第197話


『どうしてです! 納得いきません!』


 ばんっ! と机を叩き付け、目の前の黒髪の青年がゼクトールに食ってかかる。

 若いな、と思うと同時に、彼らしいと心の中だけで苦笑した。決して表に出さないのは、彼に悟られるわけにはいかないからだ。

 しかし、ゼクトールの心中を全く読み取れない彼は、ただただ性格通り真っ直ぐに異議を唱え続ける。


『エイベル卿がいなくなったんですよ⁉ しかも突然! それなのに何故、捜索を打ち切るんですか! 納得いきません!』


 拳を握り締めて熱弁を振るう彼の隣で、第一位副団長のクリストファーが「カーティス殿」となだめる様に口を挟む。

 だが、それだけで荒れ狂う怒りが収まるはずもなく、カーティスと呼ばれた青年――第一位団長は熱弁を振るい続けた。


『一週間前まで、あんなに元気に笑って駆け回っていた人ですよ! 史上最強の手練れが視界を埋め尽くすほどの数で闇討ちをしてこようとも、むしろ襲ってきた奴に同情したくなるほどの強さで返り討ちにして、笑って引きずり倒す人間が! 何も言わずに行方不明だなんておかしいです!』

『……お前のエイベルへの評価がどんなものか分かるであるな』

『当然です! 俺の父親なんですから!』


 即座に断言し返してくるカーティスが眩しくて、ゼクトールは一瞬目を細める。

 彼は本当に感情表現が素直だ。この真っ黒で陰謀ばかりが張り巡らされる世界で、これほどまでに真っ直ぐで頑固な人間はいない。

 それでも、彼は腐っても団長だ。一応策に足元をすくわれない程度の頭の回転の良さは備えている。悪戯好きな部分も功を奏していた。――難儀な性格だと、ゼクトールも時折同情していた。

 そんな世界で、こんな時まで真っ直ぐだ。少しだけ羨ましいと、ゼクトールは感傷的になる。



『ゼクトール卿! お願いです。もう少しだけ俺に捜索を』

『……。教皇が、もはや必要ないと言っているのである』

『な……っ』



 教皇という単語に、カーティスが絶句する。クリストファーの表情も険しくなった。

 ゼクトールは、もうエイベルに関してはこれで終わらせるしか道は残されていなかった。他ならぬ教皇がそれを望んでいる。誰にも正体を知られてはならない、と。

 故に、ゼクトールもそれで押し通すしかない。


 教皇が誰なのかを、世間に知らしめてはいけない。


 まさか、そんな規則になっているとは思わなかった。

 元々秘密が多かったが、規則とまでされているとなると、ゼクトールも生半可には逆らえない。

 教皇は神秘の存在でなければならない。騎士や民に、同じ人間でも遥か彼方の至高の存在と思わせなければならないのだ。


 だからこそ、今まで教皇の世代交代は秘密裏に行われてきた――という話だった。


 だが、ゼクトールが真実を話したくないのは、決してそれが理由ではない。


『……何で、猊下げいかが、そんなっ。……普段は騎士一人になど見向きもしないくせにっ!』

『カーティス』


 わなわなと震えてうつむくカーティスに、ゼクトールは淡々と告げる。

 これ以上、彼にエイベルについて関与させるわけにはいかない。今の教皇を目にしたからこそ、ゼクトールは強く決意した。



『これは命令だ。――エイベルの捜索は打ち切る』

『――っ』

『今後一切、彼の件には手出し無用。……わしの方でも、少し探っておく』



 それで手を打て。

 厳命だと圧迫する様に告げれば、カーティスは愕然がくぜんとした顔でゼクトールを見つめてきた。快活な彼の瞳からゆっくりと光が消えていく様子に、心の向こう側できしむ様な音が鳴る。

