第217話


「……エイベル・グラハム」


 ゼクトールがカーティスの名を出してから、かなりの沈黙の時間を要した。

 カイリを始め、全員が辛抱強く待ち続けていると、ようやくゼクトールが口火を切る。

 教皇は、ゼクトールの親友だと聞いていた。名を紡ぐのはかなりの痛みを要するだろう。

 だが、ゼクトールは踏み止まることをしなかった。まるで贖罪と言わんばかりに、とつとつと語り始める。



「二十年前に教皇になった者の名である。そして、同時に三歳の頃からのわしの幼馴染であり、親友だった」



 一切の感情を交えずに、涼しく語られていく。その語り口調が、彼の奥底に眠る激しい感情を感じさせて、カイリは俯きたくなる顔を必死に上げ続けた。


「お互い憎まれ口を叩き、ぶつかり合いながら、上を目指した。教会騎士になり、いずれ教皇にすら手を届かせるのだと。この、腐った仕組みを変えるために、共に上を目指そうと。……ああ。エイベルは、少しカーティスに似ていたのである」

「……え」

「思い立ったら一直線。熱い……いや、暑苦しい。困っていたり救いを求めている者がいたら、迷わず駆け出し、助ける。いつも笑顔を絶やさず、頭は春まみれ。……うむ。実に馬鹿な男であった」


 何だろう。褒められている気がしない。


 父に似ていると言われて上向きになったカイリの心が、中途半端にたゆたう。エイベルに対しても酷い言いようだと呆れた。

 けれど、――そこまで本音を言い合える仲だったのだ。

 会った時の教皇を思い起こし、彼の心中は如何ばかりだったのだろうかと、沈鬱に頭を押さえ付けられる。

 それに。



 ――何だか、聞いたことがある様な話だ。



 それはどこでだったか。

 思い出そうとしたが、すぐにゼクトールの言葉で遮られてしまった。


「カーティスは、当時エイベルが第一位団長だった時、既にエースだった。貴殿もいたな、フランツ殿」

「……ええ。エイベル殿にも、……貴方にも。随分お世話になりました」

「その時、既に我が娘のティアナと付き合っていてな。腹立たしくて殴りたくて仕方が無かったのだが、エイベルに止められてな。渋々認めたのである」

「……。……はあ」


 思い出したのか、ぴきりとゼクトールの額に青筋が立っている。可愛い娘を取られると、やはり父としては複雑で許しがたいのか。カイリには経験が全く無いので、理解が及ばない。


「……だが。……エイベルの言う通り、仕方なくとはいえ、……カーティスのことをわしは認めていた」

「……っ」

「エイベルも、カーティスを可愛がっていた。……彼には妻との間に子供がいなかった。だから、余計に彼が可愛かったのであろう。本当の子供の様に可愛がり、よく食卓にも招いていたのである」

「――」



 ゼクトールの言葉をキッカケに、ぶわっとカイリの脳裏に光景がよみがえる。

 そうだ。聞いたことがあるはずだ。



〝父さんにはな、二人のお父さんがいるんだ〟



 昔、一度だけ。父と母が、祖父母について話してくれた。



〝お前のおじいちゃんはな、すっごく正義感が強かったんだぞ。困っている人がいたら絶対に手を差し伸べるし、弱い者いじめは許さない。いつだって熱い人で、面倒見も良くて、真っ直ぐで、優しい強さを持つ……〟



