第21話


「う、わあ……」


 ハリエットを保護した翌日。

 半日歩いて辿り着いたルナリアという街で、カイリは無意識に呆けた声を出してしまった。

 ぽかんと大きく口を開けた顔は、おのぼりさん丸出しだっただろう。現に、シュリアに呆れた目で「馬鹿顔ですわ」とけなされた。


 だが、それでも辺りを見渡すのをカイリは止められない。


 綺麗に整備された道路に、時折走る馬車。真っ白な建物の並ぶ広場は人と活気に溢れ、見たこともない店が華やかに街を彩って、自然と目を惹き付ける。

 前世でも北国の都市には住んでいたが、そことはまた違った、良き古さも一緒に備えた都会的な空気にカイリは圧倒された。通りによって食糧店や飲食店、宿屋や酒場、工芸品を扱う店などに分かれているらしく、見るもの全てが新しい。

 建物の造りは素朴だが洗練されていて、村ののどかな風景とは似ても似つかない。

 だが、豊かな自然と上手に調和されていて、家からも通りからも、綺麗な草花や木々の香りが漂ってくる。賑やかながらも落ち着く雰囲気に驚いた。


「はっは、カイリ、そんなに珍しいか?」

「は、はい。村から出るのは初めてだから……、あ。あれは何ですか? それから隣の店は、……? かご?」


 好奇心を抑えきれずにカイリが質問すると、益々シュリアが目を白くした。少しは大目に見てくれてもとふて腐れそうになる。

 フランツは微笑ましそうに、腕を組んで説明してくれた。


「ああ。あれは、蝋燭ろうそくを扱う店だ。日常で使うものから、ちょっとお洒落に作ってインテリアにしたりなど、様々な種類を売っている。隣は、バスケット屋だな」

「バスケット屋? バスケットだけを売っているんですか?」

「ああ、そうだ。バスケットテーブルに、赤ん坊用のバスケットマット、作物収穫用に、玩具や菓子作りの道具を入れる用と、様々な用途に合わせたバスケットが売られているんだ」

「……、へえ、凄い」


 バスケット一つとってもそんなに種類があるのか。

 何から何まで、前世で住んでいた場所とは雰囲気が全く違う。

 初めて聞く世界に、カイリの体が高揚で弾んできた。


「あの、……じゃあ、あの隣は?」

「あれは手紙屋だ。手紙の集荷に配達はもちろん、文字を書けない人のために代筆をしたり、国からのお触れを厳かに書いて掲示板に貼ったりもする」

「手紙屋……」


 郵便局みたいなものだろうが、代筆やお触れまで仕事の内なのかと、カイリは自然と聞き入ってしまう。

 本当に村には無かったものばかりで驚くしかない。フランツの説明を聞きながら、きょろきょろと見回してしまった。隣で見上げていたハリエットが、楽しそうに服を引っ張ってくる。


「ふふ。お兄さん、まちに来たことがなかったの?」

「ああ。だから、何だかちょっとわくわくする」

「じゃあ、まちじゃなくて都市に行ったら、もーっとわくわくするわね! こんなもんじゃないわよ」


 えっへん、と胸を張って自慢をするハリエットに、カイリは笑ってしまった。

 まるで自分のことの様に得意気になる彼女は、カイリよりもずっと色んなことを知っているのだろう。何だか羨ましくなった。


「ハリエットは、外のこと、たくさん見てきたんだな」

「もちろん! 家出もしたから、こきょうじゃないまちも見たもん!」

「そっか。俺も、これからはたくさん、外のこと知っていかなきゃな」


 そこまで口にして、はっと我に返る。

 考えてみれば、カイリはここが何処なのか、そもそも何という国なのかも知らない。歩いてきた方角を考えると、太陽の位置から考えて故郷は北だろうという推測は出来たが、それ以外はさっぱりだ。