 だが、これは最重要機密事項だ。カーティスがいくら精鋭の第一位団長とはいえ、所詮はまだ聖歌騎士。上層部の秘密に関わらせるわけにはいかない。


『カーティス殿。……今日はこれで引き下がりましょう』

『クリス! しかしっ』

『教皇の命令に、ただ突っ走るだけで対抗出来るはずがありません。……ゼクトール卿も探るという言い方をしています。良いですか。希望はまだあるんです』


 クリストファーの言葉の選び方に、ゼクトールは内心で感謝する。

 ただ「無理だ」と告げるよりは、よほど効果的な説得だ。カーティスの暴走を上手く制御しているだけある。彼を副団長に任命したのは間違いではなかった。

 カーティスの親友であるフランツも、どちらかというとカーティス寄りだ。副団長にしようか迷ったこともあったが、二人を並べていたら何処までも真っ直ぐに突っ走って危なかったかもしれない。

 クリストファーの懸命な説得に、カーティスも渋々折れた様だ。重々しく吐き出す息は、まるで底なし沼の如く深い。


『……分かりました。今夜は、これで』

『うむ』

『……、……父さんのこと。本当に』

『無論。――任せておけ』

『……』


 視線を逸らさずに、ゼクトールはカーティスの目を見つめる。

 彼はしばらく強すぎるほどの視線を貫いてきたが、やがて観念した様に目を伏せた。ぎりっと、奥歯を噛み締めている姿が痛々しい。最後に「父さん」と漏らしたのが、彼の心の全てを物語っていた。

 だが、これ以上どうしようもない。ゼクトールに出来ることは、せめて彼を教皇から遠ざけることだけだ。

 そう。



 ――彼を、決して教皇と間近で会わせてはいけない。



 その後に起こる悲劇が目に見える。

 扉を閉めて部屋から出て行く彼の後ろ姿は、意気消沈として、陰っていた。いつどんな時でも部下を元気良く鼓舞し、笑顔で率いる団長の姿とはかけ離れている。

 だが、それも致し方ない。


 家族と不仲の彼にとって、エイベルのことを実の父よりも父として慕っていた。


 本当に仲が良く、しょっちゅう家に招かれていたのも知っている。公私ともに仲が良く、周囲もカーティスはエイベル達の息子として認識している節があった。

 そんな彼だからこそ、今の教皇と顔を合わせたらどうなるか。推して知るべしである。

 だから、これで良い。

 エイベルの妻が寝込んでしまったことが気がかりだったが、彼女にだって真実は話せない。

 エイベルは、これから教皇として一生を国に捧げていく。

 その秘密を、ゼクトールも一生抱えて生きていくのだ。

 例え。



〝いつか一緒に、この国変えてやろうぜ! ゼクトール!〟



 今の彼が、彼らしくなくなっていたとしても。











 だが、事件は空しくも起こる。

 それは、一年後にエイベルの妻が病死した直後のことだった。


『カーティス!』


 クリスから土下座する勢いで告げられた報告で、ゼクトールはカーティスの元にすっ飛んで行った。

 宿舎であったが、周りの目など気にしている余裕は無かった。ただただ彼の姿を一目見たい一心で駆けた。

 そうして彼の部屋に飛び込んだ時、ゼクトールは果たしてどんな顔をしていたのか。己の顔をこれほど見たくないと思ったことは無かった。

 部屋の中は夜だというのに、明かり一つ点いてはいなかった。

 普段の騒がしい空気も跳ねてはおらず、死んだ様に眠っている。廊下から差し込む光が無ければ、ベッドの上に人がいること自体に気付けなかったかもしれない。


 それほどまでに、カーティスはひどく静かだった。


 ただただ息をするだけの人間。

 一瞬生きていないのではと、背筋が凍る思いがした。ぞくっと、震えが全身を駆け巡る。


『……、カーティス……っ』

『――。……ゼ、……っ』


 ゼクトール卿、と呼び掛けたのだろうか。

 しかし、カーティスはそれ以上言葉を吐き出さなかった。のろのろと顔を上げ、ひたすらにゼクトールを見つめてくる。

 夜空の様に綺麗な瞳は、いつもは太陽の様に明るい光を宿しているのに、今はその兆しすら見当たらない。虚ろな視線は真っ直ぐなのに、激しく津波の様に揺れていた。

 絶句するゼクトールに、カーティスは震えながら唇を開く。



『お――、さん』

『――』



 ゼクトールに向かってその呼び方をする時は、彼の心がひどく弱っている時だ。

 正確に言うならば、この第一位の宿舎でゼクトールを呼ぶ時の話だ。彼は色々破天荒だし能天気な部分もあるが、公私はきっちりわきまえている。冗談交じりに口にする時以外、彼はきちんと呼び名は守っていた。

