第162話
任務を受けることになった翌日。
その日は、憎たらしいほどに青々と晴れ渡る空だった。
遅い昼食を簡単に済ませたエディは、ごろっとベッドに寝そべる。心とは裏腹なまでに真っ青な空を、窓ガラス越しに恨みがましく見上げた。
「……普通こういう時って、気分に合わせて天候変わったりしないっすかね」
だが、そういう都合は物語の中だけの様だ。今はぷふーっと嘲笑うかの様に、空は
いつもだったら、心洗われるほどに感激していたであろう青天は、今のエディには眩しすぎて痛い。
「……あー……」
ぼすっと枕を叩く様に顔から突っ込む。あー、ともう一度声を出してみたが、くぐもっただけで全く心は晴れない。
未だに覚悟が決まっていない証拠だ。だからこそ、こんなにも心が鬱蒼とした森の様に陰っている。
〝あれー? 今日はあのカイリ殿、いないんですねー? 是非ともまたお喋りしたかったのにー〟
任務の話し合いをした日。
ファルは、わざとらしくきょろきょろと応接室を見渡しながらせせら笑っていた。
恐らく、尻尾を巻いて逃げたとでも思われたのではないだろうか。フランツが誠意を込めて、顔面から暴言を叩き付けていたのが印象に残っている。ケントと出かけたと聞いた時の表情は傑作だった。
王族からの任務を、基本的に第十三位は断らない。初日にフランツが
だが、一方で何となく気持ちは分かる気もした。あの時予想外ではあったが、どことなく心はすっきりしたからだ。
〝ファル殿、流石。俺より長くこの教会にいるだけあって、よく分かっていらっしゃいますね。――第十三位の良さを分かち合える人がいて大変光栄です〟
ファルに散々嫌味や皮肉をぶつけられた時、新人は冷然と対応していた。笑いながらも、吹雪く様な怒気を
いつも彼は真っ直ぐに怒るし、誰かのために突っ走るけれど。
それでも、頭を使って、遠回しに相手をやり込める場面は見たことがなかった。そんな芸当も出来るのかと、内心密かに驚いたくらいだ。
ファルが帰ってすぐにへたり込んでいたが、それだけ怒ってくれていたのだろう。慣れないことをするなと呆れたかったのに、何故かエディはあらゆる言葉を飲み込んでしまった。
嬉しかったのだ。
エディ達のために、懸命に言葉を尽くして殴り返してくれたこと。直接前に出たわけではないのに、盾になる様に立ちはだかってくれたこと。
だからこそ、フランツはあの時、依頼を一度は突っぱねたのだ。新人の言葉を利用して、こちらにも牙があるのだと示したのだろう。今後のために。
第十三位のことだけを考慮するならば、任務など受けなくても良い。
けれど、エディ達には目的がある。世界の謎を解くという壮大なる目標を掲げていた。
そのためにはどうしても、教会にしがみ付かなければならない。
フュリーシアの教会は世界の中心。謎を解く鍵が必ず眠っている。
故に、任務は受けざるを得なかったのだ。これからもこの教会に醜くもがむしゃらにしがみ付くために、握り潰さなければならない
だが。
〝でも、俺に攻撃をして、フランツさん達から意識が逸れるなら、それはそれで良いです。むしろ、望むところです〟
――それで新人が傷付くのは、嫌だな。
第十三位の目的を聞いて、共に戦う決意をしてくれた新人。彼は、今回の任務でもファルの盾になると豪語してきた。
すぐにフランツが
けれど。
「……。……多分、理屈じゃないんすよね」
新人は、頭で考えながら、感情が
まさしく、彼が学び続けている自衛の剣かつ防御特化の剣そのものだ。
誰かを逃がすために囮となり、相手から守るために盾となる。
彼の師匠は、彼の性格を見越してその剣の道を授けたのだろうか。
八歳の子供だったと言っていたが、新人はその子供に本気で教えを請うていた様だった。尊敬の念さえ抱いていた。
本来、彼は争いとは無縁の存在だったはずだ。それでも剣の道を与えたのは、彼の性分を正確に見抜いていたからかもしれない。
実際新人は、第一位の試合の時も、ルナリアの時も、今だって誰かのために自然と動いている。
