第300話


「貧民街の方はね、結局誰に依頼されているか分からない状態だったんだよ。彼らはただ、お金がもらえるから受けたと言っていた。流石、足が付かない様に頑張っているよね」


 ルーシーのいる部屋から出た後、クリスの私室に戻ってから、彼はそう告げてきた。

 ちょうどエリスが紅茶を持ってきてくれたのだが、仕事の話なのですぐに退室してしまった。「……ルーシーさんのこと、お願いね」と去り際に残していったので、ある程度事情を知っているのだろう。彼女の優しい顔に悲しみが宿っているのが、カイリには心苦しかった。


「相手の顔は見ていないのですかな」

「うん。特に誰と特定するつもりはなかったのもあるだろうけど、全身ローブで覆われ、フードも目深にかぶられていて、口元すら見えなかったらしくてね。怪し過ぎるよね」

「……まあ。あそこにいる人間達は、日々を生きることだけで精いっぱいです。例え用済みになって殺されるかもしれないと思っても、その日を繋ぐことだけを考えているのならば、余計な詮索はしないでしょう」


 クリスとフランツの分析に、カイリの心がどんどん重くなっていく。

 カイリには、貧民街や路地裏にたむろする人間達を、歴史や物語上でしか知らなかった。

 だから実際、初めて歓楽街へ行った時も衝撃が強かったし、今現在話を聞かされても別世界の様で実感が乏しい。


 だが、確実にそういった人達はいる。


 それを知ってしまったからこそ、現状どうにもならないことが歯がゆくて苦しくて堪らない。

 それに、少なくとも今回の誘拐犯達はルーシーに手荒な真似をするどころか、むしろ丁重に扱っていた。早く帰せと言っていたあたり、情が移ったのではないだろうか。

 あの無法地帯にいながらも、未だ正常な心を持ち合わせている。

 何とかしたいのに、彼らに対して何も手を差し伸べられない現状も無力感に拍車をかけた。


「……カイリ。大丈夫か?」

「はい。……すみません。あの、……クリスさんは、今ガルファン殿にルーシーさんを会わせたら、証拠を逃すと思っているんですよね」

「うん。むしろ、助けたことでもう全体像が崩れているかもしれない。レイン君に写真を見せてもらったんだけど、あれだけでよく居場所を突き止めたと思うよ。私でももう少し時間がかかっただろう。レイン君の日頃の努力の賜物だね」


 にこにこと笑うクリスの顔に焦燥は無い。心の底からレインを賞賛しているのが見て取れた。

 確かに、カイリもレインのこの素早い判断と決断力を尊敬している。日頃から背中を蹴り飛ばす様に励まされていることもあり、憧れてもいた。


「レイン君が、囚われの姫君をそのまま放置するなんていうことは論外だったから、もう覚悟を決めるべきだろうね。ルーシー殿は本気で巻き込まれただけだし、別の方法で確実に尻尾を掴むのが良いと思うよ」

