第39話


 聖歌の訓練も終え、カイリはレインとリオーネと共に商店街へと足を運んでいた。



 初めて踏み出すその場所は、ルナリアよりも更に華やかで、賑やかな人々の中心街だった。



 住居が一緒になった二階建ての店舗が綺麗に並び、店の前で店員が威勢よく掛け声が飛んでいる。主に声を上げているのは店先で商品を選べる野菜や果物などの青果店で、その系列とは別の通路には、品の良い雰囲気の店が並んで佇んでいる。

 商店街はいくつもの街道沿いに別れており、それぞれで同じ系統の店が並んだ区画になっている様だ。どの道も活気に溢れており、まさしく都市の顔といった形である。


「凄い……みんな、顔が輝いていますね」

「そりゃあな。死んだ顔の奴の店では、誰も買いたがらねえだろうよ」

「この商店街も、小さな街一つ分くらいはありますから。カイリ様の村よりも大きいかもしれませんね」

「はっ!? 街一つ分!?」


 ただでさえ教会の圧倒的な規模に呆然としていたのに、商店街も同じとは恐れ入る。この調子だと、貴族街や住宅街なども広々としているのだろう。来た時に大雑把な説明しか受けていないが、もしかしたら別の街区もあるのかもしれない。


「おお、レインさんじゃあないか」


 朗らかに、店先で呼び込みをしていた一人がレインに声をかける。レインの方も「よう」と片手を上げて軽く挨拶していた。


「相変わらず精が出てるな、じいさん」

「まあ、おかげさまでなあ。って、んん? お前さん、見かけない子供だなあ」


 じろっと睨まれたので、カイリは慌てて頭を下げた。



「あ、あの、初めまして。俺は」

「はあ、分かったぜ! レインさん、遂に子供ができたんだな!」



 違う。



 物凄い勢いで突っ込みたかったが、カイリが言う前にレインが嫌そうに手を振った。


「おいおい、冗談言うなよ。こいつはオレの後輩だぜ。てか、五歳しか違わねえっての」

「あっははは! 何だ何だ、違うのかい。そりゃあ残念だ」

「勘弁してくれよ……」

「――ああ! リオーネ様!」

「何と……今日も可愛らしい……!」


 レインが横で変な会話をしていると、別方角からはリオーネを讃える声が聞こえてきた。

 カイリにとっては嫌な予感しかしなかったが、案の定である。



「……そっちの男は誰です? 見かけない顔ですね」

「……はっ! まさか、新しいライバル出現……!」

「何だと!? ……許せんっ。リオーネさんの隣を図々しくも歩くなど、万死に値する……!」



 何だろう。エディがたくさんいる。



 リオーネに惚れているらしき男達の発言が恐ろしい。エディ菌はここにまで波及しているのかと、カイリは遠い目になってしまった。

 しかも、横でリオーネが意味ありげにカイリの方へと身を寄せてきたので、更なる嫉妬の炎が天を貫く様に燃え上がった。レインは笑うだけで止めないし、とんだとばっちりである。帰りたい。


 そして、レインの方もというと、やはり彼もばっちりファンというものが存在していた。


 ちらちらと女性陣が盗み見ていたり、黄色い声を密やかに上げていたりしている。確かに彼は顔がすこぶる良いので、振り返る人がいてもおかしくはない。

 だが。


「ああ、レイン様、今日もカッコ良いですわ……」

「今日も歓楽街へ行ってしまわれるのかしら……。望んでくれれば、私がお傍に参りたい……」

「……ところであの隣の男の子、誰かしら。見たことないわよね」

「……はっ! ……ま、まさかレイン様……、女性に飽きてしまわれて、遂に男性にまで手を出す様に……!」

「ええっ!? そ、そんな……!」

「ああ、でもでも、そんなレイン様もワイルドで、す・て・き」



 ――ワイルドじゃない。素敵じゃない! 勘弁してくれっ!



