第3-1話

「良い取引に感謝します、女神パスカルよ。わが貨物船『エクスカリパー』全クルーを代表して御礼申し上げる」

「いいえ、ドグマチール船長、こちらこそ良い品を届けてくださってありがとうございます。」

ニコニコとほほ笑む我らがゴブリン船長と、絶世の美女と言って差し支えない神族パスカル。

地球人の感覚で見ているとものすごい絵面だが、多次元交易が一般化した現代の銀河ではありふれた光景だ。


エルフの惑星で首尾よく仕入れた、質の良いミスリル銀と、エルフの木工細工、菓子の類は、中央社会でこそ高く売れる。

ということで、中型貨物船「エクスカリパー」は、地球宇宙の大都会たる、銀河中心惑星までやってきていた。

今は船長と、取引先の神族総合商社との大事な商談の最中だ。

本来下っ端の俺が出張る場面ではないのだが、この会社相手だと不本意ながら俺のコネがものを言ってしまうので、しぶしぶ正装して居合わせている。

こちら側はもう一人、ケイ素生物のレスリン副長が同席している。相手側は女神パスカルに、補佐役の男神コボルといった面々。

テーブルの上には紅茶が並び、書類と印鑑の応酬が行われた戦のあとといった風情だ。

幸いにして、値切ってくるような相手ではないので、交易品は首尾よく良い値段で取引できた。これで俺を含めたクルーには、しばらく余裕が持てるだけのボーナスが配給できるだろう。

「さて、商売も終わったことですし。改めて。」

女神がこちらに笑みを投げてくる。さーて来やがったぞ。

「お久しぶりですね、勇者よ。壮健そうで何よりです。」

「お久しぶりです、女神パスカル。直接お会いするのは3年ぶりぐらいですかね。」

「星の海の世界では1年2年の別離は当たり前のこととはいえ、心配していました。まだこちらの星に落ち着くつもりはないのですか?」

「ええ、まあ。この身とこの体質ですからね。あまり一つ所にとどまっていることはできませんので」

愛想笑いを浮かべながらやんわりと断る。


パスカルは、300年前に俺が最初に転生した世界の女神だ。

偶然転移した俺は、たまたま神下ろしの儀式をしていた少女巫女の肉体に魂を固定され、こいつらの世界で勇者に祭り上げられた。

ぶっちゃけ肉体的にも精神的にも、おまけに能力的にもただの人間でしかない俺は、旗印として利用されただけで、当時世界を侵略していた魔王どもの軍勢に打ち勝ったのは、パスカル率いる神々とその使徒たちだ。

だというのにそれ以降も俺を勇者勇者と持ち上げてくる。もう利用価値はないはずだから、この女神の意図はこの300年というものさっぱり読めないでいる。

考えの読めない相手ってのは不気味なもんだ。故に、俺は300年間、ずっとこの女神が苦手なのだ。


「あなたの転生体質のことでしたら、我々の会社が何者からも守って差し上げますのに…」

親切はありがたいのだが、なあ。

「お言葉はありがたいんですけどね。俺が死ぬことで生まれるエネルギーは莫大ですから。1か所にいると、遅かれ早かれ殺害されるでしょうし。」

それこそ2回死んで2回とも独力での異世界転移に成功しているのだから、そのパワーは折り紙付きである。それを狙う輩は少なくない。

とはいえ、これ以上死亡なんて体験するのはまっぴらごめんだ。何かの拍子で死ぬことはあるかもしれないが、一か所にとどまって狙われることに永遠におびえているのなんてぞっとしない。

