第346話


 その後、意見を煮詰め、カイリが提案した雑なものよりも確固たるものに昇華した後。

 取り敢えず今回は解散という流れになった。

 時間にして約二時間。そんなに経ったのかと、カイリは詰めていた息を吐き出した。初めてのことだらけだし、知らなかったことも多く、勉強になったが頭がパンクしそうだ。



「……あ、あの! オリヴァルド殿」



 さっさと退散していくオリヴァルドの背中に、カイリは声をかけた。

 面倒くさそうに振り返ってきたが、体は向き直ってくれる。少し恐い雰囲気だが、律儀なのかもしれないとカイリは推測した。


「さっきは、ありがとうございました」

「あ?」

「国境砦のこととか、説明を。俺にも分かる様に話してくれて、助かりました」

「あー……」


 頭を下げると、オリヴァルドがしげしげと見つめてきた。気が無さそうな眼差しなのに、どこか探る様な眼差しで、少々居心地が悪い。


「あれは、仕事だからだ。なんにも分からないまま発言されたら、堪ったもんじゃねえ」

「つまり、オリクンは『何も知らねえで参加してくんなボケ』って言ってるんだよ」


 ひょこっと隣から顔を出して、パスカルがかなり乱暴に補足説明をしてくる。

 おい、とオリヴァルドが舌打ちしていたが、その通りなのだろう。否定はしなかった。カイリとしても、特に異論は無いので黙っておく。



「あー、もう良いだろ。ただでさえ、空気悪いのによ」

「え?」

「つまり、オリクンは、仕事だからキミと話をしているけど、『第十三位となんざ話したくねえんだよボケ』って言ってるんだよ」

「――」



 真っ向から第十三位を否定され、カイリは少しだけ不快感を顔に出してしまった。

 すると、見咎めたオリヴァルドが、へえっと嘲る様に目を細める。


「何か言いたげだな?」

「……いえ。好き嫌いは個人の自由ですし、万人に好かれる人なんていないと思うので。落ち込みはしますけど、仕方がないと思っています」


 教会に来たばかりの頃なら食ってかかったが、カイリにだってどうしても好きになれない人はいる。つい最近色々あったファルは、その最たる例だ。

 とはいえ、頭では理解していても心が納得するわけでは無い。それでも不快感が前面に押し出されてしまったことは、失態だ。ポーカーフェイスにそろそろ仕事をさせたい。


「用件は、それだけです。失礼しました」

「……、おい」


 カイリが頭を下げて引き下がろうとすると、今度はオリヴァルドが呼び止めた。

 話したくないのではなかったのかと食ってかかりたかったが、ぐっと堪えてカイリは向き直る。


「はい」

「……、お前、第十三位が好きか?」

「? はい」


 いきなり何を言いだしたのだろうと思いつつも、即答する。迷いは微塵も無かった。

 しかし、それが意外だったのだろう。オリヴァルドは目を丸くした後、くっと喉を鳴らして見下してくる。



「……その男がいる第十三位が好きとか。お前、ほんとに頭がお花畑だな」

「――」



 言われた意味が全く理解出来なかった。

 男とは、フランツかレインか。遠慮なく首を傾げて「意味が分からない」と全身で表現すれば、オリヴァルドが益々忌々しそうに顔を歪める。


「お前、結構ぬくぬくしたところで育っただろ」

「……、はい」

「……すぐ肯定すんのかよ」

「本当のことなので。俺は、村を出るまで、両親や友人、村の人達に大事に育てられてきたし、守られてきました。父も母も、いつも窒息死しそうなくらい抱き締めてくれたし、可愛がってくれたし、……時には注意して諭してくれながら、俺のことを全力で愛してくれていたと思います」


 優しい人達だった。強い人達だった。

 カイリを守るために、迷わずに命懸けで散ってしまった。

 どんな時でも、真っ直ぐに自分の道を見据えて突き進む人達。

 そんな両親を、友人や村の人達をカイリは尊敬している。



「――俺にとって、両親も友人も村の人達も生涯の俺の誇りです」

「――」



 真っ直ぐに相手の目を見て断言すれば、オリヴァルドは何かを突かれた様に瞳を揺らした。

 何故、彼がこんなことで動揺するのだろうか。ただ、カイリは疑問に答えただけだ。

 けれど、嘘偽りの無い回答が益々気に食わなかった様だ。吐き捨てる様な顔つきで見下ろしてくる。


「……お前って、……はっ。反吐が出るくらい綺麗ごとが好きだな」

「……」

「真っ黒なケント殿とは大違いじゃないか。なあ、ケント殿?」

「……、はあ。そうですね」


 今度はケントに矛先を向けてきた。

 一体何故こんなに突っかかってくるのだろうか。第十三位が相手だからだとすれば、いい加減にして欲しいと辟易する。――そもそも、お礼を言いに行かなければこんなことにならなかったので、元はといえばカイリの責任ではある。

