第263話


「さて、カイリ君。最終的な力の基準なんだけどね。聖歌を十曲くらいはぶっ続けで歌える様になってね」


 クリスがとんでもない最終目標を掲げてきた。あんまりな曲数に、カイリの口があんぐり開いてしまう。フランツ達も目をいていた。


「じゅ、じゅっきょく!? ですか!? まだ、三曲でも辛いんですけど……」

「何を言っているの。三曲なんて甘っちょろいことを言っていたら駄目だよ。それで、いざっていう時には、その十曲の威力を一曲にぶち込めるくらいになってね」


 にこにこと人の良い笑みで、クリスが鬼の断言をする。

 つまり、これは冗談でも比喩でもなく、本気で十曲をぶっ通しで歌える様になれと勧めているのだろう。

 しかし、十曲。カイリはようやく三、四曲を途中で体力切れになることなく歌える様になったところだ。あと七曲と言われると、体力配分が追い付かない。


「走る体力と、聖歌を歌う体力は少し違うからね。まあ、資本はもちろん大事だけど、精神力も必要かな」

「精神力、ですか?」

「そう。だから、聖歌訓練や武術訓練はもちろん必要だけど、……前世の日本で言う、剣道とか弓道とか。そういったものを習うと、より精神統一の訓練になって良いと思うよ」

「剣道……」


 ラインが、死の間際に剣道を教えてもらえと言っていた。

 そして、レインは剣道を知っていて、教えることも出来る様な口ぶりだった。教えても良いと思った時期が来たら、教えてやると約束もしてくれている。

 レインを窺うと、彼も思い当たったのか罰が悪そうに眉をひそめていた。この野郎、という小さな呪詛が聞こえてくる。


「聖歌を鍛えるのに、武道が必要なんですね」

「うん、そうだよ。そして、何事にも屈しない聖歌の力を――精神力を身に付ける。前世に呑み込まれない必須の条件だよ」


 条件と言われては、カイリも聞き入れるしかない。

 聖歌は、前世に関与する童謡唱歌だ。

 けれど、クリスはそれで良いのだと言う。前世に呑まれるなと言いながら、前世にまつわる聖歌で良いと。一見すると矛盾している様にも思えた。

 だが。



 ――単純な威力よりも、精神力の方が重要ってことかな。



 前世に飲み込まれないためには、何を知っても、どんな衝撃を受けても流されない根性が必要だと痛感したばかりだ。

 聖歌の力を身に付けるという過程は、その一番の近道なのかもしれない。その様に解釈すれば、クリスの言うことには一理ある。


「……分かりました。柱を育てて、聖歌も育てる。それが、俺が記憶を解放する条件なんですね」

「そうだよ。後は、場数をとにかく踏むことだね。面倒で全て踏み倒したくなる権謀術数に対抗するためにも、そして世界の謎を解き明かすためにも、色々経験を積むことだ。だから、任務もがんがん受けると良い。今回の王族からの依頼は、腹黒を相手にするのに適しているだろうしね」


 堂々と王族を腹黒扱いするあたり、クリスも相当腹黒な気がする。

 クリスは貴族だ。しかも上位貴族である。様々な陰謀を潜り抜ける局面は数多く存在するだろうし、どれだけ親切で人が良くても、黒い一面は持たざるを得なかっただろう。

 それに、やはりあの王子二人は腹黒だと再認識も出来た。カイリとしては、その情報がありがたい。

 だが、それよりも気になることがある。


「……やっぱり世界の謎を解き明かすことは、俺が転生の時のことを思い出すのにも必要になるんでしょうか」

「……まあ、俺も全てを知っているわけではないけどね。カイリ君が自力で思い出す過程では、多分どうしても必要になるだろう。神話のこと、教会のこと、狂信者のこと、神のこと、転生のこと、聖歌のこと、色々ね」