それはきっと、第十三位の目的に深く踏み込んでも同じ。
〝黒幕をぶっ飛ばすのに必要なら、俺はこの手を真っ黒に染めます〟
〝自分の手で殺せなくても、もう真っ赤なんです。今更です〟
「……っ。あー」
様々なことを思い返し、エディは思いきり跳ね起きる。ついでに枕を殴りつけて、そのまま部屋を飛び出した。
ばたん、と扉を閉めた音が乱暴に鳴ってしまったが、取り
表に出た途端、晴れ渡る空が更に鮮やかに光を降り注いでくる。本格的に眩しいと、エディは実際に目を細めてしまった。窓ガラスがいくらか明るさを遮断してくれていたことに、今更ながらに感謝する。
着の身着のまま飛び出してきてしまったが、すぐに宿舎に戻るのも負けた気分だ。この憎らしい快晴に押し負けるのだけは許せない。
故に、このまま少しだけ散歩をすることにした。あの第一位の試合以降は、絡んでくる騎士も減った。
試合で勝ったおかげなのか、新人のおかげなのか。
判断は付かないが、最近少しだけ風向きが変わった様にも思える。陰口が無くなったわけではないし、取り巻く環境が変化したわけでもないが、過ごしやすくなった。良い気分転換になるだろう。
――と思ったのが間違いだった。
「あっれー? エディ先輩じゃないですか!」
「――っ」
最悪な気分の時に、最低な遭遇をしてしまった。
恨めし気に顔を上げれば、そこには声の調子の通りににやにやしたファルの姿が在った。他に人はいないが、ファル一人でも精神がごっそり削られていく。
二、三分歩いただけで、どうしてこんな奇跡的な巡り合わせをしてしまうのか。やはりこの晴れ渡る憎々し気な青空を殴りつけたい。
「……何か用っすか」
「えー、エディ先輩ってば冷たいですよー。せっかくカワイーイ後輩が声をかけてあげたのに」
「別に。可愛くないっす」
「え!」
素直に返答すれば、ファルが大げさなまでに身を引いた。明らかに「傷付きました」と言わんばかりの悲し気な表情に、苛立ちがうなぎ上りで募っていく。
「酷いです、エディ先輩……っ。前は直接的な暴力でしたけど、言葉の暴力まで……!」
「……用が無いならもう行くっすよ」
「えー! もっとお話ししましょうよ!」
「っ」
通り過ぎようとしたら、思いきりファルに腕を掴まれた。
思わず、ぱしんっと振り払うと、更に悲し気な顔を一層歪ませる。今にも泣きそうな演技は、呆れと共に別の意味で感心した。
「え、エディ先輩が、また……! 暴力を振るうなんて……! ……そんなにオレのこと嫌いなんですかっ? オレはこんなに慕っているのに……っ、酷いですっ」
「……っ、あんた、一体何がしたいんすかっ。ボクに暴力振るわせて、また謹慎処分にさせたいんすか?」
「と、とんでもない! オレは、ただ、……大好きなエディ先輩とお話がしたかっただけで……」
弱々しく語尾を濁らせる彼に、怒りと苛立ちがぶち抜けた。
それでも拳を握り締めるだけで鎮めたエディは、とても優秀だ。自分で自分を褒めてやりたい。
もう無視をして帰ろう。
相手にすればするだけ、思う壺だ。
故に、
「エディ先輩って、あの新人さんととーっても仲良いんですねー」
「――」
反射的に足を止めてしまった。怯える様に、踏み出した右足が跳ねる。
そんなエディの反応を、ファルは獲物を捕らえた様に背中からせせら笑う。
振り返りたくもないのに振り向けば、馬鹿にした様な口の歪め方が目に入る。どうしてすぐに去らなかったのかと、奥歯を苦々しく噛み締めた。
「この前なんか、すっごい距離が近かったじゃないですかー。ぽんぽんって、ボディタッチまでされちゃってー。オレ、恥ずかしくて興奮しちゃいましたー」
「……そうっすか。じゃあボクはこれで」
「カイリ殿のこと、ちゃーんと可愛がっているんですよねえ? 当然、夜もヤサシーク甲斐甲斐しく介護しちゃったりして!」
「――っ! だから、新人は!」
「知らない?」
「――――――――」
勝ち誇った様に聞いてくる言葉は、断言だ。
