第187話


 突如、目の前の男の顔だけが、視界から綺麗に消え去った。

 突然の出来事に、カイリは呆けた様に眼前をひたすら凝視する。思考が、理解に追い付かない。



「――、……え?」



 顔だけ――。

 正しくは、上から新たに黒い塊が複数降ってくると同時に、目の前の卑しい輩の首が消えたのだ。

 遅れて、どっと、何かがいくつも転がり落ちる音が地面から聞こえてくる。未だ脳内の処理が追い付かず、カイリは視線を物音がした方向へ向けてしまった。後ろから、ひっとサイの悲鳴を呑む音が聞こえたところで止めて置けば良かったのに。

 だが、見てしまった。



 地面には、首だけとなった男の顔が三つ、無様に転がっていた。



 その顔たちは、何も分からない表情をしている。もう、まぶたが閉じることもない。

 再度前を見つめれば、綺麗に首だけが無くなった体が他にも二つ並んで立っていた。血飛沫ちしぶきも上がっていない。

 ただ、顔が無くなった首から、つっと不穏な赤いものが申し訳ない程度に零れ落ちているのだけが見える。

 その意味を悟り、地面に転がった顔の持ち主を理解し。



〝……、か、い、……――――――〟



 目の前で死んだミーナと。

 四肢の折れ曲がったリックと。

 無残な姿になったヴォルクと。



 血塗れで転がった村のみんなと、重なって。



「――、……う、あ、……っ、あ、……ああああああああああああああっ!!」



 夢かうつつか分からないまま、カイリの口から悲鳴がほとばしった。あ、ぐ、と声にならないうめきばかりが漏れ出て、訳もなく頭を振る。膝を折らなかったのは、背後に守るべき存在があると頭の片隅にまだ残っていたからだ。


「ひいっ⁉」

「お、オヤブンが……!」

「ひ、あ、た、たすけ……っ!」


 しかし、それを合図に、取り囲んでいた残りの男達も一斉にわめき出した。我先に逃げようと、男達が一つだけの路地に殺到する。

 だが。


「……所詮、小物か。他愛もない」


 黒い衣服をまとう男の一人が、淡々と声を投げると同時に、他の黒い男達も一斉に動き出した。

 一糸乱れぬその統率は見事なものだ。次々と首が宙に舞うのを、カイリは呆然と眺めてしまう。

 そうこうしている間にも、ごろごろっと勢い良く転がってきたものが、足元にぶつかる。

 見なければ良かったのに、カイリは引き寄せられる様に見下ろしてしまった。

 その瞬間、虚ろなガラス球の様な瞳がカイリの目と合う。


「――っ、……ひ……っ!」


 思わず悲鳴を上げて、カイリは後退あとずさる。責める様なその死滅した眼差しが、カイリの喉も心も締め上げた。

 あの時と、同じ。



 村が、みんなが、燃えて、死んだ時と同じ。



 息が不規則に震え、呼吸がしにくい。かたっと、木刀やさやを握る手が恐怖で震え始めた。

 真っ赤な色が村の悲劇を呼び覚ます。母が逃がし、父が笑い、リックが、ミーナが、――ラインが。



 目の前で、ゴミの様に捨てられた彼らが、カイリの足元で転がっている。



「は、……あっ! ……みん、な、……っ」

「――耐性無しか。それもまあ良いだろう」

「――っ」



 間近で聞こえた声に、カイリは本能でさやを前に滑らせる。

 がっと、激しい衝撃が左手を突き抜けた。

 そのおかげで、カイリも我に返る。あまりの無能さに、かっと怒りが燃え上がった。


 ――馬鹿だ。


 今のカイリは、聖歌騎士だ。護衛中だ。

 背後には、絶対に守り通さなければならない存在がいる。

 それなのに、我を忘れて発狂するなんて、騎士失格だ。

 しかし、自省している暇はない。



「――っ、……王女殿下! サイ君と一緒に、もっと下がって下さい!」

「……っ、イモ騎士!」

「早く!」


 びりびりと痺れる左手に力をこめ、カイリは咄嗟とっさに聖歌語を放った。


「――っ、……【動くな】!」

「小賢しい。【やめろ、縛れ】」

「……! 【弾け】!」


 聖歌語で跳ね返され、更に反射的にカイリはその力を弾く。

 相殺は出来たが、相手も聖歌語を使うのか。ここまで間近にいると、聖歌は歌えない。発動するまでにタイムラグがあるから、妨害を受けやすいのだ。特に歌い出しを潰されれば終わりだ。

