御籤
空亡が言った通り、天岩屋はこの前と違ってかなりの行列が出来ていた。両脇にある長椅子にも順番待ちの人が座っている。前回は閑散としていたので、こんなに混んでいることに公時は驚いた。一体この人たちはここに何をしに来ているのだろうか。
空亡は天照に用があるということだったが、並んでいる人たちを差し置いて会いに行くわけにもいかない。公時たちも列の後ろに並んだ。
「この世界って、こんなに人がいたんだな」
「公時は面白いことを言うなあ。当たり前じゃないか」
そう言われても、こんなにたくさんの人を見たのは今日が初めてである。公時はこの世界にも多くの人が生活しているのだなと思った。
この人たちは皆、この世界に迷い込んでしまった人たちなのだろうか。どんな気持ちでこの世界にいるのだろう。
「それにしても、こいつら何しに来てるんだ?」
行列に隠れて、岩屋で何が行われているのかは見えなかった。一人当たりの滞在時間は短かったので、公時の番が来るまでそれほどかからなそうだ。
「僕たちと一緒さ。皆、ある物を受け取りに来ているのさ」
「ある物?」
公時の疑問に空亡は答えない。勿体ぶっていないで、教えて欲しいものだ。
しばらくして、ようやく公時たちの番となった。公時たちが最後尾だったようで、後ろに並んでいる人はいない。
天岩屋の中にはこの前と同じように、天照が高く積まれた座布団に座っていた。
空亡の姿を見た時、天照は不機嫌そうな顔を浮かべたが、女媧の姿を見つけると表情があからさまに明るくなった。本当に女媧が好きなようだ。
反対に、空亡はかなり嫌われている様子である。
「中々盛況じゃったな。そうか、今日は日曜だったかの」
「姉々、また会いに来て頂いて嬉しく思います。今日は何の御用でしょうか」
女媧に満面の笑顔を向けながら天照が尋ねた。公時はここに来た意味も、何の用があるのかすら分からなかったので黙っている。
「この前はあれを受け取り忘れたからね。取りに来たんだ」
女媧の代わりに空亡が答える。天照はむすっとした表情を見せた。空亡はあえて分かっていてやってそうだ。本当にいい性格をしている。
「公時様、申し訳ありません。私としたことが、この前は動揺してしまって、おみくじをお渡しするのを忘れておりました」
天照は公時に向かって深々と頭を下げた。空亡と違って、何と人間が出来ていることだろう。
「いや、謝られる理由が分からねえし……それにおみくじって何のことだ?」
「もう忘れたのかい? この前引いたじゃないか。あの時はくじの方を受け取り忘れてしまったけどね」
「ああ、そういえば……」
公時の仕事を視るため、おみくじを引いていた。確かに普通のおみくじだと、出た番号に従ったくじを貰える。公時は占いは興味がないので、特に気にもしていなかった。そもそも、わざわざ受け取りに来る必要があるのだろうか。
あれだけ空亡が焦らしていたのに、おみくじとは拍子抜けだ。
「用ってそんなことか? 吉とか大吉とか、そんなの分かってどうするんだよ」
「口を慎め。今後の道程を示す、大事なものであるのだ」
「童貞……を?」
「たわけ! そっちではない。未来とかそういう意味よ」
二度怒られてしまった。あまり難しい用語を使わず、分かりやすく説明して欲しいと公時は思う。
「少しお待ち下さいね。今ご用意致します」
天照は背後にあった棚を調べ始めた。棚には引き出しがあり、〇一番から一〇〇番までの数字が振られている。その中から、天照は〇二番の引き出しを開いた。
〇二番はこの間公時が引いた番号だった。他にも一〇八と書いてあったが、棚に一〇〇以降の番号はないので、別の意味なのだろう。
「どうぞ、こちらになります」
天照は彼女の前にある台におみくじを乗せた。公時は少し屈んで手を伸ばす。
おみくじは赤い紙に包まれていた。神社でよく見る物とさほど変わらない、何の変哲もないおみくじのようである。そんなにこれが重要なものなのか、公時には疑問だった。女媧の未来がどうとかは、大袈裟に聞こえる。
公時は赤い包みからくじを取り出すと、丸まったくじを引き伸ばして開く。
「――凶じゃねぇか!」
おみくじの結果に、公時は思わず叫んでしまった。占いを信じてないとは言え、凶とか言われるとやはり気分は良くない。
突然の叫び声に、天照は怯えたように縮こまった。
「愚か者。大声を出すでない。天照が怖がっておるではないか」
「いや、悪かったよ。でもよ……」
「運勢はあまり気にするな。一週間もすれば変わる。それよりも、書いてあることをよく見よ」
おみくじには番号と運勢、和歌、待ち人や失せ物など、おみくじの定番が書かれていた。難しい言葉で書かれているため、内容はあまり理解出来なかった。
「方角……北がよし。旅行は難あり? 争いは……死中に活あり。恋愛、水場に行け。出会いがある……って、どうすればいいんだよ」
「おみくじは道標よ。上手く活用すれば道が拓け、危険を回避することも出来よう」
「まあ結局は占いだし、当たるも八卦当たらぬも八卦だけどね。ちょっとしたヒントだと思えばいいよ」
占いを貶めるような発言をする空亡を、天照と女媧が睨んだ。
