第2話

「おはようラリマー。」

「おいおい。船内時間は午前9時とはいえ、俺たちのシフトだともう寝る時間だから、おやすみなさいじゃないのか?」

シフトが重なっている俺と、エルフのラリマーは食堂でよく顔を合わせる。なんだかんだで付き合いが続いているのは、こういう部分が大きいのかもしれない。

「最初に顔を合わせたらおはようって言うのは、俺の故郷のならいだよ。今朝のメニューは何だ?」

「喜べ、新鮮なミートだぞ。先日の海賊騒ぎで大量入荷したからな。」

「うぇぇ、また鼠のハンバーグかよ!勘弁してくれぇ…」

俺はおどけて舌を出しながら、ラリマーとつるんで配膳の列に並ぶ。

超次元航法、ひらたく言うとジャンプだが、それにはエネルギー源として大量の鼠の死骸が出る。

星間航行中の宇宙船は閉鎖空間だから、外部からの補給はなく、船内の資源はなんでも有効活用される。

そして、むごたらしくトラックに轢き殺された鼠の肉も、生肉という資源だ。必然的に食堂のメニューに加わることになる。

船旅で新鮮な食材は貴重だが、俺はこのクローン培養された転生鼠のハンバーグが、ぼそぼそしていてどうにも好きになれない。

「そういえば、次の寄港地はエルフの居る惑星なんだろ?ラリマーの同族だな。」

「まあ同族と言えば同族だが、違う宇宙の違う惑星だからなあ。」

ハンバーグをフォークで切り刻みながら、ラリマーは思案気につぶやいた。

超次元航法技術が確立され、多数の次元と惑星を行き来するようになってわかったことだが、違う次元の違う惑星で、似たような種族が住んでいるケースが驚くほど多かった。

俺の故郷である地球文明がこの技術を確立する前にも、魔法や偶然など、様々なケースで異世界転移するケースがあった証拠だと学者連中は唱えているが、実際のところはわからない。昔読んだSF小説にあった、並行進化というやつかもしれない。

「同族がいるとなると、お前のバー様がまた嫁探しをして来いとうるさいんじゃないのか?」

「大ババ様に知られたらそうなるだろうが、俺いちいち寄港先の連絡なんてしてねえよ。嫁探しをする気も当面はないしな。」

俺にはまだ早いよとけらけら笑うラリマーだが、こいつはこう見えて千歳を超えている。

エルフは長寿というか、生物学的には不老不死だという話だからそれが年寄りなのか若いのかイマイチ判断がつかないが、さすがに十世紀を超えた年月を過ごしていたら、嫁の一人はいてもいいんじゃないだろうか。

命に限りがない分呑気なせいか、エルフの少子化問題は相当深刻だとこいつに以前聞いたことはある。バー様がキイキイ言うのはそのあたりを心配してのことだろう。


「おう、お前らここにいたか。食事中に邪魔するぜ。」

ぐだぐだくだらない話を楽しみながら食事を進めていると、知性化ゴブリン種族である船長、ドグマチールが現れた。

「やあ船長、どうしました?何か問題でも?」

「お前たち、次の寄港地はエルフの惑星だってのは知ってるな。」

「ええ、シルバーインゴットの取引ですよね。」

エルフは金属を好まないが、例外的に銀は扱っている。ミスリル銀に加工して様々に利用するんだそうだ。

「その通り。大口の商売だからウチとしては何としても成功させたいんだが、少し問題が起きてな。」

船長の話では、先方からちょっとしたリクエストがあり、それに応えれば買値に色を付けるということらしい。

「なんだ船長、いい話じゃねえか。」

「そうか?先方の条件ってのは、この船に乗ってるはずのエルフ。つまるところラリマー、お前と村の娘エルフの見合いをさせたいんだって話なんだぜ?」

気楽に笑ったラリマーが、船長のセリフを聞いて凍り付く。

「エルフの少子化ってのは本当に深刻なんだなあ。エルロンド宇宙なんてエルフの巣窟だってのに、わざわざよそ者のエルフと見合いさせたがるなんてなあ。」

俺は完全に人ごとの口調で面白がると、ラリマーが血相を変えた。

「冗談じゃねえぞ船長、なんだって俺なんだ。この船にはほかにもエルフがいるだろうが!」

「海エルフのタンザナイトは海賊騒ぎのノイローゼで寝込んでるし、第一シフトのアウェインは女性だ。先方からのリクエストは種付け役の男性エルフだから、必然的にお前ということになる。」

