2-61 PM19:37/簒奪の勝機③

 ニコラの、その小さな眼差しを背中に感じながら、エヴァは次に打つべき一手を早くも実行に移していた。頭部から顔面にかけて負った損傷にムルシエラが気を取られている隙に、気絶したままのアンジーへ駆け寄る。ダウンジャケットのポケットをまさぐると、すぐに目的の物は手に入った。

 逃走用ヘリのイグニッション・キー。読みが当たっていたことに、ほっと胸を撫で下ろす。ギュスターヴと思しき男の姿が見えないが、もうそんなことはどうでも良かった。重要なのは、混戦の中で自分たちが一歩リードしているという自信を得ることだった。

「ヴィ! ヴィ! ヴィィィイイイイイイン!」

 突然の奇声に、驚いて振り返る。不意の痛みと屈辱を振り切るかのように、枯木のように細い、しかし強靭な鋼の鬼手を、ムルシエラが振りかざしていた。

 鋭利な五本の爪が、エヴァの白い喉元へと突き出される。だが届く寸前、反射的に手斧を構えたエヴァの目の前で、物凄い力に引っ張られてムルシエラの痩身が後方へ吹っ飛んだ。かと思いきや、今度は高々と宙へ放り投げ出され、凄まじい遠心力で地面へと叩きつけられた。

 見ると、真紅のコートごと、体が赤黒い触手の群れに絡め取られている。

「馬は片付けた。早くヘリを動かせ!」

 少し離れたところで、右手の平から渾身の血騰呪術アスペルギルムを発動しながら、ベルハザードが叱咤する。エヴァは弾かれるようにしてニコラの手を引くと、ヘリの運転席へ向かって駆け出した。

《斜陽の冠》は自前の飛行船を駆って、数多の都市を襲ってきたという歴史がある。より機動性を上げて、且つ場所を選ばない優位性を獲得するために、人間の飛行技術に関する見識も深めていた。人間世界のヘリコプターとは多少装いが異なるが、同様の航空機に触れ合う機会があったのは、乱獲士と護衛士にそれほど差異はない。

「ヴィィィイイイイイイン! ヴィィィイイイイイイン!」

 忌々しい触手をどうにかして解こうと、手足に力を込めてもがくムルシエラ。だが逃れれば逃れようとするほど、締め付けは強くなる。得意の音響攻撃を見舞おうとするも、翅の可動部に当たる油圧式のギアに触手がみっちりと絡みついているせいで、うまく擦り合わせることが出来ない。完璧に無力化されてしまっている。

 ベルハザードのファイン・プレーを横目で見届けながら、エヴァはイグニッション・キーに直付けされたワンタッチ式のオート・スライド・ドアスイッチを迷いなく押し込んだ。

 しかし、ヘリのドアが動く気配はない。

 にわかに焦りが生じる。

 何かの間違いだ。そう信じ込んで何度も強く押し込むが、それでもドアは沈黙したままだった。

「これじゃ、ない――!?」

 愕然――全身から血の気が引いていく。手の平に嫌な汗を掻く。悪意の哄笑が耳元で響いた気がした。振り出しに戻された。

「どうした!?」

 意識は捕獲したままのムルシエラへ向けながら、硬直したように運転席側のドア付近から動かない彼女の姿を見て、異変を感じ取ったベルハザードが大声で呼びかける。

「このヘリじゃない! 鍵が反応しないんだ!」

「大丈夫だ、落ち着け!」

 空いている方の左手を、振り返って叫ぶエヴァへ向けて突き出し、宥めるようなジェスチャーを取る。

「ドアもエンジンのキーも俺の触手でどうにかしてやる! 問題は――」

 何もない。そう口にしかけたところで、ひとつ、極めて重大と思える問題が鎌首をもたげていることに、ベルハザードは気づいた。標識灯の眩い赤光と、ヘリの尾翼部分が作り出す濃い影が重なり合う地点。そこに、いるべきはずの人物がいないことに。

