Banka5 俺の歌を受け入れてくれた人達

第41話


 第十三位にカイリが入ってから一週間が経過した。


 起きて、顔を洗って、身支度をして。

 しゅるっと、新しい衣服にカイリはそでを通す。普段はあまり着なかった色である黒が、自分をまとっていくのが不思議な感じだった。

 そのまま、ロングコートに袖を通し、軽く前を留める。きっちり留め過ぎるなというのが、レインとリオーネからの忠告だ。曰く、首からかけているパイライトのラリエットが隠れてしまうから、だそうだ。


「――お? 良い感じじゃねえの?」


 同室であるレインが、初めて制服を着たカイリの格好を褒める。半分は彼のデザインだからか自画自賛に聞こえたが、カイリ自身も気に入っていた。

 だから。


「ありがとうございます。嬉しいです」


 笑って、けれど照れくさくて頬をきながらお礼を告げる。

 今日から、制服を着て一日を過ごす。

 新たな一日の始まりだった。











「おはようございます、カイリ様」


 部屋を出ると、ちょうど向かいの部屋から出てきたリオーネが挨拶をしてくれた。


「おはよう、リオーネ。シュリアも」

「……おはようございます」

「まあ、カイリ様、よく似合っています。是非とも走って欲しいです♪」

「えっと、それは、まあ、……その時が来たら」


 にこにこと両手を合わせてリクエストしてくるリオーネに、カイリは誤魔化す様に頬をく。後ろではシュリアが不機嫌そうにしていたが、こちらをちらちらと見てきていた。カイリの制服について口を出したいのかもしれない。



 新しい制服は、レインとリオーネにデザインを決めてもらった。



 面白おかしく話しながらも、二人はカイリに似合うデザインをこれでもかと話し合い、カイリに意見を求めながら決定してくれた。その気遣いが嬉しくて、本当に彼らの仲間になれたのだなと喜びが湧いたものだ。

 黒いシャツはもちろん要望が通され、カイリが欲しかったベルトも腰だけではなく、袖などのワンポイントであしらわれていた。シンプルながら凝った刺繍も施されていて、カッコ良すぎないだろうかと冷や冷やしたものだ。

 黒いロングコートには銀糸が縁に施されていて、後ろに三か所大きくスリットが入っている。普段はただのコートにしか見えないが、勢いをつけて走ると時折羽の様にひらひら舞うらしい。

 リオーネが強く推奨してきたので、恥ずかしかったがカイリはそれを受け入れた。レインも特に反対はしなかったから、そこまで変なものではないだろうと信じたのだ。


 それに、男性で女性な店主のハリーも、驚くほど仕事に対しては真面目で誠実だった。


 あれだけ怪しい笑顔だったのに、手付きは鮮やかで洗練されており、惚れ惚れするほど素早かった。真剣な横顔は穏やかなのに鋭く、カイリから見てもカッコ良い仕事人だった。

 おかげで、本当に素晴らしい制服が出来上がったと思う。三人には感謝してもしきれない。


「おはよう、カイリ。おお、遂に制服姿になったか。似合うぞ」

「おはようございます、フランツさん。……あ、ありがとうございます」

「おはよーございまーす! く、新人のくせに……! リオーネさんにデザイン決めてもらえるとか羨ましいっす……っ!」

「いや、オレも決めたからな」

「てか、さっさと転んで破いてしまえ……! 滅びるっす……!」

「あのなー。もう、一回デザイン決まったんだし、いくらでも作れるっつーの。替えも何着か作ってもらってるしな」

「同じ服ばっかり着るとか、馬鹿なんですの。汗臭いですわ。洗濯もありますのよ」

「ぐうっ! し、新人ー! いつか、必ずボクが! リオーネさんと激しい夜を過ごすんすからね……!」

「あらあら、来ると良いですね」

「う、うおおおおおお! リオーネさん……!」


 朝から賑やかだ。本当にこの団は仲が良い。色々思惑はあるのだろうが、それでもこの空気がカイリは好きだった。

 今日の朝食の当番は確かフランツだったはずだ。彼のご飯も美味で、秘かに楽しみにしていると。


「……」


 隣から視線を感じた。

 いつの間にか横に並んでいたらしく、シュリアがカイリを見つめてくる。やはりこの制服について、一言皮肉でも飛ばしたいのだろうか。


「何?」

「……、その制服」

「うん」


 相槌を打って待ってみる。

 数秒ほど黙った後。


「……早く、その服に似合うだけの腕を身に着けるんですのね」

「……、ああ」


 ぷいっと前を向いて捨て台詞を吐く。

 だが、彼女らしい。何となく背中を叩かれた気がして、カイリは誓う様に深く頷いた。









「んー……! 美味い!」


 本日の朝食は、期待通りフランツお手製の和食だった。

 たけのこときのこの混ぜご飯はほくほくで、焼き上げた赤魚はぱりっとしていながらも、噛むたびにじゅわりと魚の旨味が染み出てくる。かつおだしの利いた味噌汁もほっとする味だし、ナスの煮つけもひじきも味が深い。

