第6話


「カーイリっ!」


 カイリがラインといつもの様に稽古をしていると、ミーナが可愛らしく走り寄ってきた。

 一応一息吐いていたところだったので、カイリもすぐに彼女に向き直る。ラインが「はいはい」と呆れた様に肩をすくめている仕草が、妙に老成していた。


「どうしたんだ、ミーナ?」

「ふっふーん。あのね、今日はカイリの似顔絵を描いてきたのよ! 見て見て。かいしんの一作!」


 ばーん、と効果音を口にして、ミーナが大きな一枚の紙を突き出してきた。

 そこには、カイリの顔がかなり美化して大きく描かれていた。髪は見るだけでさらさらで艶があり、眉毛は細すぎず太過ぎず、凛々しい角度に引かれている。瞳は少し大きなつり目で、実際よりも綺麗な黒い輝きを放っていた。

 表情も優しすぎるし、この似顔絵は見ているだけで人の好さが滲み出ていて、カイリとしては落ち着かない。


「っへー、すげーじゃん! ミーナ、よくとくちょーつかんでるな!」

「でしょう? だって、未来のだんなさまだもの!」

「あ、ありがとう。でも、これ、俺本人より可愛すぎるというか優しすぎないか? こんなに人は良くないぞ」

「そんなことないよー。カイリおにいちゃん、そのまんまだよ!」


 リックが嬉しそうに似顔絵を指差す。ラインやミーナもうんうんと頷いていた。

 子供達三人に真正面から肯定され、嬉しいやら気恥ずかしいやらで、カイリの顔が一気に熱くなる。恐らく真っ赤にゆだっているだろう。ラインが意地悪そうに口の端を吊り上げた。


「へっへー。カイリ、てれてんなー」

「て、照れ、てててて照れ、……照れ、るだろ、普通。こんな、……」


 こんなに素敵に描いてくれるとは。


 彼らから見て、カイリはこんな風に優しそうに見られているのかと胸を打たれた。

 前世では、他人に興味がまるで無かった自分。

 勉強ばかりする自分は、いつも標的にされていた。叩かれる陰口を聞き流し、けれど普通にやり返しもし、近寄ってくる幼馴染を邪険にし、冷めた両親に期待をしながら諦める。そんなつまらない人間だった。

 最後に笑ったのはいつだったか。人に優しくした記憶も皆無かいむである。



 だが、生まれ変わり、今の人生ではずいぶん笑う様になった。



 そして今、子供達はカイリのことを優しい人間だと口を揃える。

 それはきっと、彼らが優しいからだ。

 優しさには優しさが返ってくる。決してそれだけで世界の方程式は成り立たないが、自分次第なのかもしれないと最近は前の人生を反省することも多くなった。


 本当に、つまらない人生を送っていたと思う。


 だからこそ、今度こそ一からやり直したいと今では願っている。

 ここで、優しい両親や彼らと一緒に。


「……ありがとな。やっぱり美化はされてると思うけど……嬉しいよ」

「ふふ、よかったー! カイリ、これ、あげるね」

「え? え、ちょ、ちょっと待って。流石に自画像を、しかも実物より綺麗な感じのを持つっていうのはっ」

「お父さまとお母さまにお渡しになって! きっと大喜びだわ! わたしのかぶも上がるわ!」

「……それがねらいなんだなー、ミーナ……。あざといなー……」


 ラインの白けたツッコミに、しかしミーナは頬を染めて舞い上がって聞いてはいなかった。そして、カイリ自身もそれどころではない。

 カイリの似顔絵を見て、諸手を上げながら涙を流す両親。想像が簡単に出来過ぎて空を仰ぎたくなった。絶対に見せてはいけない気がする。

 ごめんミーナ、と心の中で謝りながら、そっとカイリはふところに紙を仕舞い込んだ。なるべく綺麗にたたんだのは、やはり気持ちが嬉しかったからだ。照れくさいが宝物にしようと決める。


「あ、あとね! 仕方がないからみんなの顔もかいたわよー」

「お。おまけでも、ちゃんとあったのか!」

「ミーナねえちゃん、見せて見せてー!」

「これよー! どう?」


 ばーん、とまたも得意気にミーナが突き出してきた紙には、確かに自分達四人の姿が明るく描かれていた。



 ただし、その姿の大きさにはかなりの不公平感がある。



 真ん中にはカイリとミーナが、でかでかとダイナミックに描かれていた。仲睦まじく寄り添い、腕まで組んでいる。ご丁寧に周りには可愛らしいハートマークが飛んでいて、相思相愛らしい。