「……。ガルファン殿の、ですよね」

「うーん。そこは、カイリ君達の判断に任せるよ」


 断定はしてこない。クリスは今回、あくまで極力カイリ達に解決を促すつもりらしい。当然、クリスに頼り切りになってはいけないし、カイリもそのつもりだ。

 けれど、それだけではなく。



 ――きっと、辛いだろうな。



 クリスはおくびにも出さないが、前の依頼の時にガルファンのことを気にかけていた。恐らくそれなりに仲も良かったのだろう。

 彼はいつだって泰然としているし、底が知れないけれど、痛みを感じる人間だ。笑う顔の裏では、どんな表情が隠されているのか。


 きちんと、誰かの前で悲しんでいるのか。


 余計なお世話だとは分かっているが、思わずにはいられない。妻であるエリスの前では、弱音を吐けることを願う。


「カイリ君? 俺の顔に何かついているかな?」

「え? あ、えっと。……、……あの。そういえば、クリスさんは俺を殺そうとした人のことは聞いていますか?」

「うん? ああ、植木鉢のお粗末な事件のことだよね。ファルエラの間者、……だとは思うよ」


 かなり不自然な話の振り方だったが、クリスは律儀に答えてくれた。

 しかし、珍しく言葉を濁し気味だ。

 断定ではないのが気になって、カイリもフランツも黙って続きを待った。


「彼は、……ああ、男性だったんだけどね。一切身分を証明するものを身に付けていなかったんだ。ただ、教会騎士でないのは間違いないし、フュリーシアに登録されている戸籍の一覧でも一致しなかった。まあ、漏れは多々あるけど。……狂信者は今、カイリ君を殺すということは考えていないみたいだしね」

「……それって、確かめることが出来るんですか?」

「君は実感が無いと思うけど、狂信者というのは常に各地で動いているものなんだよ。それを捕まえ、自害させる前に白状させたいくつかの証言では、カイリ君はかなり注目を浴びている様だ。殺すなんて論外という風潮らしい。教皇事件があったから、余計かもしれないね」


 そこまで言われると、カイリとしては反論しようがない。

 カイリはそんなに狂信者と顔を合わせていないし、ルナリアに行った時も、地方の方が狂信者の活動は活発だと話を聞いていた。



 しかし、そんな遠くにまで自分のことが知れ渡っている。



 改めて狂信者の執念深さに、カイリは身震いしてしまった。フランツが背中を叩いてくれて、どうにか震えを収める。


「俺を殺そうと狙った黒幕は……ラフィスエム家だと思いますか?」


 沈黙が降りる。

 以前なら即答していただろう回答は、しかしもう得られない。


「……ラフィスエム家が一枚噛んでいるのは間違いないだろうね。でも、……」

「……クリス殿は、ガルファン殿の最近の動向を掴んでいるのでしょうか」

「……。ああ、今日はネット村にいるみたいだよ。昨日と違って、屋敷の中は人がたくさんいる。こっそり忍び込むなんて無理だろうね」

「それは、昨日はわざと人払いをしていたと? 何のために?」

「さあ。流石に、部外者の俺からはそこまでのヒントは与えられないけど……。今日は人が多いのは、きっと目的を果たしたからだろうね。もう、推測でしかないけれど」


 二人の重苦しい口調が、周囲を否応なく圧迫していく。レインに写真を持ち去られるのも計算の内だったとしたら、ガルファンはかなり狡猾な人物だ。

 カイリは、ホテルで出会った彼を思う。

 あの時の彼は、本当に妻との想い出に涙をし、カイリの聖歌に感謝を捧げてくれた。その優しげな眼差しに嘘は無かった様に思える。

 それに。



〝――どうか、止めて下さい。罪の無い人々が命を奪われるのを、これ以上私は見たくない〟



 あの、メモにあった一言が嘘だったとは、どうしてもカイリには思えない。



 あれは、彼の心からの本音に思えた。

 ならば何故、彼はこんなに疑いを撒き散らす様な真似をしているのだろうか。

 もし、本気でガルファンが悪事に加担をしているとしたならば、カイリと出会った時にメモで現状を伝える様な素振りを見せる必要は無かったはずだ。ヒントだって、与えなくて良かったはずなのだ。