「(まずい――!)」

 静かに息を呑む。見た目にも凶暴なムルシエラに気を取られ過ぎた。まさかこの短時間のうちに気絶状態から立ち直るとは。

「(それだけ向こうも、あの少女を捕獲するのに必死ということか)」

 鞭のように触手をしならせて再度ムルシエラを地面へ叩きつけ、能力を解除。すかさず夜目を効かしてヘリの周辺を探る。

 異変はすぐに目視できた。ヘリコプターの胴体部キャビンの下。人ひとりがぎりぎり入れる程度の高さ。不自然な盛り上がりが、二つの車輪型着陸装置の間に見て取れた。もぞもぞと不審な動きを見せている。

「エヴァ! 下からくるぞ!」

 急ぎ忠告を口にした直後、胴体キャビン下に身を潜めていたアンジェラ・ミキサーが、タックルの要領でエヴァの下半身に組み付いてきた。獰猛な肉食獣の飛び掛かりを彷彿とさせる素早さだった。

 虚を突かれたエヴァは、たまらずバランスを崩し、後頭部をしたたかに地面へ打ち付けるかたちで、仰向けに倒れ込んだ。

 目の奥で瞬間的に飛び散る白い火花。作業着越しの背中に感じる冷たい打撃。頭皮に食い込む、硬くて鋭い不快感。これまで一度も経験したことのない肉体への負荷感覚。これが「痛み」だと、己であって己ではない本能が囁く。

 馬乗りの姿勢になったアンジーは、血走った眼差しをエヴァへ向けていた。歪に上がる口角。濡れ光る前歯が剥き出しになる。いつの間に抜き取ったのか、左手に握られた自動拳銃の照準は、エヴァの首の付け根へぴたりと向けられている。

 乾いた銃声が闇夜を裂く。硝煙の匂いが風に流される。

 血飛沫は飛ばなかった。代わりに、金属が硬い何かに当たって跳ね返る音が響いた。

 刹那の防御――ベルハザードから武具を借り受けていたことが功を奏した。咄嗟の機転で左手に持っていた手斧を自身の首元へ引き寄せ、盾の要領で防いでみせたのだ。

 弾かれた銃弾は明後日の方向へ転がっていった。真っ赤な弾頭部分が見事に潰れている。分厚い斧刃に阻まれたとはいえ、それは貫通力の低さを確かに物語っていた。体内に留まることで、肉体に恒常的な悪影響を与えることを主目的とした対鬼血人ヴァンパイア用の輝灼弾。アンジーは胴体キャビン下へ潜り込んですぐに、弾倉をそれまでのノーマルなタイプから換装していたのだ。

 仕留め損なってもなお、アンジーは凄絶な笑みを浮かべたままだった。言葉にできぬ憤怒と憎悪がない交ぜになった瞳が、こちらを見下ろしている。

 動機が高鳴り、エヴァの背筋を得体のしれぬ怖気が超速で走り抜けていった。下半身にかかる、信じられないサイボーグの重量感。封じられた身動き。パンク、リガンド、ヴォイド……彼らを相手にした時でさえ、こんな状態にはならなかった。ただの家畜でしかない人間を相手に、こんな気分に陥ることも。

 蹂躙されるという恐怖を搔き消すように、エヴァの本能が跳ね起きた。アンジーの首元へ目掛けて、反射的に手斧を振り抜く。

 だが、機先を制したのはアンジーの方だ。すかさず左肘を前へ突き出し、エヴァの左腕を受け止める。半円を描きかけていた斧刃の軌道が止まる。

 エヴァの心中にかつてない焦慮が生まれた。どれだけ腕に力を込めても、まるでびくともしない。逆にじりじりと押し返される始末だ。今は人間並みの膂力しか持たぬ彼女に、サイボーグが誇る腕力を覆す術はなかった。

