第42話


「……カーイリーっ!!」


 カイリを認めた途端、ケントが物凄く良い笑顔で突進してきた。

 思わずさっとカイリはけ、ケントはいつの間にかカイリの背後に回っていたエディに抱き付く。「のぎょーっ!?」と、不可思議な悲鳴を上げながらエディが目を回していた。


「って、ちょっと、君じゃないよ! 酷いよカイリ、避けるなんて」


 どーん、と遠慮なくエディを突き飛ばし、ケントはぷんぷんと可愛らしく怒る。

 だが、カイリの知ったことではない。あのまま抱き付かれていたら、そのまま激突して床に倒れていた。


「普通避けるだろ。危ないじゃないか」

「えー。愛の抱擁だよ! 友人なんだから当然だよ!」

「……知らない。そんな友情は知らない」

「えー、酷い! まあ、これから分からせるけどね!」


 分かりたくない。


 顔全体で拒否したが、ケントはお構いなしだ。相変わらず我が道を行く彼に、カイリは苦笑するしかない。


「おはよう、ケント。どうしたんだ?」

「うん、おはよう! 皆さんもおはようございます。僕のことはもうみんな知っていると思うけど、一つ付け足し称号が出来たんです。カイリの友人のケントです! よろしくお願いします」


 にこやかにカイリの肩を叩きながら、ケントが嬉しそうに報告する。

 おかげでフランツ達はぽかんと呆気にとられる形となっていた。彼のペースは独特だから、慣れないのだろう。


「……ケント殿、今日はテンションが異様に高いようですが」

「それはもちろん! もうなかなか会えないから、カイリに会いに来ちゃえ! って。第一位の宿舎からは一時間くらいかかるから、聖歌語で頑張りましたよ」

「そんなことに聖歌語使うなよ」


 カイリが注意すると、ケントは「えー」と不服そうに唇を尖らせる。知らない、と豪語する様に外向そっぽを向く彼に、やれやれとカイリも肩をすくめるしかない。


「だけど、朝食は? 食べてきたのか?」

「……、それはもちろん! 大丈夫、仕事の時間まではここでカイリとお話がしたいから、頑張って早く――」



 ぐきゅううるるるるるるるるるるるっ。



 ケントの言葉を遮る様に、盛大なる腹の虫が鳴り響いた。

 出所は、カイリの目の前。つまり、ケントの腹だ。


「……」

「……」



 ぐきゅうううううううるるるるるるるるるるるるるっ。



 じと目で見つめれば、またもケントの腹が高らかに空腹を訴える。

 更に視線を彼の腹に下ろせば、彼は観念した様にがっくりと崩れ落ちた。


「……だって、ちょっと今日は寝坊しちゃったからさ。でも、昨日カイリに会いに行くって一念発起したから、……はあ。お腹すいた……」


 最後に本音が混じってしまい、ケントは更に項垂うなだれる。

 カイリが困ってフランツを振り仰げば、彼は何とも言えない笑みを浮かべ。


「……ケント殿。まだお代わりはあるので、食べて行かれますか?」

「……っ! フランツ殿! 貴方は、神です!」


 がしいっと、フランツの手を両手で握り、ケントが涙を流しながら崇め奉る。

 その様子に、第十三位の人々は、珍獣にでも出くわしたかの様な顔で身を引いたのだった。











「……はああああ! 美味い! ここの朝食、美味しいですね! 僕、ここに住みたい」

「駄目だ」


 物凄い勢いで食事を平らげていくケントに、カイリは冷静に突っ込みを入れた。「えー」とふて腐れる彼は、当然無視する。


「いや、……ケント殿のイメージが物凄い勢いで崩れ落ちてってんだけど、オレ。普段と全然違わねえ?」

「いやですね。それは僕は第一位の団長ですから。普段はきりっとしていないと」

「きりっとしたケントって、想像つかないな」

「むー。カイリは結構酷いよね」

「普通だろ」

「ま、それでこそカイリだよね! そんなカイリが好きだよ!」

「はいはい、どうも」


 流しながら、カイリも食事を再開する。フランツお手製の味噌汁を飲んで、ふうっと息を吐きながら目を閉じる。このダシが深く身に染みる。


「あーあ。本当にここの食事美味しいな。第一位とは大違いだよ」

「って、そんなに違うんすか? 第一位って言ったら、専用のシェフとかいるじゃないっすか。高級レストラン風だって、ボクいつも羨ましくて」

「そんな羨ましいものじゃないですよ。つまり、よそ行き用の味。凝ってるし毎日外食している様なもの。素朴で家庭的な味が無い。つまり、家のご飯が恋しい」

「あら。それはありそうですね?」

「大体、みんな僕に席を立たせまいと、寄ってたかっておかずもご飯も何もかも山盛りにして周りに置いていくんですよ? おかげでテーブルの向こう側とか見えないし! ケーキとか十段積まれた時は、僕を殺そうとしてるんじゃないかって本気で思いましたね」