 この異世界に転生するために、神の力を介している。

 神が、何のために聖歌騎士候補と契約を交わしているのか。本当に、世界を保つための養分だけが目的なのか。

 カイリが何故、フュリーシアとの契約を蹴り飛ばせたのか。カイリを転生させた神の目的は何なのか。

 謎の真相が、必ずそこにある。


「えーと、……ボクも少し気になるんすけど。……良いっすか?」


 そろそろとエディが手を挙げて発言する。

 クリスも笑顔で頷いた。「良いよ」と穏やかに促す。


「転生する条件に、必ずしも神との契約は必要ないって言ってるっすよね。……でも、転生自体は? やっぱり神の力が必要なんすか? そもそも、どういう基準で転生が決められるんすか?」

「うーん、そうだねえ。神が気まぐれで転生者を決めている時もあれば、人が転生したいと求めて決まる時もあるよ」

「……適当っすね」

「そう。基本、今は適当なんだよ。あと、異世界からこの世界に転生してくる時は、神の力は必要だね」

「……異世界から、のみ?」

「そう」


 端的な答えだ。それに、内容も妙に引っかかる。

 カイリがいくつか気になっていると、エディも怪訝な顔をした。何か省かれた様な感覚が拭えない。

 それはクリスも感じ取ったのだろう。にこにこと、良い笑顔で満足そうに頷く。


「うんうん。君達も、なかなか賢くなってきたね」

「……褒められてる気がしないっすね」

「私から話せるのは、カイリ君の記憶に深く引っかからないところまでだから。後は自分達で謎を解いて、カイリ君の記憶を解放してね」


 丸投げだ。


 まさか、説明が面倒なだけではあるまいな、とカイリは疑心暗鬼になってしまう。

 しかし、カイリが今、記憶を紐解いてしまうと再びフュリーシアに乗っ取られる可能性も出て来る。そういう意味では、全て説明を受けると不都合であるのは確かだ。

 クリスは、にこにこと人の良い笑みを浮かべている。人を食った様な笑みではないのに、その目は挑発的に笑っていた。


 ――彼は、やっぱりケントの父親だな。


 真っ直ぐに不敵な視線を叩き込んでくるクリスに、カイリは笑みに苦味を乗せた。心臓に響くわけではないが、疲れ果てている現状ではあまり受けたい類の視線ではない。


「分かりました。……あの、最初の……今回の原因に戻っても良いですか? 書物について、なんですけど」

「ああ、あれね。カイリ君が知りたいのは、特に日誌の方かな?」

「そうです。あれは、途中までが本人の手記だけど、……別の存在が介入しているって言っていましたよね」

「ああ、……」


 ふむ、とクリスが思案気に目を伏せる。どこまで話したものかと吟味しているのだろう。

 急かさずに構えていると、クリスは「まあ、良いか」と放り投げる様に口を開いた。


「ぶっちゃけ、フュリーシアだね」

「……」

「驚き過ぎて、声も出ない?」

「……、……いえ。何となく、想像出来ました」

「ああ、うん。そうだよね。乗っ取られたばかりだものね」


 苦笑いで相槌を打つクリスに、カイリは疲れた様に息を吐き出す。吐いても吐いても溜息が無くならないのは、もう色んなことが起こり過ぎているからだ。

 あの最後のページは、第十三位の中ではカイリしか読めなかった。そして、明らかに今のカイリに向けてのメッセージだった。

 その時点で、本を介して何者かが脅してきた様にしか思えない。メッセージを送ってきた者――フュリーシアにとって、カイリの思考や信念は邪魔なのだろう。


「フュリーシアが、元々カイリ君を狙っていたんだよね。だったら、君を精神的に追い詰めて、乗っ取りやすくするっていう狙いがあったのかもね。……同時に、邪魔でもあるのかな?」