「この死に損ないのバケモノが……ッ!」

 粘ついた泥のような恨み節を吐き連ねながら、拳銃を右手へと持ち代える。鉄橋の一件で負傷したとはいえ、トリガーを引く程度の力は指先に残されている。

 銃口を左前腕部へ強く押し当てると、アンジーは躊躇なくトリガーを引いた。壁に鉄の杭を力強く打ち付けるような音。瞬間的ながら激しい響きが存在感を示すようにヘリポートに木霊するも、それはエヴァの絶叫に上書きされた。

 左袖がじわじわと赤黒く染まっていく。気をやってしまいかねないほどの熱さが左腕に刻まれる。それこそが激痛を感じた証拠。鬼血人ヴァンパイアが無節操に人体を蹂躙するたびに、無意識のうちに搾取し続けてきたものだった。食い荒らされた死者の体には、虚無しか残らない。そのことを強く意識させる「痛み」だった。

 喉の奥が乾いていく。びっしりと浮かんだ脂汗がこめかみを垂れる。先ほどの転倒とは比較にならぬほどの本物の《痛み》に晒されて、肉体がおかしな反応を示している。

 だが、迫りくる死の気配に苦しみ、抗うような反応を見せれば見せるほど、それは強烈に生きようとする意志を、アンジーへ見せつける格好となった。

 だからこそ、彼女は銃を握る手を震わせながら、激しく困惑した。

「……! どういう……!?」

 驚愕と疑念に、かさついた唇がわななく。

 輝灼弾の致死効果は撃ち込む箇所に依存しない。鬼血人ヴァンパイアの体内で強力な溶血作用を引き起こす効果は急所であろうとなかろうと関係ないはずだ。他ならぬ弾薬の提供者が……ギュスターヴが口にしていた内容を脳裏で反芻。

 まさか謀られたのか? いや、そんなはずはない。

「エヴァッ!」

 いま、まさに自分が組み敷いているの名前を呼ぶ声。右方向を振り向く。眼前に飛び込んでくる赤黒い触手。慌てて馬乗りの状態から、左にすっ飛ぶようにして回避。四本の触手は追撃することなく、起き上がりかけたエヴァの体へ巻き付いて、先端部の形状を変化させていった。団扇のような平べったい形へと。それらが折り重なり、左腕を押さえるエヴァを包み込むように防護。

 空いた方の手に正四面体を展開。飽きずに四本の触手が伸長。回避直後に起き上がったアンジーへ向けて間髪入れずに猛烈な刺突を繰り出す。

 アンジーの応戦。右眼に搭載された照準補正機能をオートで起動。立て続けに発砲した。パンクほどではないにしろ、精密且つ機敏に放たれた四発の輝灼弾が、それぞれ四本の触手へ食い込む。と、その動きに若干の陰りが見えた。ベルハザード当人には無論のことダメージは与えられないが、血を元手に発動した呪術であるからか、輝灼弾の溶血作用は血騰呪術アスペルギルムにも何かしらの影響を及ぼすようだった。

「(この女も、あの血色の弾を……)」

 真紅の弾丸を撃ち込まれる度に鈍化していく触手を前に舌打ち。最下層のバーでの一件を思い出す。この都市の人間たちは、まだ悪夢から目覚めずにいる。そうさせたのは自分たち鬼血人ヴァンパイアだという自覚はあるが、罪の意識は全くない。

 横を見ると、ニコラが眠たそうに瞼を擦っていた。続いて、ふわぁ、と退屈そうに欠伸を一つ。場違いなその態度に、ベルハザードは眉をひそめた。

「(なるほど、エヴァから聞いた通りだ)」

 この期に及んでこの透かしっぷり。どこまでも中立で、どこまでも無関心。奇跡をもたらす少女という喩えも、納得がいく。人が奇跡を欲することはあっても、奇跡が人を欲することはないからだ。本当に、純粋な意味で、必要だから付いて回っているだけに過ぎないのだろう。随分と利己的な性格の奇跡もあったものだと思う。

