第276話
カイリの目の前に立っていたのは、一つの宮殿だった。
落ち着いた薄茶色の壁は日差しを弾いてきらきらと輝き、地面に広がる瑞々しい緑の息吹は、足をふわふわと柔らかく受け止める絨毯の様だ。
等間隔で立ち並ぶ真っ白な柱は見るからに豪奢で、それでも高潔な雰囲気を匂わせているあたりが、この建物の品格を表していた。
見上げれば、空に花が咲き誇る様に見事な時計が設置されており、広さも目視しただけでは測りきれない。建物の玄関には絵本にでも出てきそうな馬車が後を絶たず、応対する執事風の男性達も物腰が丁寧過ぎて、カイリは眩暈がしそうだ。
教会やケントの屋敷で慣れていたと思ったが、認識は甘かった。
「……これ、本当にホテルなのか?」
「そうだよ! 宮殿みたいだよね!」
「このホテルを隅々まで今日は歩き倒します。ご覚悟を」
大真面目でレミリアに言い切られ、カイリは遠い目をせざるを得なかった。これだけ広大な敷地を歩き倒すとなると、どれだけの時間がかかるのか。
「でも、……昼食食べるだけって言って外出してきてるんだよね? 二人共、時間は大丈夫なのか?」
「第二位には、一部を除き、そのまま見回りと情報収集に出ると伝えてありますので問題ないです」
「僕も、定期的な首都見回りに行くって言ってあるから。平気平気。仕事は部下で片付けられるし、問題ないよ!」
「うん。ケントは大問題だな」
「えー! カイリ、横暴!」
「いや、事実だろ。……つくづくお前の部下が、憐れになってくるな」
言ってもどうしようもないということも理解しつつあるので、カイリは仕方なく受け入れることにした。部下も振り回されてもケントを崇め奉っているのならば、自業自得だろう。
「さ、入ろうか! 一応、僕が先頭になっておくね」
言うが早いが、さっとケントが前を歩き出す。続いてカイリが、最後尾をレミリアが付いていくが、彼の意図はすぐに判明した。
「いらっしゃいませ。――これはこれは、ケント様。ようこそいらっしゃいました」
「久しぶりですね。今日は、昼食を食べるつもりですから。ああ、こちらは親友のカイリ・ヴェルリオーゼ。聖歌騎士ですよ。こちらはレミリア殿。第二位の団長です」
「カイリ様とレミリア様ですね。ようこそいらっしゃいました。本日は、我らの威信に賭けて最高のおもてなしをさせて頂きます。よろしくお願い致します」
元々物腰が礼儀正しかったのが、更に丁寧に磨きがかかる。ケントの顔というのは、本当に威力が凄まじい。
それに、ケントがきちんと貴族として振る舞っている。貴重な場面なので、カイリは
「後で、支配人にも挨拶したいですね。頃合いを見計らって取り次いで頂けますか?」
「かしこまりました。ケント様、カイリ様、そして――レミリア様」
最後、レミリアの名を呼ぶ時に、迎えてくれた男性が目配せをした。
レミリアもそれを受け、素早く瞬きを繰り返す。
――そういえば、ホテルの人達にも協力を仰いでいるって言ってたっけ。
ならば、最初からレミリアのことを彼は知っていたはずだ。既に演技に入っているのかと、カイリは感嘆してしまった。
そのまま、男性に案内されて踏み入ろうとした瞬間。
「――っ」
どくん、と一瞬鼓動が大きく跳ねる。
何だろうと失礼にならない様に辺りを見回したが、特に異変は見当たらない。相変わらず目にも楽しい新緑が鮮やかに広がり、建物の気品ある美麗さも損なわれてはいなかった。
けれど。
――何だろう。嫌な感じがする。
よくよく出所を探って神経を研ぎ澄ませてみると、このホテル全体から、というわけではなさそうだ。
強いて言うならば大地の下からだろうか。地に付けた足の裏から、微妙に刺を感じて落ち着かない。体の中に侵入しようとして失敗しているかの様な、不快な感触だ。
「カイリ? どうかした?」
「あ、えっと……後で良いか?」
「ん」
今は、取り敢えず支配人に会うのが先だ。