「……俺が目的なのに、邪魔、ですか」

「うん。……ケント」

「……。……僕と話していた雰囲気だと……うん。求めているのに、同時に疎ましくもある、みたいだったよ。でも、利用しなきゃならないから、生かしている。そんな感じ」


 ケントが言いにくそうにしながらも、言葉を選んで打ち明けてくれる。辛そうに顔を歪めるのを見て、無意識に彼の背中を撫でた。


「同時に、引き込めればこれ以上ないほどに心強くもある……と、思う。……ごめんね、これ以上は」

「良いよ。……ありがとう、ケント」


 痛みを堪える様に目線を下げるケントに、カイリはなだめる様に礼を告げる。

 本当に、ケントは転生の時から孤独な戦いを繰り広げていたのだと知った。焦燥が生まれるが、懸命に抑え込む。

 急がば回れ。

 この言葉は的を射ていると、今回カイリはひどく痛感した。


「ま、しばらくは邪魔出来ないだろうけどね。カイリ君、中に入ってきた時に攻撃したでしょ」

「……、攻撃、というか。投げました」

「ぶっ」


 カイリの白状に、クリスが思わずといった風に噴き出す。くくっと笑う表情は清々しく意地が悪い。


「そう。投げ飛ばしたんだ。……ふふっ。良い気味だね!」

「……。感覚的には、そうです。最後はもう『帰ってくるな!』という意気込みで投げまくりました」

「ふはっ! そっかそっか。じゃあ今頃、物凄い大ダメージ受けているだろうなあ。心の一部を直に攻撃されている様なものだから。余計に恨みを買ったかもね」

「別に、構いません。俺、あいつ大嫌いなんで」

「……、そう。良い根性しているね。そういう子は好きだよ」


 淡々と返すと、クリスが面白そうに肘を突き、口元を両手を組んで隠す。

 ぞっとするほどの凄惨な笑みに、カイリは彼も相当腹を立てているのだと気付く。目の前で息子が攻撃されたのだ。平静を装っている胆力は、まだカイリには真似出来ない。


「日誌を含め、ここに積まれている書物は全て禁書だね。だから、見られるとまずいところは、元々塗り潰されていただろう。ただ、その上から更に真っ黒に塗り潰した跡は、あからさまな、あのくそじじいからの悪意だと思うよ。カイリ君、実際に恐くなったでしょ?」