 全くもって酷い解釈をしてくる道行く面々に、カイリはかっと目を見開いた。

 今度はレインも隣で乾いた笑顔を貼り付かせている。リオーネは、当然ながらただただ意味深に笑うだけで、まるで誤解を解いてくれない。

 おかげで目的地に着く前に、物凄い目でカイリはじろじろと見られる羽目に陥った。レインを睨み、リオーネを睥睨へいげいするが、本人達は何処吹く風だ。まるで役に立たない。


「……何で、街を歩くだけでこんな目に……」

「あー。じゃあよ、あれならどうだ? この奥に、ハーレムサービス店があるぜ」



 出た。ハーレムサービス。



 初対面の時にエディが放った単語だ。

 彼が勝手に付けた名前だと思っていたのだが、本気で通称であるらしい。カイリは首を傾げて問い質す。


「あの……その、ハーレムサービス? って何ですか?」

「んー? それも知らねえのかよ。ほんとにど田舎から来たんだな、お前」

「……そうですよ! だから、ど田舎者にも分かる様に教えて下さいっ」

「怒んなよ。あー……ハーレムサービス店ってのは、その名の通り、ハーレムなサービスをしてくれる店だ」


 そのまんまだ。


 杜撰ずさん過ぎる説明にカイリの目が白くなったが、一応続きがあった。


「二十四時間いつでも営業。店に入れば、ハーレムパラダイス。綺麗だったり可愛かったりな女性が、お客様が相手なら男性だろうが女性だろうが、褒め殺しのリップサービスしながら気分良くお酒を飲ませてくれる店だ。お望みなら、肩や腕や胸に触れてくれるぜ」

「えっ。いや、それはちょっと……」

「ちなみに、性的サービスは無しだ。そこら辺を求めるなら、歓楽街だな。ハーレムサービスでそんなのが発覚したら、莫大なる罰金だぜ」

「……は、はあ」


 聞いてはみたが、よく分からない。ホストやホステスがいるお店という理解で良いのだろうか。カイリは前世でも学生までしか生きていないから、その辺りは未知の世界だ。

 リオーネを振り向くと、彼女も楽しげに声を立てる。鈴の様な音色だなと、カイリは少しだけ聞き入ってしまった。


「逆ハーレムサービス店というのもありますよ。そちらは、男性の従業員が接待をしてくれるんです。お望みなら、肩や髪に触れてくれますよ。でも、胸とか触ったら裁判ですね♪」

