Banka2 俺の歌は、彼らのために

第8話


「――はあっ!」


 がきいっと、ラインとヴォルクの木刀が熾烈しれつに噛み合う。

 彼らが刃を交わすたびに、火花が激しく散って空気が燃える様だ。それを見守りながら、カイリだけではなく子供達も大人達も全員固唾かたずを呑んでしまっている。

 ラインとヴォルクはしばらく打ち合いを重ねていたが、互いに距離を取った。ざっと、地を踏み締める音が大きく上がる。


 そのまま、今度は指一本微動びどうだにしなくなった。呼吸を鎮め、探る様に睨み合う。


 間合いを確認し、互いに相手の一挙手一投足を見逃すまいと目を開いていた。はたで見ているカイリも、二人の挙動を見逃さない様にじっと幅広く見渡す。

 ラインは、視界の取り方にも注意が必要だと教えてくれた。

 一点に集中するのはいけない。どうしてもそれが必要な時以外は、常に全体を、それこそ相手以外の風景にも気を配れと。

 二人の世界の中は、空気一つ乱れてはいなかった。風も遠慮したかの様にひどく静かだ。

 そうして、どれほど見つめ合っていたか。


 ゆらり、と。剣先を揺らしながら動いたのはラインの方だった。


 えて世界を微かに乱し、ラインはヴォルクの集中力を分散する。

 足が地を踏み締める重心の変え方、呼吸の変化、視線の微かなずらし方、そして微妙に縮まった間合い。

 全てが反応したくなる様な誘い方で、今までのカイリならば簡単に乗っていただろう。

 だが。


「――はあっ!」


 動いてはいけない。

 そう思ったカイリの前で、ヴォルクは我慢しきれずに踏み出した。力強く地を蹴った勢いは風の様で、大抵の者ならばすぐに間合いを詰められて終わっていただろう。

 しかし。


「――かかった!」

「――っ、し……!」


 えてラインが想定していた剣筋に、まんまとヴォルクはかかった。

 吸い込まれる様に、ラインの切っ先がヴォルクの腹をしたたかに打つ。



 すぱん、と小気味良い音が空に舞った。



 そうして、ヴォルクの横をすり抜けて前に踏み込んだラインは、静かに木刀を下ろす。

 同時に。


「――参った」


 がっくりと膝を付き、ヴォルクが白旗を上げる。

 瞬間、おおっと周りがどよめいた。


「すごーい! ラインにいちゃん、ヴォルクさんたおしちゃった!」

「ふーん。ラインのくせになかなかやるじゃない。少しは認めてあげるわ」

「って、おまえに認められなくてもいいよ! ……カイリ! 見てたかー!」

「ああ! やっぱり凄いな! 流石俺のお師匠様だ」

「……っ、ま、まあなー! ま、今回はたまたまヴォルクさんが下手うっただけだけどなー」

「ぐおっ! く、ラインめ……本当強くなりやがって」


 ぶんぶんと照れくさそうにラインが木刀を振り回すのを、ヴォルクが恨めしげに見上げている。

 とはいえ、半分ほどは見守る様な眼差しになっていた。ヴォルクとしても、子供であるラインの成長が嬉しいのかもしれない。

 もちろん悔しさもあるだろうが、包容力があるヴォルクなら、決して呑まれることは無いのだろう。カイリとしても、彼の大人の一面を尊敬していた。


「でも、ラインの剣術ってやっぱり独特な感じがするな。ヴォルクさんのとも少し違うよな?」

「ん? ……、まあなー。教えてもらった剣ばかりじゃ、こえられないだろ。だから、日々けんきゅーしてんだよ」


 頭の後ろで手を組み、ラインがにかりと笑う。

 何となく、カイリも今の剣術は見たことがある気がした。

 そう、前に見よう見まねでラインに突進していった剣道というものに似ている様な感じがしたのだ。

 しかし、カイリはスポーツには全く詳しく無い。学校の体育の授業は別に嫌ではなかったが、趣味にまでしたいほど熱心でもなかった。故に、授業に無かった剣道は専門外中の専門外である。