 ケントも特に相手にはしていない様だ。気の無い適当な返事だなと、カイリは心の中で笑ってしまう。

 しかし、次のオリヴァルドの言葉で顔が崩れるのが分かった。



「馬鹿なほど真っ直ぐで、綺麗なことしか言えない。この魑魅魍魎ちみもうりょうの教会で、頭がそんな春真っ盛りなお花畑じゃあな。ケント殿に利用されまくっても分かんねえんじゃねえの?」

「……。え?」

「え、じゃねえよ。そいつ、人を利用して使い捨てるとかしょっちゅうだぜ。……親友だなんだ言ってるお前も、知らない内に、死んでましたー、とか普通にありそうだよな」

「――」



 利用。使い捨てる。



 それは、ケントと付き合うにつれて散々聞いてきた言葉だ。

 実際友人になりたての頃、クリスは互いがそうなるのではと、その辺りを心配していたと告げてきた。恐らく、口にしていないだけでフランツ達も思っていたのかもしれない。

 他の者達も、ケントがカイリと一緒にいると一様に驚いたり涙を流したりしていた。ケントが人として欠けている部分があると理解していて、心配しているのが伝わってきたことも一度や二度ではない。その上で、見守ってくれていたのも分かっていた。

 だが、クリス達と違って、オリヴァルドの言葉には悪意しかない。

 完全に他人事で、かつ面白がっている雰囲気に、カイリの頭が真っ白になった。


「ケント殿は、誰が相手でも自分に利があれば利用するんだよな。それは、友人だとかほざいているお前相手でもおんなじだぜ? 特に、お前みたいに騙されやすそうな奴とか、いいカモだな」

「……」

「今だって、現在進行形で利用されてんじゃねえのか? ……正直、お前にだけあんな笑顔とか、普段黒過ぎるのにありえねえし。何だ。演技か? だとしたら、相当手、込んでんよな」


 くくっと喉を鳴らしてオリヴァルドは覗き込む様に上体をかがめてくる。

 カイリは、頭の中にすっと彼の言葉が染み込んでいくのを自覚した。真っ白だった頭に、だんだん色が付いていくのが分かる。

 ケントは何も言わない。否定もしない。慣れきっているのが分かるし、背後から溜息が聞こえてきた。

 またか、と言わんばかりのその雰囲気に。

 カイリがいないところでも、そんな風に彼が言われているのだと理解して。



 己のどこかで、何かが綺麗に切れる音がした。



「ほら、見て見ろよ、新人。今のケント殿の――」

「――ケントは」

「……、あ? ――」



 不快な言葉を遮り、カイリはオリヴァルドを見上げる。声も思った以上に低くなったなと、遠いどうでも良いところで思った。

 オリヴァルドは訝しげにカイリを見下ろし――何故か固まる。隣のパスカルも、笑顔のまま止まった。よく分からないが、先程までの穢い口が閉じられたのなら何でも構わない。


「ケントは、確かに黒いところも結構あるし、仕返しとかでやり過ぎなこともしょっちゅうあるし、割と人でなしかな、って思うところもそれなりにありますけど」

「……、お、おう」

「でも、こいつは俺の大事な大事な、一番の親友です」

「――」


 ぐっとケントの腕を引いて、カイリは強く言い切った。いきなり腕を引かれて目を丸くしているケントと、目の前でぽかんとしている彼らのその空気が憎たらしくて堪らない。

 何故、他人に二人の関係をどうこう言われなければならないのか。

 ケントと友人になって何が悪い。ケントがカイリに笑って何がいけない。



 そんなこと、誰かに言われる筋合いなどどこにも無い。



「それに。俺がケントに利用されていようがいまいが、貴方には何にも関係ないですよね」

「……、は」

「利用されたら俺が怒ってぶん殴れば良いだけですし。ケントが俺に笑っていようが怒っていようが騒いでいようが、別に貴方には何にも関係ないですよね。別に良いですよね。笑っていたら、何か問題でもあるんですか? 迷惑かけますか?」

