第27話
「ふっふっふー。どう? わたし、ちゃーんと十歳くらいの女の子に見えたかしら?」
街道を歩きながら、くるんと華麗に一回転するハリエットに、しかしお供二人は「えー」と揃って顔を見合わせる。
「どうでしょうねえ。カイリさんはともかく、あの二人は疑ったんじゃないですかね」
「え」
「マシューの言う通りです。何と言うか、私達の前だと喋り方の語尾が『じゃ』とか言いかけて、ぶれていましたしね。知識もひけらかし過ぎです」
「え」
ぐさぐさと駄目出しをされて、ハリエットの顔が曇る。
だが、そんな憂いでお供二人が止まるはずがない。人差し指を立てて、ぴっと失点を挙げ連ねていった。
「しかも、あんなに無邪気に振る舞っていたくせに、カイリさんのこと、『お兄さん』って!」
「な、何よ?」
「貴方くらいの年頃で、あそこまで子供なら『お兄ちゃん』でしょうね。別に、『お兄さん』と呼ぶ子もいるでしょうし、おかしくは無いですが……いやはや。ちぐはぐでした」
「え……」
「カイリさんが素直で良かったですね。もうちょっと、演技もお勉強しましょうか」
「えー……」
二人揃って容赦なく駄目出しをしてきたので、ハリエットは唇を尖らせる。自分では上手く演じられたと思っていたのに、と文句の一つも言いたい気分だ。
とはいえ、演技を見抜かれては危険に片足を突っ込むことになる。仕方なしに、課題として受け入れることにした。
今現在、ハリエットはカイリ達と別れ、南の国に帰るところだった。
色々と駄目出しをしてきたが、お供二人は笑って自分の隣に並ぶ。その横顔がどことなく楽しげで、ハリエットはこれ見よがしに溜息を吐いた。
街からも遠ざかっている。――これ以上、演技の必要はないだろう。
「……何じゃ、お前達。そんなにわらわがはしゃいでいるのを見て、楽しかったかの?」
きっと、カイリが聞いたら目を丸くしていただろう。
だが、これが本来のハリエットの喋り方だ。彼らの前では演技をしていたに過ぎない。
「ええ、それはもう! ハリエット様、めっちゃ真っ赤になってて面白かったですし!」
「って、おいマシュー。言い方を考えろ。ハリエット様は、あんなに熱烈に男性に言い寄られたことが無いから、免疫が無くてのぼせあがっているだけだ。どうせすぐ冷める」
「ああ、そんな……! せっかくの優良物件が……あ、いや。ハリエット様の本性を知ったら、裸足で逃げ出すかも。というより、カイリさん、可哀相か」
「そなたら、
ぱちん、とぬいぐるみを抱える反対側の手で、器用に
苛立ったハリエットに、しかし従者二人は何処吹く風だ。マシューは
「それはもちろん。我らがファルエラ国の女王陛下にあらせられます」
彼らの言葉は面白がる様でいて、その実ひどく忠誠心に溢れている。
ハリエットが信頼するだけはあるということだ。むしろ、彼らでなければお供など許すはずもない。
彼らの言葉に満足し、ハリエットは昨夜のことを思い出す。
捕えられたハリエットに向かって、窓の上から必死にカイリが叫んでくれた言葉は、想いの源泉がどうあれ熱に溢れていた。久方ぶりの相手を想った言葉に、ハリエットも少しだけ心が痺れたものだ。
「……まあ、カイリお兄さんの言葉は、満更でもなかったがの」
「あ! やっぱり! おいハンス、未来の
「はあ。やはり、免疫が無さ過ぎてハリエット様は簡単に攻略出来る、と」
「って、違うわ! た、確かにカイリお兄さんは誠実だし、可愛いし、素直だし、なかなか信用出来そうではあるが、……」
しかし、彼は聖歌を扱う者だ。
つまり、これから教会に所属することになるのは間違いがない。
今は聖歌騎士の身分では無い様だが、傍にいる二人は教会騎士だ。向かっている先は、確実に聖地と呼ばれる教会の総本山だろう。
彼は、これから否応なく黒い世界に巻き込まれる。
