第144話


「おお……それではもう、女性が怯えて夜を過ごすことも無くなったのですな」


 馬屋の主人が、顔を緩ませて胸を撫で下ろす。

 カイリ達の帰還が明日に迫った日。最初にルナリアに着いた時に心を痛めていた馬屋の主人に、事件の結果の報告をするために訪れていた。

 最初はフランツも来る予定だったのだが、教会との今後のやり取りを含めて多忙だ。故に、レインとエディ、リオーネと共に街中を回ることにした。シュリアはフランツの補佐に渋々付き合っている。


「本当に良かったです。このことを、もう同僚達にも伝えて構わないのですね?」

「ああ、安心しろよ。今後、夜に切り裂き魔が出ることはねえよ」

「ああ……良かった。……しかし、そのせいでカイリさんが大怪我を負うことになるとは。……その、大丈夫なんですか? さっきからアーティファクトが、カイリさんを見てぶひぶひ鳴いて今にも飛び出しそうなんですが」

「ああ……ははははは」


 頭をきながら、カイリは今の己を見下ろす。

 カイリは現在、自分の足で大地を歩いてはいない。車輪の付いた椅子に腰を下ろし、レインに押してもらっている。

 もう一応歩けるまでに回復はしているのだが、明日からまた長旅が始まる。フランツに「体力は極力温存しろ」と厳命され、カイリは外を出歩くのに車椅子を使う羽目に陥っているのだ。傍から見たら何事かと思われるのも無理はない。


 実は、孤児院を出る直前までラッシーが傍にいてくれたのだが、外に出た途端消えてしまった。


 大怪我を負ってからは眠っている間もずっと付き添ってくれていたから、少しだけさみしかったりもするのだが、贅沢な悩みだろう。――シーツの下から、「きゅっ!」と元気よく短い右手を上げて飛び出すたび、天に昇る心地だ。充分である。


「大丈夫です。もう歩けるんですけど、その」

「うちの団長が親馬鹿だからよ。カイリが可愛くて仕方がないんだわ」

「なるほど! カイリさんは、あの王様気質のアーティファクトさえ手なずけた、わば天才調教師の様なもの! つまり、カイリさんにかかれば、皆さんが瞬時に下僕になるわけですね!」

「違います」


 うんうんと納得顔で頷く主人に、カイリは真顔で否定した。レインが腹を抱えて爆笑し始めたが、背中を張り倒したいと切に願う。

 というより、何故主人もぶっ飛んだ方向へ思考が転がるのだろうか。あのアーティファクトの世話をしていただけある、ということなのかもしれない。


「って、ああ。ほら。アーティファクトが……」


 主人が言うが早いが。

 ばりいっと豪快に柵を体当たりでぶち壊し、アーティファクトが一直線にカイリの方へと飛び込んでくる。

 うわ、とカイリが彼の頭を抱えると、彼は嬉しそうに顔をりつけてきた。


「アーティファクト。こら。言うこと聞かないと駄目だろ?」

「ひひーん!」

「ああ……アーティファクトが、こんなに従順に……。良いご主人に巡り会えて良かったなあ」


 ほろりと嬉し涙を流す主人に、カイリは苦笑を零してアーティファクトの頭を撫でる。気持ち良さそうに目を瞑る彼に、カイリもほだされてしまった。


「アーティファクト。また明日からよろしくな」

「ひひん!」


 任せとけ、と言わんばかりに頭を上げて胸を張る彼に、カイリも笑みが零れる。その様子に主人がまたも「ああ……これが下僕効果……」と目をきらきら輝かせて見つめていた。断固として否定したい。

