第1章 優樹、海里とシンクロについて話す(後編)

「コンピュータの中って、0から255までのどれかの番号を書けるマスが、大量にあって、そこにデータを書いておく仕組みなんです」

「マス?」

「原稿用紙みたいに、マス目がずーっと続いてるのをイメージしてください」

「うん」

「ほんとの原稿用紙は、1マスに1つの文字だけ書けるわけですけど」

「そうだね」

「コンピュータの場合は、1マスに、0から255までのどれかの数字だけ書けます」

 海里が、イメージをつかもうと、空中にいくつか数字を書いた。

「うーん、数字だけだと、原稿用紙っていうか、銀行とかの申し込み用紙みたいな感じ?」

「あぁ、そうですね。1マスに1桁だけ書くやつ。なんとなくは想像できました?」

「うん、まぁ、なんとか……。でも255って、なんだか中途半端だね」

「そこは理由がちゃんとあるんですけど」

「ふうん」

「あと、古いコンピュータだと、127までだったり511までだったり色々ありますし。でも、最近使われてるコンピュータはみんな、255までですね」

「う、うん」

「話がややこしくなるので、そういうものだと思ってください」

「わかった」


「で、例えばメールやLINEを送ったり、Twitterで呟いたりする時に入力した文章も、そのマスを使って表してるんです」

「マスの中に文字を書くってこと?」

「いえ、マスの中には、0から255までのどれかしか書けないので」

「あぁ、そうだった」

「もちろんメールに数字しか書けないと困るので、文字の方にも番号を振って、その番号をマスに書くっていうルールにするわけです」

「『こんにちは』が1番で、『こんばんは』が2番、みたいな?」

「いえいえ、本当に1文字ずつです。大文字の『A』が1番、『B』が2番、『C』が3番、みたいに」

「それを1マスに1つずつ書いていくのか」

「そうです。もちろん大文字と小文字でも別だから、大文字の最後が、えぇと、『Z』が26番」

「で、小文字の『a』が27番みたいな?」

「そうですそうです! だから、海里さんが例えば、『Hello』ってメッセージを送ったとしたら」

「マスを5個使って、『H』の番号と『e』の番号と『l』の番号……これは2マスか。で、最後に『o』の番号が入ると」

「ですです! 日本語の『ゆ』とか『か』とか、漢字の『駅』とか『愛』とかも、番号振ってあります」

「へえ」

「で、それぞれのスマホとかパソコンとかには、何番の文字はこういう形っていう、絵の一覧表が入ってるんです」

「絵のデータ」

「それで、5つのマスに入っている数字と、絵の一覧表を見比べて、それぞれの絵を画面に出します」

「1個ずつ?」

「はい。それで人間の目には、あぁ『Hello』って送られてきたんだなってわかるわけです」


「じゃぁ、絵文字は、その絵のデータを送ってるんだ」

「違いますよ。絵文字も同じで、それぞれの絵文字に番号が振られていて、その番号をマスに入れてるんです」

「『A』とか『B』とかと同じってこと? 見た目だいぶ違うけど」

「そうなんですけど、絵文字も、ビールの絵が何番、ハンバーガーの絵が何番って、やっぱり番号降ってあるんですよ」

「そうなのか」

「さっき海里さんが言ってた、シンクロの絵文字。あれも、番号付けてあるんですけど」

「あ、わかったかも」

「お?」

「その番号の絵が、AndroidとiPhoneで違うんじゃない?」

「あたりですっ!」

 優樹のテンションが急に上がって、海里がちょっと微笑んだ。


「それさ、同じ絵文字なのに、絵が違ってもいいものなの?」

「微妙ですけど……絵文字に番号を振ってる人たちは、『シンクロナイズドスイミングの絵文字は何番、ちなみにだいたいこんな感じの絵柄でよろしく』って感じで決めてるんですよね」