エディの顔から、引きたくもないのに血が引いていく。ごっと、豪雨の様な音が耳の中で叩きつける様に鳴り響いた。
そんなエディの様子に、益々ファルは目を細める。ぺろっと舌なめずりをする様な目つきで、一気にエディに詰め寄ってきた。
「やっぱりー! 知らないんですよね? カイリ殿」
「……、あんたには関係な」
「
「っ、……ファルっ‼」
「だって、あんなに
「――っ」
ひゅっと、エディの喉で怯える様に音が鳴る。かち、っと一度だけ歯をかち鳴らしてしまった。
彼の前で、こんな弱った態度は見せたくない。
それなのに、止まらない。今や歯だけではなく、全身が奥から押し寄せる様に小刻みに震えた。
嫌だ。知られたくない。
新人には、知られたくない。
〝おい、―――番〟
嫌だ。――嫌だ。
〝新顔が来た。――――が来たら代わってもらうが、それまで――〟
――嫌だ……っ。
「……あ、……っ」
思わず右耳を塞ぐと、くすくすと、ファルの嘲笑う空気が間近で響く。
意識を目の前に移せば、いつの間にかファルの姿が触れられそうなほどに近付いていた。
「
「……っ、新人、は」
「違うって言うなら言ってみて下さいよ。貴方は人には言えない言いたくない知られたくない、はっずかしーい仕事してたって! 口にするのもおぞましい様なこと、子供の時からずーっとしてたんだって!」
「……、あ、……い」
「ああ、でも」
ファルはどこまでも明るく、弾む様に笑う。
顔を耳元から離し、エディの目の前で可愛らしく見上げ。
「知られたら、エディ先輩、彼とはもうおしまいかもしれませんね?」
「――……っ」
「穢いって、軽蔑されて、嫌悪されて、突き放されて。最後にはゴミでも見る様な目で捨てられるんじゃないですか?」
普通の人間は、そうでしたもんね?
ずぐり、と。胸を深く、深く、突き刺された様な激痛が走った。
最初は鈍く、けれどだんだんと心臓が大きく波打って、全てが遠のいていく様な錯覚に陥る。
穢い。軽蔑。嫌悪。ゴミ。
それは、エディが騎士になってから、ずっと浴びせられ続けてきた他人の目だ。その中には濁った好奇も混じっていて、騎士になり立ての頃はフランツ達に助けられてばかりいた。
追いかけられて、捕まって、でも逃げて、また捕まって。
ずっと、ずっと、『人間』として認められなくて。
自分は、いつまで経っても結局その他大勢の『―――道具』でしかなくて。
でも。
〝あ、そうそう。エディ、今朝は水餃子も作りたいと思っているんだけど。良いかな?〟
でも――。
「そうそう。物分かりの良い先輩、オレは好きですよー?」
「……」
「貴方は大人しく、かわいーいオレみたいな後輩だけ見てれば良いんですよ。……エディ先輩?」
ファルが、にまにまと見上げてくる。
けれど、今エディが求めているのはファルの声ではない。
〝例え殴られても、俺の意志は変わらないっ。俺は! 第十三位の一員だ! 彼らを侮辱する奴らは、俺が許さない!〟
声が、聴きたい。
肯定してくれる、声が聴きたい。
〝だから! 嘘をばら撒いたり、暴力振るったり! そんなふざけた真似してきたこいつらはコテンパンにして! 第十三位は良い場所だって証明してやる!〟
「――……っ!」
にやつくファルを振り切って、エディは一目散に宿舎に駆け込む。二、三分程度の距離で良かったとこの時ほど安堵したことはない。
ばん、っと乱暴に玄関の扉を叩き開け、ずかずかと廊下を歩く。食堂はすぐ近くにあるからやはり都合が良い。
そのまま、勢いに任せて食堂に入り込むと、複数の目が一斉にエディに集中した。ぽかん、と一様に呆けた様な眼差しが間抜け過ぎて、エディはようやく少しだけ笑える。
「……。ただいま戻りました」
「おお、お帰り。どうした、そんなに慌てて」
真っ先に答えてくれたのはフランツだ。
リオーネはにこにこと可愛らしく「おかえりなさい」と出迎えてくれ、シュリアはカップから優雅に紅茶を
「騒々しいですわ。せっかくの紅茶が台無しですわ。もう少し静かに入ってきて下さいませ」
「すみませんっす。……」