 いや、違うな――苦笑が浮かぶ。

 奇跡は利己的でなくてはならない。そうでなければ困る。

 なぜあの時・・・、太母やコロニーを救ってくれなかったのかと、責任を転嫁したくなってしまうから。

「伏せろ!」

 背後からエヴァの指示。反射的に腰を下げるベルハザード。その拍子に、二発の銃弾が頭上すれすれを掠め飛ぶ。尾翼部分の垂直安定板に跳ね返って火花を散らす。輝灼弾。アンジーの立つ位置からは逆方向から飛んできた。

「ヴィ……! ヴィィィ……! ヴィィィイイイイイイン!」

 上体を起こしたムルシエラが、ローブの内ポケットから取り出したであろう自動拳銃を、こちらに向けて構えていた。周囲を警戒していたエヴァの声が無ければ背中を撃ち抜かれて、今頃は灰と化していたに違いない。

「ヴィ……! ヴィィィ……!」

 ムルシエラの四枚翅の可動部は、そのすべてが触手の尋常でない圧力を受けて歪が生じていた。おかげで、どう頑張っても擦り合わせることができない。音響攻撃はもう使えない。だがこれ・・がある限り、まだ貴様ら夜の眷属たちと渡り合えるのだぞ……そう挑発するかのように、割れた口吻の隙間を縫うように真っ青な舌が伸び、唇に垂れる血を舐めとる。

「次々と邪魔くさい……!」

 三つ巴の乱戦を前に、アンジーが眉間に皺を寄せる。彼女の思考は虫食い状態だった。理解できる部分とできない部分の乖離が大きいのだ。

 鬼血人ヴァンパイアに対する輝灼弾の効果は、ひとまず有効であるらしい。眼前でその力を失いつつある極太の触手群がその証拠だ。ではなぜ、あのメスの鬼血人ヴァンパイアは死なないのか。

 あの不気味なセミのような人間、見たところ音響攻撃を封じられているようだが、他に何か奥の手はあるのか。皆目見当もつきやしない。それに、クリムゾンの一人と格闘中のパンクは何をしているのだろう。無事なのだろうか?

 だがなによりも、早急に解決しなければならない問題は別にあった。

 ――このヘリじゃない! 鍵が反応しないんだ!

「(あのクソ諜報員、いい加減なことを!)」

 意識回復のきっかけになったエヴァの叫び声を思い出しながら、この場にいない男へ心中で悪罵をぶつける。ジョシュア・ブレンド。まさに名前の通り、場をいたずらに掻き回すブレンドだけ掻き回して、行方を晦ました許し難い男。恐らくはもう、グラウンド・ヒルから脱出した後に違いない。

 アンジーは拳銃を触手へ向けてじりじりと後退。視界を確保してから、ちらりと目の端を右へ向けた。三角屋根の倉庫。まるで何かを封印するかのように、ぴっちりと下ろされたシャッター。

 今は亡きオーウェルの情報を思い出す。残りの二機はきっとあの倉庫で眠っているに違いない。キーが合致するのは、そのうちのどれか一機。シャッターを開ける手段は後で考えるとして、奪われたキーを取り戻す算段を考えねばならない。

 だがどうやって? 毒霧を散布する手法が最も手っ取り早く、最も使い慣れた手段ではあるが、相手が優れた異物排出機構を持つ鬼血人ヴァンパイアである以上、決定打に欠ける。やはり輝灼弾で仕留める以外にはないように思えた。しかし、近くにはクリムゾンが陣取っている。奴の鋼の肉体を持つ狩人相手に、貫通力の低い輝灼弾では心もとない。最小の労力で最良の結果を得るのは難しそうだ。

 ならば、透明度の低い毒霧を一斉に散布し、目くらましに乗じて鬼血人ヴァンパイアを輝灼弾で斃す。その後、毒霧の指向性を操作してクリムゾンを苦しめ殺す。鍵を奪うのは邪魔者を消してからだ。