 ああ、そうだ。

 絵本を読んでくれたあの夜、父は確かに熱く、嬉しそうに語ってくれた。

 二人の父がいて、その内の片方に懐いていたという話。



 それが、教皇。エイベル・グラハム。



 父を陥れ、殺そうとした相手が、教皇になる前は父を可愛がってくれていた。

 にわかには信じがたい事実だった。そんな馬鹿なと否定したかった。

 けれど。



〝……っ、……カー、…………ス、よく、……似……っ、…………――〟



 拷問を受けていたあの時、ほんの一瞬。

 本当に一瞬だったけれど、いつもの教皇以外の顔が垣間見えた。

 彼は、カイリの顔を見て、誰かに似ていると言っていた気がする。

 まさか。



〝――っ、……、か、……てぃ、す〟



 ――まさか。あの時。



「確かに。……カーティスは、よくエイベル殿に懐いていたぞ」



 フランツが諦めきった様に同意してきた。

 その諦めは、今までえて隠してきたことを白状するかの様な響きを伴っていて、カイリは体の中から崩れ落ちる様な感覚に襲われる。


「……そう、なんですか」

「ああ。……あいつとエイベル殿夫妻が並んだら、本当の親子の様でな。団の者達は、実家が他にあることを知っていたにも関わらず、割とそんな目で見ていた」

「……っ」

「俺は早くに両親を亡くしていたからな。その関係性が、時折眩しく見えたこともある。それくらいに、本当に仲が良くて、……幸せそうだったぞ」

「――……」


 フランツの苦笑交じりの噛み締め方に、カイリは痛いほどにその光景が見える様だった。

 父が誇らしげに話していた祖父。大好きだと涙の様な声で語ってくれた大切な人。

 会えばきっと、カイリを愛してくれたと父が太鼓判を押した祖父。

 けれど。



〝だが、……すまないな。……お前に会わせてやれることは、もう無いんだ〟



 ――どうして、会うことが出来ないと言っていたのか、分かった。



 父は知っていたのだ。もう、以前の祖父はいないのだと。

 教皇となって、別人になってしまったのだと。

 父を殺そうとした祖父と、誰が孫を会わせようと考えるだろうか。

 悲しそうに、涙を零さないまま泣いていた父は、あの時何を考えていたのか。胸が握り締められる様に痛くて苦しい。


「それにな。ゼクトール殿……当時は『殿』だったのだ」

「え、……あ、そういえば、そうですよね」

「ああ。ゼクトール殿には邪険にされていたが、それでもカーティスはゼクトール殿が大好きだった様でな」

「……、へえ」

「よく挑んで行っていたし、『お養父さん!』と言っては、『お養父さんなど百万年早いわ!』と殴られて、笑っていた」

「……。……、……そうですか」


 そんな微笑ましい――暴力的なやり取りがあったのか。今のゼクトールからは信じられない日々の連続である。

 しかし、ゼクトールの瞳もわずかに細められていた。懐かしそうに遠くを見るその眼差しに、カイリは真実なのだと知る。


〝父さんも、その人にはしょっちゅう睨まれていたが……。なかなか可愛いところもあった。なあ?〟

〝ふふっ。そうねえ。懐かしいわあ〟


 父が慕っていた人の昔馴染みがいた、と両親は語っていた。

 今思えば、それがゼクトールだったのだろう。あの二人を見るに、駆け落ちのきっかけとなったゼクトールを恨んではいなかった様に思う。


「……、……確かに。カーティスはうるさいくらい付きまとってきたのである」

「……」

「……ティアナのことも大事にしてくれた。仕方がないが、本当に仕方がないが、カーティスになら結婚させてやっても良いと、わしも認めていた」

「……」

「……だが。二十年前にエイベルが教皇になったことによって、生活は一変した」


 核心が、近付く。二十年前の、ゼクトールや父の真実が今まさに、手に触れられる場所にまでやってきた。

 こくっと、自然にカイリの喉が鳴る。ゼクトールも、微かに緊張した面持ちで、沈む様に語った。


「教皇になるのだと嬉しそうに報告してくれた。……だが、それはわし以外にはエイベルは告げなかった」

「……、何故ですか」

「教皇の就任は人知れず行われる。誰が教皇であるのかを、誰にも明かしてはならない。……エイベルも本当は誰にも言ってはならなかった様なのだが、わしにだけはと打ち明けてくれたのである」