「へ、へえ……。フランツさん達は、みんなその、そういうお店に行っているのか?」

「いいえ。レイン様は歓楽街に行きますけど、私達はみんな利用したことは……ありましたか?」

「いやあ、興味ない連中ばっかだろ。特にエディなんか、逃げてるぜ」


 逃げてるのか。


 あれだけ単語を連呼していたのに、エディ本人は逃げているとはどういう了見だろうか。

 とはいえ、彼自身あまり分かっていない様な感じで叫んでいたので、カイリとしては意外でも何でも無い。むしろ合点がいってホッとする。

 そして、やはりこの首都にはフランツに教えてもらった以外の街区もある様だ。改めてこの首都の広さに脱帽するしかない。

 それに。



 ――ここでは、第十三位が受け入れられている。



 フランツからは、一応街の人達の反応は普通だと聞いていたが、実際にこの目で確かめられて心底安堵した。

 初日に教会の洗礼を受けたからだろうか。第十三位を散々馬鹿にされたので、カイリとしては街にいた方がホッとする気がする。陰口を叩く人間がいないというのも大きい。

 そんな風に余所よそに気を取られていたからだろう。



 いつの間にか足並みが遅れてしまって、どんっと、すれ違う人とぶつかってしまった。



 あたっと、すぐ近くで声が上がり、カイリは慌てて顔を上げる。


「あ、す、すみません!」

「ああ、いいっていいって。気を付けろよー、……って」

「ん? あれ?」


 腕をさすりながら笑ってくれた相手が、カイリの顔を見て止まる。一緒にいたらしい人達も、あれ、っと一様に見つめてきた。

 彼らの服装は、レイン達と同じく真っ黒なローブや服に身を包んだ者達だ。教会騎士だということは一発で分かった。

 けれど、何故カイリの顔を見ていぶかしげな表情になるのだろうか。少しだけざわつく胸騒ぎを押さえ込みながら、努めて平静に問いかける。


「あの、すみません。やっぱりどこか痛めましたか?」

「あー、いや」

「……やっぱ、そうじゃねえ?」

「だよな。……あー、あのさあ。あんた、もしかしてケント様のご友人じゃない?」

「そう、確か……カイリって名前の」

「――、……え」


 いきなり正体を突き付けられ、カイリの表情がはっきりと凍った。咄嗟とっさに上手い切り返しが出来ず、喉も微かに震えただけで終わる。

 だが、彼らは特に疑問も抱かず、むしろ確信をしたかの様に話を続けてきた。



「やっぱり! 回ってきた似顔絵に似てたし」

「昨日聖歌騎士になったんだろ。初日からすっげー噂になってるぜ」

「うわ。おれ達、ラッキーじゃねえ? こんな街中で会えるなんてよお」

「だよな。……へへ」



 似顔絵。噂。ラッキー。



 彼らが何を言い出したのか、カイリにはとんと見当が付かなかった。

 ただ、彼らの言葉が洪水の様にカイリを押し潰そうとする。瞳も不気味に光っていて、まるで狩人の様だ。

 恐怖に満ちてしまい、顔も口も上手く動いてくれなかった。ただ、銅像の様に硬直してしまう。


「なになに、今から制服作りに行くとか?」

「だったら、一緒に行ってやるよ。お近付きの印に、先輩としてアドバイスしてやるからさあ」

「ほら。こっち来いよ」

「――っ」


 無遠慮に伸ばされる手が、捕えるなわの様に映った。

 カイリが凍り付いたまま、それでも震える足で後ずさりすると。



「――ウチの後輩に何か用か?」

「――」



 ぐいっとレインが肩を引き寄せてくれた。さりげなく背中に隠してくれる。

 レインが傍にいたことに気付かなかったのだろう。げっと潰れたうめきを上げて、相手が身を引いた。


「あ、いやあ。……第十三位かよ」

「チッ、行こうぜ」


 逃げる様に彼らが去っていくのを見送って、どっと恐怖と疲労がカイリの肩にし掛かる。ばくばくと心臓が壊れた様に跳ね回り、手足の震えが止まらない。

 似顔絵とは何だ。噂は、総務で色々やらかしたし、第一位の誘いを蹴ったから仕方がないとしても、たった一日で顔まで認識されるとは想像もつかなかった。


 まるで、犯罪者か見世物の様な立ち位置だ。


 カイリが胸元を握り締めていると、レインが軽く頭を撫でてくる。落ち着かせる様な触れ方だった。


「ま、慣れろや。久々の聖歌騎士だ」

「聖歌騎士は、大体こんな扱いですよ。恐いかもしれないですけど、後は笑顔でぶっ飛ばして差し上げて下さい」


 レインとリオーネの発破のかけ方に、カイリはまたも教会の闇を垣間見た気がする。

 聖歌騎士というだけで、こんな風に注目されるのか。カイリは本当にとんでもないところへ来たのかもしれない。

 けれど。



 ――ケント以外で助けてくれた人、初めてだな。



 前世の時も似た様な状況に陥ったが、結局自力で何とかするしかなかった。ふてぶてしく対応するしか道は無かったのだ。

 だから、新鮮だ。村ではこんな事態には陥らなかったし、不思議な気分である。

 まだ騒がしい心臓を気にしながら歩いていると、レインがカイリの肩を叩いて前を見上げた。



「さーて、着いたぜ。ここが、お前の新たな一歩を踏み出す店ってわけだ」



 明るく払拭する様に、レインがいつもより声を張り上げて目的地の到着を示す。

 目の前に建っていたのは、気品の漂うお洒落な雰囲気の店舗だった。真っ白を基調としたその店は、流麗な文字で店名が描かれたシンプルなデザインだ。

 華やかというよりは、清楚で洗練された印象を受ける。教会騎士の制服を一手に担うに相応しい上品さが漂っていた。


「このお店の人も、とても雰囲気が良いんですよ」

「へえ、そうなのか。楽しみだな」

「ま、……オレはお前の反応が楽しみだけどな」

「え?」


 不敵に笑いながら、レインが早速扉を開く。からんからんと、扉に付いた鈴が優雅に鳴り響いた。店内も落ち着いた雰囲気で、店員達が一斉に「いらっしゃいませ」と一礼してくる。