ケントが軽く了承したのを見計らい、男性も小さく頷く。
「どうぞ、ごゆるりとお楽しみ下さいませ」
ちょうどホテルから出てきた別のスタッフに引き継ぎ、挨拶をしてくれていた男性が腰を折って歓迎の意を示した。
引き継いだ別の男性が、カイリ達を連れて案内をしてくれる。「いらっしゃいませ」と中にいた者達が全員お辞儀をして出迎えてくれ、カイリは少し場違いな気分になってしまった。
村で暮らしてきたカイリにとって、やはりこういった礼儀でがちがちになる場所というのは慣れない。窮屈な気持ちになって、気後れしそうだ。
しかし、カイリも貴族の一員である。フランツに恥をかかせないためにも、何とかマナー違反だけは避けておきたい。
「こちらでございます」
エントランスを抜けて少しだけ歩いた先には、華やかな彩りが広がっていた。思わずカイリは「わっ」と感嘆の息を漏らしてしまう。
一歩足を踏み入れたその先は、まるで王城に招待されたかの如き煌びやかな場所だった。
床は磨き抜かれた大理石が敷き詰められており、鏡の様にカイリ達の姿を映し出していて、
意匠が凝っているだけではなく、食事も夢の様な豪華さである。
広々としたテーブルの上には、惚れ惚れするほどに輝かしい料理が綺麗に整列していた。
色取り取りの宝石の様なマリネに、一見するとカクテルにも見えそうな鮮やかなサラダ、まるで一輪の薔薇の様に並ぶビーフと、一皿一皿に料理人が工夫の限りを凝らしているのが窺える。
他に視線を向けても、噴水の様に滴り落ちるチョコレートフォンデュと、花びらの様に切り分けられた果物や野菜が並んでいて、これまた美しい光景だ。シェフが自ら目の前でステーキやオムレツ、パンケーキなどを、客人の好みを聞いて焼き上げていたりと、至れり尽くせりである。
ここに足を運んでいる者達も、麗しいドレスや
「凄い……。美味しそうだけど、……がっついたら、かなり恥ずかしいよな」
「えー、良いじゃない! カイリは、美味しそうに食べるのが良いんだから」
「……他人事だと思って」
「いえ、カイリ様。我々も、美味しく、楽しく食事をして頂けるのが一番です。どうぞ、好きなものを心行くまでお食べ下さい」
「あ、……ありがとうございます」
スタッフの男性にフォローを入れられ、カイリの体が芯から熱くなる。頬も心なしか火照っている気がするから、ほんのり赤くなっているだろう。
だが、確かに料理はどれも美味しそうだ。今まで食べて来たのとはまた違った味を楽しめるかもしれないと思うと、カイリの腹が早速切なげに鳴いた。
「カイリ。臨戦態勢に突入しましたね」
「う、ぐ。……だって、美味しそうだし」
「取り皿をご用意致します。どれに致しますか?」
「えっ!? いえ、自分で取れます!」
「ここでは、一グループごとにスタッフが付き添うことになっております。どうぞ、ご遠慮なく仰って下さい」
「え、……えっと」
そうは言われても、まさか「片っ端からお願いします」と言う訳にもいかない。それだと、本当に品が無さ過ぎる。
だが、カイリが唸っていると、ケントが朗らかにテーブルの端を指差した。
「取り敢えず、片っ端から次々取って下さい。カイリもレミリア殿も、かなり大食らいなので」
「おい、ケント!」
「かしこまりました。お任せ下さい」
「え! ありがとうございます。……お、お願いします……っ」
唸る様に頭を下げようとすると、ケントがカイリの額に手を突いて上げさせる。人差し指を口の前に立てて、「駄目」と注意してきた。
「ここで、スタッフに頭を下げたら駄目だよ。他の人達に笑われちゃうから」
「え……」
「取ってもらって当然――貴族達の面倒な悪習だね。そういうことをする人は、世間を知らない
「……そんな。ただ、感謝を伝えたいだけなのに」
「カイリは、フランツ殿の息子で貴族だし、聖歌騎士でもあるから。嫌だろうけど、お礼を言うだけに止めておいて」