 あのおかげで、カイリ達はホテルに爆弾が仕掛けられていることを知れた。彼が、普通に歌のことを褒めただけだったならば、気付かなかった可能性もある。



〝貴方の、優しくて温かい歌に救われた者がいること。

 どうか覚えていて下さると嬉しいです〟



 ガルファンの本当の心は、一体どこにあるのか。



〝風の噂では色々あった様ですが、歌を聞けば、貴方は何も変わっていないのだと。そう思えて、安心しました〟


〝本当に良かった。……私も、……これで……、……〟



 ――確かめなければならない。



 あの言葉の続きを。



「……フランツさん、クリスさん」


 カイリは背筋を伸ばして、二人に呼びかける。

 並々ならぬ覇気を感じてくれたのだろう。二人は真顔でカイリを見つめてきた。


「あの、フランツさん。俺の考えや頼みごとを、クリスさんに言ってみても良いですか?」

「ああ、もちろんだ。何かあれば訂正するし制止するから、がんがん言ってみると良い」


 フランツの優しさに、カイリは一瞬泣きたい衝動に駆られる。恵まれていると思うのはこんな時だ。


「ありがとうございます。……クリスさん。……頼ってばかりで申し訳ないのですが、もう一つ頼みたいことがあるんです。力を貸してもらえませんか」


 頭を下げて頼み込むと、クリスは一瞬目を丸くした後、にっこりと花が花開く様に華やかに笑った。



「もちろん! カイリ君の頼みなら、何でも聞いちゃうよ!」

「え。いや、何でもは駄目です!」

「どうして? カイリ君なら、度を越えたことは言わないよね?」



 ねえ、っとあっさり笑って信を置いてくるその反応に、カイリは困った様なむず痒い様な複雑な感覚に囚われる。こういう返事の仕方は、まさしくケントと瓜二つだ。

 それでも、クリスはケントよりも一歩踏み込んで信頼の理由を示してくる。ただカイリだから、という意味で頷いているわけではないのは十二分に伝わった。


「……ありがとうございます」

「うんうん。カイリ君は俺の友人だからね。困ったらお互い様だよ!」

「じゃあ、俺もクリスさんが困った時や弱った時は、支えられるくらい強くなります」

「……、……今でも充分だけどね」


 優しいね、と頭を撫でられる。さっき強引に話を変えたことはもうバレてしまっている気がした。


「それで。何かな?」

「……その。ガルファン殿がフュリー村の雨について最初から知っていて、その上で嘘を吐いていた以上、何かしらの狙いが村にある可能性が強くなりました。思いたくはないですが、ホテルの爆弾が狙いの一つだとしても、本命はフュリー村なんじゃないか、って」

「うん」

「だから、今は何ともなくても、村の人達が……ホテルの爆弾について利用された子供達と同じ目に遭う可能性も考えた方が良いのかなって。……なので、いざという時にすぐ避難が出来る様に準備したいんです。秘密裏に」


 本当は、そんな最悪の可能性は考えたくはない。

 だが、二ヵ月前にはフュリー村、一ヶ月前にはホテルとなると、ホテルは目的の単なる一つでしかない気がするのだ。フュリー村も目的の一部でしかない可能性はあるが、ガルファンは村については嘘を吐いて隠そうとした。だったら、村の方に、より秘匿したい何かがあると考えられる。


「なるほどね。ガルファン殿にもファルエラの刺客にもバレない様に準備をしておきたいと」

「はい。……本当はそのこともケントやレミリアに任せた方が良いのかもしれないですけど、……第十三位の依頼でどこまで頼って良いか分からなくて。それに、俺達はまだ人間関係が全然構築出来ていないので、どこまで誰が信頼出来るか分かっていません。パーシヴァル殿は、今は謹慎中ですし」


 カイリの説明に、フランツが、うごおっ! とダメージを食らった様にうめいたが、今は気にしていられない。

 今までの第十三位は輪を閉じ過ぎていたし、理由を知ればもっともだと思うが、やはり弱点だと痛感する。ケントならば第一位の仲間を総動員出来るだろうし、レミリアも妬みや嫉妬のせいで敵が多くても、情報を扱う人間だ。信頼出来る者は押さえているだろう。

 カイリ達が騎士団内で繋がっているのは、今のところケントを除けばパーシヴァルやレミリアくらいだ。ギルバートも信頼出来る人だと思っているが、今は絶賛洗脳について療養中である。ゼクトールは枢機卿だし、余計に頼って良いか判断が難しかった。