 フランツは旅の中でも簡単に料理を作ってくれていたが、本当に料理が上手いと思う。料理が爆発するカイリとしては羨ましい限りだ。


「カイリは、本当に美味そうに食べるな。作った甲斐がある。可愛いぞ」

「そーだなー。……てか、シュリアとリオーネのまで美味いって言うとは思わなかったけどな」


 レインが呆れた様に笑うので、カイリは首を傾げる。

 よく事情を分かっていなかったのだが、次に繰り広げられた論議には仰天するしかなかった。


「失礼ですわ。何でわたくしの腕を疑うんですの!」

「そうですよ、レイン様。卵を割って殻ごと調理しちゃったり、分量を大量に間違えて生地が天井に届くくらい膨れたり、ワカメを水に戻す時に鍋から溢れるどころか部屋中がワカメになる様なシュリアちゃんはともかく、私は至って普通ですよ?」

「……え?」

「……調味料盛大に間違う奴がよく言うぜ。塩と砂糖なんて可愛いもんじゃねえ。黒砂糖とカレー粉を間違えるからな、こいつ」

「……は?」

「うむ。味噌とマスタードを間違えた汁を飲んだ時は、俺もまだ見ぬ世界へ旅立つところだったな……」

「味噌……マスタード……」

「……お、お二人の料理も最高ですって! ボク、何杯でもいけちゃうっす!」

「嘘つけ。一週間前までは、一杯持たずに死んでたぞお前」


 ぷりぷりと怒る女性陣に対し、男性陣はエディ以外正直だ。カイリとしても、想像の斜め上、否、斜め下をいく悲劇に口をあんぐりと開けざるを得ない。その後も続くフランツとレインの暴露話に、カイリは目を棒にした。


 主にフランツは日本で言う和食、レインは洋食、エディは割と雑多に料理が上手い。


 ちなみに、中華までこの世界にあることを知ったのはエディの料理のおかげだ。

 対して女性二人は、作らせると地獄になることが多いと今分かった。リオーネは一見すると美味に見えるから尚更恐怖だとか。

 この一週間、女性二人が食事当番だった時は、たまたまカイリが早起きして手伝いに入ったのだ。横で下ごしらえや補佐をしたおかげか、何とかまともになったらしい。どうりで、その当日に男性三人が涙を流して喜んでいたのがやけに印象的だったわけである。


「カーティスが言っていた通り、カイリは家事の手伝いはプロ級なわけだな。凄いぞ」

「あ、ありがとうございます」

「その調子で、この二人が料理に入る時は補佐をしてくれ。これは命令だ」


 ――大人げないなあ。


 そうは思ったが、死活問題なのだろう。

 故に、カイリはフランツの命令を素直に受けることにした。女性二人が不思議そうだったり不服そうだったが、男性陣はあからさまにホッと頷いている。



「ああ、そうだ。カイリ、そろそろお前にも聖書を持ってもらおうと思うのだが」

「聖書?」



 教会と言えば聖書。

 だが、この世界の教会の在り方が前世とかけ離れ過ぎていて、カイリはすっかりその存在を忘れていた。考えてみれば、村を襲った狂信者が聖書だと言ってちらつかせていた気がする。


「聖書って、具体的には何なんですか?」

「簡単だ。聖歌語で書かれた書物なら何でも良い。レシピでもスポーツでもグルメ本でも構わないぞ」



 適当だな。



 適当だらけな教会の、いや世界の在り方に、カイリはこの世界は本当に大丈夫なのかと不安になる。

 前世でいう聖書とは、確か神や預言者が残した、神との契約が書かれている様なものだった気がする。聖典という位置づけだった様な覚えがあるが、ここではどうなのだろうか。


「聖書は、教会騎士全員が持つ、いわば教会との契約の証だな。もっと言えば、この世界とは別の世界から、お言葉とお力をありがたくお借りします、という誓約書みたいなものだ」

「……別の世界」

「ああ。聖歌語は古代語とも言われているが、通説だと別の世界の言葉という解釈だからな」


 確かに聖歌語は、日本語だ。

 つまり、日本はこの世界とは別の世界という風に伝わっているのか。日本という単語や、どの様な世界かは伝わっていなくても、異世界ということだけは理解しているらしい。

 ただ、何故この世界ではその日本語が、聖歌語として力を発揮するのか。カイリの中で謎は深まるばかりだ。


「普段、聖書を人に見せびらかしたりはしないが、身分証明書……もっと言うと、教会騎士だという証明書になる。狂信者はアホだから偽の聖書を盛大に見せびらかすが、本物の聖書は契約した本人以外が生のままで触れると、雷が走る様な衝撃がくる。非常に危ない」