頭を下げて礼を告げることの、何が悪いのか。
カイリが釈然としないままでいると、男性が少しだけ笑った。世間知らずだと思われただろうかと、また顔を熱くしていると。
「カイリ様、ありがとうございます」
「え?」
「私どもは、そのお気持ちだけで充分でございます。……取り分けるだけで感謝をされたのは、久しぶりです。嬉しいものですね」
男性に逆に感謝を告げられ、カイリは目を丸くする。
まさか、お礼を言っただけでそんな風に喜ばれるとは思わなかった。それだけ、ここの世界では「取ってもらうのが当然」という認識が充満しているのだろう。
見目麗しい世界の裏は、薄暗くてどんよりしている。貴族の世界の縮図を見せられている気がして、カイリの心の底に鉛が溜まっていった。
「ほら、カイリ! 食べよう! ここの料理は本当に美味しいんだよ! 食べたら、憂鬱な気分も吹っ飛ぶよ」
「その通りです。食べましょう、カイリ。まずはオードブルです」
ケントとレミリアに両隣から励まされ、カイリは気を取り直した。男性から皿を受け取り、フォークを手にする。
大皿の上に取り分けられたのは、ジュレの野菜やタコのマリネに真鯛のカルパッチョ、スモークサーモンと生ハムや若鶏のグリルなど、本当に鮮やかな宝石箱の様だった。香りも立ち上り、カイリの喉が小さく鳴る。
依然として気を抜いたら足元から嫌な感触が刺してくるが、今はこの食事を美味しく平らげるのが先だ。
「いただきます」
両手を心の中だけで合わせ、カイリはまずカルパッチョに取り掛かる。
一口含むと、香ばしい味わいと魚のとろける様な滑らかさに、思わず声を出してしまった。
「――美味しいっ!」
あっという間に口の中で溶けて無くなってしまったのを心底残念に思う。もう一口食べ、やはり美味いと顔がとろけてしまった。
タコのマリネも弾力が心地良く、スモークサーモンと生ハムの組み合わせも絶妙で、散らされた
あっという間に平らげてしまい、もう無くなってしまったのかとカイリ自身驚く。
「……やっぱり俺、がっつき過ぎだよな……」
「カイリ、何を言っているのです。私はこれからです。このしゃきしゃきと新鮮そのものの野菜もさることながらかけられたドレッシングの香ばしさと甘酸っぱさがブレンドされた最高のハーモニーに抱かれたこの感触を堪能しつつサーモンと生ハムのコラボがまた素晴らしい」
レミリアの息継ぎ無しの語りが始まり、カイリは空になった皿を手にしながら半ば呆然と聞き流す。
「しっとりとしながらもしっかりと素材の旨味をそのまま生かされた味付けはシェフの腕の見せ所で――」
「カイリ様、レミリア様、どうぞこちらを。スープも絶品ですので」
「あ、ありがとうございます」
「若鶏のパリッとした仕上がりと付け合せの――、……ありがたく頂きます。カイリ、ここのスープも素晴らしいので」
「う、うん」
受け取ったのはまず、ミネストローネだ。確かにこちらもレミリアが絶賛している通り、極上に美味である。野菜のしなやかながらもしゃきっとした歯ごたえや、肉の旨味、トマトの酸味などに、カイリはもう何を表現すれば良いのか分からなくなってきた。
「あっはは。カイリ、本当に美味しそうに食べるよね。見てると楽しいよ」
「お、前な。からかうなよ」
「いいえ。カイリ様、本当に美味しそうに食べてくれますよね。……ほら、あそこのシェフが嬉しそうに笑っています」
「え」
男性に促されて視線で追いかけると、オムレツを焼いていたシェフが、カイリの方を見てにこにこと満面の笑みを向けていた。
隣でステーキを焼いているシェフも小さく何度も頷いていたりと、とてつもなく恥ずかしい。そんなにはしゃぎながら食べていただろうかと、口元を押さえてしまった。
「あちらに移動しましょうか」
「え!」
さあさあ、と男性が半ば強引に連れて行くので、カイリは仕方なくシェフの前に移動した。
