第4話
チュンチュン…
俺は窓から朝日が差し込むベッドで、頭痛をこらえていた。
傍らには、麗しき女神の裸身がシーツにくるまれ、気持ちよさそうな寝息を立てている。
「どーしてこーなった」
昨夜は面倒な幼女のしつけの後で、古なじみの恩人である、この女神パスカルとディナーとしゃれこんでいたはずなんだが、グラスの酒を口にした後の記憶がまるでない。
「まあ、またこの女神にしてやられたんだろうがなあ」
「ん…あら、お目覚めですね。先に起きようと思いましたが」
件の女神は、白々しくのびなどしてから身を起こしてきた。
「えーと、女神パスカル。念のためお聞きしますが、昨夜は…」
「ええ、御想像の通り。素敵でしたわぁ」
ぽっと頬を赤らめながら言いやがる。ええい、かわいいなもう。
俺は深い深いため息をつきながら、決まり文句になっているお小言を始めた。
「パスカル、あなたのお気持ちは嬉しいですし、俺もまあ美人との同衾は嫌いではないですが、毎度毎度、薬盛って手籠めにするのはやめていただけませんか。」
「あら、だってこうでもしないと、あなた私の相手まともにしてくれないじゃないですか。いつもはぐらかすばかりで。」
すねたようにする様も美しいとか、反則級の美女ではあり、思わずくらくらしそうになるがそうじゃなくて。
「だってどう考えても釣り合わないでしょう。俺は中身単なる男子高校生、って精神年齢じゃないですが、少なくとも身分はそうで、2度目の転生先でも普通の女子高生だった普通人ですし。」
「私も何度も言っていますが、あなたは自分を過小評価しすぎです。あなたの主観はともかく、私たちからすれば、あなたは2つの世界を救った勇者です。」
うーむ、まあそれは事実なのだが。自分では大したことしてないんだよなあ、担がれただけで。
「確かに最初の転生で、あなたがオリュンポスに出現した際。あの時にあなたを体の良いお神輿、として利用してしまったこと、様々な辛い目に導いてしまったこと、私はいくら謝罪しても許されない罪を、あなたに対して犯しました。あなたを、いつ壊れても構わない道具の一つとしてしか見ていなかった。」
懺悔しながら、女神は、そのたおやか手の平で俺の頬を撫でる。
「あの時は世界が滅びる瀬戸際でしたし、そうせざるを得なかった。そんな私の罪に対し、あなたは誠実に、なんの縁もゆかりもない、私と、私たちの世界を、滅びの定めから救い上げてくださった。」
「…与えられた役割をこなしたまでですよ。自分が死なないために、みっともないことです。」
「それだけで、あれだけの覚悟を、命を捨てるような賭けを、あなたは私たちに見せてくれた。実際の危機より、傲慢に沈んでいた私たちの心こそが、本当の意味での世界滅亡への沼でした。あなたの行いは、その私たちの心を、叩きなおし、救ってくれたのですよ。」
微笑みを残し、女神はベッドから降りて行く。
「買いかぶりです。俺は必死だっただけです。」
「必死になってくれたのです。それ故に、私と私たちの世界は、あなたへの償えない罪と、あなたへの永遠の感謝を、忘れることはありません。」
それは決して、だれにでもできることではない、俺だからこそできたのだと、してくれたのだと、この女神は繰り返し、俺に言うのだ。
かなわんなあ…
そこまで言われてしまうと、俺は毎度、頭をかくしかできなくなるのだ。
その様を、女神はくすくすと、眺めるのだ。
「ありがとうございます、また私のわがままに付き合ってくれて。おなかはすいていませんか?」
魔法のように素早く衣をまとった女神を見計らったかのように、モーニングが自動トレーで運ばれてくる。
「そうですね、いただきましょう。パスカル、あなたも食べますよね?」
「ええ、もちろん。あなたとの食事なんて貴重な機会、逃すものですか」
ふふふと笑う女神に、仕方なく俺も笑みを返す。
「休暇はまだありますよ。ゆっくりしましょう」
これだけの好意を向けてくれるパスカルに、俺は俺でまた、大きな罪を背負っているのだ。
確かに俺は、あの時、オリュンポスを救う流れの中にいた。多くを救った、のだろう。
だが半分だ。
俺は半分しか救えなかった。
半分は犠牲になった。
もう帰ってこない、取り返しはつかない。
神々と言えど、死は等しく死なのだ。
あの判断の責任は俺にある。
女神は、それは俺の責任ではないというし、実際そうなのかもしれない。元より押し付けられた、利用された流れだった。
だが、俺は己の罪と認識している。
それもまた、未来永劫、変わらないのだろう。
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