 変なところで、頑固で律儀な人間だ。

 それなのに、彼は今、己に課した規律を破っている。


『どう、して』

『……カーティス』

『……、……教皇、は』


 ぼろっと、彼の心が決壊した音がする。

 耳にしたゼクトールの心も、亀裂を立てる様に割れた気がした。

 言うな。

 苛烈かれつな願望は、しかし叶わない。



『教皇は、……エイベル卿、なんですか』

『……っ』

『――っ!』



 がたん、と大きな音が彼の心と共に立つ。

 ベッドを蹴り上げて、彼は立ち上がっていた。

 混乱と絶望でひどく荒ぶる音と共に、彼はただただ拳を握り締めて、暗闇の中に凄惨に立ち尽くしていた。



『お、れ、……の、……っ』

『……』

『どうして、……っ、……俺、の、……父さんは……っ』

『……っ』

『――困っている人を決して見捨てない! 正義感の強い、明るくて、優しい、俺の自慢の父さんはっ! どうして、……どうしてっ‼ あんな冷酷で卑劣でクズな教皇になってしまったんですか……っ⁉』



 後にも先にも、彼が激しく取り乱した姿を見たのはこれっきりだった。











『猊下!』


 激しい足音を立て、挨拶もそこそこに、ゼクトールは教皇に続く部屋の扉を叩き開ける。

 傍に控えていた近衛騎士達が慌てていたが構うものか。どうしても伺いたい義があった。


『ゼクトール。騒々しい』

『騒々しくもなります! 何故! カーティスに面通りを許したのです!』


 そう。

 カーティスは、ゼクトールの忠告を無視し、教皇に強引に会いに行った。

 恐らく、エイベルの妻が病死したからだろう。彼女は、最後まで夫に会いたがっていた。それをカーティスも知っていた。毎日看病をしに帰っていたのだから。

 故に、エイベルの捜索を打ち切った教皇に、どうしても一言物申したかったに違いない。クリストファーに監視を頼んでいたが、彼の網の目さえ掻い潜るあたり、やはりカーティスは優秀だ。腹立たしい。

