということは、スマホの中に保存しないで、喋ったのを録音した先から、どんどん通信で送っちゃうこともできるんですよ」
「へぇ。LINEの通話って、そういうことをやってたのか。LINEじゃなくてふつうに電話をかけたときもそう?」
「ふつうの電話はまたちょっと違う仕組み、と言っていいかな。だから話した時間に応じて通話料がかかりますよね」
「なるほどね。通話料かからないから『LINEの通話はタダ』ってイメージがあるけど、通信の分のお金は払ってたことになるのか」
「はい。まぁ、払ってる相手は携帯電話会社であって、LINEの会社に対してお金を払わなくていいのは事実ですけどね」
「LINEの通話の場合、だいたいどれくらいの通信量になるの?」
「確か、音声通話で10分喋ると3〜5MBくらいだったかなぁ。ビデオ通話だとその10倍くらい」
「ふうん。ちょっと待って」
海里は電卓のアプリを立ち上げて、計算を始めた。
「1ヶ月に70億でしょ。3〜5MB……間をとって4MBだとすると、10分で400万。1分で40万だからこれで割ると……17500分。さらに60で割ると……291時間とちょっとか」
「ビデオ通話だと10分の1になるから、29時間くらいってことですね」
「ま、1ヶ月にそんなに通話しないか」
「いやぁ、他の通信と合わせての7GBですからね。音声通話だけならともかく、ビデオ通話だと」
また口を潤そうとしてグラスを持ち上げた優樹は、いつの間にか空になっていることに気づいた。
グラスを置いて話を続ける。
「例えばですよ、遠距離恋愛のカップルがビデオ通話で週に2時間使ってるとしたら、月に8時間。7GBのうち4分の1くらいは使っちゃうことになります。上限が2GBのコースで契約してたら、これだけで使い切っちゃう可能性は十分ありますよ」
「うーん、そう考えると結構大きいか……」
「『Amoebanプライマルビデオ』みたいな動画の場合は、もっと大きいですよ。映画1本で1GBとかふつうにかかっちゃうので」
「マジかー。今月制限に引っかかったの、それが原因っぽいなあ。映画をいくつか見たのと、『有野と週刊レスリングと』っていう番組が面白くて、立て続けに見てたから」
「結構見てますね。それ犯人っぽいなぁ」
「それはともかく、飲み物取ってきなよ」
「バレてましたか」
グレープフルーツのジンジャーエール割りをおかわりして戻ってきた優樹に、海里が聞いた。
「途中で気付ければいいのにな。今これくらい使ってますよって」
「一応、確認はできますよ。スマホの設定のところから。海里さんの機種だと、これを選んで、次にそれ選んで……」
「これか。わー、確かに『Amoebanプライマルビデオ』がぶっちぎりだわ」
「月の途中でここを見ておけば、今ちょっと使いすぎてるなとかわかりますよ」
「……でもこれ、使ってないアプリも出てるみたいだけど」
「どれですか?」
「この辺。Faithbookとかさ。アプリは入ってるけど、使ってないよ」
「あぁ、それは、バックグラウンドで動いてるやつですね」
「バック……何?」
「えぇとですね。アプリを開いてないときにも、見えないけど動いてるってことです」
「なにそれこわい」
「こわくないですよ。ほら、音楽聴くアプリとかは、別のアプリに切り替えても音楽流れ続けるじゃないですか」
「そうだね」
「あれは、アプリを切り替えた後でも音楽アプリが止まらないからですよね。そういうのをバックグラウンドって言うんです。背景って意味なので、目の前には他のアプリが動いているけど、その後ろで音楽アプリが動き続けてるっていうイメージですね」
「ふつうはそうじゃないの?」
「そうですよ。ゲームやってる途中に別のアプリに切り替えたりすると、その間ゲームは止まってますよね」
「そう、か。あんまり意識してなかったけど、言われてみるとそうかも」
「で、バックグラウンドで動くアプリにも色々あって、音楽再生する以外だと、LINEとかメールみたいなのも、アプリを立ち上げてなくてもメッセージや通話が受けられるのは、バックグラウンドで動いているからです」
「なるほど」
「写真を撮るとクラウドに同期して保存してくれるサービスとかありますけど、ああいうのもバックグラウンドでデータを送ってますね」
「へぇ」
「他にも色々あるので、要らないアプリが通信しまくっているようだったら、消してしまう方がいいかもしれません」
「なんか、聞き覚えのないのもあるな。『Google Play開発者サービス』ってなんだろ」
「あ、それは消さないでください。いろんなアプリの手伝いをしてくれてるやつなので」
「みんなこういうのどうしてるんだろ」
「一番簡単なのは、契約してるコースを変えることですね。20GBまでオーケー、みたいなプランもあるので。その分料金は高くなっちゃいますけど」
「優樹もそれ使ってるの?」
「うちはWi-Fiあるので」
「わい……ふぁい?」
「あぁっと……無線LAN(むせんラン)ともいうんですけど。自分の家とか、店とか駅とかで、携帯電話会社を通さずに通信できるのがあるんですよ」
「ほう?」
「うち、家でパソコンからインターネットつなげられるように回線の契約してるんですけど、そういう回線って、通信量の上限がないんですよね。通信速度もスマホより速いことが多いし」
「そうなんだ」
「で、Wi-Fiルーターっていう機械を買ってくると、スマホから携帯電話会社につなげるんじゃなくて、その機械を通して、契約してる回線を通して通信することができるんです」
「ううん? そっちの方が安いんだ?」
「そうですね。昔、うちの実家って家にふつうの電話があって、ケータイより電話代が安いから、家にいるときはその電話からかけてたんですけど」
「それはわかる。うちもそうだったよ」
「あれと同じようなものだと思ってください。スマホが通信するときに、携帯電話会社を使わずにイエデン使わせることができるみたいなことです。しかも毎月の料金は固定っていう」
「固定!?」
「はい。だから、見たい映画なんかは家にいるときにダウンロードしておくんです」
「ええー。いいじゃんそれ。うちでも契約できるのかな、それ」
「たぶんできると思いますけど」
「ね、今度うちに来て、できそうか見てくれない?」
「えっ」
急に言われて、優樹はびっくりした。
いや、海里は別に変なことはいっていないのだけれど。
「いいいいいいいですよ?」
「……無理にってわけじゃないんだけど」
「いえ、行きます! ただ、今日はその、ちょっと準備が」
「あはは。そんなに急いでないから。優樹の都合のいい時でいいよ、もちろん」
「は、はい」
真っ赤になりながら、優樹の頭の中はお祭り状態になっていた。
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