「……」

「そして、その次の日にはもう、エイベルはエイベルでは無かった」


 淡泊な語りが、重みを増す。

 ずんっと、腹の底が押し潰される様な重圧に、カイリはぎゅっとシーツを握り締めた。その手に、フランツの手が重ねられ、安心させる様に撫でられる。

 息が乱れそうになるのを必死に堪え、カイリは黙って続きに耳を傾けた。


「エイベルはわしのことを覚えていたが、あの快活な笑顔も、暑苦しいほどの正義感も持ち合わせてはいなかった。未成熟な少年少女に溺れ、反逆の疑いがある者には洗礼という名の洗脳を施した後に殺し、洗礼を大人しく受け入れない者には、……暗殺や事故などと装い、葬った」

「……っ」

「わしは、何度も進言した。やめろと。お前はどこに行ったと。だが、まるで聞き入れてはくれなかった。わしを枢機卿に押し上げたのは彼だが、……わしのことすら、都合の良い手足としか思っていなかったのである」


 それでも刃向うゼクトールを殺さなかったのは、エイベルが残した最後の良心だったのだろうか。

 今となっては、真実はもう誰にも知らされることは無い。


「……そして十七年前。あいつは遂に、カーティスを戦場に誘き出し、陥れ、殺そうとした。第一位の仲間二十人を洗脳し、全滅に見せかけた」

「……っ、……」

「だが、奇跡的に生き延びてくれた。……わしが気付いて駆け付けた時にはもう、瀕死でな。一命は取り留めたが……二度と剣が振るえない状態になってしまった」



 無念である。



 ぽつりと、零した最後の言葉が、カイリの胸に涙の様に落ちる。

 助けに駆け付けてくれたのか。自分だって、教皇の標的にされるかもしれなかったのに。

 その事実を聞けただけでも、カイリは話をした甲斐があったと強く打ち震える。唇を噛み締め、目を閉じた。


「あれだけ可愛がっていたカーティスを、葬ろうとした。もう、以前の彼ではないと、……分かってはいたのだが、改めて思い知らされた」

「……」

「だから、……このままカーティスを国に置いておくわけにはいかない。いつまた殺されるか。……だから、……ティアナを、使った」

「……、え?」


 一瞬言われた意味が分からなかった。

 だからこそ聞き返すと、ゼクトールは躊躇いを追い出す様に息を吐く。


「文字通り、ティアナを使った。……カーティスは、剣が振るえなくなった。騎士ですらない。そんな男に価値は無い。婚姻関係を結ぶメリットも無くなった。むしろデメリットだらけだ。娘に相応しくない。故に、婚約関係を破棄したい」

「――っ」

「カーティスを呼びつけ、ティアナの前であらゆる罵倒を浴びせた。子供達や妻からも非難を浴びたが、貫いた。そして」


 母が、怒った。


 後は、フランツから聞いた通りなのだろう。テーブルを叩き割り、恐ろしいほどの満面の笑顔で家と縁を切り、父と駆け落ちした。目に浮かぶ様だ。

 けれど。



 ――父さんも母さんも、親馬鹿ではあったが、聡明だ。



 その時なら頭に血が上ったりショックを受けたりで、衝動的に行動するかもしれない。

 だが、冷静になって、一度も考えなかったのだろうか。何故、ゼクトールがいきなりそんなことを言い始めたのかと。

 特に父は、エイベルだけではなく、ゼクトールにも懐き、慕っていたという。それならば、尚更ゼクトールの性格を見抜きそうだ。父は、人を見る目がずば抜けて高かったのだから。

 事実、両親はあの祖父母のことを語ってくれた夜、ゼクトールについて恨み節を見せるどころか懐かしそうに笑っていた。

 そんなカイリの考えを見抜いたのだろう。ゼクトールも、疲れた様に首を振った。


「恐らく、……希望的観測ではあるが、二人共気付きはしたであろう。時間を置いて、だろうがな」

「……、父さんと母さんとは、……連絡を、取っていたんですか」

「いいや。一度も」

「っ」

「だが、それが何よりの証拠である。……わしの思惑に気付いていたという、な」

「え?」


 指摘されて、カイリは少しだけ困惑した。思惑に気付いていたのならば、元気にやっていると、一言だけでも手紙を送るべきだったのではないだろうか。

 しかし、次に明かされた言葉に、カイリは納得せざるを得なかった。


「手紙を送るということは、どれだけ痕跡を消したとしても、足が付く可能性が残されている。いつどこで教皇の監視に引っかかるか、分かったものではないであろう」

「……、あ」

「本気でわしの思惑に気付いていたのならば、あの二人は連絡を寄越しはしない。……特に、カーティスは能天気な馬鹿ではあるが、義理堅い男だった。通常ならば、ティアナが怒り狂っていたとしても、近況を知らせてきたであろう」