 そんな風におおむね和やかに会話をしていると、主人が「あ」と顔を輝かせた。



「おーい、コレット!」

「……あ、旦那さん」



 ちょうど馬小屋から出てきた二人の内の一人を呼び、主人が手招きをする。

 二人の片割れである女性を見た途端、カイリは「あ」と目を丸くした。見覚えのある面立ちに、胸を突かれる様な思いを味わう。


 確か、カイリが一人で街へ飛び出した時、一生懸命友人を慰めていた女性だ。


 なるほど。彼女が、主人が最初に言及していた女性なのか。確か、友人が被害に遭って憔悴しょうすいしていると言っていた。

 あの時は懸命に泣き喚く女性をなだめ、泣くのを堪えている様な空気だった。少しだけ瞳が腫れぼったい。ちゃんと泣けていたのなら良いとカイリはこっそり目を伏せる。


「旦那さん、どうしたんです?」

「前に話していた騎士の人達ですよ。今、馬をお預かりしている」

「ああ、……。……もしかして」

「そう。……事件は解決したそうだよ。犯人も……もういない。もう、夜に怯えなくてもすむ」

「そう、ですか、……っ」


 じわっと、彼女の目が潤んでいく。一緒にいたもう一人の男性が肩を叩いて慰めていた。


「そうですか、……そうですか……っ。ありが、とうござい、ます。……これで少しは、……あの子の無念も、晴らせたのでしょうか……っ」

「……」

「あの子の彼氏にようやく良い報告が出来ます。……全ては、もう、……遅いかもしれませんけど、でも、……でも……………………っ」


 両手を覆って泣き崩れる彼女に、カイリ達は何とも言えない表情を浮かべる。



 実際の犯人は未だ生きたままだ。



 既にこの街を発ち、世界の謎の解明のために情報収集にいそしんでいるとは口が裂けても伝えられない。

 犯人もまた教会の被害者だったが、そんな理由で彼らの怒りや憎しみが収まることはないだろう。むしろ何故生きているのかと責め続けることになるかもしれない。

 故に、これで良いのだろう。犯人が捕まって死んだことで、一応の片は付いた形になる。

 だが。


 仇が死んでも、カイリの心は晴れなかった。


 だから恐らく、彼らの心もしばらくは晴れないままだろう。

 けれど、彼女達は一人ではない。支えて、共に生きてくれる人達がいる。

 時間はかかるかもしれないが、彼らも己の心に向き合って顔を上げて生きていく日が必ずくるはずだ。

 カイリが今、少しでも立ち直れた様に。彼女達もきっと、優しい主人や友人達に寄り添われ、生きていける。そう信じたい。

 カイリも、ここからまた生きて、己の足で歩いていく。優しい家族や仲間に支えられて、顔を上げて生きていきたい。

 だが、せながら泣きしきり、顔が全く晴れない彼女の顔を見ると、まだまだ時間はかかるだろう。別の道へ転がらないかと、少しだけ不安にもなる。

 だから。


「……俺も……」


 ぽつりと、カイリは零す。口をついて出たのは、自然の流れだった。

 女性が泣きながら顔を上げてくるのを見つめ返し、カイリはあごを引いて口にする。


「俺も、大切な故郷を二ヶ月前に滅ぼされました。……両親も、友人も、優しかった村人達も。……もう、いません」

「え、……。……っ、……あっ」


 まさか、と唇だけで女性が漏らす。傍で聞いていた主人も男性も、可能性に思い至ったのか目を大きく見開いた。

 カイリの村は、ルナリアとは交流があったはずだ。両親や村人も近くのこのルナリアに商品を買い付けに来ていたのだから、村の存在を知らないはずがない。

 当然、滅んだことも知っているはずだ。

 口にすれば、胸が痺れる様に痛む。苦しくて、辛くて、傷は未だに癒えていない。

 それでも。



「仇は目の前で死んで、でも憎くて、辛くて。……ずっと苦しかったんですけど」

「……」

「それでも、……俺にはまだ、支えてくれる大切な人達がいます。ここにいる仲間はもちろん、聖都に帰れば友人やその家族が。……俺の傍に、いてくれるんです」



 彼らがいるから、カイリは今まで生きてこられた。笑えたし、怒れたし、胸に開いた穴を少しでも埋めることが出来た。