「なんかユルいね。きっちり決めちゃえばいいのに」

「そうですね。ただ、コンピュータによって、どういう絵を出せるかが結構違うんですよ」

「うん?」

「昔のガラケーだとギザギザの粗い絵しか出せないし、今でもAmazonが売ってる読書専用のタブレットだと白黒しか表示できなかったりするんで」

「だからそれぞれの都合でよさげな絵を決めてるってこと?」

「そんな感じです」

「スマホ同士なら、同じ絵でもよさそうだけど」

「AndroidとiOSの開発元がそれぞれよさげな絵を考えて、『うちのスマホの方が絵文字がいいよ!』って競争してるっぽいですね」

「あんまり、スマホ買うときにそこは見てないけどねえ」


 苦笑いした海里が、少し考えてから言った。

「あのさ」

「なんでしょう」

「ひとつのマスに255までのどれかの数しか書けないんだよね」

「はい」

「日本語の字とか絵文字も番号振ってるって言ったけど、255までじゃ、番号足りなくない?」

「あぁ〜、気づいちゃいましたか」

「気づいちゃいました」

「1マスに1文字って言いましたけど、ほんとは、1文字に何マスか使うこともあるんです」

「へえ……」

「最初に、使いたい文字の一覧表を作って、ぜんぶの文字に番号を振ります。言い換えると、どの文字が何番っていう、番号表を作るわけです」

「うん」

「それで次に、文字の番号をマス目に入れるときのルールを考えます」

「うんうん」

「簡単なのだと、そうですね、例えば、1文字あたり2マス使うルールにしたとします」

「うん」

「そうすると、65535までの番号が使えるんです」

 また新しい数が出てきて、海里がギョッとした表情を優樹に向けた。


「65535って何?」

「ちょっとややこしいですよ? これが0から9までだったら、1マスあたり10個の数字が書けて、2マスだったら10×10で、100通り書けますよね。で、一番小さいのが00、一番大きいのが99」

「う、うん」

「同じように、1マスに0から255までの256通りだと、2マスあれば256×256で65536通り。一番小さいのは2マスとも0が入ってる場合、一番大きいのは2マスとも255が入ってる65535のときってことになるわけです」

「……ごめん、やっぱり全然わからないわ」

「ですよねー。まぁとりあえず、2マスあれば65535までの番号を表せるらしいぞと思ってもらえれば」

「思っとく。とにかく、それだけあればいろんな字があっても大丈夫ってことか」

「いや、実際はそれでも足りないんですよ」

「そうなの? あぁでも、漢字とか結構あるか」

「漢字もそうですけど、今は英語だけとか日本語だけ考えればいい時代じゃないですから」

「ふうん」

「いろんな国の文字があるし、絵文字もどんどん増えてるんで、もっといっぱい番号を振らないといけないんですよ。一番新しいのだと……」

 優樹はスマホで検索して、

「……13万7439個の文字に番号を振ってあるらしいです」

「多いな! え。じゃぁどうするの。3マス使うのか」

「3マスか4マスですね。あとは、小さい番号の文字は1マスで終わりにするけど、それで足りない大きい番号は2マス使って、それでも足りないときは3マス使う、みたいなやり方も最近は多いです」

「あぁ、そういうのはありなんだ」

「うまく工夫して、そういうこともできるような、マスの使い方のルールを作ってくれた人がいるんですよ」

「ややこしいね」

「まぁ……でも、1文字何マスだとしても、番号をマスに入れるときの、表し方のルールが違うだけですからね。何番の文字なのかっていう意味では、変わらないです」

「なるほどね」

「番号がわかれば、後はさっき言ったように、スマホとかパソコンに入ってる文字ごとの絵と照らし合わせて、画面に描くことはできるわけですね」

「ただしその絵が、iPhoneとAndroidで違うから、絵文字も普通の字も、見た目が変わっちゃうのは当たり前ってことね。ある意味」

「そうなります」


 海里が急に、優樹の肩をバンと叩いた。

「教えてくれてありがとう。納得できたと思うよ。ところで、顔色、だいぶよくなったね」

「えっ。あっ。そうですか?」

 次の電車がホームに滑り込んできた。

「元気になった」

「あ、はい。そろそろ行かないとですよね。つきあってもらっちゃって、すみませんでした」

「つきあうよ、いくらでも」

 海里が笑った。

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