 つまり、今のカイリ達には、頼みごとが出来る相手がほとんどいない。



 これからの課題だが、現時点で無いものねだりは出来ないのも事実。

 故に、クリスに頼るしかなくなったのが情けない。

 だが、クリスは予想に反してにんまりと悪戯っぽく笑った。


「うんうん。カイリ君は、人に頼る選択をしてくれるから嬉しいね。やり甲斐があるよ!」

「クリスさん……」

「そうだね。……うん。こちらで色々話しておこう。大丈夫。で動くよ。ケントにも話を通しておくね」

「え。だったらケントには俺から」

「いいや。俺からの方が良い。……ケントもまだ半信半疑だろうしね」

「はあ……」


 クリスの謎めいた言葉に、カイリは首を傾げるしかない。フランツも疑問符を浮かべる様な表情だったので、思い当たる節はないのだろう。

 だが、クリスに何か考えがあるのならば、任せるしかない。彼ならば、無意味な行動はしないはずだ。


「でも、フュリー村からどこに避難させるのかな? まあ、村だからそこまで人数はいないけど、聖都も距離が遠いよね」

「……。もし、ルーラ村に本当に見張りがいないのなら、……頼み込んでみたいと思っています。もちろん、遺品のことでこじれる可能性もあるので、少しだけ待ってもらえますか? 今日中には判断出来ると思うので」

「うん。分かったよ」

「ならば、ルーラ村にはあらかじめ生活必需品の支援もした方が良いだろうな。そこは、……リーチェあたりに頼んでみるか」

「ああ、それは良いね。フランツ君の頼みなら張り切りそうだ」


 フランツの補足に、クリスも太鼓判を押す。こういう足りない部分を補ってくれるフランツに、いつだって安心感を覚えた。

 だからこそ、カイリは考えながらも自由に発言出来る。


「あ、……フランツさん。もし、土曜日に家宅捜索で証拠を見つけたら、晩餐会は潰れますよね?」

「まあ、そうだな。というより、既に目論見は潰れてはいると思うが……」

「でも、警護は必要ですよね? 爆弾だけが目的とは限らないですし」

「……うむ。仮にフュリー村が目標の中心にあったとしても、ホテルが安全になったかどうかは分からんな。人手を割けるに越したことは無い」

「……クリスさん。度々申し訳ないのですけど」

「大丈夫。考えてあるよ。任せなさい」


 クリスはさくさくと了承していく。まるでカイリの言葉を先取りしているかの様だ。

 実際、先回りで情報を仕入れているのだろう。彼は本当に有能だ。カイリの周りには追いかける背中が多い。



「……。後は、……クリスさん、一つ聞きたいことがあるんです」

「うん。何かな?」

「五芒星について、何か知っていますか? 知っているのならば、教えられる範囲で良いので、教えて欲しいです」

「――。……五芒星」



 クリスの空気がにわかに変わった。鋭くなったというよりは、微かに動揺した様に揺れた気がする。


「どうして五芒星なのか、聞いても良いかな?」

「はい、えっと」


 先日フランツ達と話した内容や推測を、ざっとクリスに説明した。五という数字がヒントになっているのではないかということや、五芒星の力についてなど、情報が足りな過ぎるが引っかかっていることなど。

 クリスは軽く相槌を打っていたが、にこやかながらもひどく底知れない静けさを広げていった。


「……そうだね。五芒星か。良いところに目を付けたね」

「え。何かヒントになるものがあったんでしょうか」

「うーん。……まあ、それはともかく。五芒星については、調べようにもきっと焚書の類でも載っていないだろうね。それだけ今の時代では伝説級の認識になっているから。眉唾ものばかりが広がっていて、正しい内容は全然伝わっていないんじゃないかな」


 クリスの話し方に、カイリは軽く違和感を覚える。

 ならば、何故彼は五芒星に関して知っているのか。

 彼については謎も多い。ケントも父である彼には一度も勝てないという話だし、色々未知数だ。

 しかし、悪用する人ではない。それだけは断言出来るから、今は黙って続きを待つ。



「率直に言おう。五芒星は、『聖歌』、ないしケントが君に教えた『呪歌』を扱って力を発動するものなのだけれど。手練れの聖歌騎士でも確実に失敗する。例え正式な手順を踏んだとしても思い通りの結果にはならないし、そうだね……結果をその場で処置しなければ軽い災厄程度くらいにはなるかな」