 教皇の正体は、誰にも知られてはいけない。ゼクトールが真実を知っているのは、教皇の傍近くに教皇を知る味方が欲しいから。ただそれだけだ。

 カーティスが知れば、絶対にややこしいことになる。ただでさえ、教皇の日頃の非道な行いに不満を募らせていたのだ。



 それを、父と慕うエイベルが行っていると知ればどう思うか。



 結果は推して知るべしだ。

 それなのに。


『カーティス。そろそろ、一度、会っておきたかった』

『何故! 貴方は、正体を知られてはいけないと、前教皇に固く誓わされたと言っていたでしょう!』

『会って、良かった』

『はあっ⁉』

『これで、前段階は整った』

『――』


 前段階。


 あまり喜ばしい単語ではない。耳にした瞬間、教皇の口元が吊り上がったのが分かった。

 一体何の話か。いくつか推測は成り立つが、どちらにせよ良い予感はしない。

 カーティスは聖歌騎士だ。そして、上に盾突くことをいとわない極々普通の正義感に溢れた騎士でもある。

 今までもそういう騎士は何人もいた。

 彼らがどんな末路を辿ったか。嫌な予感ばかりが膨らみ、ゼクトールは「猊下」と焦燥と共に押しとどめる。


『とにかく。もう勝手にお会いになるのは止めて頂きたい。せっかく色々と抑え込んできたというのに』

『抑え込む。無駄』

『……っ』

『だから、会った。……存外、大人しかったが』

『――』


 くっと、喉で笑う彼は、本当にエイベルなのだろうか。

 今まで見ないふりをしてきた疑問が、ぶわっと噴き上がる様にゼクトールを埋め尽くしていく。

 彼が、こんな風にカーティスをおとしめるはずがない。



〝はっはー! そうそう。子供は素直が一番ってな!〟



 彼にとって、カーティスは。



『ゼクトール。監視、しろ』

『……猊下っ』

『騒ぎ起こさない限り、何もしない。……それで手を打つ』



 手は出さない。

 そう宣言したことを意外に思う一方で、当然だと断じる自分がいた。

 彼が、カーティスに何かするはずがない。例えこれだけ様変わりを起こしていても、彼はまだカーティスを認識している。ゼクトールのことも友だと認めているのだ。

 故に、まだ大丈夫。

 そうだ。



 まだ、大丈夫。



 それがひどく無意味な言い聞かせに聞こえたが、実現させる。

 ゼクトールに打てる手は、せめてカーティスを常に監視して行動を制限させることしかなかった。

 けれど。











『……ゼクトール卿っ!』


 その後の二年間、カーティスが大人しくしているはずがなかった。

 教皇に度々異を唱え、真っ向から立ち向かっていった。ゼクトールやクリストファーの監視の目を掻い潜り、彼は己の心に嘘を吐くことなく貫き通した。

 だから。


『クリストファー殿か。どうした』

『ゼクトール卿っ。カーティス殿を見ていませんかっ!』

『……? 何?』


 嫌な予感がした。

 クリストファーの青ざめた顔は、ただ事では無いと一発で見抜けてしまったからだ。

 どうして今日に限って、ゼクトールは会議を行ってしまったのだろう。

 何故、あの子から目を離してしまったのだろう。



『カーティス殿と、……第一位の騎士二十名が、いつの間にかいなくなっているんです』

『――』

『……ゼクトール卿っ。……申し訳、ありません……っ!』



 土下座をする様にクリストファーが深く深く頭を下げる。

 彼を責めることなど出来はしない。彼も確か本日は、市内で教皇退去を唱える過激派が騒ぎ始めたということで、鎮圧しに行ったのだ。批判の対象が教皇ということで、第一位が出ざるを得なかった。