「これからも、悪夢にうなされて飛び起きることはあると思いますけど。それでもきっと、大丈夫だって信じているんです」

「……、どうして、ですか?」

「……彼らと生きる時間は、……俺にとってとても楽しくて幸せな時間だから。憎しみや悲しみだけで生きるよりも、ずっと、ずっと、心が求めている時間だから」


 憎むのも悲しむのも、とてもエネルギーがいる行動だ。ずっと続けていたら摩耗まもうして、心がいつかすり減り過ぎて無くなってしまいそうな気がする。

 その疲れた心を癒してくれるのが、彼らと過ごす時間だ。彼らといる時、カイリは確かに前を向く力をもらっている。


「時間はかかっても、……少しずつ全てが無くなった時の衝撃が薄れていっても。……亡くなったみんなと過ごした思い出は無くならない。憎しみや悲しみが癒えても、それはきっと彼らに対する裏切りじゃないから」

「……」

「それに、みんなに生きろって言われたんです。笑って生きて欲しいって。……それが、彼らが願ってくれた最後の祈りだから」

「――っ」

「俺は、どれだけ時間がかかってもそういう生き方をしたい。……きっと、あなたのお友達も、そうなんじゃないかって。……俺は、思います」


 本当にその友人が願ってくれているかは分からない。


 だが、これだけ哀しみ苦しんでいる姿を見るのは、友人としてはとても辛いものがあるのではないだろうか。カイリが同じ立場だったら、やはり苦しくてもうやめて欲しいと願ってしまう。

 女性は再びぼろぼろと泣き出してしまった。顔を覆って嗚咽おえつを上げ、何度も何度も小さく頷く。

 カイリの言葉が、どれほどの効果を発揮するかは分からない。それでも言わずにいられなかったのは、カイリ自身が同じ経験をして苦しんだからだ。

 立ち直るのにひどく時を要しても、いつかは立ち上がれる様に。そう願いながら、カイリは空を仰ぐ。


 見上げた空の色は、晴れやかなほどに透き通った蒼い笑みを見せていた。











「何だい。あんたはまだここにいたのかい」


 部屋で荷造りをしているフランツの元へ、アナベルが呆れた様に顔を出した。

 孤児院にいてはいけないのだろうかと、フランツは首を傾げて彼女を見上げる。


「何だ。俺がここにいたら駄目なのか?」

「ああ、駄目だね。……と言いたいところだけど、違うよ。あいつらは外へ出てるだろう? あんたも出てたんじゃなかったのかい」

「教会での仕事は終わったからな。シュリアもパン屋へ行くと言って別れたし、俺は残りの荷物を整理していたところだ」

「……真面目だねえ。おちゃらけた発言ばっかりしてるくせに」

「ふむ? そうだったか。俺はいつだって真面目だぞ」

「……。……あんたの顔に、思いきりパイ生地を叩き込みたくなったよ」


 心底胸糞悪いと顔だけで言いながら、アナベルが吐き捨ててくる。むしろ、言葉だけでパイを投げてきそうだ。

 前から思っていたが、何故そんなに彼女は怒るのだろうか。フランツには理解しがたい。


「カイリはみんなにお土産を買いたいと言っていたしな。遅くなるのではないだろうか」

「……わざわざ車椅子まで使ってね。あの子はどこまでも物好きだねえ」

「そうだな。……俺と家族になりたいと言ってくれる時点で、充分物好きだろう」

「……」


 そうだねえ、という同意は得られなかった。

 不思議に思って顔を上げると、アナベルは口をへの字に曲げ、眉尻を吊り上げている。

 また怒らせたのだろうか。よく分からないが謝っておくべきだろうかと悩んでいると、アナベルが割って入る様に溜息を吐く。


「あんたは……変なところで後ろ向きだね」

「……そうだろうか」

「ああ。変わったよ、お姉様を奪っていった当時から。手に入れたいものは真っ直ぐに手に入れるクズだったのに」

「……。……時間が経てば、人は変わるものだ」


 メリッサを失った日のことは今でも忘れられない。仲間達を全員洗脳されてむざむざ死なせてしまっただけではなく、残酷な結末をメリッサに行わせてしまった。その結果、パリィまで殺人鬼に走らせて苦しめた。