「さ、災厄……?」



 軽い口調でとんでもない事実を暴露された。

 それに、割と情報量が多い。混乱するカイリの横で、フランツも厳しい顔で唸った。


「クリス殿。それは、最低聖歌騎士でないと力を発揮出来ないという意味ですかな?」

「いいや? 確実に失敗すると言っただろう? 成功するには、聖歌騎士の中でも神と契約を交わし、更に絆が結ばれていないと無理だね」

「か、神? 契約? 絆? それって、……俺とかケントや、クリスさんみたいな聖歌騎士ってことですか?」

「うん。まあ、ケントは絆は結んでいないから無理だね。カイリ君は……現時点ではちょっと分からないかな」


 だが、クリス本人については断言しない。

 それは、もしかしたら彼ならば五芒星の真の力を引き出せるかもしれないという可能性に他ならなかった。

 予想外なところから最重要な真実を得た気分だ。一気に胸の底にどすんと重い衝撃が走る。


「まあ、取り敢えず。もし今回の事件で五芒星が関与しているのだとしたら、危ないね。聖歌騎士が関わっていないのなら、尚更人の魂を無理矢理力に変えて行使しようとしている可能性が高い。ホテルの子供達の件は、確かに愚か者が五芒星を扱う手口に似ているよ」

「っ、……じゃあ、フュリー村の雨の件も」

「五芒星の仕掛けがあるのなら、異常気象が起きてもおかしくはないかな。正しい手順ではないだろうから、その場の理が捻じ曲がっているだろうし」

「……っ」

「まあ、発動してもすぐに死ぬわけではないから、今からでも充分間に合うよ。……なるほどね。――引き金か」


 ぼそっとささやかれた最後のクリスの言葉は、カイリには届かなかった。

 ただ、彼の目が剣呑に細まる。唇はにこやかに形作っているのに、目つきはまるで温度が感じられない。目にするだけで、ぞくりとカイリの中が冷たく引き裂かれていく様だ。


「本当はそこまで手を貸すつもりはなかったんだけど、……良いよ。五芒星について第十三位が気付いたから、ご褒美をあげよう」

「あ、……ありがとうございます」

「ホテルやフュリー村の件は心配しなくて良い。避難場所だけは指定してね」

「了解しました。感謝します、クリス殿」

「うん。それで、カイリ君。フュリー村の雨はいつ解決するのかな?」

「……明日。ラフィスエム家の件が片付いたらと思っています」

「そう。……なら、明日の夜。日付が変わる頃にしなさい」


 時間まで指定された。確実にクリスは五芒星について何かを知っている。

 カイリの疑問が無言の表情に表れていたのだろう。くすりと零される笑みには、綺麗な線引きが含まれていた。


「前世でも言われていたけど、満月っていうのは、気とか力が満ちるって言われていただろう?」

「え? あ、はい」

「それと同じさ。……日曜日の夜はね。満月だから。その一日前に止めるのが良いと思うよ。あと、夜だと聖歌の力も高まるかもね?」


 人差し指を立ててにこやかに話すクリスに、カイリは「はい」と素直に頷いた。フランツは少しだけ物申したげだったが、クリスが根拠を話すことはない。



 それに、きっと、本当は隠しておきたい情報だったのではないだろうか。



 話してしまえば、こうして疑問は湯水のように湧き出てくる。間違いなく追及される隙を与えてしまう。今、カイリもフランツも彼に疑問を持った様に。

 それでも話してくれたのは、今回の依頼の解決に必要だったからだ。

 クリスは手厳しい部分はあるが、それでもカイリ達を見捨てない優しさを注いでくれる。隠し通す道だってあっただろうに、焚書にさえ載っていない中身を教えてくれた。

 感謝しかない。

 だからこそ、カイリ達は、絶対に依頼を完遂させる。


「……ラフィスエム家の捜索結果次第ですけど。ガルファン殿をおびき寄せて、決着を付けたいです」

「……カイリっ。それは」

「直前に手紙で伝えます。明日、日付が変わる頃にフュリー村の呪いを解くって」