 この異世界は、本当に日本の文化がそこかしこに溢れている。違うところも多いが、時々日本の田舎で暮らしているのではないかと錯覚しそうだ。


「そんなことより、次はカイリだぞー」

「え?」

「へへ、日々のせいかをみきわめてやるよ。ほら」

「え、ええ?」


 ラインが挑戦的に木刀を突き付けてきた。

 確かにカイリは彼と毎日稽古をしているが、こうして朝稽古でぶつかるのは稽古を始めてからは初のことだ。彼が、それを避けていたからだ。

 しかし、彼は今、カイリに挑戦状を叩き付けてきている。


「あのさ、ライン。俺、攻撃全然出来ないんだぞ? ヴォルクさんにだって、結局最後は打ち込まれてるし」

「そうだなー。カイリ、いっつもヴォルクさんあいてだと、他のこと気になってしかたないって感じだもんなー」

「え」


 ぎくりと頬が強張った。

 ラインは見透かした様に目を細め、ぶん、と木刀を右に払う。


「というわけで、おれがあいてするぞ! カイリとのけーこは、カイリの集中力が切れるまで」

「ええ?」

「――続く限り相手してやんよ。ほら、早く」

「――」


 低い声に、カイリの背筋に小さくぴりっと何かが走った。

 何だろうと思っている合間にも、剣を持っていない方でラインが小さく手招きをしてくる。その招き方が更に挑発的だ。乗せようとしているのがよく分かる。

 だが、彼相手に決して盲目になってはいけない。注意して、カイリは重い腰を上げた。


「分かったよ。村長、いいですか?」

「むー……よかろう。見せてみい」


 村長に伺いを立て、カイリは一息吐く。

 二日前、夜にあの出来事があってから、カイリは彼にどう接して良いか分からなかった。剣を覚えることもよく思っていなかった様だったが、次の日に稽古に参加しても村長は何も言わなかった。

 そして、今も普通に許可してくれた。彼は彼なりに、迷っているのかもしれない。カイリの知らないことで。


「カイリ?」

「ん、ああ。……よし」


 村長が許可を出してくれたのだ。カイリも、力を出し切ろう。

 決意して、カイリはラインに向かい合う。左足を後ろに下げ、斜めに構える様に佇む。

 木刀は右手のみで持ち、左手はいつでも剣のさやを扱える様に添えておく。ラインに教えてもらうまではあまり見ない構え方で、最初にお披露目ひろめした時は村の者達の頭に疑問符が浮かんでいた。


 互いに、相手を静かに見据える。


 カイリは気を一点に集中させる様に深く沈めていった。周りの音に溶け込む様に、己を取り巻く空気と一体になる様に、この場一帯と同化する様に己を研ぎ澄ませていく。

 ラインは快活なルビーの瞳を細めていった。鋭く、けれど落ち着き払った眼差しはもう子供のものではない。まるでそびえ立つ様な山を相手にしている気分になって、カイリは努めて平静を装う。

 彼と静かに対峙する様になって、つくづく彼の大きさを実感した。ヴォルクとの打ち合いでも感じたことがない、洗練された空気に畏怖さえ覚える。

 そうして、数分。それ以上に長い時を感じさせるほど向き合った後。



 はらっと、近くの大木から木の葉が舞った。



「――っ!」



 一寸で、ラインの顔が目の前に現れる。空気がうなり、カイリは後方に飛ぶと同時に剣を右へと払った。

 途端、がきいっと、刃と刃が激しく噛み合う。もし一瞬でも迷っていたら、カイリは右に飛んでいた。

 だが、それを読める様になったことに安堵する暇など無い。視界の隅で足が払われるのを目にし、更に背後に飛び、右を完全に振り払ってから左で剣の鞘を前に滑らせた。

 更に追いかける様に、ラインの木刀が振るわれる。それを鞘で滑らせて流し、彼の体を正面からずらすことに成功した。


 ――ここだっ!


 一瞬の隙を見て、カイリは今度は前に勢い良く飛んだ。


「……っ! ちいっ!」


 すれ違う様に飛んで、カイリは彼の背後を取った。それを受け、彼が舌打ちしながら素早く反転する。

 だが、遅い。カイリは既に長く距離を取った。ラインの間合いよりも遥かに遠くに位置を定める。


 受け止めるのではなく、なるべく受け流す。


 そして、焦らない。隙が出来るまでは、決して無理を通してはいけない。

 カイリが繰り返すのは、この決まり事だけだ。攻撃が出来ないカイリにとって、それだけが剣で生き延びる道だった。


「――っ」


 ラインが距離を詰めようとするのを、すかさずカイリは剣先を突き付けて牽制する。

 一度、ラインはそれを見て足を止めた。じっとカイリの剣先を見つめるその瞳に、温度は無い。ひたすらに無に研ぎ澄まされていて、じりっと心の裏が汗を掻く様な感覚に陥った。