「あ、あの、フランツさん」

「うむ、何だ?」

「その、……すみません。俺、最初に言った通り、この……、……国がいくつあるかもよく知らなくて、それで、……」


 語尾が弱まっていくのは、己の無知が恥ずかしいからだ。意図的に教えられていなかったとはいえ、流石にこのままフュリーシアに行くのは問題がある気がする。

 辛うじて『この世界に』という単語を排除出来たのは、フランツからの忠告があったからだ。今は、ハリエットの存在もある。これ以上迂闊うかつな発言は出来ない。


「なるほど。なら、まず地図を見せるか。シュリア」

「……ふん。何でわたくしが……」


 ぶつぶつ言いながらも、シュリアがフランツの指示通りにかばんから本を取り出す。

 そうして開かれたページには、一つの大きな大陸が描かれていた。国によって色分けされているのは分かるが、カイリはその形状に思わず呆けた。

 描かれていた大陸は上が横に平べったい形となっており、その中心から下の方へと太く陸が続いていた。そのまま左の方へ緩やかに曲がり、最後は丸まって終わっている。

 その形に、カイリはよく似た物を連想し、思わずぽろっと口にしてしまった。



「……何だか、世界ってバナナみたいだな」

「――――」



 一瞬の静寂。

 その後、盛大な爆笑と、怒髪天を突くほどの怒りが爆ぜた。



「ば、……っ、あ、あなた! よりによって、世界をバナナに例えるってどういうことですの!?」

「だ、だって、……いや、ほら、よく見るとさ、……。……やっぱりバナナにしか見えない」

「はあっ!? あなた、目がおかしいですわ! これのどこがバナナに……!」

「あはは! たしかに、言われてみればバナナかも。お兄さん、はっそうがすごいわ!」

「はいっ!?」

「あ、ありがとう?」



 お礼を言いながら、再度地図に目を落とす。

 しかし、何度見てもカイリにとっては同じだ。実がぱんぱんに詰まったバナナにしか映らない。

 フランツが口元を押さえて肩を震わせているのは、よほどツボに入ったのだろうか。しばらくカイリ達に背を向けているのを、シュリアが恨めしげに睨み付ける。


「フランツ様まで……っ。あなた! この罪は重いですわよ!」

「何の罪だよ。……それで? 俺たちって、今どこにいるんだ?」

「きーっ! 世界に対しても失礼な上に、あなた、本当に年上への口の利き方がなっていな……!」

「あのね! わたしたちは今、この北の大陸にいるの。エミルカっていうのよ」

「こら、あなた! 勝手に……!」

「エミルカ……」


 それが、カイリが住んでいた国の名前。

 初めて知ったその名前に、不思議な心地がした。まるで自分に名を与えられた様な感覚に、ぽっかり空いていた場所が埋まっていくのを感じる。

 エミルカの北部に、カイリの故郷はあったのか。名も無い村ではあったが、場所が分かっただけで、己の身分が証明された気がした。


「エミルカの都市は、エミルっていうの。ここから西にあるのよ」

「へえ。……フュリーシアに行く時には通るのかな?」

「うーん、通らないと思うわ。フュリーシアは、ここからさらに南だから……このまままっすぐ下がっていけばいいと思うわ」

「なるほど。……ハリエットは博識だな。じゃあ、こっちとこっちの国は?」

「えっとね、フュリーシアの下がファルエラ、その下がブルエリガっていうの」

「へえ。つまり、世界には四つの国があるんだな」


 改めて地図を見直してみると、この大陸は四つの国が縦に連なっている。前世では見たことの無い成り立ちで、感嘆してしまった。

 どの国も海に面しているのも珍しい。地図上だと山林も程良く各国に散らばっているし、何かあって国境が隔たれたとしても自給自足が出来そうだ。


「でも、どの国もりょうちとか自治けんとかはあるから、単純じゃないの。このまちも、エミルカでは自治がみとめられているわ」

「自治か……。国は王政じゃないのか?」

「どの国も王せいだけど、あるていどみつげば色々めんじょしてもらえるわ。このまちは、みつがなくても大丈夫なはずよ」

「なるほど。じゃあ、この街は自治都市なのか」


 ――封建制度と自治都市が、この世界に広がっている統治方法なのかな。


 この世界は、体制としてはやはり中世あたりだろうかとカイリは考える。文明レベルが滅茶苦茶なのが気になるが、あまり前世の感覚が零れない様に気を付けようと肝に銘じた。


「じゃあ、……」


 更に聞こうと口を開き、ふとカイリは視線を感じた。

 顔を上げれば、フランツとシュリアがそれぞれ真っ直ぐに見つめてきている。何となく見定める様な刺さり方に、カイリは心持ち身を引いた。


「えっと、……何ですか?」

「いや。……しかし、ハリエットは本当に博識だな。その年齢でよく勉強している」

「うふふ、もっちろん! しょうらいは、パパとママのあとをつぐんだもの!」

「跡を? じゃあ、領地を治めたりしているの?」

「……」


 しまった、といった風にハリエットが口を両手で押さえる。もごもごと、気まずそうに視線を逸らす姿が微笑ましい。

 彼女の身分は高いだろうとカイリも予測はしていた。お供がいる上に、着ている服もデザインが凝っていて生地も高そうだ。一人ふらふらしていたら、当然野盗に目を付けられるだろう。

 それでも、そこまで身分が高いとは思わなかった。今まで無礼だったかな、とカイリが反省していると。



「……ハリエット様!」



 慌てた声が二つ飛んできた。

 カイリ達が振り返ると、ばたばたと男性が二人足をもつれさせながら駆け寄ってくるところだった。ハリエットが「うっ」と吐きそうな顔をしたのがおかしくて、少し笑ってしまう。