 もっと剣術と両立させられればと、カイリは悔しさで歯噛みする。歌いながら木刀を振るえれば戦略の幅も広がるのにと、己の力の無さが恨めしかった。


「なるほど。武術はそれなりか」

「うるさい! ……お前は、……狂信者か!?」

しかり。これは良い拾い物をした。――なあ? 聖歌騎士殿」

「――俺は! 物じゃないっ!」


 目の前に迫った相手の左手を、払う様に木刀でぐ。軌道を逸らした動きを利用し、カイリは更に思い切り薙ぎ払って、相手を回転させながら遠くに追いやる。


「っ!? 貴様……っ!」

「お前ら全員! 【土よ! 囲め!】」


 カイリは対象を襲撃者全員に定め、地面に聖歌語を放った。

 途端、ぼごおっと勢い良く地面の土が天に駆け上がる様に伸び上がる。ぎあっと、小さい悲鳴があちこちから上がり、カイリは今の内にとジュディスやサイへと振り返った。


「王女殿下! サイ君! 今の内に行きます!」

「……っ、分かったわ。貴方も、行けるわね?」

「は、はい」


 サイを気遣いながら、ジュディスが素早く移動する。カイリもそれに続こうと地を蹴りかけた。

 しかし。


「――おのれ、小癪こしゃくなっ!」

「――っ!」


 どっと、土壁を蹴り破り、血走った形相でリーダー格が突進してきた。

 カイリは反射的に木刀で受け流すが、相手の力がかなり強い。軌道を逸らすのに大して力がいらないはずなのに、それでも伝わってくる痺れが増していく。


「……無駄な足掻きよ! 大人しく捕まるが良い!」

「うるさい! 俺も、王女殿下も、サイ君も! 全員まとめて無事に帰るんだよ!」

「愚かな。ろくに戦えない弱者が!」

「それでも! 王女殿下もサイ君も! 俺が守る! ……他のみんなが来るまで、俺が時間を稼いでみせる!」

「――――」


 える様に、カイリは相手の剣を弾き飛ばす。驚いた様に目をみはる相手に、カイリは歯を食いしばって震える右手を奮い立たせた。

 背後から息を呑む音がしたが、カイリは振り切って相手に集中する。

 そうだ。今のカイリは、あの頃の何も知らない子供ではない。二度と村の様な悲劇を生まないために強くなり、守り抜くと誓いを立てた。人の無残な死に怯えている暇など無い。

 今のカイリには、守るための技がある。

 ラインから教えてもらったのは、自衛と防御特化の剣技。

 誰かを守り、味方が駆け付けるまでの時間を稼ぐ役割。



 剣ではなく、盾の様に。



〝じえーの剣は、他の人をにがしたり、時間をかせぐのにも役に立つって〟


〝それってさ、どっちかって言うと剣っていうより、盾、みたいな役わりじゃん?〟



 今は、ジュディスとサイのために。カイリは、決してここで屈してはならない。

 近くにフランツ達がいる。きっともうすぐ駆け付けてくれる。

 だから、カイリは負けはしない。

 村の時の様にはさせない。

 絶対に。



 ――絶対に、守ってみせるっ!



「――はあっ!」

「く、……こいつ……っ!」



 襲い来る斬撃を木刀で弾き、鞘で流す。単純な繰り返しではあるが、複数を相手にぎりぎりの見極めを絶えず求められる戦法は、一瞬でも見誤れば命取りだ。

 それでも、カイリは冷静に全体を俯瞰ふかんし、さばいて行く。だんだんと敵側が焦れてくるのが手に取る様に分かった。鋭かった攻撃が次第に雑にぶれていくのが、カイリの目にも明らかだったからだ。