 そして、数秒ほど静止した後。



「――――」



 ふっと、ラインが笑った。



 一瞬、カイリの目線よりも高い位置に彼の大人びた顔が見えた気がした。思わず息を呑んで目線が逸れる。

 が。


「――、げっ」


 次には弾丸の如く、ラインがこちらに突っ込んできた。

 剣先がぶれない様に、カイリは必死に彼から狙いは外さない。剣先に飛び込んでくる様な彼を見つめ、ぎりぎりまで引き寄せる努力をした。

 だが。



〝――カイリッ!!〟



「――」



〝あんな子、死んでくれてせいせいしたわ〟



「――――っ、いっ」



 嫌だ。



 咄嗟とっさにカイリは、あと数歩というところで剣を引いてしまう。

 途端。


「――引くなっ! 馬鹿!」

「――あがっ!?」


 がん、と綺麗にカイリの頭に手刀を振り下ろされた。歯が強く噛み合い、目の前にも白い星が飛ぶ。

 くらくらと揺れる頭を手で押さえながら、みっともなく地面に倒れ込んだ。以前に木刀を振り下ろされた時よりはマシだが、頭が馬鹿になりそうである。


「引くの、はやすぎだろー! あれじゃーなめられんじゃん! けんせーもハッタリも、じえーの剣には大事なせんじゅつって言ったじゃん!」


 間近で大声で叱られ、カイリの頭がぐらぐら揺れる。耳も痛くて死にそうだ。

 確かに、ラインには剣先を突き付ける牽制のやり方も教わっていた。その際、相手が恐れず向かってきたら、ぎりぎりまで引かないことが大事なポイントだとも口をすっぱくして言われた。