 その穏やかな心地良さに、カイリが少しだけ胸を撫で下ろしたのもつかの間。



「――おお! ようこそいらっしゃいましたなあ! カイリ様!」

「――」



 店内の落ち着いた雰囲気をぶち壊す様な声がとどろいた。


 また、名前を知られている。


 カイリが微かな恐怖で肩を揺らす横で、レインとリオーネの表情も落ちる。

 その二人の反応にカイリがいぶかしげに見つめるが、答えをもらう前に目の前の声の主がどかどかと近付いてきた。


「カイリ様、ですよね? 昨日、聖歌騎士になられたばかりの」

「え? あ、はい。そうですけど、……貴方は」

「わたしは、ワストンと申します! このトラリティのオーナーでございまする」


 ワストンと名乗った小太りの男は、大袈裟に両手を広げてカイリを歓迎してきた。頭の帽子を取ると、つるっと後退した髪が姿を現す。腹を揺らしながら笑うその姿は、ぐいぐいと迫ってくるその態度からあまり好感を抱けなかった。


「あの、……どうして俺の名前を?」

「……てか、ハリーはどうしたよ。いつもの――」

「ああ、カイリ様のお名前は、ケント様から伺っておりますよお! 何と、ケント様のご友人だとか! いやはや、人の縁とは素晴らしいものですなあ!」


 レインの質問をまるっと無視して、ワストンはカイリの手を握ってくる。

 思わずカイリは身を引いたが、彼はその拒絶を汲み取ってはくれない。益々身を寄せ、鼻息を鳴らして興奮しながら迫ってきた。



「ケント様のお父上の、クリストファー侯爵にもお世話になっておりましてなあ。いやはや、便宜を図って欲しいと仰せつかっておりまする」

「――、え?」



 その一言に、カイリは盛大なる違和感を覚える。

 恐らく顔にもはっきりと出ていただろう。自分でも、眉根が寄るのが分かった。

 それなのに、彼はカイリの不快感を全く相手にせず、べらべらと言いたいことを続けていく。周囲の店員が止めようとしたが、大仰に両手を振って、ワストンはまるで言うことを聞きはしなかった。


「さあ、制服を作られるのでしたな。今日はどうされますか?」

「……、あの。俺は、レインさんと――」

「カイリ様は腰が細いですなあ! 線も細いようですから、がっしりした重厚なものよりも、繊細な意匠いしょうを凝らした服など如何ですかな」

「あの、だから」

「そうそう、サイズを測らなければ。どうぞ、こちらに。いや、しかし本当に細い。特にこの腰のあたりなんか――」

「――っ」


 無遠慮に腰に手を伸ばされて、カイリは咄嗟とっさに身を引いた。合わせて、レインも肩を掴んで引き寄せてくれる。

 見上げると、レインが飄々ひょうひょうとしながら笑みを浮かべていた。



 しかし、目が笑っていない。



 底冷えするほどの眼差しに、カイリは自分に向けられているわけではないのに、背筋が凍った。


「おいおい。ちょっと客に対する態度じゃないんじゃねえの?」

「……ああ、そういえばカイリ様は、何故か第十三位に入ったのでしたなあ! お可哀相に」


 レインの危険な空気に、彼は全く気付いていないのだろうか。

 彼の言葉など聞こえていないかの様に無視をする。その上、第十三位をけなす一言に、カイリの奥歯が一回かちっと鳴った。


「みんな、言っておりますよ。カイリ様は騙されているのだと。本来の貴方はそんなめにいるべきではないと」

「――、……掃き溜め」

「ケント様も大層お嘆きになっているとか。みんな、口にしておりますとも。すぐにでも、貴方は第一位に移籍するべきだと。みんな、それが相応しいと。そう言って、同情しておりますよ」


