超次元航法機関トラック転生
天下無敵の無一文
第1話
キンコンカンコーン…コンキンカンコーン…
3交代シフトの区切りを告げるチャイムを聞いて、俺は顔を上げた。
安物の機械式腕時計を確かめると、針は9の数字を指している。船内時間で午前9時、俺の担当する第三シフト終了の時間だ。
「よう、お疲れ。交代だぜー。」
鼠飼育室に入ってきたマードックが良く通る声で声をかける。あいつは俺の次、第一シフトの飼育担当だ。
「お疲れ。ケージの掃除はいつも通り済ませておいたからな。鼠どもはエサの時間だ」
「見ればわかるよ、ケージにチリ一つ落ちちゃいねえ。相変わらず丁寧な仕事だぜ。」
「チリ一つ落ちてないは言い過ぎだ。ともあれ後は頼むぞー」
あいよと答えて俺と入れ替わりに飼育室に入ってゆく金髪マッチョの同僚。
いつも思うが、なんであんなガタイのいい奴が小動物の飼育室勤務なのかがわからない。ほかにもっと割のいい仕事はいくらでもあるだろうに。
動物好きという理由では絶対ない。ここで飼育されている鼠どもの末路は決まっている。超次元航法機関への哀れな生贄だ。それも相当むごたらしく殺される。
まあ、あいつにはあいつの生き方があるんだろう。俺がかかわることじゃない。
それよりも腹が減った。寝る前に飯を済ませておこう。
ホブゴブリン級中型貨物船「エクスカリパー」の食堂は、シフト交代の時間ということで結構な混み具合だ。
俺はオートシェフからカレーのプレートを受け取って、空いている席に腰を落ち着ける。当然ながら相席だ。
「お疲れー。今日のメニューは金曜日おなじみのカレーだぜ。」
「見ればわかるよ。ラリマーもお疲れさん、航法室は平和だったか?」
エルフのラリマーは航法士だ。ブリッジの航法室で勤務している。
それはつまり、この貨物船の生命線であり、乗り組む俺たち全員の命綱ということになる。
「いやあそれが大忙しでよ。昨日超次元航法しただろ?ジャンプアウトした後の座標観測がえらい手間取ってなあ。」
「おいおい冗談じゃないぜ、しっかりしてくれよ。」
昨日のジャンプのタイミングは、就寝時間だったから、どんなトラブルがあったかは知らないが、もし座標や次元がずれていたらえらいことだ。
最悪、広大な宇宙で迷子になっているかもしれない。
「しっかりしてほしいのは第二シフトのタンザナイトの野郎だな。あいつ加速度の計算を2ミリパーセクも間違えやがったから…」
「マジかよ!」
「マジもマジ、大マジだ。もうすぐ船長から放送があるはずなんだが」
ピンポンパンポーン…
『あー、みんな聞いてくれ。船長のドグマチールだ。』
測ったようなタイミングで流れた船内放送は、ゴブリン族特有のだみ声で、昨日のジャンプが予定通りいかなかったことを告げる。
俺たちが今いるのは、当初予定していた平和なエルロンド宇宙じゃない。
数多ある平行次元宇宙の中でも最悪の治安を誇る、ボスコニア宇宙。宇宙海賊どもの巣窟だ。
「えらいことになったなあ!」
マードックが汗をふきふき、次々にケージを手渡してくる。
「それで、件のタンザナイトはどうなった?」
めでたく残業が決定した俺は、ケージの鼠を手際よく転生検知器でチェックしながら答えた。
「とりあえずは減俸三カ月だそうだが、万一宇宙海賊に見つかった場合の献上品第一候補になることも決まったんだと。エルフは高く売れるからな。」
デリケートな超次元的センスを求められる超次元航法船の航法士には、多くの場合エルフが選ばれる。
高度な魔法を操るエルフの感覚が航法士に適正があるのが第一の理由。第二の理由は、エルフが人身売買市場で法外な高値が付く事だ。今回のようなジャンプミスの場合、責任を取らせるのに都合が良いのである。
今頃タンザナイトは、海賊への通行料支払いミサイルに詰め込まれて、海エルフの青い顔をさらに青くしていることだろう。
「口動かしてないで手を動かせ。俺たちが転生鼠を割り出すまでこの宇宙からは逃げられんのだからな。」
リザードマンのカムチャッカが俺達にクギを刺す。まあ、確かにヤツの言うとおりだ。
この危険なボスコニア宇宙から脱出するためには超次元航法を使用して、次元を超えた別の宇宙に逃げる必要がある。そのためには次元を跳躍するための転生エネルギーを放出する鼠が、最低でも1グロスは必要なのだ。
かつて西暦と呼ばれた時代の地球、二十一世紀初頭に多発したトラック転生事件。それが現在宇宙で広く使われている、超次元航法機関開発のきっかけとなった。
主に十代後半の青少年が、何らかの要因でファンタジー世界や違う宇宙、惑星などの、いわゆる異世界に転移したと報告する事件が多発し、その頻度が無視できなくなった。
