第2話 小さな炎
芝居小屋での兵士と民衆の乱闘から離れ、司文は今まで通ってきた道を辿った。
市中から離れ、辿り着いたのは一軒の民家だった。一般人が住むには広いが、貴人が住むには狭すぎる家屋だ。
立派ではないけれどちょっとした門もついている。
「おお。帰ってきたか司文。」
迎えたのは何処と無く司文と似た、黒い瞳を持つ男。野菜の入った籠を背負っている。
着ているものも市中の人々と変わらない簡素なものだった。男は質素な生活を好んでいるらしい。
「父上。私、後宮へ行きます。」
「ゲホッ…。え…?後宮…だと?ゲホッ…。」
男…司文の父親である
「一体全体何だっていきなり…。お前散々嫌がってたろう。」
司陵の家柄は悪く無かった。中間層の貴族なのだ。だから身分の必要な後宮入りには何の支障もなかった。問題なのは後宮内での地位を確立できるかどうかだが…。
「俺の身分では皇后まで登りつめるのは無理だな…。もちろんお前の容姿から考えても無理だ。良くて下っ端だろうな!」
司陵がかつて娘に後宮入りを進めた時にそう言い放った。
その時、司文はしかめっ面で「自分の娘の容姿をそこまで言いますか?一応貴方の顔も引き継いでるんですけど?」と言い返した。
「だけどな。一応将来安泰だぜ?給金も出るし、生活は保証される。いい職だと思う。どうだ?話取り付けてやっても…」
「いいえ。結構です。」
司文は父親の申し出を即断った。司陵なりに一人娘の今後を思って口にしたことだろうが司文にはそんな気遣いなど煩わしいだけだった。
なのに、娘は今目の前で断った提案に乗り気でいる。司陵は娘が何を考えているのか推し量ることができなかった。
「どういう風の吹き回しだ?まさか将来が不安になったとか?そうだよな…。一人親で、しかも男がいないとなっちゃ…」
「五月蝿いですよ?父上。いつも一言多いですねー?」
司文は黒い笑みを父親に向けた。司陵はピタリと背を正す。
「ほんと…。お前のそういうところ母さんに似てるよな。」
「母上の記憶がないもので分かりませんが。兎に角私は後宮に行きます。直ぐにでも話を取り付けてきてください!父上。」
「だから何で?」
司陵が鋭い目付きで司文を見つめる。これは理由を話さなければ動いてくれないという雰囲気を出していた。
司文は大きく息を吸う。
「…私の…推しを守るためです。」
ぼそぼそとした小さな声が出た。
「あ?」
司陵は耳を傾けた。どうやら聞こえていないようだった。
「私の…推し…英月様を守るためです!!」
次は大きな声が出た。言った後で恥ずかしくなって顔がじんわり熱くなった。
その言葉に司陵は一瞬反応が遅れた。
「はあーー??」
「このままじゃ英月様が皇帝様によって消さてしまうのです!それを阻止するには…後宮へ行って…。」
「消されるって…。英月は過去の人物で消されるも何もないだろ?
直接皇帝様に進言するってんのか?お前のその見てくれじゃ皇后なんてむ…」
「だから!皇后を目指してるんじゃないんです!皇后様とお近づきになって、皇帝様に進言していただくのです。
今出されている令を撤回していただくように。」
司文の考えた作戦はこうだ。
まず後宮入りをし、皇后付きになる。要するに今最も皇帝の寵愛を受けている妃につく。
そうすれば皇帝の政策への関与も楽になるはず。
令を撤回してもらうよう進言すれば、司文は今まで通り英月に関する物語を思い存分楽しむことができる。芝居でも書物でも…。
「いいですか?父上。歴史が消されるというのは恐ろしいことなんですよ。皆考えなさすぎです。皇帝様は神にでもなったつもりなのですかね全く。
英月様の偉業が…存在が無かったことにされるなんて…許せません。
歴史は人が迷いながら歩んできた大事な記録。それを消して都合の良いように書き換えるなんてあってはならないのです!」
司文が熱く語っているのを司陵はぼんやり眺めていた。そして大きなため息をつく。
「お前のそういうところは…じじ様そのものだ…。やっぱり血ってーのは抗えないもんなのかね。」
司陵は自分の父親の父親、
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