憐れとは思う。だが、手を貸しはしない。
教会騎士は、ただでさえ胡散臭い輩が多いのだ。あくまで事務的に徹しなければ、こちらが喰われる。
「でも、ま、カイリさんがあれだけのことを言ってくれて手間は省けましたね。あの狂信者共、あのままだったら彼が下りてきた途端、ハリエット様を殺そうとしていたでしょうしね」
「……まあのう。カイリお兄さんが物凄い
とはいえ、少し残念だ。
あれが本気であったならば、色々手を回し、何が何でもファルエラに招いて従者にしたのに。教会に取られる前に保護すれば、こちらもあらゆる手段で守って戦力にしてしまえる。
「……聖歌を歌える者が欲しいのはどこも同じ、かの」
溜息を吐きながら、ハリエットは今回の目的を達したことをしみじみと実感した。
ハリエットが北に赴いたのは、第十三位の人となりを見極めたかったからに他ならない。
各国に放つ数少ない密偵から、第十三位の団長と団員が長期で北へ向かうという報告があった。第一位から第十二位までは直接調査し終えていたため、残るは第十三位のみだったのだ。
故に、ハリエットは二人を連れて直に接触することを決めた。
カイリは報告には無かった人物だ。恐らく、彼らの目的はカイリだったのだろう。
「……確か、村が無くなっていたのだったかの」
「ええ。彼らが来た方角に行ってみましたが、……
「そうか」
村が一つ丸ごと無くなっているとは穏やかではない。
聖歌を手に入れるためか。恐らく狂信者の仕業だろう。
そういう意味では、カイリは一番良い形で保護された。もう少し早ければハリエット側に欲しかったが、仕方がない。
それに、あの村に向かっていたおかげで、ちょうどカイリを狙う野党共にも出会えた。
第十三位と近い位置を狙って忍び寄り、ちょっと涙目で近付くだけの簡単な手順だ。
それだけで、明らかに高貴な身分のハリエットは、強欲な彼らにとって極上の餌となる。逃がすわけがない。
おかげで、第十三位に近付く良いキッカケになってくれた。狂信者にはむしろ感謝している。
だが。
「それとこれとは、話が別、とな」
目的を達成すれば、用無しだ。狂信者は、見つけ次第始末の対象である。生かしておくメリットは何一つ無いどころか、デメリットだらけだ。
「ところで、昨夜の狂信者共はどうなったかの」
「全員始末しましたよ。生かしておく理由も無いですし、ハリエット様、常日頃からそう仰っているじゃないですか」
「それに、万が一……も無いでしょうけど。逃げられたら、カイリさんの新たな情報が大元に伝わってしまうでしょう?」
「うむ。よくやった」
昨夜の内に教会に引き渡された狂信者一同は、この二人が始末した。問題は無い。
カイリの聖歌は、使い手の中でもかなり強力だった。もしまかり間違って狂信者の上に伝わってしまえば、彼は教会に
いずれはそうなるとしても、現時点でそれは見るに忍びなかった。自分達の目的を達成するまでは、無事に生き延びてもらわなければならない。
だが。
――どうせ、狂信者共は全員自害していただろうがの。
冷たく、ハリエットは分析をする。
狂信者は、教会側に情報が一粒でも渡るのを極度に毛嫌いしている。
故に、彼らは教会に捕えられた場合、よほど隙を見つけて逃げられない限りはこぞって自害するのだ。無論、雇った者達
一応、教会の方も尋問のためにあらゆる手を尽くして自害を阻止するが、狂信者は自害についてかなりの熟練者だ。逃走手段が確保出来なくても、自害をする道は何が何でも確保するという厄介な輩である。
第十三位のあの二人も、半ば予想はしていただろう。
本気で尋問を考えるのならば、あの二人本人がルナリアの騎士団の詰所に残っていたに違いない。彼らの腕前なら、一つ二つ情報を
それをしなかったのは、カイリがいたからだ。
彼が、狂信者を含めて全員生け捕りにした。