そこでは、多くの客が彼らの調理を賑やかに見守っている。確かに、鉄板から炎が出たりと迫力があった。このパフォーマンスも、一種のサービスなのだろう。
「シェフ。ケント様方に、ステーキを用意しては頂けませんか」
「了解。……皆様、今日はようこそお越し下さいました。焼き加減はいかがいたしますか?」
「僕、ミディアムが良いですね」
「私はミディアムウェルダンで」
「……俺は、レアで食べてみたい。とても美味しそうだし」
ガラス越しに焼かれている肉を見てカイリが呟くと、シェフはくしゃりと
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
言うが早いが、シェフは三枚の肉厚なステーキを鉄板の上に並べる。
それぞれの場所で、鉄板の厚さが違った。あれが焼き加減の差異を出すのだろう。工夫された調理器具に、カイリは感嘆してしまった。
そして、目の前でぼっと炎が豪快に巻き上がる。歓声がそこかしこから上がり、それからはあっという間だった。
「お待たせ致しました」
シェフが男性に皿を渡し、カイリ達に配っていく。
じゅうじゅうと立つ音が、既に美味しそうだ。口の中でよだれが溢れ出てくる。
「ありがとうございます。いただきます」
お礼を告げて、カイリは切り分けられた肉を一切れ口に含む。
じゅわっと、一度噛み締めただけで、物凄い肉汁が溢れ出た。はふっと、熱さを逃がしている間にも、その湯気がまた香ばしくて美味だ。音も肉汁も匂いも何もかもに旨味が封じ込められていて、カイリの頬が落ちた。
「……っ、美味しい……っ!」
「うん、やっぱりここのステーキ、美味しいよね! あ、オムレツも欲しいな。ステーキと一緒に食べると、オムレツがソースみたいな役割をするんだよ」
「え! ……食べたい」
「そう言うと思っておりました。ここに、オムレツがございます」
「流石です。ここのスタッフは優秀すぎます。遠慮なく頂きます」
レミリアを筆頭に、カイリ達もオムレツを口に入れる。
途端、とろっとクリームの様に卵が口の中で溶けていった。雪解けを迎えた春の様な感触に、カイリはひたすら味を噛み締める。
ステーキと共に食べると、本当にオムレツがソースの様な役割をしていた。二つ一緒に食べると、互いの味が引き立て合っていて一層美味しく感じる。控えめに言って最高だ。
あっという間に平らげてしまい、カイリはまたも羞恥に駆られる。さっきからがっつき過ぎだと、そろそろ呆れられそうだ。
「すみません……美味し過ぎて、つい」
「カイリ様は、本当に美味しそうに食べて下さいますね」
「私達作っている側としても、それだけ美味しそうに食べてもらえると嬉しいですよ。ありがとうございます」
またもお礼を言われてしまった。カイリこそ感謝を告げなければならないのにと、複雑な気分になる。
しかし、本当にここの食事は素晴らしい。エディに感想を伝える内容は、事欠かないだろう。良い土産話が出来た。
今度は何を食べようと、カイリが食欲に負けて視線を巡らすと。
「あの、……すみません」
「――」
不意に、一人の男性が声をかけてきた。
カイリ達が振り向くと、何とも穏和な表情をした貴族の様だ。穏やかな雰囲気を
だが。
「失礼ですが、……もしかして、第十三位のカイリ・ヴェルリオーゼ殿ではありませんか?」
「――、え」
いきなり名指しされ、カイリは動揺して肩を跳ねてしまった。レミリアは疑問符を浮かべており、ケントが「ああ」と納得顔になる。
「ガルファン殿。いきなり名を当ててしまうと、カイリがビックリしてしまいますよ」
「あ、これはすみません、ケント殿。……申し遅れました。私はガルファン・ライオネットと申します。身分は伯爵に当たります」
「ご丁寧にありがとうございます。俺は、カイリ・ヴェルリオーゼです。初めまして、ガルファン殿」
自然と握手を互いに求める形となり、手を握る。触れた彼の手の平は、かなりごつごつとタコが出来ていた。