 もう少し、もう少し。

 体力が削れていくのを気合で食いしばり、カイリは耐える。

 息が切れてくる中で、リーダー格の男が噛み殺す様に口を開いたのを見て、咄嗟とっさにカイリも言葉を放った。



「――【土よ、阻め】!」

「――【土よ、沈むが良い】!」



 聖歌語同士がぶつかり合う。ばちいっと、眼前で激しい火花が弾け飛んだ。ぶつかり合った衝撃か、あまりに眩しい光にカイリは一瞬目がくらむ。

 それが、隙となった。



「――見えたぞっ、小童が!」

「――っ!? あ、ぐっ!」



 目が眩んで死角から別の男が迫ってきたのを、カイリは辛うじて木刀で跳ね返す。

 だが、すぐに目の前の男に首を鷲掴わしづかみにされた。そのまま持ち上げられ、一気に締め上げられる。


「あっ、か……っ!」

「目的は果たした。帰るぞ、お前達」

「――っ!」


 目的。

 つまり、彼らの標的はカイリだったのか。気付いて、今自分が彼らの手の内にあることに血の気が引く。

 そのまま抱き込まれ、カイリは必死にもがくが腕がびくともしない。別の男に口を塞がれ、絶望に襲われた。


「イモ騎士!」

「王女殿下、動かぬ様に。……さすれば、貴方達には手を出しはしない」

「……貴方。……やっぱり……っ」

「――っ、んー!」


 必死にもがくが、相手に通用しない。それどころか、手首を叩き落とされ、木刀と鞘が手から転げ落ちてしまった。


「彼を離しなさい。彼はわたくしの護衛なのよ」

「それは出来ませんな。この者は」

「……、……離しなさい」


 ぎっと、ジュディスの翡翠の瞳が苛烈かれつに男を睨み付ける。

 まるで燃え盛る炎の様な気迫が、彼女の背後から立ち上る様だ。一瞬、男も気圧されたのが腕越しに伝わってくる。



「――離しなさいと言ったのよ。聞こえなかったのかしら?」



 扇子せんすを広げ、ジュディスが背筋を伸ばして毅然きぜんと微笑む。

 彼女はカイリよりも身長が低い。

 しかし、何故だろうか。今の彼女は、誰よりも大きく、男さえも見下ろしている様な風格が漂っていた。



「彼は、私のものよ。自分のものを奪われるのは、我慢ならないの」

「……」

「離しなさい。これは、王女命令よ。――私のものを返しなさいっ」



 更に一歩、ジュディスが踏み込んできた。熾烈しれつに燃え上がる気迫は気高く、誰もがひれ伏しそうなほどに高らかに舞い上がる。

 しかし、彼女は丸腰だ。一瞬押されたらしい男達もすぐに立ち直ったのが分かる。

 流石に危ない、とカイリが首を振ると同時にカイリを押さえていた男が大きく飛びずさった。まるで彼女と距離を取る様な行動にカイリの頭に疑問符が浮かぶが。


「ん、ぐっ!」

「イモ騎士!」

「王女など関係はない。この者は、我らのもの。……我らが幸せな世界のために」


 口を再び塞がれ、ぐいっと更に首を絞めつけられた。カイリの意識が一瞬飛びそうになる。気絶させようと力を込めているのは明白だった。

 腕に力が入りにくくなる。視界が霞む。

 だが、落ちそうになる意識を必死にしがみ付いてい付けた。ぐぐっと、指を男の腕にめり込ませる。



 ――俺の任務は、王女殿下を守り抜くことっ。



 その護衛対象が、これだけの気概きがいを見せ付けたのだ。護衛であるカイリが、屈するわけにはいかない。

 絶対に守り抜く。

 カイリを封じる腕は微動だにしない。それどころか、めり込む様に力がこもり、逃げ場が無くなって行く。

 絶望的だ。まだ助けが来る気配は無い。

 けれど。



 ――時間を稼ぐのが、俺の役割だっ!



 ラインから教えてもらった囮戦法は、カイリの剣の腕を生かせる唯一の役割。

 剣を振るえなくても、醜くても愚かでも、全てを使って全力で役目を果たしてみせる。

 誓いを振り絞り、カイリはがむしゃらに顔を動かした。口を何とか大きく開き、塞いできた男の手を思い切り噛み千切る。


「ぐっ⁉ ……貴様っ!」

「ディック様!」


 ぶちいっ! と嫌な音が上がり、気持ち悪い味が舌に広がった。

 だが、おかげで小さな呻きと共に手から解放された。この男の名はディックと言うのかと、小さな情報を記憶に留めながら、はっと、荒く息を吐く。

 もう一度口を塞ごうとする男を振り返って、聖歌語を放つために思い切り息を吸い込んだ直後。



「――新人っ!」

「――っ」



 がんっと、何かが男の腕を弾き飛ばす。

 そのまま、がんっがんっと続けざまに何かが撃たれ、男達の拘束がようやく緩んだ。


「――っ! 【離せ】っ!」

「――っ、【離すか】っ!」


 聖歌語が熾烈にぶつかり合う音が聞こえた。

 先程は相殺だったが、今回撃ち抜いたのはカイリの聖歌語だった。完全に緩んだ腕から逃れ、カイリはジュディスとサイの方向に逃れる。かはっと呻きながらも、カイリは落ちた木刀と鞘を素早く拾い上げ、二人の前で構えた。