「アホ……雷……」


 フランツの説明は丁寧だが、狂信者が大嫌いの様だ。言うに事欠いて「アホ」とは、なかなかのセンスである。

 しかし、契約をするのか。ただ持っていれば良いというだけではないことは分かったが、聖書は選べるのだろうかと疑問が湧く。


「あの、フランツさん」

「うむ」

「聖書って、俺が自由に選んでも良いんですか?」

「ああ。書いても良いぞ」

「か、……かく……」


 本当に適当だ。ぺらっぺらで一枚だったらどうするのだろうか。

 そう思っていたら、続きが来た。


「まあ、流石に一枚だと上がぶん殴ってくるだろうから、一応書物の体裁は保ってもらうがな」

「……、あの。そしたら、……ちょっと待っていて下さい」


 がたん、と席を立ってカイリは急いで自室に戻る。引き出しを開け、一冊の本を手にして再び食堂に駆け込んだ。


「どうした、カイリ?」

「あの。じゃあ、この図鑑でも良いですか?」


 抱えた本をフランツ達に見せる。彼らが身を乗り出して確認してくる様子が少しだけ面白かったが、笑うのはこらえた。

 カイリが手にしたのは、山菜ときのこの図鑑だ。村から持ち出した所有物の一冊で、――村の形見でもある。



「それは? 見たところ、普通に共通語で書かれている様だが」

「これは、山菜ときのこの図鑑です。ミーナに絵を描いてもらって、……村のみんなで作った、村の近くに生息するものをまとめた図鑑です」



 文章はカイリが考えて書いたが、注意点や特徴を教えてくれたのは村の者達だ。間違っていないかチェックをしてくれて、時折母特製のレシピも交えて、みんなで完成させた。

 彼らがいなければ、この図鑑は完成しなかった。――カイリにとっては、とても大事な想い出が詰まった一冊である。


「文章は俺が書いたものだし、全部消して、聖歌語で書き直します」

「……」

「……駄目でしょうか」


 反応が無いのが恐くてうかがえば、フランツはふっと目を細めた。少しだけ遠い目をした理由は、カイリには分からない。


「良いだろう。どれくらいで出来そうだ?」

「えーと、三百ページくらいあるから……一週間……いや、……三日で何とかします」

「……そんなに急がなくても良いぞ?」

「……じゃあ、なるべく五日で何とかします」


 苦笑しながら気遣ってくれるフランツにカイリは甘えることにする。取り敢えず、徹夜になりそうだから部屋ではなく図書室を使おうと決意した。

 この宿舎には本当に色々な設備がある。図書室はもはや、見て回るだけで一日を費やしそうで、少しずつ把握しようと諦めたくらいだ。


「しっかし、図鑑作ったのか。誰の提案だよ?」

「俺です。街で買った図鑑だと、漏れがあったので。村は口頭で伝えていく方針でしたけど、曖昧あいまいになったら困ると思って、作ることにしました」

「……へー。凄いっすね! ボクなら面倒で一日で飽きるっすよ!」

「あなたは何でもそうですわよね」

「ち、ちちちちち違うっすよ! ほら! 料理と武術だけは! 続いてるっす!」

「エディさんの唯一の取り柄ですね」

「り、リオーネさんに褒められた……!」


 褒めているだろうか。


 むしろけなされている気がするが、カイリは口を挟まないことにした。気付かぬが平和というやつである。

 そうして、また和やかに朝食を進めていると。



 ピンポーン。



 チャイムの音が聞こえた。

 この首都に来てから知ったことだが、この世界はチャイムなどという技術も搭載とうさいされている。銃はあるが大砲は無いなど、文明のレベルを本気で説明して欲しい。


「こんな朝っぱらから珍しいな。依頼か?」

「あ、ボクが出るっすよ! 新人に良い顔はさせない!」

「はいはい」


 シュリアが白い目で溜息を吐くのに押され、エディが率先して玄関に向かう。普通は一番下っ端のカイリがやるべきことだと思うのだが、こういう一面が彼をパシリにさせているのではないだろうか。

 そうして、能天気にエディが対応しているのを遠くに聞きながら食事をしていると。



「……、ぎょ、ぎょえええええええええええっ!?」

「っ!?」



 がたん、と全員で席を立つ。各々が武器を手にし、玄関に向かった。


「おい、どうした!」

「敵襲かよ?」

「あ、ああああああああ、え、い、あああああああっ」


 がたがたと大きく震えながら、エディが外を熱心に指差している。顔からは大量に汗を掻き、恐怖――というよりは驚愕に押し潰されていた。

 何だ、と全員が更に警戒したその時。



「ちょっと! 酷いですよ! ちゃんと礼儀にのっとってチャイムを押して、おはようございますって言ったのに!」

「……、え」



 少しねた様な声はカイリにも聞き覚えがあった。他の者達の顔が別の驚愕に染まる。

 固まるエディを思い切り押しのけて、声の主が一歩宿舎に入ってくる。エディはさっとカイリ達の方へと走ってきた。

 胡桃くるみ色の髪に、色素の薄い瞳。溌剌はつらつとした笑顔を携えて、その男性はにこやかに手を振った。



「お邪魔します! ……やっほー、カイリ! 遊びに来ちゃった!」

「……、け、ケント!?」



 突然の嵐の様に。

 カイリの友人であるケントが、第十三位の宿舎にやってきたのだった。


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