 だが、それをしなかった。

 つまり、裏返せばそれこそが、二人がゼクトールの心意気を受け取ったという確固たる証ということだ。


「カイリ殿よ。君のことは、フランツ殿が迎えに行ったそうであるな」

「……はい。親友で、頼れる相手だと」

「その時わしのことを、話していたか」

「……、いいえ」


 否定すれば、ゼクトールは泣き出す様に笑った。微かに口元が動いていただけだが、懐かしむ様に、苦しそうに、頷く。


「そうであるか」

「……っ、あの」

「そうであるな。……わしが君のことを知れば、……今度こそわしが、教皇に狙われていたかもしれぬ」

「え?」


 零れる溜息の様な白状に、カイリは眉根を寄せる。


「わしのことをフランツ殿に話していたことを、どこかで嗅ぎ付けたならば。カーティスをわざと逃したと教皇はすぐに考えたであろう。そうなれば、今度はわしに矛先を向けていたかもしれない」

「え……」

「あの憎き人間の子供がいる。血を継ぐ子供など、邪魔でしかない。そんな面倒な可能性の芽を潰さなかったと。君のことを知るタイミングが悪ければ、余計な手間を増やしたと、わしは殺されていたかもしれぬということである」

「――」

「それに、……わしも、カイリ殿を結局は作戦の手段として使ってしまった。……その辺りもカーティスは危惧していたであろう」

「父さんが? ですか?」

「うむ。わしが、大人しく教皇に従ったままではいられないと、見抜いていたであろう。……カイリ殿が選んだ家宝の意味をカーティス達が知っていたのならば、……近衛騎士を集めるのにも教皇を騙すにも、有用な餌になることも分かっていたはずである」


 一度、ゼクトールは震える様に息を吐く。瞬きをせずに、一心に床を見つめている。

 その眼差しから並々ならぬ覚悟を感じ、カイリは引きそうになる体をぐっと前に出して堪えた。

 カイリを手段としてまで、彼は教皇を殺した。その顛末てんまつを、きちんと真正面から知りたかった。


「教皇を……エイベルを止めるには、もはや殺すしかなかった。同時に、教皇に洗脳されて駒となっている近衛騎士も」

「……っ、え?」

「教皇の支配下から抜け出した洗脳騎士は、もはやただの殺戮人形である。教皇に敵意を持つ者をひたすら探し出し、それこそ世界中を、地の果てまで追いかける危険性があった。故に、教皇もろとも一網打尽にする機会を作り出さなければならなかった」

「……あ、え。……それは」


 洗脳された騎士を殺す。

 それは、つまりあの時現場にいた全員の命を奪うという意味か。

 みんな、全員。ギルバートも。


「……っ、そんなっ。彼らは、ただ洗脳されていただけです! 殺すのは」

「だが、その件については事情が変わった。……騎士については、また後で話をするのである」


 ゼクトールの補足に、カイリは安堵で足から力が抜けていく。

 何が原因で事態が変化したかは分からないが、彼らの命が救われたのならば何よりだ。

 ぎゅっと震える手を握り締め、カイリは顔を上げて続きを促した。


「……、それで。どうして、俺が集める手段だったんですか?」

「……教皇となったエイベルは、己に反抗するカーティスを憎んでいた。殺せなかったことすら呪っていた。……カイリ殿がその息子であると知った時の反応は異常で、洗脳することをその時既に決めていたのである。執着が異常で、何が何でも洗脳すると決めていた」