「え? ああ、いや、……問題、ってことは」

「じゃあ良いですよね。ケントが一人へらへらふにゃふにゃ締まりなく笑っていようが。俺がそれに対して呆れたり白い目向けたり溜息吐いたり殴ったりしようが。別に良いですよね? どうでも良いですよね?」


 ケントが「ちょっと酷くない?」って突っ込んできたが、それには睨んで黙らせた。正直、彼が何も言い返さないことにも腹が立っているので、縮こまっていようが同情もしない。


「俺とケントが何を話そうが何を笑っていようが何を怒っていようが、それは俺達の勝手です。何も知らない貴方がどうこう言わないで下さい」

「……」

「それに、綺麗ごと言って何が悪いんですか。思ったこと言っただけで綺麗ごとだの偽善だの。穢いこと言うより、よっぽどマシです」

「………………」

「だから、俺はこれからも偽善だ何だと言われようが、正々堂々と綺麗ごとを言いますのでっ。第十三位なのに話しかけて、不快にさせてしまい大変申し訳ありませんでしたっ。これで失礼致しますっ」


 乱暴に頭を下げて、ケントを引っ掴んだままフランツとレインのところに戻る。――やってしまった、と冷静な自分は頭を抱えていたが、後悔はしていない。

 それに、まだカイリの中では怒りが黒々とくすぶっている。もう一方の原因に向き直って怒鳴った。



「それに、ケントもっ! 言い返せよ! 別に良いだろ、お前が俺に笑ってたって! だいたい、笑ってたら演技とか何だ! 馬鹿にしてんのかっ⁉」

「えっ⁉ あ、はい! 馬鹿にしてません!」



 勢いに押され、ケントが直立不動になった。

 いつもはカイリに強引だし押しが強いのに、何故か変なところで受け身になる。それがまた腹立たしくて仕方がない。がっと、肩を掴んで思い切り力を入れた。


「か、カイリ? い、ちょっと、痛……っ」

「だいたい、俺を囮にしようが利用しようが別に良いじゃないか! 俺を利用する時は言えって言ったし! 覚えてるよな!」

「は、はい! そうです! 覚えてます! 言います!」

「確かに周りに色々言われるし、反論しても仕方がないのかもしれないけど、一度くらいは否定しろよ! お前、俺の親友だろ!」

「は、はい! で、でも、……まあ、あれくらいはいつもの」

「言い訳しない!」

「は、はい! ごめんなさい!」

「あんなこと言われるのが日常茶飯事で、お前は慣れっこでもな! 俺は、嫌なんだ!」

「……カ……」

「お前は俺の大好きな親友なんだから! だから! ……お前が悪く言われるのは、悔しくて悔しくて仕方がないんだよ……っ!」

「――――――――」


 肩を掴まれたまま、ケントが目をこれ以上ないくらいに見開いた。意外だ、と言わんばかりの反応で、またカイリの頭が沸点を軽々とぶち破る。

 それに気付いたのか、ケントが慌てて首を振ってきた。両手もぶんぶん振って、あわあわと口を開きまくる。


「ぼ、僕は、その。……図星の所もあるから」

「――ああ?」

「はい、ごめんなさい! 別に、カイリに対しては演技してるとかは、……ある、かも」

「ああ?」

「だ、だって! カイリのこと好きだもん! 黒いところとかなるべく見せたくないとか、そういうのは」

「お前が黒いのなんか昔からだろ」

「え!」


 ケントが何故か驚愕していた。何故だろう。まさか、前世の時も隠していたとかそういう話だろうか。あれだけ漏らしていたのに、今更だ。



 ――馬鹿だな。



 何度そう思ったのだろうか。黒いだけで嫌いになっているのならば、とっくの昔に嫌いになっている。


「別に、良いじゃないか。黒くたって。まあ、誰かを傷付けすぎたりとか、人としてどうかなって思ったら、必要があれば遠慮なく止めるだけだから」

「……」

「お前が黒かろうが、利用してようが、俺はお前を見捨てないし、嫌いになったりしない。怒ってぶん殴って止めるだけだ」


 クリスにも許可を取ってある。

 もし、ケントが道を踏み外しそうになったら、殴ってでも止めると。

 実際は互いのために血が出ない様にしたいが、もしもの時は全力でぶつかる。それだけだ。


「それに、……前にも言っただろ? 俺はこれまでも、これからも、お前に何を言われても何をされても、お前を信じるって。……何があっても、お前の傍にずっといる」