気を付けます、と続けたかったのに、喉に引っかかった様に声が出てこない。
何故だろうと喉に右手を添えてみたが、特に異常には触れられなかった。あー、と声を出して確かめてみる。
「おう、どうしたよ?」
「あ、いえ、その」
レインが
だが、他の者達も一様に不思議そうに見つめてきた。少し時間を置いてからの方が良かったかもしれないと後悔し始める。
けれど。
「エディ、お帰り」
「――」
ぱたん、と冷蔵庫の扉を閉める音と共に、名を呼ばれた。
のろのろと顔を上げると、新人が小さな器を手に近付いてくるところだった。朗らかに笑って、エディにその器とスプーンを差し出してくる。
「ちょうど良かった。これ、今日のおやつなんだ。食べてみてくれないか?」
「……え」
おやつ。
緩々と壁にかかった時計を見上げると、確かに三時を回っている時間帯だ。なるほど、おやつの時間に相応しい、とつらつらどうでも良いことを考えてしまう。
器を見下ろすと、手のひらサイズの器の中に鮮やかな黄色が綺麗に盛られていた。少し器を振ると、ふるふると可愛らしく揺れて誘ってくる様だ。
「これ、プリンっすか」
「うん。俺が作ってみたんだ」
「え。……新人が?」
「うん。……レインさんの監修の元に」
「ああ、なるほど……」
気まずげに補足されて大いに納得した。
というのも、新人は料理の手伝いはプロ級なのに、作るとなると途端にあらゆるものを爆発させるという特殊な才能の持ち主なのだ。何度か立ち会ったことがあるのだが、彼は本当に何でもなさそうなところで見事に爆発させる。彼一人で作れるはずもない。
「こいつがよ、何かお菓子作りに挑戦してみたくなったんだと。だから、たまたまキッチンにいたオレが手伝うことになったんだわ。最初は簡単お手軽プリンってことで。……けど」
「……レインさん?」
「いやあ、傑作だったぜ。最初はこいつ一人で作ってたんだけど、オーブンに入れたら見事に爆発してよ」
「れ、レインさんっ」
「あんなにきれーに爆発した花火の様なプリンは初めて見たなー。いやあ、貴重な体験だったなー」
「……レインさん!」
両拳を握り締めて抗議する新人に、レインは実に面白そうに腹を抱えていた。からからと笑って机をばしばし叩く彼に、新人がぬぐぐっと恨めしそうに睨みつけている。
それから、観念した様にがっくりと肩を落とした。
「レインさんの言う通り、やっぱり俺一人じゃ無理だったんだ。……これは二回目の成れの果て」
「……いや、成れの果てって。これはちゃんと出来てるっすよね?」
「そうだけどっ。俺にとっては成れの果て! ……一回目の供養、もとい残骸がそこに入っているから」
「残骸……」
ぷーっと今にも膨れそうなほどに新人は
案外負けず嫌いだなと微笑ましくなりながら、エディは「いただきます」とその場で一口食べてみた。
すると、ふるんっと柔らかい感触が舌の上を震える。
あっという間に優しく喉を通っていき、エディの顔がとろける様に緩む。
「……美味しいっす!」
「本当? 良かった。レインさん、エディも美味しいって言ってくれました!」
「そりゃあそうだろうよ。最後、オレが仕上げたんだからなー。オーブン入れ」
「……途中までは、俺も作りました」
「はいはい。そうだなー。合作だなー」
「……はい。合作ですっ!」
次こそは、と新人が意気込んでいるのを目にし、エディの中でほろほろと、何かが
たった、これだけのやり取りだ。何の変哲もない、いつも通りの日常会話だ。
それなのに、あれだけ震えて凍えて遠くなっていった世界が、雪解けを迎えた様に温かく戻って来る。
ただ、他愛のないやり取りをして、プリンを一口
けれど。
「……エディ?」
目の前の新人が、驚いた様に目を見開く。フランツ達も何故か目を丸くして凝視してきた。
何だろうと首を
受け取りながら、何だろうと思ったが、目元が少し熱くて痛い。おしぼりは冷たいはずなのに、何故だろうと不思議に思って――答えに行き付く。
――ああ。ボク、泣いてるんだ。