当時世界的な不況や気候変動、エネルギー不足に見舞われていた地球社会は、異世界というまだ見ぬ無限のマーケットと資源を求めて、当時眉唾と言われていたこの異世界転生現象の実用化に乗り出したのだ。
だが、観測されているそもそもの発動トリガーが被験者の死亡事故である為、その探求は困難の連続だったという。おそらく非合法な実験も繰り返されたことだろう。
幸いにして(というべきか)、被験者は必ずしも人間でなくても良いことがわかり、これをブレイクスルーとして実用化は加速度的に進む。
ほどなく各国は、動物の中で死亡時に膨大なエネルギーを発揮する個体のクローン培養による、安定した超次元航法技術の実用化に成功した。
きっかけとなった青少年の死亡事故の実に9割が、トラックとの衝突によるものであったことから「トラック転生超次元航法」と名付けられたそれは、瞬く間に世界を席巻した。
次元を超える移動が可能になったことで、超光速航行は言うに及ばず。かつて青少年たちの転生先となった異世界との交流も始まり、世界は爆発するような好景気と、すさまじい混乱の渦に飲み込まれたのである。
なお、その混乱は、現在も続いている。
本船「エクスカリパー」の超次元航法エネルギー源はクローン培養された鼠、いわゆる転生鼠だ。
鼠は比較的飼育スペースが小さくて済み、数も増やしやすいことからメジャーなエネルギー源として広く普及している。
ただし、クローン仕立てほやほや、純正の転生鼠は比較的高価だ。「エクスカリパー」のようなオンボロ貨物船では、コスト削減の観点から純正の鼠から繁殖させた、二世代目以降の鼠を使うことが多い。
こいつらは何割かの確率で転生エネルギーを失っている。そのため、ジャンプするためにはこの膨大な鼠の中から最低1グロス、つまり144匹以上の転生鼠を見分けなければならないのだ。
「こういうことがある事はわかってるんだから、せめてジャンプ一回分だけでもいいから、純正の鼠を積んでいてほしいよなあ。大事に世話するんだが。」
マードックがぼやく。気持ちはわからんでもない。
「そう思うなら本社の経理部に陣取ってるサキュバスどもを説き伏せてこい。そら、こいつはエネルギー持ちだぞ。丁寧に扱え」
カムチャッカはリザードマン特有の左右別々の視界と尻尾を器用に動かしながら、一度に3台の転生検知器で次々に鼠をチェックしている。こいつが俺たちの鼠飼育室でリーダーを任じられているのは、この効率の良さが第一だが、なんだかんだで頭が切れるので、俺もマードックも適任だと思っている。
「こっちも一匹いたぞー。」
転生検知器でグリーン表示された鼠を動力源用ケージにそっと入れながら、俺は腕を回して凝った肩を少しほぐした。
「このペースだと、全部そろえるのにあと2時間ぐらいか?」
「そんなところだな。それまでボスコーンの連中に見つからなければいいんだが…」
カムチャッカの心配を、陽気なマードックが笑い飛ばす。
「なぁに、ボスコニア宇宙って言っても広いんだ。たまたま近くを海賊船が通りでもしない限りは見つかりっこな…」
『ブリッジより飼育室へ。進捗はどうなっている?』
ブリッジからの直電だ。いやな予感がする。
「こちら飼育室、カムチャッカです。見込みではあと二時間ほどといったところですが、何かありましたか?」
『パッシブセンサーがボスコーンの海賊船特有の熱放射パターンを感知した。あと1時間ほどで、こちらをレーダーにとらえる計算だ。』
「マジかよ…」
俺は思わず天を仰いだ。
「了解です。ブリッジの方針は?」
『このまま息をひそめていて気付かれた場合、逃げ切れないほど距離が詰まっていることになる。本船はこれより最大加速を開始。超次元航行に向けた加速をかけながら海賊船からの離脱を図る。』
「妥当な判断ですね。今なら距離が空いているし、加速性能の差があったとしても稼げる時間が長くなります。飼育室は何とか1時間で選別を終えますので、それまで逃げ切ってください。」
『ブリッジ了解。急いでくれよ。』
カムチャッカはこんな時でも冷静だ。冷血動物ゆえだろうか。
「聞いた通りだ、二人とも。あと1時間で選別を終えるぞ。」
「それはいいけどよ、具体的にはどうすんだ?仮に人手を増やすにしても、転生検知器の数には限りがあるぜ?」
鼠飼育室に常備してある鼠検知器は全部で十機。うち四機は故障中で使えるのは七機。
カムチャッカが三機、俺とマードックが一機ずつで、一機残っているのは確かだが、そこに鼠の扱いに慣れてないメンバーを加えても効率が二倍になるとは思えない。
「増やす人手を選べばいい。おい、お前エルフのラリマーと親しかったな。呼んできてくれないか」
「え、俺ですか?」
思わぬ指名に戸惑いながら、俺は寝入ったばかりのはずのラリマーを呼び出した。