「……っ」

「だから! いちいち隠さなくて良い! 分かったな!」

「――っ、は、はい!」


 ぴしっとまたもケントは直立不動で答える。

 そして、ふにゃっと相好を崩して「カイリー」と抱き付いてきた。べりっと容赦なく引きがしたが、もう一度抱き付いてきたので諦める。


「あー、もう。……カイリはやっぱり凄いなあ」

「はあ?」

「大好きだよ! カッコ良い! 強い! 好き! 綺麗ごと万歳!」

「はあ。ありがとう?」

「……相変わらず、カイリって変なところでこええし、つええよなー」

「何を言う。それが、カイリのカッコ良さだ。流石、天使の様に愛らしい微笑みを持ちながら、誰よりも輝く強さを持ち合わせる息子だ……」


 レインとフランツが好き放題に言っていたが、カイリとしては言いたいことを言い終えてすっきりした。敵を作ってしまったことを申し訳なく感じたが、機嫌を窺ってまで取り入りたいとは思わない。

 すっかり成り行きを見守っていたゼクトール達に注目されてしまった気がするが、今更言ったことは取り消せない。――レミリアが一人、うずくまって震えていたのが気になったが、突っ込んだら取り返しが付かない気がしたので無視することにした。

 取り敢えず、もうここに用は無い。

 失礼します、と頭を下げてさっさと出て行こうとしたが。



「――待て」



 またも、オリヴァルドの方が呼び止めてきた。

 今度は説教だろうかと重い気持ちで振り向くと、彼の視線が剣呑に突き刺さってくる。やはり説教な気配がして、カイリは顔になるべく感情が出ない様に無表情を保った。


「何ですか?」

「……お前、第十三位が好きか?」

「……、はい。好きです」


 また同じ質問だ。

 一体何だろうと思ったが、彼の瞳には先程とは異なる光が宿っていた。

 嘲りでも、憤怒でもない。カイリには到底読み取れない色に、少し戸惑った。



「……弱い犬ほどよく吼えるって言うが、お前はどうなんだろうなあ?」



 馬鹿にする様な笑い方だが、やはりさっきとは雰囲気が違う。

 一体何を考えているのだろうかとカイリは黙っていたが、すぐに続きが来た。



「お前、今から俺と勝負しろよ」

「……、え?」



 挑戦状を叩き付けられた。

 勝負とは、オリヴァルドとだろうか。第五位の団長となると、かなりの実力者に違いない。カイリとは勝負にもならないのではないだろうか。

 困惑で返事が出来ないでいると、彼は淡々と続けてくる。


「お前、第十三位もケント殿も好きなんだろ?」

「……、はい」

「なら、口先だけじゃないって証明してみろよ。弱くたって、言い逃げだけなら誰だって出来るんだしな」

「……」

「だから、俺は力が伴った奴の言うことしか信じねえ。正直、俺はその男がいる第十三位が大嫌いだ」

「その男って誰ですか?」

「……レインだよ。元第五位の副団長だ」

「――」


 レインが、ということに驚きは無いが、彼が元第五位にいてしかも副団長だということに目を丸くした。

 振り返ると、レインが罰が悪そうに頭を掻いている。どうやら本当らしいと知って、カイリはやはり声を出せず仕舞いだ。

 しかし、同時にそうかと合点がいった。

 さっき、オリヴァルドは「三年前の事件のせいで」人員が不足しているという言い方をしていた。



〝それから副団長のレイン殿ですけど。彼は、三年前に前線で、敵味方問わずにその場にいた全員を皆殺しにしたんですよ〟



 第一位とのいざこざの時、レインの過去を少しだけ耳にしてしまったことがある。

 同じ「三年前」という符合が重なってしまう。

 オリヴァルドの指す事件とは、レインが起こした過去の事件のことなのだ。

 気付いてしまって、心臓が嫌な風に縮む。当事者であるレインの顔をもう一度見る勇気はなかった。


「は、そんなことも知らねえのかよ。お前、本当に第十三位の一員か?」

「……話したくないことなんて、誰にでもあるでしょう。俺も、無理矢理聞きたくないし、話してくれるまでは聞くつもりもありません」

「ここでも綺麗ごとか。……まあ良い。ケント殿のことも好き、第十三位を嫌いと言われて腹立つんなら、俺に力を示してみせろ。そうしたら、俺も少しはお前の言葉に耳を傾けてやる」