「ハリエット様! ご、ごごごごご、ご無事! で!」

「貴様ら……っ。ハリエット様に、何を……!」

「あー、うるさいっ! カイリお兄さんに何かしたら、クビじゃ……、……クビよ! クビ! ゆるさないわ!」

「え、ええっ!? 肉が! オレのステータスが! 人でなしー!」

「職なしは勘弁して下さい。肉は命なんですからね。肉がない一日なんて、干からびた魚の様に犬に踏まれておしまいなんですからね。人でなしですね」


 びしっと人差し指を突き付けてハリエットが命令すると、途端に男性二人が流れる様に土下座をした。そんなに肉が大事なのかと、カイリは見当はずれな感想を抱いてしまう。


「くうっ。まあ良いです。……あ、あの。申し遅れました。オレは、マシューと申します!」

「私はハンスです。ハリエット様を見失うという失態を補って頂きまして、誠にありがとうございました」

「いいや。たまたま行き会って保護しただけだ。俺はフランツ。こっちはシュリアだ。そして」

「カイリです。ハリエットのおかげで、楽しいひとときが過ごせました」

「……!? な、何と……!」

「楽しい、ひととき……っ」


 お礼を告げれば、お供二人がだばーっと滝の様に涙を流した。

 いきなり大の大人が泣き出して身を引いたが、がしっとカイリの手を掴み、何度も何度も激しく頷いてくる。


「な、何て良い人なんだ……! あのわがままハリエット様にこんな気遣いが出来るなんて……!」

「この者……デキるっ」

「え」


 しかも、絶賛された。

 何なのだと困惑している合間にも話は勝手に進んで行く。


「ああ。これは素晴らしい! ハリエット様の我がまま……いや、命令に付き合ったらとんだ拾いもの!」

「どうでしょう。是非とも、このわがまま姫、いえ、お転婆姫、あ、いえ、ハリエット様のお婿むこさんとか」

「は?」

「って、カイリお兄さんにへんなこと言わないで!」

「えー……」


 何だかよく分からない展開になってきた。

 カイリが困っていると、ハリエットが急いで制止する。お供二人は、不服そうにカイリを未練がましく凝視しながらも従った。

 この三人は、主従関係でも言いたいことが言える仲の様だ。カイリは内心だけで安堵する。


「でもでも、もー、心配しましたよ! ハリエット様に何かあったら、ご主人様と奥方様に顔向けできませんからね!」

「むしろ、切腹だな。死んで詫びて魂になりながらハリエット様の守護をしなければ」

「そう! 肉が食べられなくなりますよ! 魂で守護とか……お供えして下さいね」

「もう……おおげさじゃ……、……おおげさだわっ」


 ふんっと外向そっぽを向いたハリエットは、程なくして肩を落とした。

 その後ろ姿が何処となくさみしそうで、カイリはそっと頭を撫でる。


「お迎え、来て良かったな」

「……。でも、せっかくお兄さんと会えたのに……」


 しゅんっと頭を垂らし、ハリエットはクマのぬいぐるみを抱き締める。片方の手でカイリの腕の裾を掴む姿がいじらしい。

 ここまで懐いてくれるとは思っていなかったので、カイリとしても驚きはあるが嬉しくもあった。彼女は元気だったし、場を明るくしてくれたので、自然と気分も盛り上がって楽しかったのだ。