「……、はい。図書室に入ってきたシュリアに、かなりみっともない所を見せました」

「……そうですわね。何事かと思いましたわ」

「ごめん。ありがとう。……心強かった」


 素直に感謝を告げると、シュリアは何故か押し黙ってしまった。口を一文字に結び、物凄く不機嫌そうな顔をしている。

 迷惑だったのだろう。益々落ち込む。


「ま、シュリアの元祖ツンデレは置いておいてよ。あ、そういや元祖ツンデレって、そもそもちょっと意味が違うらしいぜ。初代ツンデレって言わないと駄目か?」

「ちょ、何ですの、それは! 本家ツンデレのくせに! というか、どうでも良い話が混ざっていますわ!」

「あー、とにかくよ。その、禁書だらけの書物が、何で第十三位にあったんだろうな? しかも、隠されてたんだろ? カイリに合わせてどこかから出現したとかか?」

「……いや、その線は薄いんじゃないかな。元々、そこにあったと考えるのが自然だろうね。ケントはどう思った?」

「僕も同じ感覚かな。……もしかしたら第十三位の中に、秘密裏に禁書を集めて謎を解こうとしていた人がいたのかもしれませんね」

「……もしそうだとしたら、そいつ、今は生きてなさそうだな」

「でしょうね。……父さん」

「うーん。……聖歌だから、……隠したのは人間だと思うけど。あのくそじじいにはお見通しで、干渉した、と考えるのが自然かもね」


 感覚が鋭いケントとクリスが言うのだから、棚を隠したのはカイリ達と同じ人間なのだろう。

 それでも、神には些細なことだった。もてあそばれている感じに、吐き気がする。


「この書物は……元の場所に戻して、保管しておくのが一番かもね。勝手に消えるってことは無いと思うよ」

「……分かりました。そうしておきましょう」

「ただ、防御しないまま近付かない様に。あまり良い波動を感じない。図書室に入る時も読む時も、必ずカイリ君を連れ添うこと。彼の破邪の力があった方が惑わされずに済む」

「……肝に銘じます」


 フランツが神妙に承諾し、クリスが「うん」と柔らかく微笑む。

 彼はフランツに対して、よく部下を見守る様な顔になる。カイリには、彼らがどういう仲なのかはよく知らないが、微笑ましく感じられた。


「あの……私からも、気になったことがあります。良いですか?」

「何かな、リオーネ君」

「クリストファー様とケント様は、件の日誌の最後のページを読めたのですよね? 読める条件は分かりますか? お二人の目には、何が書かれていたのでしょうか」

「――」


 リオーネの質問に、二人が刹那的に表情を落とす。

 すぐに戻ったが、厳しい反応だ。リオーネが怯むことは無かったが、二人もすぐには答えない。

 一分ほど黙り込んでから、クリスが慎重に濁した。


「そうだね……。条件としては、……うん。一つとしては、聖歌かそれに類する力が高いこと。そして、カイリ君を排除するか、取り込むか……どちらにしても、その障壁として危険度が高い人物が、より先まで読めるんじゃないかな。最後の方まで読めると、かなりくそじじいに危険視されている、のかもしれないね」

「……、僕は、……。最後に書かれていた文字は警告でしたね。自分の立場が分かっているのかって。……カイリに肩入れしている様に見えたんでしょう。実際大好きだと知られていますしね」

「私は、まあ……邪魔をするな、殺すぞって感じかな」

「「え……っ」」


 クリスの言葉に、カイリだけではなくケントも凍り付く。

 そんなカイリ達の反応に、クリスは朗らかに笑いながら頭を撫でてきた。


「可愛いなー、二人共。大丈夫だよ。大体あいつ、俺を見てひどく動揺していたでしょ。天敵認定されてるんだよ」

「……でも、父さん」

「俺はお前よりも遥かに強いんだよ。ちなみに、今、くそじじいは推定動けないし。大丈夫。もし危機が降りかかってきても、その前にカイリ君が強くなってくれているよ」

「……、うん」


 簡単に笑い飛ばされて、カイリはプレッシャーが重々しく肩にのしかかるのを感じた。何故、そこでこちらに期待をかけてくるのだろうか。早くしろという催促なのか。

 と思ったが、すぐに釘を刺された。


「あ、カイリ君。焦ったら駄目だからね。ちゃんと、地に足を付けて生きるんだよ」

「……はい」

「……俺は、君達よりも歳を重ねているんだからね。年の功って奴に任せなさい」


 茶目っ気たっぷりに、クリスがウィンクをしてくる。

 彼の心強さに、カイリは申し訳なくなってきた。今までの面倒事は全てカイリが引き起こしている。結果的にみんなを巻きこっみ、ケントを不安にさせて、やりきれない。

 だが。


 ――ここからだ。


 何となく、転生の時のことが世界の謎を解くのに重要なことも分かってきた。確実に前進はしているはずだ。

 後は、カイリは今まで通り出来ることをこなしていく。それが一番の近道だと信じて、カイリは進むしかない。


「さて。書物のことは、……私も時間がある時に調べに来ようかな? フランツ君、それで良い?」

「はい。お手数をおかけしますが」

「友人のカイリ君のことだからね。むしろ、知らせてもらって良かったよ」


 クリスの心遣いに、ほとほとカイリは頭が下がる。彼は友人であり、ケントの父であり、第二の保護者の様な存在だ。

 カイリは改めて強くならなければと決意を新たにした。

 ――と。



 くんっと、背中のローブを引っ張られた。



 振り返ると、ケントが控えめにカイリのローブを引っ張っている。気まずげに視線を斜め下に流す仕草は、どこかすがる様に映った。

 ケントがここまで弱っている姿を見るのは初めてだ。前世から振り返ってみても、彼はいつも笑っていた。新鮮な気持ちで迎え入れる。


「ケント? どうかしたのか?」

「……ごめんね、カイリ」

「? 何が」

「……。……嘘吐いて、ごめん」

「……、ああ……」


 嘘というのは、カイリのことを覚えていないと言ったことだろう。気に病んでいるとは思わなかった。

 確かに気付いた時には悲しくなったが、彼には彼なりの理由があったのだ。



 彼はカイリに転生の時のことを思い出させない様に、気を遣ってくれていた。



 もし、教会で初めて出会った時、ケントに前世の記憶があると知ってしまったら、カイリは真っ先に謝罪をしていただろう。それだけケントには罪悪感が募っていたし、後悔も強かった。