 あの日から、フランツは自分を守る者が恐い。家族を持つのが恐かった。

 それなのに、カイリの未来を見てみたいと願って勝手に家族にしたのは、フランツが心の何処かで家族を欲していたからだ。結局一人で生きることが出来ない弱い人間なのだと思い知らされる。


「けど、あの子とちゃんと家族として生きるんだろう?」

「……、ああ」

「だったら、もっとしゃんとしな。あの溶岩頭も言ってたが、どうせ後悔するんなら、手に入れてから後悔しな。その方が後悔が少なくてすむ」

「……、ああ」


 そうだな、と吐息の様に賛同する。

 カイリが目の前で死にかけた時、フランツはそれこそ死ぬほど後悔した。カイリの心を傷付け、完全に和解出来ず、家族未満のまま別れることになるかもしれないと。

 家族として迎えようとしたから死ぬのかと弱音も零したが、それ以上にカイリと何も話せないまま永遠の別れを迎えることの方がよほど恐かった。

 確かに彼らの言う通りだ。どうせ何を選んでも後悔するのならば、自分の心に従って後悔した方が万倍もマシだ。



「正直、家族というものを持ったのがメリッサとお前が初めてだったからな。……親としてどう接すれば良いのか分からないのだが」

「はあ? 適当で良いんだよ、そんなもん」



 腕を組んでアナベルが呆れた声で突き放す。

 適当で良いのか。フランツは疑問ばかりが生じるが、彼女からすれば当たり前のことだと言いたげだ。


「言っとくけど、適当といい加減は違うからね」

「……違うのか」


 アナベルの言うことは時折難しい。

 だが、何となくいい加減なことを指しているのではない、ということも理解は出来た。


「何でもかんでも神経質になってたら、互いに気詰まりして駄目になるよ。相手を『思いやる』のと『気を遣う』ってのはぜんっぜん違うものだからね」

「……違う、か」

「そうだよ。親も子もただの人間なんだ。ため込みすぎてたら、いつまで経っても互いのことなんて分からないさ。言わなくても伝わるってのは、ただの甘えだよ」

「ため込み過ぎない……。甘え……」

「そうだ。言いたいことは言って、適当に我がまま言って、適当に喧嘩して、……きちんと目を見て話すことだね。愛情を込めることも忘れるんじゃないよ」

「……愛情を込めながら、我がままを言ったり、喧嘩をするのか?」

「当たり前だろう。愛情が無かったら、そりゃただの独りよがりさ。そうすりゃ、ぶつかり合いながらでもちゃんと距離は縮まるさ」

「……喧嘩。喧嘩か……」


 相手が意固地になったり壁を作ったりしないだろうかと不安になったが、アナベルは、はっと馬鹿にする様に鼻で笑う。



「あんた、ほんとに不器用だねえ。喧嘩して駄目になるなら、所詮しょせんはその程度の仲ってことさ」

「そ、その程度……」

「ま、中には親子だからこそ許せないっていう場合もあるから、一概いちがいには言えないけどね。その時は相当根深いだろうね」

「……」

「だからこそ、そうならない様に。喧嘩をしても、頭に血が上っても、相手の言葉はちゃんと聞いてやるんだよ。その時すぐには飲み込めなくても、頭が冷えて冷静になったら、相手が言いたかったこと、伝えたかったことを考えるのさ」

「……考える」

「そうだよ。例えその時は駄目になっても、疎遠になったとしても、きちんと相手を思う気持ちがあれば大丈夫さ。どれだけの時間が経ったとしても、距離が離れたとしても、後々ちゃんと心に残ってるって気付ける時がくる」