 故に、気付いてしまった。――気付きたくなかった。



〝俺、馬鹿ですね〟



 教皇に、全てはかられたのだと。



〝もう、帰って来ないって。分かっていたのに〟

〝それでも〟

〝もしかしたら、また。一緒に笑えるんじゃないかって〟



 ゼクトールも、カーティスも、謀られたのだと。

 彼は、友を、息子を、謀ったのだと。



〝――もう一度、一緒に笑いたかった〟



 気付きたくなど、無かった。











 かつかつと、長い廊下を歩きながら、ゼクトールは長い長い過ぎ去りし日を回顧する。

 両腕には、人一人分の重みがずっしりとのしかかっていた。息苦しそうに時折唸る声に、ゼクトールは思わず腕の中を見下ろしてしまう。

 黒く艶のある髪をした一人の少年。まぶたを閉じた中には、父によく似た夜空の輝きを灯す双眸そうぼうが閉じ込められている。



 カイリ・ヴェルリオーゼ。



 またの名を、カイリ・ラフィスエム。



 それが、彼の名だ。

 カーティスとティアナという二人を親に持った、心優しき聖歌騎士だ。


「……、愚かな」


 本当に愚かだ。

 彼は警戒心が強いはずなのに、何故だろうか。初対面の、怪しさが満載だったはずのゼクトールと、慣れないながらも交流を図っていった。

 もちろんゼクトールがそうなる様に仕向けたのだが、予想以上に彼の方から懐いてきてくれた。

 楽しそうに一緒に鳩に餌をやり、楽しくもないはずのゼクトールとの会話で屈託なく笑う。

 頑固で真っ直ぐで結構な向こう見ず。臆病なのに、そのくせ己の心に従って、信じられないほどの強さを発揮する、優しい強さを持つ少年。


 本当に、父にそっくりだ。


 両親は彼を誇りとしているだろう。

 だが、父に似て本当に愚かに過ぎる。少しは己を顧みる力も持った方が良かった。



 だから、こんな狡猾こうかつな老いぼれに騙される。



 今ゼクトールに抱え上げられているのが良い証拠だ。

 ゼクトールを慰めようとするから、簡単に捕えられた。


「本当に、愚かである」


 一歩一歩床を踏みしめるたび、彼の体重が腕に重みをかけてくる。一人の命の重さを受け取った様で、何となく落ち着かなくなった。

 もう一度見下ろした彼の顔は、ひどく苦し気だった。当然だろう。裏切られた上、無理矢理寝かされたのだ。寝苦しいに決まっている。

 そう。無理矢理眠らされたから。



〝俺、おじいさんと出会えて嬉しいんです〟



 脳裡のうりに響くのは、彼の声だ。

 まるで目の前の彼が直接喋ったかの様に、強く鮮明に頭の中に木霊する。

 彼と接触したのは、計画のためだ。彼がこれ以上ないほどの条件を揃えた餌だったからだ。

 それ以外、何も考えてなどいなかった。本当だ。

 もう、ゼクトールには資格がない。彼を餌にすると決めた時点で、それ以上でも以下でもなくなった。

 それなのに。



〝……でも、……俺、祖父母っていないから。……本当のおじいさんがいたら、こんな感じかなって思う時もあるし〟



 彼の嬉しそうな声が、やけにこびり付いて離れない。耳元でも、頭の中でも、心の中でも、強力に貼り付いてがせなかった。

 ゆっくりと歩いている内に、教皇の御座おわす部屋が近付いてくる。

 一歩、一歩と着実に、この少年との終わりが近付いている。

 もうとっくの昔に部屋に辿り着いていても良さそうなものなのに、何故こんなに時間がかかっているのだろうか。早く教皇の元に連れて舞台を整えなければ、邪魔が入る可能性が高い。どうせ第十三位はじっとなどしていないだろう。ケントだって、すぐに戻って来る。無理矢理にでもこの最上階にまで駆け上がってくるかもしれない。


 それなのに、ゼクトールは直通のエレベーターではなく、わざわざ階段を使ってこの階まで登ってきた。


 一部にしか知られていないが、教皇の階への直通のエレベーターというものが、教会の奥に隠されている。あまりに高すぎる階にあるため、技術を駆使して、即座に高低を行き来出来る機械を作り出したのだ。

 それでも、ゼクトールはそのエレベーターを使う気にはなれなかった。

 早く辿り着かなければ、邪魔が入って台無しになるのに。


「……愚かであるな」


 ぽつりと何度も繰り返す。もはや誰に対して放っているのか分からなくなる。

 この少年はこれから酷い目に遭う。それをゼクトールは手伝う。

 その時、彼の心はどれほどの絶望に叩き落されるのだろうか。余計な些末事なのに、淡々としながらもつらつら思考してしまう。

 あの部屋をくぐれば、全ては終わる。

 二人の関係もあっという間に瓦解するだろう。

 だから。



〝それに、一緒に鳩に餌をあげる仲間ですから。色々励ましてもらっているし、感謝しています。だから、……お土産、受け取ってもらえると嬉しいです〟



 はにかんで無邪気に好意を向けて来る彼の姿も、もう見納めだ。



「――愚かなのは、わしの方か」



 道化を演じていたのも、ゼクトールだ。

 思い入れなど無かった。餌にすることに罪悪感が無いわけではなかったが、所詮は同情の意味合いが強かった。あの二人の子供だというのに、どこか他人事に感じられた。

 ケントのことだって、計画のためには面倒な存在でしかなかったはずなのに。


〝いいえ、変わります。答えと理由如何いかんによっては、遠慮なく排除するつもりなので〟


 今では――。


「……。……終わった後のことなど、わしにはもう関係ない」


 そうだ。今はもう、計画を遂行して、目的を達成することしか考えてはいけない。

 友との誓いを果たすため。――果たすために。

 だが。



〝俺、おじいさんと出会えて嬉しいんです〟



 かつん、こつん、と。廊下に乱反射する足音一つ一つに、一抹の何かを置き去りにした様な感覚を、ゼクトールは振り返りたくて堪らなかった。


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