どこに泣き出す要素があったのだろうか。エディには考えても考えても思い至らない。
それでも、心が叫ぶ様に泣いている。理由は分からないが、そんな気がした。
「……新人とレイン兄さんのプリン、あんまり美味しいんで、ビックリしました」
「……そんなに? 良かった」
「みんなは、もう食べたんすか?」
「うん。でも、一人二個だから。もう一個は、エディが帰ってきてからって話してたんだ。さっき呼びに行ったらいなかったから」
「ああ。ほんの少し、散歩に出てて、……。……ボクも二個食べて良いっすか?」
「もちろん! ちょっと待ってて」
新人の足音が遠ざかる。冷蔵庫を開ける音が遠くで鳴った。
変に思っただろうに、彼は何も言わない。問い質さない。フランツ達も同様だ。何かあったのだと知られてしまったのに。
〝知られたら、エディ先輩、彼とはもうおしまいかもしれませんね?〟
新人に知られたら、こんなに温かくて優しい世界も、ひび割れる様に亀裂が入るのだろうか。
〝穢いって、軽蔑されて、嫌悪されて、突き放されて。最後にはゴミでも見る様な目で捨てられるんじゃないですか?〟
粉々に砕けて、もう二度と戻ってこないだろうか。
「んー。何で爆発したんだろう? レインさん、俺、何か分量間違っていましたか?」
「いやー、……間違ってはいなかったと思うんだけどなー。お前、爆発させる力か何かあるんじゃねえの?」
「ふ、なるほどな。カイリは爆発の天才だからな。カイリにかかれば、全ては爆発の元となるわけだ」
「それ、ただの危険人物ですわよね」
「カイリ様、凄いです♪ 私はちょっと離れたいと思います♪」
「って、爆発させない! 料理以外は!」
「その宣言もどうなんだろうなー」
何事もなかったかの様に、賑やかな会話が流れていく。
そんな空間が居心地が良い。エディにとっては、唯一気が休まる掛け替えのない場所だ。
今のままでも、この第十三位はとても安らぐ大切な場所だ。
しかし、それでも。
「はーあ。今度はエディに手伝ってもらおうかな」
「は? ボクっすか?」
「うん。別の人なら何か気付くことがあるかもしれないし。……都合の良い時、付き合ってくれないかな」
「……良いっすよ。任せて下さい」
「……そうか。カイリは父親よりもエディを優先するのだな……。うむ。そうか。
「え? あ、ふ、フランツさん! そういうわけじゃなくて、あの」
「……親馬鹿息子馬鹿の痴話喧嘩が始まりましたわ。やっていられませんわ」
「シュリアちゃん。痴話喧嘩はシュリアちゃんとのことを言うんですよ?」
「って、何でそうなるんですの!」
「誰との、とは言ってねえけどなー」
「はあっ⁉ そ、そうですわ! ヘタレとは言っていませんわ!」
「……語るに落ちてんぜ、こいつ」
「シュリアちゃんは、ツンデレですから♪」
この賑やかな場所を、本当の意味で安らぐ空間にしたい。
そのためには、きっと隠し事をしていては駄目なのだ。
いつ知られてしまうだろうか。いつどこで誰が話してしまうだろうか。
一生怯えながら暮らしていたら、築けるかもしれない関係も
だから。
一度、新人と話をしてみよう。
エディが本当の意味で前に進むためにも、恐いけれど彼に打ち明けてみよう。
これで関係が駄目になってしまったら、フランツ達には土下座をしよう。あまりに目を覆うほどの事態になったならば、最悪除籍を願い出よう。
だけど。
「んー。プリン、美味しい!」
「おー、自画自賛だなー」
「エディも美味しいって言ってくれましたから。良いんです」
「……そうっすね。レイン兄さんとの合作は美味いっす」
「……いつか、俺のプリンを美味いって言ってもらうからな!」
「はいはい。楽しみにしてるっす」
その、「いつか」が、本当に来ます様に。
願わくば、この関係がいつまでも続きます様に。
深く葛藤しながらも決意して。楽しそうに笑う新人から、祈りを込める様に目を離せなかった。
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