 そして、きっとその後は思い出話を咲かせ、咲かせれば咲かせるほど前世へ引っ張られていたに違いない。ひどく危険な行為だということは、身をもって痛感した。

 他にも色々理由はあるだろう。そして、それは全て必要だったはずだ。感謝しかない。


「どうして謝るんだ? お前が覚えていないって言ってくれなかったら、俺はもうとっくにフュリーシアのものになっていた。感謝してるよ」

「でも……」

「それに、……俺はさ。家族と心から笑っているお前に出会えただけでも嬉しいよ。こうして、お前と一緒に笑っている今が楽しい。それじゃあ駄目か?」

「……、うん」


 それでも気後れする様に俯くケントに、カイリはむぎゅっと鼻をつまむ。むぎゃっと変な声を出す彼に、カイリは噴き出す様に笑った。


「っはは。変な声」

「って、カイリが鼻をつまむからでしょ!」

「あはは。そうそう。……お前が気に病む必要なんてないだろ。お前はさ、いつも通り『そうだよね! 仕方ないもん!』とか生意気なこと言って、笑ってれば良いんだ」

「……、何それ。僕の声真似? 全然似てないよ!」

「そうか? 結構迫真の演技だったと思うんだけど」

「えー。ありえないよ! バカイリ!」

「お前、相変わらず失礼だよな」


 ぺしんっと軽く肩をはたくと、ケントが「いたっ」とおかしそうに声を上げる。

 それを見て、「カイリ君……ケントに冷たくしてくれてありがとう」と号泣しながらクリスが礼を告げてくるので、この親子はやはりマゾかもしれないと真顔になった。



「あ、でもね。……カイリは昔のこと、話してくれても良いからね」

「え?」



 叩かれたところを押さえながら、ケントが笑って推奨してくる。

 前世のことを思い出すのは嫌だからケントは語らないと言うのに、カイリは語っても良いとは矛盾していないだろうか。

 首を傾げて不可解を示すと、ケントは頬を掻いて目を伏せる。


「確かに僕は昔のことを話すのは嫌なんだけど、……カイリが話してくれるのを聞くのは楽しいし、……嬉しいから」

「……」

「僕に気遣って話してくれなくなるのも嫌だし。……だから、……駄目かな?」


 上目遣いに見られ、カイリは言葉に詰まる。ケントの方が背が高いのに、何故見上げられる様な仕草になるのか。理解に苦しむ。

 けれど。



 ――嬉しいって言ってくれるなんて。



 あれだけ冷たくしていたのに、カイリとの想い出は楽しいと告げてくれる。

 それが、どれだけ救いになるか。彼には伝わらないだろう。


「……、分かった」

「……本当?」

「ああ。……そういうのを語るのは、転生時の記憶とかには影響ないんだな?」

「うん。だって、既に思い出しているところだしね!」

「そっか。……じゃあ、懐かしいなって思ったら、ぽろっと口にしてるかも」

「……うん!」


 カイリの言葉に、ケントが花開く様に笑う。

 ようやく無邪気な笑顔を見れたと、カイリはこっそり胸を撫で下ろした。今日は本当に痛々しかったり、弱り切った顔ばかりを見ていたから、ホッとする。

 ケントが本当の意味で笑える様になるには、カイリが強くならなければならない。

 今、こうして目の前で笑っている顔が、カイリにはとても尊い宝だ。

 だから。



 ――絶対に、助けるから。



 彼が背負っているだろう闇の部分を、一緒に背負える様に。

 カイリは、彼が笑顔で抱き付いてくるのをすげなく避けながら、誓いを新たにした。


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