「新人! 遅れてすまないっす!」

「は……っ、……エ、ディ……っ!」


 銃剣を構えながら、エディが壁を蹴ってカイリの元へと降り立った。先程の攻撃は銃弾だったのだとここで気付く。

 誰かがいることがこんなにも頼もしいことなのだと、カイリは再度痛感する。エディが傍にいてくれるだけで、恐怖が和らいでいくのを確かに感じ取った。


「……エディ、ありがとう」

「間に合って良かったっす。……でも、よく時間を稼いでくれたっす。フランツ団長達も、そろそろ来るはずっすよ」

「来るはずって……」

「いきなり、住民達がここを塞ぐ様に密集してきて。……ほら」


 視線だけでエディが指し示した方角に、ふらふらと夢遊病の様に揺れながらいつの間にか人々が集まってきていた。

 その表情はひどく虚ろだ。ただ、神々しい光を見上げる様に、住民達の表情は偽りの幸福に満ちている。


「せいか、きし、さまあああああああああああ」

「どうか、エミルカ様、彼と共に、お救いください」

「ああ、どうか、我らに、幸せなる世界を」

「世界のための」

「門を」

「開いて」

「ああああ、えみるか、さま、……あ、あ、ああああああああああああああっ」


 どう見ても正気の沙汰ではない。垂れ流される声も虚ろで、全員でひたすら同じ言葉を繰り返していた。

 エミルカ様というのは、初代エミルカの国の王のことだろうか。それとも、神話ではエミルカが神なのか。

 よくは分からないが、目の前の狂信者に救いを求めている様にも見える。彼らにとっては、狂信者ではなく、エミルカという救世主に映っているのかもしれない。

 そんな彼らを背負う様に、男達が厳然と立ちはだかる。


「ふん。出口は無いぞ、カイリ・ヴェルリオーゼ。一緒に来てもらおうか」

「願い下げだ。俺は、お前達には絶対味方などしない!」

「……教皇の元にいるよりはマシだと思うがな。……まあいい」


 言い終わると同時に、彼らの姿が一斉に掻き消える。

 カイリは必死に繰り出された刃をさばき、エディも難なく剣戟けんげきを振るって撃退していた。カイリが請け負った狂信者達も、エディが吹っ飛ばして事を収める。


「……厄介だな。第十三位は、面倒だ」

「それは嬉しいっすね。さいっこうの褒め言葉っすよ!」

「だが、罪の無い住人を斬れるかは、見物だな」


 嘲る様に示されれば、路地にはぎゅうぎゅうに人がひしめき合っている。道を譲る気配など微塵みじんも無い。

 だが。



【秋風に たなびく雲の 絶え間より もれ出づる月の 影のさやけさ】



「――――――――」



 瞬間。

 ぶわっと、頭上にきらめくものが広がった。

 それは、一つの丸い月。太陽の光が遮られがちなこの薄暗い場所で、それはあまりに神々しい輝きを放っていた。

 夜ではないはずなのに、夜気をまとう風が空一面に広がっていく。その神秘性も月の静かで、けれど大いなる荘厳さに拍車をかけていた。


「おお……っ」

「おお、……あれは、……あれは!」

「まさしく、幸せに連なる……門!」

「ちっ……」


 民は熱狂していたが、男達は舌打ちしてカイリ達から距離を置く。

 だが、それだけでは終わらない。



【そう、風に棚引く雲の切れ間から、この世のものとは思えぬ月明かり

 澄んだ光が、迷える貴方達を導くでしょう】



 ――来たな。



 この百人一首を元にした歌は、リオーネの十八番だ。独特な歌回しはその時の即興だと彼女自身言っていたが、なるほど。今回は、月の美しさを歌ったこの歌で、人々の関心を集めるらしい。