 そしてその両隣に、小さくラインとリックの姿が見えた。リックは花吹雪を中央の二人に向かって投げまくり、ラインはピースをしながら踊っている。どうやら二人をたたえているらしい。

 ミーナを覗いた全員――否、リックだけは「ほへー?」と笑っている――が、遠い目になった。単純な四人の集合絵で無かったあたりが、実にミーナらしい。


「……カイリー。あいされてんなー」

「……そこでそう突っ込めるラインは大人だよな」

「はは。いちおー、この村の子供の中では二番目に大きいしなー」

「ああ、そうだったな……」


 ミーナは七歳、リックは五歳。八歳であるラインは確かにカイリに次いで大きい。間違ってはいない。

 だが、時々ラインの対応や表情が大人びすぎていて、何故か自分と同じくらいか上じゃないかとカイリは思う時もあった。特に剣術は完全に大人の世界へ足を突っ込んでいる。


「……、でも。綺麗だな」


 改めてミーナの絵を見て、カイリの顔が緩む。

 四人の姿は、子供の絵とは思えないほど綺麗に描かれていた。頭上には心が洗われるほどの透き通った青空が広がり、舞い散る花吹雪は柔らかな日差しを浴びながら幸せに四人に降り注いでいる。足元に広がる草花も生き生きと揺れていて、まるで自分達の元にまで風が届いてくる様な爽やかな空気を感じた。