 だから、これはカイリの完全なる敗北だ。まだまだトラウマを克服するには時間がかかりそうである。


「……、ごめん」

「……」


 せっかく色々指導してもらっているのに、上手く昇華出来ない。それがカイリにとっては一番申し訳なかった。

 前世での架空の物語の様に、カイリにはチート能力が備わっているわけではない。ラインの様に剣術の才能があるわけでも、ミーナの様に絵の腕があるわけでもない。

 秀でた能力が無いカイリは、彼らよりもずっと努力や欠点の克服が必要になる。

 それなのに、実際の自分はそれが上手くこなせない。攻撃をしない方法の剣術を教えてもらっても、いつまで経っても進歩が無かった。

 かと言って、あの悪夢はこの十五年以上、ずっと付きまとってきたものだ。すぐにどうこう出来るはずもない。


 どうすれば良いのか。


 途方に暮れそうになったが、ここで落ち込んでばかりいれば心配をかける。

 故に、笑って顔を上げようとすると。



「笑うな、バカイリ」

「あだっ!」



 またも同じ箇所に手刀を叩き落とされた。今度は先程より加減がされていたが、二度同じ場所に打撃を受けて、涙目になる。とても痛い。


「な、何するんだよ!」

「……すぐに克服できるなんて、思ってないよ」

「――」


 一瞬、ラインの顔が痛ましげに歪んだ。

 それに、声がひどく大人びた。別に、彼の声自体が変わったわけではないのに、急に成長した様に感じられて、カイリは思わず彼の顔を見つめる。

 だが、目の前にいるのはいつものラインだ。大人に成長したわけでもなく、年相応の顔の形である。

 それなのに、何故だろう。



 自分より、ずっと大人の存在と話している気分になった。



「げーいんなんて知らないけどさ、ずっとこうげきすんの嫌いだったんなら、くりかえしやって慣れるしかないよ」

「……ライン」

「ま、そのたびにおれがきびしーくおしえるけどな!」


 こうやって、とぶんぶん右手を虚空で振り下ろす姿に、カイリは無意識に両手を頭に乗せた。もう一度叩き落とされたら死ぬ。


「カイリはさ、剣だと思うからだめなんじゃん?」



 剣だと思うから。



 だが、剣は剣だ。

 それ以外に何になるというのか。意図するところが分からなくて、カイリはいぶかしげに眉根を寄せる。


「これも言ったけどさ。じえーの剣は、他の人をにがしたり、時間をかせぐのにも役に立つって」

「……、ああ」


 確かに、ラインは前に防御特化の自衛の剣はそういう使い道もあるのだと言っていた。

 自らがおとりとなって誰かを逃がしたり、援軍が来るまでの時間を稼いだり。

 そんな風に立ち回れたら、カイリとしても嬉しい限りだ。


「それってさ、どっちかって言うと剣っていうより、盾、みたいな役わりじゃん?」

「盾?」

「そ。だから、剣を盾だと思えばいいんだよ」


 盾に思う。


 剣は盾。

 そんな考え方は思いつきもしなかった。相変わらずラインの発想は独特で、カイリとしては感嘆の息しか出ない。


「で、じえーの剣ってさ、かいひしまくる必要もあるだろ?」

「ああ、まあ。ずっと受け流すだけだと持たないだろうし」

「つまり、かいひ盾ってやつだな! 自分にあいての注意を引きつけて、ひたすらさばくってやつ。ふせいで、かいひして、……おお! 考えたら、すっごいカッコいいじゃん!」


 説明しながら、何故かラインが興奮し始めた。

 彼の頭の中では、カッコ良く立ち回り、盾――もとい剣でさばき、華麗に攻撃をかわしている自分を想像しているのだろう。こういう部分は彼もやはり子供だな、と微笑ましくなる。

 だが、ラインはラインなりに、一生懸命考えてくれているらしい。

 カイリのトラウマを、攻撃が出来ないという弱点を、どんな風に補っていくのか。盾という説明も、恐らく自分のために考えてくれたに違いない。


 剣を盾だと思う。


 それは、カイリの中でとてもしっくりくる当てめ方だった。


「……、そっか」


 先程まで落ち込んでいた自分が情けない。

 ラインは常に前を見ているのに、教えてもらっているカイリが後ろ向きでは、上達するものもしなくなる。

 剣だけではなく、姿勢でもラインの方が大人だなと、カイリは改めて彼の凄さを見出した。自分も負けていられない。


「ありがとう、ライン」

「ん? お礼?」

「ああ。すぐに諦めるのは俺の悪いくせだよな。頑張るって決めたんだから、最後まで頑張るよ」

「……」

「剣が盾っていうのは、良いかもな。今度はそれでやってみるよ。……これからも、色々よろしくな」


 にっこり笑って、手を差し出す。先程とは違い、今度は心からの笑みだった。

 ラインはしばらくカイリの手を凝視していたが、くしゃりと顔を歪めて手を取ってくる。何だか嬉しそうだな、と笑い方がいつも以上に明るかったのが気になった。


「そうだな! カイリはまだまだよわいしな! おれがいないとな!」

「ああ。ライン師匠」

「う。……」

「ライン?」

「……おれ、ときどきカイリのこういうところ、ずるいなーって思うなー」


 何故か目を逸らして、ぶつぶつラインが文句を言う。

 ただ素直にお礼を言っただけなのに、どうして文句を言われるのか。不条理である。

 しかし、前世の生活で諦め癖が付いていたとはいえ、この人生でもそれでは意味が無い。教訓にならないのならば、何のために記憶を持っているのか。

 確かにチート能力も無いし、飛び抜けた才能も持ってはいないが、ラインのおかげで剣術の別の道を見出せたのだ。無駄にはしたくない。


 よしっと、両頬を軽く叩き、カイリは前を向く。


 周りで微笑ましそうに見守っている村人達には今更気付いたが、誤魔化す様に咳払いをしてラインに向き合った。


「なあ、ライン。良ければ、もう一回相手してくれるか?」

「……、おお!」


 カイリの方から挑戦状を叩き付けたのが、よほど珍しかったらしい。

 一度大きく目を丸くして、ラインがにやりと悪戯っ子の様に笑った。



「いいぜー。今度もおれが勝つけどな!」

「む。そうはいかないぞ。ラインがへばるまで続けてやる」

「言ったなー! じゃあ、もう一回――」

「……ふふ、素晴らしい試合を見せてもらいました」

「――――」



 聞き慣れない称賛が、カイリ達の間に無粋に飛び込んできた。

 何事かと振り返ると、やはり見慣れない女性といかつい顔をした男性が並んで立っていた。いつの間に、とカイリは警戒心を抱いてしまう。


「……、誰かの? お主らは」


 ぱちぱちと拍手をしながらにこやかにたたずんでいる彼らに、村長が代表して質問を投げかける。

 誰もが疑問を持ったその問いに、女性の方が軽く会釈を向け、しっとりと言葉を彼らに落とした。



「教会の命により、巡回騎士をしているリンダと申します。こちらの無愛想な男はブラッド。初めまして、皆さん」

「――――――――」



 教会の人間。



 にっこりと一冊の書物を持ちながら佇む美女は、綺麗な切れ長の目で村の者達を見渡した。


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