第1話4章



 ■ 4 ■





「――だからロックに任せるのは嫌だったんです」

 ハロウィンを街並みを眼下に、空を飛ぶ。

 アンジェラはマルファスの腕の中、夢現で彼らの会話を聞いていた。

「見てみなさい。可哀想に」

「……悪かった」

「アンジェラの意思を優先したのは悪い事とは言いませんが……もう少し、早く駆けつけられれば」

「俺は誓いを破れないんだよ。アンジェラが助けを求めない限り、無理だった」

「それに関しては、私も同類です。夜にならなければ動けなかったのは事実ですから」

 でも、と、アンジェラを見る気配。

「こんな小さな子が……可哀想に……」

 アンジェラはマルファスとロックの声の方向へと笑い掛ける。

 だいじょうぶ、と小さな声で言った。

「へいき……わたし、へいき」

 それよりも。

 マルファスの腕に触れた。

「お洋服も、ブローチも……汚してごめんなさい……」

「大丈夫だよ、アンジェラ」

 ロックが笑う。

 こちらの顔を覗き込んでいるのだろうか。声が近い。

「新しい洋服を用意してあげる。黒いドレスじゃなくて、そうだな、ハロウィンの仮装を用意してあげるよ。妖精の女王でも、魔女でも、アンジェラの望むのを俺たちが用意してあげる」

「魔女は品がありませんから、妖精の女王にしましょう」

 マルファスの宣言。

 妖精の女王はどんな格好をしているのだろうか。女王と言うにはドレスに決まってる。妖精なら羽があるのだろうか。

 アンジェラは考える。

「――アンジェラ」

 マルファスの声。

 ゆっくりと蝙蝠の翼を畳むマルファスを見る。ふわりと揺れがそれがマントになった。

 気付けば地上。

 そして――気付けば、森の中のあの館。

 明るい明かりが灯っている。扉が薄く開いていた。まるでアンジェラを出迎えるようだ。

 ロックも横にいる。彼は軽く飛んで、扉の横に張り付いた。

 石の顔で笑う。

「さぁ、アンジェラ」

 アンジェラは笑った。

 マルファスの腕に触れて、おろして、と懇願する。

 自分の足で、館に入りたかった。

 まだ不自由な足で、マルファスに支えられつつ、アンジェラは歩く。

 ガーゴイルが横に控える扉を、自分の足で――自分の意志で、超える。

「アンジェラ、おかえり」

 ロックの声。それに重なるような、他の声。

 まだ姿も見た事の無い誰かが、アンジェラを出迎える。

 館そのものさえも、アンジェラを抱き締めるように出迎えてくれた。

 おかえり、と、優しい声が、外に、内に、木魂する。

「おかえり――そして、ようこそ、アンジェラ」

 人の世界の裏側。優しい夜と闇の世界へ、ようこそ、アンジェラ。

 アンジェラは口を開いた。

「ただいま。――それから、よろしくね」

 返ってくる言葉は無かった。

 けれど、優しい笑みとそれに似た気配が、アンジェラを受け入れる。

 アンジェラは、微笑み返した。





 ――その後。





 「娘が誘拐された」と言う訴えに従い、警察は行方不明となった少女の捜索に当たった。

 その前日、森の中に歩いていく少女が目撃された事もあり、森も捜索の範囲となったが、さほど広くは無い森からは何の発見も無かった。

 勿論、子供たちが噂するような、『森の中にあるハロウィン近くにだけ現れる館』などと言うものは存在しなかった。

 行方不明の少女の幼馴染みは、強く、その館の存在と、少女がそこにいると言う事を訴え続けていたが。

 少女の母親は、発狂に等しいほど混乱しており、「魔物が娘を攫った」と叫び続けている。




 淡いピンクのドレスを着た少女が、ふわふわの金髪を揺らして笑う。小さな金の王冠が、笑い声に答えるようにきらきら輝く。どういう仕掛けか。ドレスの背に付けられた羽根が、少女の笑い声に合わせて軽く動く。

 少女は笑う。

 嬉しそうに、石造りの魔物が手を叩く。満足そうに、夜の貴族の青年が頷く。

 異形の魔物たちが、踊るように回る少女を見つめている。

 少女は、ドレスの裾を摘んで、可愛らしく礼をした。

 この世の何処でもない、その場所で。




 彷徨える館と魔物たちは、“天使”の名を持った少女を連れて、旅立った。

 目指すは次のハロウィン。

 魔物たちと人間たちが、もっとも近くなる、特別な夜。



「さぁ、行こう、“天使”」

 誰かの呼び掛けに、少女は微笑み、可愛らしい手を伸ばした。



                      終


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Angel Baby & Wandering Monster やんばるくいな日向 @yanba

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