「よかったじゃないかラリマー。これでお前のバー様も大喜びだな」

「冗談じゃないぜ。俺はまだ結婚なんてしたくねえんだ!」

かつてないほどにうろたえているが、そういえば飄々として何にも動じないこいつがここまで取り乱すのはあまり見たことがない。

「そんなに結婚したくないもんなのか?エルフってのは。」

「まあ先方の出した条件は見合いまでだから無理にでも結婚しろとは俺も言わんが、そこのところは船長として俺も聞いておきたいところだな。なんでそんなに結婚を嫌がるんだ?」

二人の視線の先で、ラリマーは渋い顔をする。

「船長やお前は知らんだろうが、エルフの女ってのは貞操観念が異様に強いんだよ。だから一回結婚したら、死ぬまで添い遂げることになる。」

「それがどうした?まっとうな夫婦ならそんなもんだろう。」

「わからないか?」

絶望的な顔をして、ラリマーが言う。

「エルフってのは、死なないんだ。殺されない限りはな。つまり未来永劫、縛り付けられることになるんだぜ?」

しばらく想像してみて、俺と船長はそろってウェェと呻いた。

「なるほど、冗談じゃないな。」

「この自由と混乱の時代にそれじゃあなあ。エルフの少子化の理由がわかった気がするぜ。」

とすると、代わりにハーフエルフは増えているのだろうか。自由な恋愛を好む若い世代は、エルフ以外のパートナーを選ぶ気がする。

「よし、事情は分かった。さっきも言ったとおり、先方の条件は見合いまでだから、俺の方では結婚の強制はしない。船長として、断る前提の見合いをラリマー一級航法士に依頼したいと思うが、どうだ?ボーナスは弾むぜ。」

「正直受けたくねえけど、エルロンドのエルフへのコネは、この船全体の利益につながるしな。ボーナスくれるならやるよ。」

「ありがとうよ、助かるぜ。」

握手の手を差し出す船長に、ラリマーはしかし待ったをかける。

「ただし、条件がある」


「はじめまして、ラリマー様。わたくし、オーケンと申します。よろしくしてくださいね。」

村一番の美女だというエルフの娘は、ただでさえ美しいエルフの中でも確かに際立っていた。俺が純正の男のままだったら、一発でノックアウトされていただろう。

「はじめまして、オーケン。私はラリマー。ホブゴブリン級貨物船「エクスカリパー」の航法士を務めております。」

船長命令で急遽フル回転させられた被服プリンターから生み出された燕尾服を身にまとい、いつもの乱暴な口調からは想像もできない丁寧な言葉づかいで完璧な貴公子を演じるラリマー。しかしその額に浮かぶ脂汗を、俺は見逃さなかった。

「ラリマー様、こちらの方は?」

「はじめまして、オーケン。私はラリマーの友人です。今回は付き人ということで、お二人のお手伝いをさせていただきます。」

俺は俺で、よそ行きの笑顔でにっこり笑う。外見だけは美少女の俺の笑顔はそれなりの破壊力を持つが、さすがにこの姫エルフの前では屁のツッパリにもなりはしない。

ラリマーの出した条件というのはつまり、一人で見合いに出るのは恐ろしいので、俺に立ち会ってほしいとのことだった。面倒な仕事だが、友達の頼みなら断るいわれはなかった。

お互いに挨拶を済ませると、俺たちは村の中心にしつらえられた広場に案内され、お見合いが始まった。


席は終始和やかに進んだ。

断るつもりの見合いとはいえ、船長の商談がまとまる前に破談にするわけにもいかない。ラリマーは完璧な紳士を演じながら、姫エルフの機嫌を取っていく。

姫エルフは姫エルフでころころとよく笑いながら、ラリマーが面白おかしく語る宇宙での出来事の数々を、楽しそうに聞いていた。

そう、非常に楽しそうに聞いていたのだ。いつしか姫エルフの頬は上気し、瞳は潤み、ラリマーを見つめる視線には明らかな熱がこもっていた。

俺はラリマーの良く回る口に時々ブレーキをかけながら冷や汗をかく。

お前、これはひょっとしなくても、ちょっとやりすぎなんじゃないのか?