「……十段は凄いな」

「そう思うでしょ! カイリー、僕、朝食これからここで食べる」

「駄目だ」


 えー、と泣き崩れるケントに、だが容赦はしない。

 彼は第一位の人間だ。その組織のトップが、頻繁に他の団に出入りするなど示しがつかない。

 考えが伝わったのか、「分かったよ」と渋々ケントが引き下がる。


「でも、たまには……」

「ケント」

「はい! すみません! しません!」


 元気良く宣言した後、しゅんっと耳が垂れる様にケントが落ち込む。

 その様子は、本当に団長なのだろうか。疑心しか募らない。

 あまりの落ち込み様に見かねてか、フランツが引きつりながらも助け船を出してきた。


「いや、カイリ……。……まあ、たまーになら、……いや。……一ヶ月に一回くらいなら、ケント殿も食堂までなら来ても構いませんよ」

「フランツさん、甘いですよ。ケントが付け上がります」

「ああ……しかしな、うむ。お前の友人なのだろう?」

「……はああっ! やっぱりフランツ殿! 神! ありがとうございます!」


 涙を流して両手を組むケントに、後光が差している。ぱああっと、今にも昇天しそうな喜び具合に、周囲の者達がかなり引いていた。


「……いつもと違い過ぎて、恐いですわ」

「カイリの前ですから。飾る必要ないですしね」


 ふふん、と胸を張って威張るケントの口元にはご飯粒がくっついている。おかげで、全く格好が付いていない。


「……、あの。そんなに違うんですか? 俺、こういうケントしか見たことなくて」

「あー、……いつものこいつはまあ、胡散臭うさんくさい礼儀正しさというか、……笑顔は絶やさないけど胡散臭さが爆発している感じだな。胡散臭さしか無いけど、一応団長っぽいぜ」