 カイリはプロの画家の絵に詳しくはないが、ミーナは相当技術がある様に思える。個展を開いたら普通に客足が伸びそうだ。


「ミーナ、本当に絵が上手だな。心が安らぐ」

「え、ほ、本当?」

「ああ、もちろん。家に飾りたいくらいだ」


 カイリ達四人の姿も、何だかんだでとても仲が良い。みんな楽しそうに笑っていて、こちらまで笑顔になるのだ。

 前世では勉強で少し文化史を学ぶくらいで、何故絵画がこんなにもてはやされるのかと不思議だったが、こうして見ると納得だ。素晴らしい芸術に触れると、心が喜ぶのだろう。


「じゃ、じゃあ、これも持っていっていいわよ!」

「え? いや、でも」

「いいじゃん。カイリ、気に入ったんだろー? おれもすげーなーって思うけど、カイリほど感動はしてないし」

「それに、ミーナねえちゃん、カイリにいちゃんのこと大好きだもんね!」

「……そこなんだなー、けっきょく」


 ラインの呆れはともかく、カイリはこの絵が気に入った。家には、前に写真家が村を訪ねてきた時に撮ってもらった家族の写真はあるが、子供達とのものはない。

 だから、彼らと同じ空間にいるこの絵は、カイリにとって嬉しい時間を写し取った大切な時間なのだ。


「良いのか? もらえるなら、欲しいけど」

「いいよー。よっぽど気に入ったんだなー。たんじょーびのまえいわい、ってやつだな」

「ちょっと! たんじょーびのプレゼントは、こんなもんじゃないわよ! もーっとすごいもの! あげるんだから!」

「ぼくもぼくもー!」

「はあ? おれの方がすごいぜ! 楽しみにしてろよ、カイリ!」


 何故かいきなり張り合い始めたライン達に、しかしカイリは何だかむず痒い。こんな風に誕生日を祝うと笑顔で豪語されると、恥ずかしくて仕方が無かった。

 けれど。



 ――嬉しいな。



 こんな風に、誰かと一緒に誕生日を過ごせること。

 それは、カイリがこの人生で知った大きな喜びだった。


「……ありがとう。嬉しいよ」

「へっへーん。楽しみにしてろよ!」

「ああ。……じゃあ、ミーナ。これも、もらうな」

「あげるあげる! そして、お父さまとお母さまに見せてね!」

「はは、分かった。本当にありがとう」


 ミーナの頭を撫でて、ありがたくカイリは絵を受け取る。何故か彼女がうつむいてしまったが、ラインが「いつものことだろー」と手を振った。気にしなくても大丈夫らしい。

 しかし、本当にミーナは絵が上手だ。この間の図鑑の作成でも感嘆した。

 彼女は本気で、大人になったら画家になって個展を開いているかもしれない。そう思うと、カイリの心が自然と踊った。


「いつか、ミーナが有名な画家になったら応援するよ。サインも欲しいな」

「わ、わわわわわかったわ! カイリのよきつまになるために、わたし、がんばる!」


 ぐっと拳を握って、ミーナが力強く宣言する。

 旦那や妻はともかく、彼女には自分の好きな道を進んで欲しい。彼女は恐らく、村の外に出ることも許されるだろう。昔は子供だった者達も、村に残っていない者は全員外に出ているという話だった。



 ただ、カイリは出れるだろうか。



「……」


 騎士団の話をした時の村長の空気を思い出して、カイリは少しだけ視線を下に落とす。

 村に出たいのか、そうではないのか。

 最近、特にラインに剣を教わり始めてから考える様になってきた。はっきりと彼に言葉で質問されたからだろうか。言葉で形にするというのは結構大事なことなのかもしれない。


「カイリにいちゃん?」

「――」


 リックに呼ばれて、顔を上げる。このところ思案に沈むことが多いなと反省した。子供達の前で不安や憂いを見せるわけにはいかない。


「ああ、……」


 ふと見上げた先では、鮮やかな赤い光が山々を壮大に包み込んでいく。

 燃える様に真っ赤な夕陽がゆったりと大地を照らしていき、緩やかに夜に向けて眠りに落ちて行くその姿が印象的だった。


「夕焼け、綺麗だな」

「……、うん」


 言葉少なに子供達も頷く。

 いつ見ても、この自然豊かな村の景色は雄大で心を揺さぶられる。夜は満天の星空が惜しげもなく広がっていて、都会では見られない一等級の風景だろう。



「……夕焼けこやけの、赤とんぼ」



 口遊くちずさんでいたのは無意識だった。

 圧倒されるほどの夕陽に目を細め、カイリは寄り添う子供達の頭を撫でながら歌う。


「負われて見たのは、いつの日か」


 母と生き別れた作詞家が、子守りをしてくれていた女性に負われて見たという夕焼け。

 小さい頃の想い出がこの歌にはこめられていると、カイリは小学校の図書館で調べたことがあった。

 とても優しいのにどこか切ない気持ちになるなと思ったが、意味が分かると納得だ。好きな歌の一つである。


「やまーのはたけーの、くわのーみーを」

「こかごーにつんだーは、まぼろーしーかー」


 子供達がたどたどしく、けれど大きな声で歌う。

 カイリが手取り足取り教えたわけではないのだが、ラインもミーナも気持ち良さそうに歌うので聞いていて楽しい。リックはよく理解出来ていないのか、ふんふんとリズムに乗るだけだが、それでも楽しそうなので和んだ。