「ようやく寝付いたところだったのに、何の用だ」
あくびを噛み殺しながらラリマーが飼育室にやってきた。この状況で寝てられるのだから、エルフは繊細だという常識は、こと、ラリマーのやつには当てはまらないらしい。まあ俺はその辺が気に入ってこいつと付き合ってるんだが。
「ラリマー、お前魔法で俺たち全員の幸運度を上げられるか。」
カムチャッカが単刀直入に言う。
「それはできないこともないが…やってどうする。お前らだけが助かる幸運でも祈るのか?」
「問答の時間はない。できるならやってくれ。うまくいったら船長に掛け合って特別ボーナスをはずんでやる。」
そこまで言うなら、とぼやきながらも、ラリマーはむにゃむにゃと呪文を唱えた。
「できたぞー。」
「うえ、もうかかったのかよ。」
「俺、魔法かけられんの初めてだが、あんまり実感無いなあ。なんだかむずむずするぐらいか?」
ラリマーの話では、このムズムズが消えたときが魔法の消えたときなんだそうだ。
「よし、作業再開だ。二人とも急げ。ラリマー、ついでですまんが空いてる検知器で、お前も鼠探しを手伝ってくれ。」
カムチャッカがリーダーらしくてきぱきと指示を出し、俺たちは再び鼠と転生検知器の群れを相手に格闘を開始した。
「こいつも当たり、こいつも当たり、と。」
作業を始めて間もなく、俺とマードックはカムチャッカの考えを理解した。
幸運度の上がった俺たちは、極端にハズレ鼠を引かなくなったのだ。
「このペースなら、何とか間に合いそうだな。」
俺は手を休めずに言う。
『エクスカリパー』は既に最大加速を開始している。派手に熱を放射し始めたこの船は、とっくの昔に海賊船に気付かれていた。
先ほどの船内放送では、海賊船はこちらの倍の加速度で迫っているというが、この調子ならぎりぎり何とか間に合うだろう。
「そーら、最後の一匹だ、鼠ちゃん!」
グリーン表示になった検知器に、マードックが快哉の声を上げた。どうにか間に合ったようだ。
「…よし、チェックOK。数え間違いはない。」
念のため鼠の数を数えなおしていたカムチャッカのOKが出た。あとはこいつを動力室に運ぶだけだ。
「ラリマー、助かった。もう寝に戻っていいぞ。二人は鼠のケージをエレベーターに乗せてくれ」
飼育室から動力室に直通するエレベーターにケージを載せれば、俺達の仕事は終わりだ。あとは動力室の連中に任せよう。
結論から言うと、「エクスカリパー」は海賊船の追跡から逃れ、予定していたエルロンド宇宙へのジャンプに成功した。
俺たちが必死で選び出した鼠どもは動力室でトラックに轢かれてミンチとなり、次元跳躍のエネルギーを生み出した。
食堂では船長の振舞で酒が配られ、飲めや歌えの大騒ぎだ。こういう機会を逃さないラリマーは、ちゃっかり起きだしてきて好みの蜂蜜酒を楽しんでいる。
真面目なカムチャッカはここには居ない。今頃船長室でラリマーへの報酬の交渉にいそしんでいることだろう。今回の功労者は、ラリマーもそうだが同じぐらいにカムチャッカも功労者のはずなのだが。あいつはいつも欲がない。リザードマンはみんなそうなのだろうか。
「よう、楽しんでるかー?」
上機嫌のマードックがビールを片手に寄って来た。
「楽しんでいるというか…眠い。」
残業で寝損ねたところにアルコールを入れたのがいけなかったのか、さっきから頭がぼーっとする。
「おっと、それなら部屋まで送ろうか?」
「やめておけ、マードック。送り狼になるつもりか?」
工廠を終えたのか、船長を連れて現れたカムチャッカの制止に、そんなつもりはねぇよと弁解を始めるマードックだが、どうだか。
「お前も、少しは警戒心を持て。自分の容姿と価値はわかっているだろう。これだから哺乳類は…」
おっとと、カムチャッカの長い説教が始まる前に部屋に引っ込んだ方がよさそうだ。
俺は二人に別れを告げて自分の船室に戻り、そのまま固いベッドに倒れ込んだ。
服ぐらいは着替えたほうがいいのだが、眠気にあらがえそうにない。
どうにか薄目を開けると、ベッドサイドの小さな鏡が俺を映し出す。長い黒髪に、すっと通った鼻筋。切れ長のまつげ。どう見ても、美少女高校生だ。
何度見ても見慣れない自分の容姿。300年前、トラックに轢かれた男子高校生が、転生した先が異世界の少女の体だったとか笑えない。それが自分のことだともっと笑えない。
「俺もいつか、あの鼠みたいになるのかねえ。」
三百年前に固定された外見を眺めながら俺は眠りに落ちる。
目覚めたときに、すべてが夢でありますようにと願いながら。
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