「……っ」


 カイリの知らないところで、着々と物事は進んでいた。

 空恐ろしい事実に、カイリの手が小刻みに震える。フランツが更に力を入れて握ってくれたことで、どうにか平常心を保てた。


「洗脳する機会を作ることをわしに一任した。チャンスだと思った。故に、前から考えていたカイリ殿を餌にする作戦を決行したのである」

「……、どうやってですか? 理由は?」

「簡単である。カイリ殿を、ただ教皇の元に召し上げれば良い。……カイリ殿は洗脳出来ないと、わしは知っていたのであるから」


 意外なところから新事実が湧き出た。

 カイリだけではなく、フランツ達も前のめりになる。洗脳されないというのが本当ならば、これほど強みになることは無い。



「パイライトは、強い魔除けの力を持っている」

「……まよ、け?」

「そう。他にも様々な効果があるが、これほど強力な魔除けは、家宝の中でも無いのである」



〝パイライトっていう石よ。我が家に伝わる魔除まよけでね、ラリエット風のネックレスにしてみたの〟



 母が、この石を持たせてくれた日のことを思い起こす。母も同じ様に、パイライトは『魔除け』だと強調していた。

 この石のおかげで、カイリは洗脳されそうになっても強く抗えたのか。死して尚、守ってくれる両親の愛情に感謝の念が絶えない。


「そのパイライトは、初代から今の今まで、一度も誰も選びはしなかった」

「え……、一度も?」

「うむ。……つまり、カイリ殿自身も強い魔除けの力を持つから、パイライトが選んだのであろう。それほどそのパイライトは、特別な家宝なのである」

「そうなんですか……」


 村を出る時から、当然の様に傍にいてくれたパイライトに、そっと指で触れる。ふわふわと優しい熱が指の腹から伝わってくる様だ。

 何故選んでくれたのか。理由は分からない。

 それでも、カイリを選んでくれたことに心の底から深く感謝した。


「教皇は当然、カイリ殿を洗脳しようとする。だが、効きはしない。……洗脳が効かないとなれば、教皇は焦る。近衛騎士達やわしの聖歌語でも洗脳出来ないとなれば尚更」

「……。確かに、教皇は焦っていました。何故、俺を洗脳出来ないのかって」

「左様。……つまり、もっと強力な洗脳力を必要とする。洗脳された教会騎士は、己も洗脳されているからか、洗脳する力が強いのである。それを狙って、普段は外に出ている残りの半数の騎士達を呼び戻すことを狙った」

「……」

「ぐずぐずしていたら、ケント殿が戻って来る。時間もあまり残されておらず、力も必要とする。これなら、例外として騎士を全員一ヶ所に集めることが可能だと思ったのである」


 そうして、舞台は整ったというわけだ。

 結果的に、あの場所に近衛騎士達は全員つどった。

 そして。



「わしが、エイベルを殺した」

「――……」

「ケント殿から聞いたかもしれぬが、今は教皇は不在である。……色々詳細は省くが、しばらくは教会の上層部、少なくとも教皇がカイリ殿を狙うことはないであろう」

「……、そうですか」



 ゼクトールの説明は最後まで淡々としていた。エイベルを殺した、と告白したその時でさえ。

 彼は、どれだけの感情にふたをして、封じ込めたのだろう。

 カイリは、両親をはじめとする村の者達が亡くなった時、とてつもない悲しみが押し寄せてきて堪らなかった。

 ならば、大切な親友をその手で殺めた彼は、どれほどの慟哭どうこくを上げているのか。


「……教皇は、己の身が危機にさらされた時でさえ、騎士達を呼び戻すことを通常は拒否する。故に、……カイリ殿。結果的に、君を餌にし、酷い傷を負わせてしまった」

「……」

「……謝ってすむ問題では無いと分かってはいる。許されようとも思っていない。だが、……すまなかった」


 淡泊な声が、部屋に響き渡る。

 フランツ達の空気が、一層尖る。カイリにも伝わってくるのだ。ゼクトール本人には痛いほど刺さっているだろう。

 それでも、彼は惑いはしなかった。そのまま、頭を下げ。



「君には、わしを罰する権利がある。死ねと言うのであれば、その通りにするつもりである」

「――っ」



 両手を突き、額を床にこすり付けた。


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