「女神の気持ちはありがたいですが、こいつは我が貨物船の優秀なクルーですので、引き抜きはご遠慮願いたいですな。」

頼れるドグマチール船長が、笑いながらやんわりと助け舟を出してくれた。

今回の取引に苦手なコネを使った俺への配慮を欠かさないこのゴブリンは、だから俺たちの船長でいられるのかもしれない。

「仕方ありませんね。でも気が変わったら、いつでも連絡をよこしなさいね。」

「ありがとうございます、女神よ。」

そうして商談は終わったのだった。


一旦船に戻った船長は、返す刀で銀河銀行に駆け込んで、速やかに船員たちへのボーナスの振り込みを実行してくれた。

加えて久しぶりの陸ということで、全乗組員への一週間の休暇を通達。かくして俺たちは三々五々、町へ繰り出したのである。


「さーてどーすっかなー。」

船の中では目の回る忙しさで、それこそ独楽鼠のように(我ながら笑えない冗談だ)仕事に奔走している分、休暇ならばやりたいことはいろいろある。

買い物もしたいし綺麗どころを相手に一杯ひっかけたくもある…のはまあ、俺の外見だとユリかレズかにしか見えないのが難点だが。

ひとまず港に近い市場にでも行こうかと車を探していると。

どんっ、と後ろから何かが当たってきた。

「あ、ごめんなさい!」

見れば小柄な少女が俺のケツに跳ね返されてしりもちをついていた。

「おいおい、ちゃんと前向いて歩きなよ。」

しょうがないので手を引いて起こしてやる。

「ありがとうございます、お姉さん。あちこちきょろきょろしてたら、前がおろそかになっちゃって」

たははときまり悪く笑うその顔は、なかなかに愛敬がある感じで好感が持てる。

「なんだいお嬢ちゃん、港は初めてか?誰かからはぐれたのかな。」

「ああいえ、元々一人です。この星に降りたの初めてだから、珍しくって。」

「そかそか、まあ気を付けてな。」

「ええ、お姉さんも気を付けて。」

言った少女がさりげなく押し付けようとしたスタンガンを、腕をねじり上げて無効化する。

「あ、ばれてた」

「ばれてたじゃねえよ。せっかく一発目はかわして見逃してやったのに、二発目狙ってくるってのは確信犯だな。」

肉体はやわな女子高生とはいえ、これでも世界を二度ほど救っているのだ。最低限の護身ぐらいはできるんだよ。

「だぁーれのどぉーこの差し金だぁー?う~ん?」

狙ってきた以上、少女とはいえ容赦はしない。とりあえずぎりぎりと腕をねじりあげ、スタンガンを落として蹴り砕いてから、手持ちの単分子ロープで縛りあげる。

「うえええ痛ててなんでこんなに手際がいいんだよおまええええええ!」

「まあ慣れてるしなあ。」

痛みに泣き叫ぶ声はさっぱり無視して近くのガードマンを呼ぶ。

事情を話して証拠のスタンガンの残骸と一緒に少女を押し付けて、あとは官憲の手に委ねることにする。

「くっそーババアー!おぼえてろー!」

口の悪い子供は嫌いなので、さるぐつわも追加した。

「じゃあよろしく。何かわかったら教えてくれ」

リザードマンのガードマンにひらひらと掌を振りながら、俺は宇宙港を後にした。


「ついて早々物騒なこと。いやだねえ」

俺が今港にいることは関係者以外知らないから、そこから情報が流れたのかもしれないが。

「まあ普通にスキャナーで見つかったかな」

宇宙船乗りには、少なからず転生エネルギー持ちがいる。そういうのを網を張って捕まえようとする輩も多いのだ。

ともあれこういう展開なら、早々にやらねばならないことがある。


「おーいシャウエッセン、居るかー?」

中央星系に似つかわしくない、ブラックマーケットのジャンクストリート。通称ニューアキハバラの奥深くに俺は来ていた。

「なんじゃいなんじゃい、さわがしいのう。」

店の奥からのっそりと姿を現したドワーフは、俺の顔を見るなりため息をついた。

「お前さんかあ…。」

「『お前さんかあ』とはご挨拶だな。おいじーさん、お前のジャマー破られたぞ。宇宙港で襲われたんだぞどうしてくれる。」

「なんじゃと?」

俺から事情を聴いたシャウエッセンは、ふぅむと首をひねった。

「おかしいのう、お前さんのジャマーは特別製じゃし、そんな小娘がおいそれと破れるとは思えんのじゃが。」

転生エネルギーのスキャナーが広く普及した現在、俺のような転生エネルギー持ちは自衛のために、スキャナーに対するジャマーを身に着けるのがセオリーだ。

俺のスキャナーは、このドワーフ爺さんの特別製で、目立たないように皮膚の下にインプラントして生体電流で常時動かしている。

ぶっちゃけこのドワーフの腕は確かので、早々破られることはないと俺も思っていたんだが。


ジリリリリ、ジリリリリ…


しきりに首をひねる爺様だが電話を無視することもなく、黒電話を相手に何やらやり取りしていた、と思ったら、何やら神妙な顔をして戻ってきた。

「あー、なんというか。お前さんに謝らにゃならんことがある。」

「そりゃまあ…って、謝ってもらってもしょうがないんだが。こっちはジャマーをバージョンアップしてほしくて来たんだよ。」

「まあ聞いてくれんか。今の電話、警察からでな。」

「警察?じいさん他でもドジ踏んだのか?」

「わしのドジと言えばそうかもしれん。お前さんを襲った小娘な。」

「ああ。」

「どうもうちの孫娘らしい。」

「…は?」



(後編へ続く)

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