 馬鹿にした様な笑い方をされ、カイリの中で何かが弾ける。

 また、この空気だ。総務の時と一緒だ。

 第十三位を馬鹿にし、さげすみ、目の前に当人達がいるのに平然と傷口を広げる様なことばかり叫ぶ。

 レインの顔は、笑っている。リオーネも、穏やかに笑みを絶やさない。


 だが、――その周りにまとっているのは、物騒な黒い陽炎だ。


 何も感じないはずがない。何も思わないはずがない。

 それなのに、平気で人を傷付ける言葉を笑顔で発する人間を、カイリは全く信用出来ない。



 こんな人物に制服を作ってもらうなんて、絶対にお断りだ。



「そうそう、カイリ様。ケント様からも、くれぐれもよろしくして欲しいと頼まれていましてなあ! このワストン、腕によりをかけて――」

「……みんなって、誰ですか」

「お作り……、は?」


 カイリの返答が、全く見当違いのものだったのだろう。ワストンは目を点にして、言葉を途中で切ってしまう。



「みんなって、誰ですか。誰が、そんなことを言っているんですか」



 数秒ほど遅れて、ワストンはカイリの言った意味を理解した様だ。

 ようやく話を聞いてくれたなと、変なところで冷静に観察してしまう。


「み、みんなとは、みんなですよ。教会騎士達みんな……」

「だから、みんなって誰ですか。聞いてみたいんです。教えて下さい」

「み、……そこら辺にいる騎士達に聞いてみればよろしいでしょうとも。誰もが答えてくれるはずです。カイリ様は、第十三位にいるべきではないと」

「誰もが、ですか。じゃあ、ここにいる第十三位の二人に聞いても、同じ答えが返ってくるんですよね?」

「は? い、いやあ、それは」


 カイリの目がどんどん据わってくる。

 そこでやっと、カイリが怒っていることに気付いた様だ。顔色が少しだけ蒼くなっていたが、カイリの知ったことではない。


「あと、ケントと彼の父親は本当に便宜を図れって言ったんですか?」

「え? ……ああ、はい。その通りですとも。カイリ様は友人だから、よろしくしてやって欲しいと」


 一瞬間があった。

 それだけで、カイリは嘘だと見抜く。

 それに、ケントがそんな頼みごとをする人間にはどうしても思えない。



〝あはは、嬉しいな。あんまりこうやって敬語抜きで話してくれる人、いなくってさ! 堅苦しいったら〟



 彼はカイリと友人になる時――なる前も、敬語は抜きで話して欲しいと言ってきた。

 堅苦しいと嘆いていた。だから嬉しいと喜んでいた。

 そんな彼が、自分の立場を振りかざして、特別扱いする様に頼み込んだりするだろうか。

 第十三位に入ると言ったカイリの意思を尊重してくれた彼が、カイリの意思を曲げようとする様な誘導をするだろうか。

 どうしても、カイリにはそうは思えなかった。

 だから。


「じゃあ、ケントに確認してきます。行こう、レインさん、リオーネ」

「へ? あ、ああ」

「――って、ちょ、ちょっとお待ちください!」


 慌てて、ワストンが引き止めてくる。

 カイリはゆっくりと振り向いて、彼と対峙した。レインやリオーネみたいに不敵に笑えれば良かったが、カイリの技術ではまだ無理だ。

 第十三位をおとしめただけではなく、ケントのことを勝手にかたる輩を、カイリは燃える様に凝視する。


「ケントは言っていないですよね? 俺のこと、どこで聞いたんですか?」

「……っ、それは。……制服は、大体騎士になった翌日には発注をするのが決まりなので、……噂を聞き、待ち構えて」

「そうですか。俺は、こういう風に特別扱いされるの、あんまり好きじゃないです。あと」


 一度言葉を切って、カイリはワストンを睨み据えた。ぎくっと、彼の顔が強張り、蒼白になっていくのを冷めた目で眺める。



「俺は、俺の意思で第十三位に入りました。ここに入りたいから入ったんです。誰が何と言おうと、それは俺の知ったことじゃない」

「――っ」

「だから、これからも他の騎士団に入ろうとは思いません。失礼します」



 くるんと今度こそきびすを返し、扉に手をかける。レインとリオーネが微かに揺れていたが、理由は分からなかったので今は帰ることにした。

 そうして、扉を開けると。



「――あらあ。お客様?」

「――、え?」



 扉を開けた先に、ぼんやりとした一人の女性が佇んでいた。


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