「この世界では必要なことよ。量れぬ因果を推し量る、唯一の手段なのだ」
「とかくこの世界に、論理的なことは通じないからね。そう言った意味では、占いというものは
「そう言われてもなあ……」
占いに従って行動するなど時代錯誤というか、それこそ平安時代とかそれ以前の話に思えた。しかし、ここでは重要なことのようだ。
天照は不安そうに公時を見ている。そんな目で見られると、いたたまれない気持ちになる。
「分かった。天照、有り難く頂くよ」
公時はおみくじを折り畳むと、ジャージのポケットにしまった。それを見て天照の顔がぱっと明るくなる。実際の年齢は分からないが、子供らしい無邪気な笑顔だった。
「で、これからどうすればいいんだ?」
ここでの用はこれで済んだのだろう。おみくじも貰ったが、次は何をすればいいのか。
「そうだね。おみくじを見る感じだと……とりあえず北に行ってみようか」
「そんな単純でいいのかよ……」
確かに占いには北がいいと書いてあったが、あまりにも安直すぎる提案に公時は少し呆れた。
「まあまあ、悪鬼の手掛かりなんてそうあるものでもないさ。公時もここに来たばかりだし、ちょっとした旅行気分で散策してみようよ。丁度連れて行きたい場所もあるんだ」
おみくじに旅行は良くないと書いてあった気がするが、それは大丈夫なのだろうか。
旅行はともかく、公時はこの世界の地理について詳しくないことは確かだ。今のままだと一人で行動することもままならないので、行動範囲を広げていく必要はある。
「北ってどっちなんだ?」
「天岩屋の裏側にある路地から行けるよ。天岩屋は建物の面が、それぞれ東西南北を向いているんだ」
天岩屋を中心に四本の路地が伸びていた。それぞれの方角に向かいたいのであれば、対応した路地を進めばいいらしい。
唯一、南側だけは例外で、この世界の入口で行き止まりとなっている。そのため、さらに南に行く場合は天岩屋を経由して、別の道から行かないといけないそうだ。
「ここは全ての出発点になります。方角は重要なので、覚えおいて下さいね」
「ああ。天照、ありがとうな」
天照に礼を言うと、公時は空を見上げた。太陽の位置からして、まだ正午にもなっていない。この前に来た時は、天岩屋はすぐに閉まったが、この時間ならしばらくは開いているのだろうか。
「さて、北であったか。そろそろ行こうかの」
「何だ女媧、お前も来るのか?」
空亡は勝手に付いてくるだろうが、女媧が一緒に行く理由はないように思えた。
「まあ、暇だからの。それにまた伏儀がいなくなってしまってな。ついでに探そうと思うておる」
そういえば伏羲の姿がなかった。昨日は女媧と一緒に帰ったはずだが、またいなくなってしまったのか。
伏羲は昼は猫、夜は人になる不思議な男だった。戻って来るまで待てばいいと思うが、猫の時は伏羲の意識がなくなるため、元に戻った時は伏犠自身もどこにいるのか分からなくなっているそうだ。大の大人が迷子とは迷惑な話だ。
公時と初めて会った時は全裸だった。猫になった際に服をなくしてしまったのだろうか。
「そうだ。天照も一緒に行くか?」
公時は何気なく天照を誘ってみた。こんな狭い部屋に一日いるのも息が詰まりそうだ。早く寝てしまうとのことだが、まだ日も高い。この辺りを散策する時間ぐらいはあるだろう。
「お誘いが嬉しいのですが、私はまだ仕事がありますので」
天照は少し寂しそうに微笑んだ。
「そうか、残念だな。じゃあまた今度な」
さっきまでは多くの人が来ていたが、どうやら落ち着いたようだ。少しぐらいなら留守にしても良さそうなものである。きっと生真面目な性格なのだろうと公時は思った。
「――ことよ」
「女媧、何か言ったか?」
女媧が何か呟いたようだったが、内容が聞き取れなかった。
「何でもない、独り言よ。では天照、またの」
「はい。ありがとうございます。姉々もお気をつけて下さいませ」
「じゃあ、天照。お仕事頑張ってね」
「…………」
あからさまに空亡は無視された。空亡は特に気にした様子もなく、さっさと歩き始める。女媧も天照に手を振り、空亡に続いた。
「じゃ、じゃあ俺も行くわ」
「公時様もお仕事頑張って下さいね」
「ああ、任せとけ。天照、ありがとな」
天照が笑顔で応援してくれた。その気遣いが嬉しい。
公時は空亡たちの後を追いかける。天岩屋を左からぐるっと回り、北に続く路地へ向かった。
「ん、何だこれ?」
公時は建物の側面の貼り紙に気づいた。
立ち止まって見てみる。貼紙は上の方が破れてしまっていたが、下の方に漢字で文字が書かれていた。文字は筆で書かれており、かなりの達筆だ。
今更だがこの世界では日本語が通じるし、漢字も使われているのだなと思う。
「しゅてん……って読むのか?」
貼り紙には、朱点の二文字それだけが書かれていた。人の名前だろうか。二人に聞こうと思ったが、さっさと先に行ってしまっている。人を待つとか、そういう気遣いはないようだ。
後で聞けばいいと思い、公時は二人を追いかけた。
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