翌日から、姫エルフのすさまじいラブアタックが始まった。

夜討ち朝駆けとはこのことで、ラリマーがシフトの勤務に出る時には手作り弁当を持参し、休憩時間にはお茶と茶菓子を差し入れる。

勤務が終わる時間にはコンマ一秒の狂いもなく現れてはデートに連れ出し、親族に次々に紹介していくという勢い。

あの類の女は、身に覚えがある。三百年前に。

間違いない。姫エルフオーケン、あいつはヤンデレヒロインだ。


ほどなく、悲鳴を上げて逃げ回るラリマーと、追いかける絶世の美女姫エルフの姿がおなじみの光景となり、さすがに放っておけなくなってきた。

「おいラリマー、もうはっきり断っちゃった方がいいんじゃないか?」

逃げてきたラリマーを、たまたま荷下ろししていた物陰にかくまいながら、俺は言った。

タッチの差でラリマーの名を呼びながらマッハで駆け抜けていった姫エルフを見送るが、うーんあれは相当だなあ。

「見合いっていう向こうの条件は飲んだんだし、船長も、もう断っていいって言ってるぞ。」

「はっきり断っても聞かねえんだよ。あんな女は初めてだぁ…」

だから女は嫌いなんだと青い顔でぶつぶつ言うラリマーを見ながら、何か手立てがないか考えてみる。

…。

なにも思いつかんな。

「確かに俺の時も、何言っても聞かなかったなあ。」

「ってお前経験があるのかよああいうの!教えてくれ、どうやったら追っ払えるんだ!」

血相変えてつかみかかってくる。やめてくれ、俺の肉体はか弱い乙女なんだぞ。

「いやあ逃げても追っ払っても行方くらましても恋人役作ってもダメで、しまいには刃物持ちだしてきたなー。」

「そんな…こんなところで死にたくねぇよぉ…」

しまいにはおいおい泣き出した。しかし千歳超えてても死にたくないんだなエルフって。とまあそれはさておき。

「船の出航は明後日だし、それで逃げ切れるだろうか…。」

一縷の望みをかけてラリマーがつぶやくが。

「無理だな―あれは。宇宙の果てまで追っかけてくる手合いだぞ。」

実際俺の時は世界超えても追って来たしな。

「結局は向こうの気持ち次第だから、なんとかお前に幻滅してもらえればいいんだけど。」

「俺に幻滅…か。」

おいラリマー、お前なんかすごい形相になってるぞ。

「それなら手がないこともないかもしれんん。取り返しのつかない代償を払うことになるが…それに犠牲も…。」

「おい待てラリマー早まるな。」

「邪魔したな。これからひどいことが起こることになるが、それでももしよかったら、引き続き友達でいてくれよ。」

「おい、待てって、おい!」

なんだか死地に赴く戦士のような背中で去っていく。俺の声はもう聞こえていないようだ。

一体全体、ラリマーの野郎は何をしでかそうというんだ?


「聞いてくれ、みんな!」

出航日の朝、エルフの村の大広場にラリマーの声が響き渡った。

なんだなんだとみんなで集まってみると、広場の中心にそびえる、巨大なエルフの神木の上、大きく張り出したお立ち台のような(実際エルフの長老がお立ち台に使っているところは何度か見かけた)太い枝の上で、ラリマーが大声で呼びかけていた。