「でも、ちゃんと帰らないと。パパとママが心配しているよ」

「……。うん」

「大丈夫。……生きていれば、また会えるさ」


 口にしながら、カイリの目が一瞬遠くへ飛ぶ。


 そうだ。生きている限り、また会うことはあるだろう。

 だって、彼女は死んでいない。カイリ自身も、まだ命がある。

 そう。



 村の人達とは違って、彼女の道はまだ未来へ続いている。



 だから、心配はない。淋しいのも一時だけだと己に言い聞かせた。


「ほら、ハリエット」

「……」


 背中を叩いて促しても、ハリエットは身動きしない。お供の二人も微かに眉根を寄せて心配そうにしていた。――決して、肉の心配だけではないと思いたい。

 きゅうっとぬいぐるみを強く抱き締め――次第に首がまた締まっていくぬいぐるみが可哀相で、カイリはぽんぽんと頭を撫でた。



「……じゃあ、約束しようか」



 すっと小指を出して彼女に差し出す。

 きょとんと瞬いて不思議そうに首を傾げる彼女に、カイリは「あ」と思い至った。考えてみれば、このやり取りは前世で知ったものだ。

 引っ込めることも可能だが、このまま彼女が気落ちしているのも見たくはない。逡巡した末に、強引に押し切ることにした。


「これはな、指切りっていう約束なんだ」

「ゆびきり……」

「俺の村に伝わるおまじないみたいなもので、こうしてお互いに小指を絡め合って約束するんだ」


 これには歌もあるのだが、カイリは幼い頃にこの歌の由来を知って、恐怖で歌えなくなってしまった。

 故に、歌は歌わない。あくまで、約束事を言葉でつづるだけだ。


「また、必ず生きて会おう」

「……」

「気休めかもしれないけど、やらないか? 俺は、またハリエットに会いたい」


 本心から願って、彼女に伝える。

 確かに気休めではあるが、カイリは本気だった。

 生きている限り、必ず会える。そう信じたいという気持ちが強く育っていくのを、自分でも感じ取っていた。


 自分が、後ろ向きにならない様に。振り向きそうになるのをこらえ、前を向いていける様に。


 結局は自分のためである。

 己の穢さに吐き気がしたが、それでも彼女ともう一度会いたいというのは本心なので、真っ直ぐに彼女を見つめた。

 彼女はしばらく無言だったが、やがてそろそろと小指を差し出してきた。うかがう様に上目遣いをする彼女に、もう一度頭を撫でる。


「ありがとう」

「……違うわ。わたしのためだもん」

「そっか。……俺も、俺のためだよ」


 小指を絡め、強く握る。互いの絡み合う強さに、底に潜む本音が垣間見えた気がした。



「また、必ず生きて会おう」

「うん。また、お兄さんとお話をするわ」

「ああ。……って」



 互いに約束を交わし、指を離そうとすると、ハリエットが顔を手に近付けてきた。

 そのまま、額を寄せて祈る様に小指に触れる。隣でシュリアが目をいていたが、気にする余裕が無かった。


「え、っと」

「ふふ、ぜったいよ。また一緒にお話しましょうね!」

「……、ああ。もちろん」


 きゅっと左手で小指ごとハリエットに握られる。

 そのまま離れていく彼女に、カイリは力強く頷いた。決して反故ほごにしたりはしない。


「じゃあね、お兄さん! フランツさんと、えーと、シューさん?」

「って、シュリアですわ! 何でわたくしだけ覚えていないんですの!」

「うふふ。あ、……お礼!」


 ぱんっと両手を合わせて慌てるハリエットに、しかしフランツは首を振った。


「構わん。たまたま方向が一緒だっただけだ」