【あれぞ、我らが求める門

 あれぞ、未来を導く光

 そうさ、いざ行け突き進め

 ――澄み渡る光こそ、我らの未来】



 綺麗に澄み渡る歌声が、涼やかに辺りに染み入った途端。

 わっと、住民達が袋小路から向こう側へと雪崩れ込んでいく。一気に出口の道が開け、男達も戸惑った様に空を見上げた。

 その瞬間を、カイリもエディも見逃さない。


「――【土よ! 囲め!】」

「――っ! なっ!」


 カイリは渾身の想像力を振り絞り、男達を再び土の壁で囲む。今度は先程よりも分厚く、頑丈になる様にイメージした。少しは時間が稼げるはずだ。


「新人!」

「分かってる! 王女殿下、サイ君!」


 手を取って、カイリは開けた路地をエディと共に駆け抜ける。本当は相手を叩きのめしたかったが、今は二人の安全が最優先だ。

 背後から土の壁を攻撃する音が聞こえてきたが、狙った通り一撃では穴が開かない。やはり聖歌と同様、聖歌語も想像力が鍵なのだと痛感する。

 やっとの思いで袋小路を抜け出した直後。



「カイリ! ……王女殿下! ご無事ですか!」

「――ええ。そこのイモ騎士が見事に守ってくれたわ」



 フランツがばたばたと駆け寄って来る。ジュディスが得意気に応じるのを見て、後ろから来たシュリアやリオーネもホッと胸を撫で下ろすのが見えた。

 それだけで、もうカイリは止まらない。抑えていた感情がぶわっと噴き上がる様に駆け寄ってしまった。


「フランツさん、シュリア! リオーネ……っ!」

「ああっ。良かったです、カイリ様!」

「全く……こっちにまで住民と狂信者が来ましたわ。エディ、よくここを抜けましたわね」

「新人は、必ずボクが守るって言ったっすからね!」


 弾んだ会話を繰り広げていたが、フランツ達の足元では事切れた狂信者達の姿が見えた。どうやら、彼らの元にも住民が足止めをしている間に襲ってきたらしい。

 そこまで考えて、先程首が飛んだ死体をカイリは思い出してしまう。思わず口元を押さえると、フランツが心配そうに肩を掴んできた。


「カイリ。どうした。大丈夫か」

「……っ、すみません。嫌な死に様を、見ただけで」

「それに、狂信者に連れ去られそうになってたっす。やっぱり、新人があいつらの狙いみたいで」

「――っ」


 ぎゅっとフランツがカイリを抱き寄せた。

 その腕は、先程の嫌な感触を忘れさせてくれるほど心強い。思わずすがってしまいそうになるほど、カイリはフランツの温もりが心地良かった。


「……カイリっ。……無事で良かった……っ」

「……っ、ご心配を、おかけしました」

「何を言うっ。……しかし、ならば益々放っておけんな。エディ、カイリと王女殿下達をつれて先に――」


 言い終わる前に、フランツがカイリを抱く腕に力をこめる。

 何、とカイリが振り返ると同時に、路地の方で真っ赤な血飛沫が飛んだ。

 ざしゅっと次々に何かを乱雑に断つ音と、ぎゃあっと潰れた様な悲鳴が空を裂く。

 どちゃりと、嫌な風に濡れた音が地面に重なる様に転がって行った。その数が増えるにつれて、カイリの体と心に激震が走る。

 びちゃっと、足元を濡らしながら、リーダー格を筆頭に黒服の男達が血塗れの状態で姿を現した。



「……やはり。第十三位、腹が立つことこの上なし」

「……それは光栄だな。俺達も、お前達に関しては腹が立って仕方がない」



 カイリを背に追いやり、フランツが剣を構える。

 だが、男は眉間にしわを寄せて引き下がった。素早く距離を取り、溜息を吐く。


「多勢に無勢過ぎる。聖歌騎士が二人、背後に控えるとなると大いに不利だ」

「そんなことは、やってみなければ分からんぞ? ……カイリを狙う不届き者は、是非ともここで成敗しておきたいものだ」

はやるな。また、まみえる」

「……貴様っ」

「……お前達も、喜べ! ここで我らに斬られた者は、魂となって共に幸せなる門を叩くのだ!」



 両手を掲げ、男がえる。

 恐怖にまみれていた住人達の顔は、やがて救いを見出す様にひざまずき始めた。教祖を讃える様な光景に、カイリの心が握り潰される様に縮む。


「述べよ! 祝詞のりとを! 開け! 門を! 共に、幸せなる世界へ! 死して旅立とうではないか!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「エミルカ様、万歳!」

「エミルカ様、どうぞ我らをお導き下さい!」

「エミルカ様! 聖歌騎士様!」

「万歳! 万歳!」


 異様な熱狂に辺りが包まれる。

 地割れを起こしそうなほど、今や彼らの発狂で充満していた。中には、カイリの方へと再び注視する者も現れ始める。

 フランツもそれを悟ったのか、舌打ちしながらきびすを返す。


「行くぞ。……ロディとやらの娼館へ戻る」

「分かりましたわ。……ほら、行きますわよ」

「あ、ああ」


 ジュディスやサイのことも連れて、素早くカイリ達は身をひるがえす。

 追ってくる気配は無かったが、ざわざわと見えない足音に追い立てられる様に、カイリの心はしばらく落ち着きを見せることは無かった。


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