「レイン殿、ちょっと酷過ぎませんか?」

「いつも言ってることだけどな? 教皇のお気に入りさん」

「まあ、その通りですね。僕に良い印象が無いのは知っています」


 さらっと互いに告げられて、カイリの胸が小さく跳ねる。

 だが、ケントだけではなくレインの方も表情が変わらない。第一位と第十三位が犬猿の仲なのは、本当の様だ。

 目の当たりにすると、少し辛い。ケントがいるからだろう。


「……ふふっ」


 にこにこと、こらえきれない様にケントが笑っている。

 どうしたのかとカイリが視線を向ければ、彼はご飯粒を取りながらふにゃっと頬を緩めた。



「ううん。……カイリなんだなーと思って」

「――っ」



 その言い方に、一瞬どきっとカイリの心臓が跳ねる。

 だが、すぐにケントが切なそうに小首を傾げた。


「無いよ。ごめんね。でも、懐かしい感じがする」

「……だったら、紛らわしい言い方するな。ビックリするだろっ」

「あはは、痛いよ! ごめんごめん」


 ぐりぐりとカイリがケントの頭に拳を押し付けると、茶化す様に彼が笑って逃げる。

 カイリが声にしなかった言葉を察して、ケントが拾ったことに少々申し訳なさも募った。



 彼には、本当に記憶が無い。



 だが、それで良いと安堵する。

 確かにさみしくはあるが、前世に固執するつもりはない。――嫌なことまで思い出して欲しくないというのが、カイリの願いだった。


「しかし、ケント殿。時間は大丈夫ですかな? 俺達は依頼は無いが、貴殿は」

「……あー! もう、こんな時間。過保護な部下達が騒いじゃうよ。面倒くさいなあ」


 ぶつぶつ言いながら、ケントが立ち上がる。一瞬さみしそうな顔をしたのが気になって、カイリが見上げると。



「っていうことでね! カイリ! 今度の日曜日、遊びに行かない?」

「……は?」



 唐突だ。

 昔も常に唐突だったが、今回も本当に唐突だ。転生しても性格というのは変わらないのかもしれない。


「だって初めて出来た友達なんだもん。頑張って時間を空けたよ! 遊びに行こうよ」

「……、え」



 初めて出来た友達。



 その言葉を耳にして、カイリの心がじくりと刺さる。

 彼は、前は大勢の友人がいた。空気を読まないが人気者で、いつも周りに人が絶えなかった。

 それなのに。


「あー、……えっとね」


 カイリの心情が表に出ていたのか、困った様にケントが頭を掻く。


「仲の良い人達はいたんだよ! 今もね。ただ、僕が友人だと思ってないだけ」

「……、それも酷いな」

「まあね。……でも、酷いのはどっちかな」


 最後の言葉は低く、小さすぎて、上手く聞き取れなかった。

 だが、刹那的に瞳に宿った影に、カイリの知らない苦労を嗅ぎ取る。


「それに、家族が支えてくれたからね! 両親はもう溺愛してくるし、双子の弟も妹も可愛くて!」

「……家族仲、良いんだな」

「うん! 大好きだよ! あ、じゃあ日曜日に紹介するね!」


 屈託なく笑う彼に嘘は一応見当たらない。

 前世では、彼は家族に悩んでいたことを彼が死んでから知った。思い返してみれば、家族を紹介されたこともない。

 だから心配していたが、今生では上手くやっている様だ。それだけでカイリは安心出来る。


「って、俺、日曜日遊びに行くこと決定してないか?」

「ぶー。良いじゃない。ね、フランツ殿! お願いします!」

「……まあ、特に何も無いですからな。構わないぞ、カイリ」

「フランツさん、甘い……」

「さっすがフランツ殿! さっすが神! じゃあね、カイリ! 皆さんも、お邪魔しましたー! 食事、美味しかったです。片付けられなくてすみません」

「あ、送って行きます! 新人にばっかり良い顔はさせない!」


 離れて行くケントに、エディが率先して見送りに行く。

 普通はカイリの役目な気がするが、手を振ったら満足気にケントが笑ったので、もう良いかという気持ちになった。

 彼が去って、静寂が訪れる。まさしく嵐が通り過ぎた様な心地だ。


「……カイリ」


 フランツが、真面目な顔で確認してくる。



「この前も思ったが……もしかして、なのか?」



 ここまでやり取りを見られては、隠し立ても不要だろう。

 カイリは小さく頷き、説明した。


「多分、前世の俺の幼馴染です。名前も同じ、容姿も瓜二つ、性格も喋り方も似ています。……まあ、容姿は俺が知っているよりも大人びていますけど」

「確かに彼は今二十歳だが……大人びている? 待て。カイリ、お前、……」

「十八歳で死にました。ケントも同じです」


 フランツが中途半端に切った質問に、カイリは平坦に答える。

 特にそのことを悲観したことはない。故に淡泊に答えたのだが、フランツが気まずそうに押し黙った。他の者達も、微かに視線が泳いでいる。

 彼らは、もっと長く生きたということだろうか。だとしても、気遣いは不要だ。


「気にしていません。俺は今、生きていますし」

「……そうか」

「ケントは俺のことを覚えていないけど、……巡り合えて、また友人になれて。不思議な感覚ですけど、嬉しいです」

「……ふむ」

「何より……前の彼だから、ではなくて、今の彼と友人になりたいって思いました。だから、少しずつでも友人になれたらって、そう思っています」


 何があっても、逃げずに。彼ときちんと絆を結んでいきたい。


 後悔しない様に、彼と向き合いたい。

 そのやり直しの機会をくれたというのならば、願ってもいないことだった。今の彼を知っていくのが楽しみである。



「……っ、はー! 緊張した! てか、新人! あんた、何者なんすか!」



 ばたーん、と見送りに行っていたエディが帰ってくる。くたびれた様な表情は、本気でケントとのやり取りに苦労した様だ。

 カイリは幼馴染である彼のことしか知らない。

 今のケントを知っていくのは楽しみだが、やはりゆっくりと時間が必要なのだと、改めて思い知らされた。


「何って、ただの友人」

「……あの胡散臭い人の友人って、どんだけっすか」

「でも、カイリ様。彼と話している時が、一番自然体に見えますね。素っ気なかったですけど、楽しそうでしたよ」

「……そうかな。うん、……そうかも」


 村にいる時と同じ感覚かもしれない。ケントが言っていたことと同じで、彼には飾らずに済むのだ。



「……まあ、彼もあなたと話していると楽しそうではありましたわね」

「……そうかな」

「そうですわ」



 シュリアに断言されて、カイリの口元が緩む。


 彼も、自分と同じ様に思ってくれていたら良い。


 思いながら、カイリは彼の去っていった方角に、無意識に視線を向けていた。


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