 あんまりな言い様だ。

 しかし、譲歩をしてくるということは、少しだけ思い直したということだろうか。先程の険悪さだと、カイリの言葉など取るに足らないと思っていた様に感じる。

 だからと言って、彼に勝てるかと言われると無理だろう。

 それに、カイリは攻撃が出来ない。相手に向かって剣を振り下ろせないのにと迷ったが、ここで受けて立たないのはしゃくに障る。

 だから、こちらの土俵に上げるしかない。カイリは心を決めて強く彼を見上げた。



「勝負は、そうだな。十本中、一本でも入れられたらお前の勝ちにしてやる。それでどうだ?」

「……いえ。逆に、貴方が俺に一本を入れられたら貴方の勝ち、でどうですか?」

「――、……ああ?」



 一気にオリヴァルドの機嫌が底辺をぶち抜いた。周囲の空気も変わった気がする。確かにこれだと、カイリの方が彼を舐めている様に聞こえるだろう。

 しかし、カイリとしては『自分が攻撃出来ない』ということをあまり周知したくはない。フランツとレインも口を挟む気配が無いし、これで通すしかなかった。


「俺は今、防御特化という剣術を磨いている最中です。これをある程度窮めるまでは、中途半端に攻撃しないことにしているんです」

「……防御、特化。……」

「はい。ですから、生意気だとは重々承知していますが、その訓練も兼ねて、その条件を提示したいんです。制限時間内に貴方が俺に一本入れたら、貴方の勝ち。一度も入れられなかったら、俺の勝ち。制限時間の長さは貴方にお任せします。それでは駄目でしょうか」


 正直、その制限時間の長さをどう区切るかも相手次第だ。まるっきり勝たせるつもりが無いなら無制限に近くするかもしれないが、相手は国防を司る第五位の団長だ。ここには他の者の目もある以上、理不尽な要求はしてこないだろう。

 逆に、短すぎればカイリを舐めきっていることに繋がる。カイリとしてはそれでも良いし、実際一分も持つか分からない。どちらにしてもカイリには不利な試合だが、相手の人としての器も図れるし、妥当だ。

 オリヴァルドは鋭い視線でカイリを見つめていたが、やがてフランツの方に目を向けた。


「……フランツ殿。こいつの腕前は、どれくらいなんだ」

「カイリですか? 当然強いですよ。当たり前です。カイリは努力を怠らず、毎日頑張って訓練し、今も飛躍的に成長して――」

「……あー。言っては何だが、強いかって言われると、……分かんねえなー。第十三位の中では、……そうだなー。リオーネよりは強いぜ」


 レインがフランツの浮き浮きとした弁舌をぶった切り、考えながら正当な評価を下してくる。

 リオーネは、戦力としてはエディよりも遥かに劣る。それより強いと言っても、大した力は無いという意味に繋がるだろう。

 だが、それで評価は終わりではなかった。レインは悩みながら、更に付け足す。



「とはいえ、舐めてかかったら痛い目は見るだろうな」

「……」



 強くは無い。

 だが、痛い目は見る。

 レインの評価はカイリ自身もどう捉えて良いか分からない。オリヴァルドも眉根を強く寄せた。意図を測りかねているのだろう。

 一分ほど黙考し、オリヴァルドは慎重に口を開いた。


「二分だ」

「……」

「二分以内に、俺がお前に一本入れられたら俺の勝ちだ。聖歌語もお互いに使って良いものとする」

「……聖歌語」

「ああ、そうだ。お前、かなり強いんだろ? 聖歌とやらはな」


 楽しげに見つめられ、カイリは思案する。

 彼の実力を、カイリは知らない。だが、相対するだけで相当の実力者だということは肌で感じ取れた。

 カイリは、聖歌語を使いながらの剣術はまだつたない。相手の武術が遥か高みにあるのならば、恐らく聖歌語を使っている暇はないだろう。

 けれど。



「――分かりました。では、よろしくお願いします」

「おう。お前が勝ったら、土下座でも何でもしてやるよ」



 不敵に笑うオリヴァルドに、カイリは真正面から睨み据える。

 負けられない戦いの、始まりだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る