「……、……そういうものか」

「ああ。……それに、あんた達は二人だけじゃないんだろう? 周りには、あの溶岩頭をはじめとして、優秀なサポーターがいる。頼ればいいだろ」

「頼る……」



 個人的なことに巻き込んでも良いのか。

 目が覚める様な思いだ。視界が急激に開けた様に明るくなる。そういえば、シュリアもルナリアへ来る前に「適当」という言葉を使っていたなとおぼろげに思い出す。

 そうか。適当で、良いのか。すとん、と心に彼女達の言葉がようやく落ちてくる。

 そんなフランツの衝撃を読み取ったのか、からからと更に馬鹿にする様に笑った。


「はっ。お姉様がいかに優秀だったかが分かるね。お姉様は上手くあんたをサポートしてたってわけだ」

「……、そうかもしれんな。彼女と一緒に暮らしている時は、そんな不安は抱かなかったな」

「ふっ。流石はお姉様。あたしの自慢の姉だね。あんたにはほんっとうにもったいなさすぎたね」

「……ああ」


 本当に良い妻を持った。

 そして、こんな風にアドバイスをしてくれる義妹も持てた。

 しかも、今度はあれだけ可愛い息子も持てる。

 フランツは何と果報者だろうか。


「親子だからって、初めから上手くいくもんじゃないよ。失敗を繰り返して、一緒に成長していくもんだ」

「一緒に、か」

「ま、せいぜい頑張るんだね。あの子に愛想をつかされたら笑って馬鹿にしてやるよ」


 ふふん、と腕を組んで見下され、フランツは俄然がぜんやる気が湧いた。まだまだ不安もあるが、カイリと家族になると決めた今、くじけるわけにはいかない。

 それに。



「……感謝する」

「……は?」



 いぶかし気に眉根を寄せる彼女に、フランツは静かに笑う。

 嫌々ながらもこうして発破をかけてくれる彼女は、とても優しい人間だ。この姉妹は根っこが本当によく似ている。

 彼女達の親が、とても優しくて良い人だったからだろう。

 願わくば、フランツもカイリに対してそういう親になれたらと願う。


「お前からの手紙は……一度も返すことはなかったが、全て読んでいた」

「……、そうかい」

「全部、大切に大切に保管してある。……読むのが辛くもあったが……それでも、俺にとっては唯一の家族とのつながりだったからな」

「――」


 彼女の相槌あいづちが止まる。微かに息を呑む音がしたが、気付かないふりをする。

 彼女からの手紙の内容は、姉にまつわる話ばかりではあった。あの時本当は何があったのか、とも書かれていた。



 その合間に、短く――本当に短くだが、フランツを気遣う言葉もつづられていた。



 憎かっただろうに。思い出すだけで辛く、悲しかっただろうに。

 それでも彼女は定期的にフランツに手紙を出してくれた。生きているかと確かめる様に。

 真実を話すことは出来ない。話せば、彼女まで教会の黒い陰謀に巻き込むことになってしまう。

 だから、憎まれたままでも良い。

 だが。


「これからも……返事を出すことは出来ない」

「……」

「だが、……返事の代わりになる様なものを、出せる時は出す様に努力しようと思う」


 教会の審査を通すことになるが、ルナリアの教会の詰所を通して物を贈るくらいは出来るだろう。ルナリアの詰所の怠慢があらゆる方面で酷かったとか、体制を立て直すためとか、孤児院への寄付など、いくらでも理由は付けられる。

 彼女が例え家族だと思ってくれなくても、フランツにとっては物心がついてから初めて出来た家族だ。せめて思うことだけは許して欲しい。

 話をどう続けて良いか分からず黙々と荷物の整理を再開すると、アナベルはふっと微かに笑う。

 顔を見たわけではない。

 だが、確かに笑った気がした。



「せいぜいお高いものを贈ってくれることを期待しているよ。――お義兄様?」



 たっぷりの皮肉がいた言葉は、しかし今までの中で一番弾んでいる様にフランツの耳には聞こえた。


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