――畑仕事をしている人みたいな手だな。
剣を握った時に出来るものとはまた違う。カイリも畑仕事をしていた時、この様な手の平をしていた。思い出して、伯爵なのにと内心で首を傾げる。
「いや、こうしてお会い出来て良かった。カイリ殿がおられる第十三位と言えば、大黒柱であるフランツ殿が団長を務めておられるところですよね。なかなか交わる機会が無いので、嬉しいです」
「いえ、そんな。恐縮です」
「それに……実は、カイリ殿は初対面に思われるでしょうが、私はお見かけしたことがありまして」
「え?」
「ほら、五月頃に、クリストファー殿が開いた晩餐会で、カイリ殿は聖歌を歌われたでしょう? その時、第十三位の方と同じく招かれた客として居合わせたんです」
「あ……」
言われて、カイリは思い出す。
そういえば、あの時クリスが気にかけていた人がいて、それがガルファンだったはずだ。春頃に夫人を亡くし、気落ちしていたと聞いている。
大切な人を亡くす痛みを抱えながら、公の場に出席して笑っている強い人だという印象をカイリは受けた。
その後、彼はどう暮らしていたのか。
気にはなったが、しかしここで話題に出すわけにもいかない。
確か、あの時リオーネと共に合唱した聖歌は『紅葉』だった。
生前の夫人とよく出かけ、紅葉狩りにも言ったとクリスが話してくれたのを思い起こす。だから強烈に覚えていたのだろうかと、胸が痛んだ。
「あの時の聖歌に感動しましてね。……何と言うか、カイリ殿の聖歌は、とても優しくて、切なくて、……けれど温かく、懐かしくなる様な。本当に不思議な歌でした。……感動して、今でも忘れられないのですよ」
目を伏せてしみじみと
「い、いえ。あれは、リオーネというもう一人の歌い手あってのものです。彼女は本当に上手いんですけど、俺は平凡なので」
「そんなことはありません!」
「え」
「……、あ、申し訳ない」
強く否定され、カイリは目を丸くする。
己の言葉が思いのほか大きくて、ガルファン自身驚いた様だ。罰が悪そうに頭を掻き、それから困った様に笑う。
「た、確かにあの女性の声も綺麗で美しかったんですが……何と言えば良いのか。……貴方の歌声は、素朴ではありますが、どこか郷愁を呼び起こすと言いますか」
「――」
「聞いていると、ささくれ立った心も優しくなれる気がしたのです。……本当に素晴らしかった。一度、それを伝えたいとあの日からずっと思っていたのです」
「そ、そんなに……ありがとうございます。もったいないお言葉です」
「実は……感動のあまり、一度第十三位の宿舎を訪ねてみたのですよ」
「えっ⁉」
「でも、あいにく第十三位は遠征へ出かけていた様ですね。空振りだったんですよ」
「え? 遠征……あ、……もしかして、ルナリアへ行っていた時に」
第十三位は二ヶ月ほどルナリアへと任務へ赴き、留守にしていた。もしその時期を指しているのだとしたら、間が悪かったなと申し訳なく思う。
しかし、直接訪ねてくるくらい感動してくれたのか。結構な行動派なのだなと感心していると。
「……。本当に、あの時お会いしたかったです」
「え?」
「……感動が冷めやらぬうちに、と。本当に素敵でしたから、……」
不自然なところで言葉を切り、ガルファンが怯えた様に視線を泳がせる。
何だろう、とカイリは彼を静かに見上げた。ケントやレミリアも観察する様に熱の無い視線で彼を眺める。
彼は何度か目を上へ下へと移動させ、やがて決意した様にカイリを見つめてきた。
「あの、……実は――」
「――何を言っているんですか、ガルファン殿! 聖歌騎士が、晩餐会などで聖歌を歌うはずがないではありませんか!」
「――――――――」
ガルファンの言葉に被せる様に、耳障りなほどの大声がその場の空気をぶち破った。
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