 確証も推測もまだ曖昧なままだ。

 けれど、ガルファンの目的がラフィスエム家を利用して――ファルエラとの密約さえ利用したものだったとしたら。

 晩餐会さえ、ただの目くらましだったとしたら。



「ガルファン殿が白でも黒でも、決着は必要です。……俺達に細切れに情報を与え、その中に嘘を混ぜ、欺いた理由は突き止めなければならない」



 どんな理由があれ、大勢の人が苦しみ、人が死んでいる。

 その責任は追及されるべきだ。戦の可能性だって出てきている。

 故に、絶対に逃げはしない。例えどの様な結末が待っていたとしても、カイリは全力で立ち向かうだけだ。


「うん。……カイリ君は頼もしくなったね」

「ええ。流石はカイリです。俺の可愛くてカッコ良い天使。この推理力溢れる知的さと、勝負に出る大胆さがまた光り輝くばかりにカイリを大きく見せ、俺の目はあまりの眩さに涙でかすみ……」

「さて。じゃあ、まずはラフィスエム家か。全力で潰さなきゃね。ケントにも行ってもらった方が良いかもしれないな」


 フランツの滔々とうとうと天井に片手を捧げて語り始める口上は華麗に無視し、クリスが話を進める。この人強い、と密かにカイリは感嘆した。


「でも、ケントもですか? 家宅捜索の許可はもらいましたけど、そこまでしてもらうわけには」

「明日は土曜日だからね。ケント、確か有給を取っているはずだよ」


 ちゃっかりしている。


 有給まで取っているとは、ケントはどれだけ仕事をさぼりたいのだろうか。

 ただ今回ばかりは、カイリの手助けをするためだろう。彼の優しさには頭が下がる。


「フュリー村のことだけど、君だけで呪いは解けそうかい?」

「……もし出来るのであれば、聖歌騎士がもう一人か二人は欲しいです」

「リオーネ君は当然として、……分かった。やっぱりケントかな」

「はい。……ありがとうございます」


 頭を下げて、カイリは最大級の感謝を告げる。

 こんな一介の、しかも曖昧な推理でしかない新人の言うことを、真摯に聞き入れてくれる人達。彼らが仲間であることに、カイリは心から感謝をした。


「よし。……戦になるかどうかの瀬戸際だし。頑張ろうね!」

「はい!」

「カイリを狙った不届き者達も、まとめて締め上げてやろう。……楽しみだ」


 フランツの不敵で物騒な笑みに、カイリは笑ってしまった。

 自分は、とても大切にされ、恵まれている。

 改めて実感したからこそ、今ここにはいない――歌について感じ入っていたガルファンのことを思わずにはいられなかった。



「ああ、あと。ルーシー殿をさらった下手人だけどね。こっちでしばらく教育し直すことにしたよ」

「え?」



 クリスがさらっと誘拐犯の顛末を語る。

 一体何故、と思ったが、すぐに疑問は氷解した。


「彼らは思った以上に道徳心があってね。ルーシー殿のこともひたすら謝っていたんだよ」

「……、そうなんですか」

「だから、教育して、然るべき場所にいさせようかと。……彼女の方も、恐怖を感じたのは最初だけで、結構楽しくやっていたみたいだからね」

「……分かりました。ありがとうございます」


 ルーシーは先程話した時、彼らのことを気にする素振りを見せていた。不安だけど楽しかったのだとまで口にしていたのだから、本当に仲良くやれていたのだろう。

 誘拐は決して許されないことだが、歓楽街の現状を見たカイリは、全てを丸ごと否定することも出来ない。更生の道が示されるのならば、応援したかった。

 クリスなら、絶対に悪い様にはしない。

 そして告げてくれたのは、カイリが心配する素振りを見せたからだろう。



 本当に、カイリは優しい人達に恵まれている。



 これからの結末を考えると重かった胸が、少しだけ軽くなったのをカイリは感じ取った。


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