もし、あの二人が尋問に関われば、最終的には狂信者達の首を彼ら自身で
逆に言えば、そうなるとカイリの苦労を水の泡にするということに他ならない。
彼は、まだ教会側の世界に染まり切っていない。
むしろ、純朴で優しい、極々普通の少年に見えた。どれだけの覚悟を持っていようと、命のやり取りには未だ抵抗があるに違いない。
最初の手柄を、無意味に虚無に変える必要はない。
故に、あの二人は尋問を放棄することにしたのだろう。狂信者達が勝手に自滅することを狙った。ハリエットの想像以上にお人好しである。
それでも。
今朝の時点で、狂信者達の末路は教会から伝わっていたはず。
誰が手をかけたか、恐らく二人は薄々気づいていただろう。彼らの目が、お供達の腕前を見抜けぬほどの節穴には見えない。朝食で顔を合わせた時点で、ハリエット達に疑いは抱いていたはずだ。
それでも二人は素知らぬ顔を通してきた。カイリにも伝えていなかった風に思える。
だから、あくまでカイリは何も知らない。渦中にいながら、知らぬまま守られた。
今だけの処置なのだろうが、彼らには彼らの考えがあるのだろう。彼らもなかなか食えない連中である。他の騎士団よりは信用は出来るかもしれないが、注意は必要だ。
しかし。
「……本当に、お兄さんの歌声は優しかったのう」
本当は聖歌に抗おうかとも思ったのだが、あまりに気持ちの良い歌声に、素直に眠ることにしたのだ。
――寝首をかかれることもあるまい。
彼らが自分達を見捨てたり、下手を踏んだら自力で抜け出すつもりだったが、あの時点でもう大丈夫だとハリエット達は判断していた。
わざと、自ら捕まった甲斐があったというものだ。
おかげで、彼らの人となりも存分に見られた。カイリという人材をこの目で見れたことも
「第十三位が、一番まともだということも分かったの」
「はい。あのフランツとシュリアという者も、他の団に比べれば人情がある」
「まあ、全員が全員まともじゃない、とは言わないですけどね。……カイリさん、出来れば第十三位に入れると良いですね」
「全くじゃ。そうすれば、まとめて依頼が出来る」
とん、と扇子で口元を叩く。
その仕草に、二人が意味ありげに口の端を吊り上げた。
「……では」
「うむ。行動を起こす時が来たら、第十三位に依頼する。カイリお兄さんがそこにいればそのまま、他の団にいれば名指しをするとしようかの」
心を決めたことを明かせば、マシューがぱしんと手を叩く。かなり気合の入った笑みに、これまでの苦悩が垣間見えた。
「いよいよか。……あの堅物ども、見てろよ」
「マシュー。勇むな。……一番辛酸を舐めていたのは、ハリエット様だ」
「分かってるよ。なあ、ハリエット様?」
「うむ」
二年前、両親が死んだ日から。
ハリエットは、ある未来を夢見て歩いてきた。
そのために、どれだけ苦汁を舐めようと、手を汚そうと、全てこの日のためと耐えてこれた。
だから、迷わない。
そのために。
〝大丈夫。……生きていれば、また会えるさ〟
例え、心優しい者を利用しようとも。ハリエットは、立ち止まりはしない。
「……本当のわらわを知ったら、お兄さんはどう思うのかの」
怒るだろうか。軽蔑するだろうか。
だが、どの負の感情も彼には似合わない気がして、ふっと口元が緩んでしまった。
もう一度会えたその時には、全てを明かすことになるのだろう。
少しだけ恐いと思うのは、ハリエットがまだ未熟だからだ。そう、片付けることにした。
「また会おう、カイリお兄さん」
一度だけ街を振り返り、彼がいるだろう方角を見つめる。
だが、すぐに背を向けて歩き出したハリエットの背中は、もう未練など微塵も残されてはいなかった。
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