「十五でねえやは、嫁に行き」

「おさとーのたよりーも、たえはーてーたー」



 夕焼け小焼けの、赤とんぼ。

 止まっているよ、竿さおの先。



 のびやかな歌声と共に、夕陽がゆっくりと沈んでいく。

 それを見つめながら、カイリも子供達もしばらく余韻を楽しんでいた。この歌にこめられた意味を子供達は知らないだろうが、それでも感じるところがあるのかもしれない。

 だが、それを抜きにしてもこの夕焼けの赤さには目を奪われる。この歌の旋律も相まって、やけに感傷的になりそうだ。



「……相変わらず、綺麗な歌だのう」

「っ、え」



 ぱちぱちと小さな拍手と共に、称賛が送られてきた。

 振り向けば、村長が朗らかに佇んでいる。座っているカイリ達の横に立ちながら、色鮮やかに夕陽に染まる山の方を見つめていた。


「村長。どうしたんですか?」

「歌に誘われての。……カイリが思い付く歌は、どこか懐かしくなるから好きでの」

「えっとー、あー、……あ、ありがとうございます?」

「何故疑問形なんじゃ?」

「あ、いやー……」


 まさか、前世で広まっていた童謡唱歌なんです、とは言えるはずがない。

 もごもごと気まずさと罪の意識でカイリは押し黙るしかなかった。一人でも前世の記憶を持っている人がいたら、この気持ちを共有出来るのにと何度思っただろうか。


「しかし、カイリよ。お前たちも。しばらく歌は控えてくれんかの」

「え?」

「ラインは見回りに参加しているから知っているとは思うが、最近この村の近くで盗賊がうろついているのが正式に分かったのじゃ。村の外に歌を聞かせるわけにはいかん」


 警告を聞いて、カイリは父親の話を思い出す。

 近くを野党がうろついているかもしれないと。村の男達が交代で見回りに出ていることも聞いていた。

 確かに、迂闊うかつだったかもしれない。



 村の外の者には決して歌は聞かせない様に。



 それが、村の取り決めだ。

 理由を教えてはもらえないが、時折村長の顔が恐くなるのでよほどのことなのだろう。

 だが。


「……すみません、村長」

「よいよい。わしも、しばらく聞けなくなるのは残念じゃが」

「……、あの」

「うむ?」



 どうして、村の外に聞かれてはいけないんですか。



 そう聞きたかったのに、カイリの口からは何故か言葉が貼り付いた様に出て来ない。

 今更何を、と言われるかもしれない。実際、カイリ自身もそう思う。

 しかし、成長すればするほど、何故禁止にされていたのか気になってくるものだ。最近疑問が増えてきたせいか、カイリの中で自分が思う以上にその問いが膨らんでいたのかもしれない。

 けれど。


「どうしたんじゃ。顔色が悪いぞ?」

「ええっと、……」


 聞いてくる村長の顔も声も優しい。少し気遣わしげな表情さえうかがえる。

 それなのに、何故かカイリにはそれがとても圧する様な気迫に感じられた。視線も真っ直ぐに己を貫き、釘を刺す様に心を縫い止める。


 余計な発言は慎むこと。


 そう叱られている気がして、カイリは結局口をつぐんだ。何となく答えてくれない予感もしたからだ。


「ええっと、何でも無いで……」

「なあ、そんちょー。どうして歌を聞かれたらだめなんだ?」

「……って」


 ――お前が聞くのかよ!


 せっかく引っ込めた質問を、ラインが横取りする様に発した。臆することの無い彼らしいが、何となく釈然としない。

 自分が臆病者みたいだと思いながら――実際痛感しながら、カイリが成り行きを見守っていると。



「殺されるぞ」

「――――――――」



 殺される。



 物騒な単語に、カイリだけではなくその場にいた全員が静まった。さしものラインも絶句している。

 唐突な宣言に、頭がついていかない。

 歌を歌うだけで、命を奪われる。そんな理不尽なと、カイリが口を開こうとしたその時。



「――なーんていうのは大袈裟じゃがな」

「お、おげ、さ」



 茶目っ気を乗せて村長が否定してきて、がっくりとカイリの肩が落ちる。


「お、驚かせないで下さいよ、村長」

「ほっほっほ。ま、これくらい言っておいた方が大人しくなると思っての」


 きらん、と歯を輝かせて笑う村長に、妙にカイリはくたびれ果てた。先程走ったおぞましい緊張感は何だったのかと、悪態を吐きたくなる。

 だが。


「ま、殺されるまではいかなくとも、……都合は悪くなるだろうて」

「……、え?」

「あまり深入りせん方が良いぞ。特に、――カイリはの」

「――――」


 再び真っ直ぐに視線で刺される。

 その強さは先程の比では無かった。まるで刃で直接目をえぐられ、心臓にまで達した様な激痛が走る。

 思わず目と胸を押さえると、村長は「ほっほ」とまた軽く笑った。

 しかし、その笑い方が今は空恐ろしい。ぎゅっと、震える指を強く握った。



「とにかく、しばらく歌は歌わんことじゃ。それと、身辺には気を付けての」



 忠告だけを置いて、村長は去って行く。


「……っ! ま、待てよ、そんちょー!」


 去って行く村長を追いかけ、ラインが走って行く。

 彼に追い付き、何かを激しく叫んでいるが、二人が遠ざかっていく中でそれらはカイリには届かなかった。

 彼らを見送りながら、残されたカイリ達はしばらく言葉を発せられなかった。ただ、呆然と二人の背中を見送る以外にない。


 その背後では、燃やし尽くす様な真っ赤な夕焼けが、全てを葬り去る様に村全体を赤く染め上げて輝いていた。


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