「だめだもん! 帰ったら、フュリーシアのフランツさんあてに、パパとママからちゃーんとお礼をおくるわ!」

「そ、そうですとも! 本当に、ハリエット様を連れてきて下さってありがとうございました……!」

「本当に、本当にっ。ありがとうございました」

「ああ。肉が無事で良かったな」

「は、はい!」


 フランツの何処かズレた言葉に、だが感激した様にお供二人がお辞儀をする。膝に額をくっつける勢いに、よほど肉が好きなのだとカイリは思い知らされた。ハリエットの将来が心配だ。

 そうして、ぶんぶんと手を振るハリエットと、何度も頭を下げるお供の姿が遠ざかるのを、カイリ達は揃って見送った。向こう側に消えるまで彼女が手を振る姿に、カイリの胸に物悲しさが去来する。


 ――もっと、しっかりしないと。


 一時しかいなかった人との別れまで淋しがっていたら、この先持たなくなる。

 思って、胸に手を当てて何とか淋しさを鎮めていると。



「……聖地に着くまでに、お前には必要最低限の知識を入れておく」

「え?」



 いつになく真面目な顔でフランツが宣言する。

 腕を組んだ姿は、ひどく圧倒する様な覇気に包まれていた。反射的に身を引きそうになり、ぐっと左足で踏み止まる。


「えっと、……それはとても助かります」

「少し説明を聞いただけで、自治都市という単語がすぐに出てくると、色々怪しまれる。他にも、あの説明だけで色々理解したことがあるだろう?」

「……、はい」

「歴史は、あまり勉強してこなかったと聞いたが」

「……はい。村と街と都市がある、とか。王や騎士がいる、とか。本当にその程度です。図鑑や語学の本は読んでいたし、狩りや農作の知識は叩き込まれましたけど、村に必要な知識しか基本的には教えてもらえませんでした。だから、さっきのは……前の知識から導いたものです」


 封建制度や自治都市も、前世で勉強した故の知識だ。

 確かに歴史はおろか、世界にいくつ国があるかも知らなかった人間が、少し話を聞いただけでいきなり『自治都市』という単語を使うのは変だ。

 前世の記憶がそこまで無いと言い張るなら、その点も注意しなければならないのだ。

 己の至らなさを思い知らされ、視線が下がっていく。


「……すみません」

「構わない。経験不足なのだから、これから覚えていけばいいだろう」

「……楽観的ですわ。甘いですわっ。これじゃあ、またいつ足を引っ張られるか……!」

「そうと決まれば、出発は明日にするから、宿で色々教えよう」

「はあっ!? もう出発するんではないんですの!? 行きの時は、風呂に入って少し仮眠を取ったら、夜でもすぐに出発していましたのに!」

「急いでいたからな。帰りは別に急いではいない」


 心底不思議そうに説明するフランツに、シュリアは唖然あぜんとしていた。口を間抜けなほど大きく開き、ぱくぱくとひな鳥の様に開閉している。

 カイリにはよく分からないが、二人の間には色々言葉が足りないらしい。それだけは理解した。


「それに、気になることもあるしな」

「……っ! それは……!」

「では、カイリ。早速行くぞ。街のことでも質問があるならじゃんじゃんすると良い。何事も勉強だ」

「はい。ありがとうございます」

「ちょっと! わたくしの抗議は無視ですの! ……あああ、もう、ほんっとうにこの人は……!」


 背後からシュリアの喚きが聞こえてくるが、フランツは何処吹く風だ。

 ハリエットが去って淋しかった心が、この賑やかさに満たされて、カイリは少しだけ彼女に感謝した。


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