傍らには金髪マッチョマンのマードックが、何がなんだかよくわからんといった顔で付き添っている。

「ラリマーさま!そんな高いところにいては危のうございます!降りてきてください!」

「嫌だっ!」

断言した。降りたら姫エルフに捕まるしなあ。

「エルフの神木の上では嘘がつけない!それは皆も、オーケン姫、あなたもよくご存じのはずだっ!」

なんでも神木の上で嘘をつくとエルフは即死するらしい。頑丈なんだか儚いんだかよくわからない生き物だよな、エルフって。

「まあ、それではようやく私への愛を認めてくださるのですねっ!」

「違うっ!オーケン、俺はお前が大嫌いだっ!」

「そんな!でも大丈夫ですラリマー様、今は嫌いでも、いずれ真実の愛が、二人を結び付けてくれます!」

「それはあり得ない!俺には心に決めた人がもういるし!」

「そんな!」

俺も初耳でびっくりした。結婚したくないんじゃなかったのかあいつは。

「ですが私は負けません!必ずその方よりも魅力的になって見せます!ですからラリマー様、どうか私をそばにいさせてください!」

「オーケン!俺がお前を絶対に好きにならない理由はもう一つある!そしてどちらかというと、そのもう一つの理由の方が絶対的に強いんだ!」

「そんな!このわたくしを絶対に好きにならない理由とは何なのですか!?教えていただければ必ず直します!ですからどうか、理由をおっしゃってください!」

「その理由は、オーケン!お前が女性だからだ!!」

次の瞬間、ラリマーはとんでもない行動に出た。

力づくで、マードックの、あの筋肉だるまの男くさい男の唇を、強引に奪ったのだ。

しかも明らかにディープキス。

もがくマードックだが、どうも魔法か何かで抵抗できなくされているらしい。普通に考えれば力自慢のマードックが華奢なエルフを振りほどけないはずがないのだが。

キスは延々たっぷり五分間に及んだ(なんとなく機械式の腕時計で時間を計っていたのだ)。

顔面蒼白となったオーケンに、そしてその場の全員に、キスを終えたラリマーは高らかに宣言した。

「俺はゲイだっ!」


「とんだ災難だったなあ。」

エルフの村を出航した「エクスカリパー」のいつもの食堂で、冷めたパスタをつつきながら、ラリマーが妙にすがすがしい表情になって言いやがる。

確かにお前も災難だったがマードックも相当だぞ。あいつ体に似合わず繊細だから、ショックでずっと寝込んでやがる。

「まあでもずっと隠してたことを吐き出せて、かえってすっきりしたぜ。これで変な女も寄り付かなくなるだろう。」

実際エルフの村では、オーケン姫のほかにもイケメンであるラリマーを狙っていた女性は多かったようで、広場ではオーケン姫をはじめ、多くの女性エルフが卒倒していた。

大騒ぎとなったが、件の姫エルフが卒倒している間に、「エクスカリパー」は素早く出航してとんずらを決め込んだ。

「しかしお前がゲイだったとはなあ。全然気づかなかったよ。」

あそこで宣言して死ななかったということは、それが本当のことだということになる。

「まあな。今の宇宙の価値観なら、一昔前みたいにLGBTとまではいわれないけど、それでも変な目で見る輩は居るからな。一応気を付けて隠してはいたんだ。」

エルフはそういう保守派の筆頭だから、これで結構苦労してんだぜとコイツは言うから、してみるとカミングアウトしたというのはいろいろだいぶやりやすくなるんじゃなかろうか。

「ともあれヒントをくれて助かったぜ、ひとつ借りだな。この礼はいずれさせてもらうわ。」

「大したことはしてねえよ。俺への礼はいいからマードックへのケアを忘れるなよ。あいつは普通の女好きなんだから、いい女でも紹介してやれ。」

わかってるわかってると手をひらひらさせながら、ラリマーは食器を片付けて食堂を後にした。

その背中を見送りながら、俺はラリマーのもう一つの宣言のことを考えていた。

「あいつには心に決めた人がいるって言ってたけど、だれなのかねえ。」

友達の想い人なら興味はある。今回の生贄に捧げたってことはマードックではなさそうだが、男性であのイケメンラリマーに釣り合いそうなのってうちの船にいるのだろうか。

「あいつの男の好みなんてわからんしなあ。」

食事を終えてベッドに入りながらうつらうつらしてる時にふと、妙な考えが頭をよぎった。


あいつのバー様の意向ではラリマーには女性とつがいになってほしいはずだ。だがラリマーは男性が好きだ。

なら例えば、肉体が女性で心が男性のような人物であれば、条件にはまるんじゃなかろうか。

そんなのが居たとしても、見つけるのが大変だろうなあとぼーっと寝ぼけ頭で思いながらそのまま眠りに落ちる。

それよりも今回の取引で、「エクスカリパー」は大儲けをしたはずだ。気前のいい船長のことだから、船員にもボーナスをはずんでくれるだろう。


それを楽しみに夢に見よう。


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