 思考を研ぎ澄ませて戦術の方針を即座に打ち出し、いざそれを実行に移そうとした時だった。五メートル先、左前方付近で、何か重いものがぼとり・・・と落ちる音がした。

 アンジーは即座に音のした方へ向けて、ほとんど反射的に弾丸を撃ち込んでいた。それが何なのか、仔細に確認することもなかった。極度の緊張状態と、刻一刻と変化する戦況で常に意識を更新していくよう己に課したハンターとしての習性が混じり合ったがゆえの攻撃的反応だった。

 だがしかし、標識灯の赤光が深い陰影を剥ぎ取り、撃ち抜いた《それ》の正体をほのかに露わにした瞬間、アンジーの全身が総毛だった。思わず慟哭の叫びを上げそうになった。

 恐怖と絶望の瞬間を剥き出しの瞳に永遠に刻まれた、まごうことなき死相。蝋のように生気を欠いた肌。乾いた血に汚れているのは、頭部に刻印された凶暴にして孤独な生き様を示す入れ墨――パンクの生首だった。額に穿たれた赤い点から、ちろちろと蛇の舌のように、血が垂れ落ちている。

 続いて、またもやぼとり・・・と音が聞こえた。パンクの生首のすぐそばに、それは転がった。かつて最も信頼を寄せ、最も心を許した男の生首が。虚無に囚われ続け、しかし最後には、己の魂を取り戻した男の慣れの果てが、アンジーの見開かれた瞳へと、食い込むように映り込む――

 フラッシュバック。目の前に転がる男たちの生首が、なぜか、かつて自分が犯してしまった逃れ得ない罪と重なる。

「あ……あ、あ……」

 痙攣する喉の筋肉。言葉にならないうめき声が漏れる。補給基地での悪夢が甦る。窓が開け放たれた共同部屋。復讐のために犠牲にしてしまった、年端もいかない少女たちの屍。

「……仲間の首か」

 立ち竦み、すっかり気力を失ったアンジーの様子を見て、ベルハザードがひとりごちる。

「ハンター風情が、ずいぶんとこちらの手を煩わせてくれたものだ」

 重い岩が転がるような声。それは決して大きな声ではなかったが、ベルハザードとエヴァは、ただならぬ予感を覚えて後ろを振り返った。視線の先、およそ五十メートル。立ち上がったムルシエラの傍らに、真っ赤なレザージャケットとレザーパンツ姿のブロンド長髪の男。黒革のグローブに覆われた両手。何かの感触を確かめるかのように、力強く握り拳を形作る。その荒涼とした茫漠の瞳は、戦気を喪失したアンジーには目もくれず、長年恋い焦がれていたであろう、人の姿形にして人外の者らへ注がれている。

「久しいな、夜の眷属たちよ。だが、今は喜ばしい再会に咽び泣いている場合ではない」

 ボルケイノ・ザ・ノックス――彫りの深い顔立ちに浮かぶ、不敵なアルカイック・スマイル。その表情の僅かな変化を見ただけで、ベルハザードはもちろん、エヴァでさえも確信した。

 こいつが《緋色の十字軍クリムゾン・バタリアン》の首魁に相違ないと。

 睨み合う四つと二つの眼。

 ボルケイノの視線が、左へ泳いだ。

 その先にあるのが何なのか、ベルハザードは知っている。自分がさっき殺したばかりの人馬一体の狩人。その見るもおぞましい凄惨な死体であると。

 ボルケイノの目元が、ひそかに震えた。戦場で仲間の死を悼む挙措。センチメンタルな振る舞いが自然と出来てしまうその傾向を、余裕から来るものと見るか慣れと見るか。恐らくは後者だろうとベルハザードは当たりをつけ、だからこそ・・・・・奇襲をかけた。この混沌としたダイス・ゲームにおいて、一足先にあがるために。

 右手と左手を同時に素早く繰る。まずは輝灼弾の効果で鈍重とした触手を即座に切り離し、新たに生やした触手の先端部で、意気消沈としたままのアンジーを引っかけ、ボルケイノたちへ向けて投擲。間を置かずして、今度はオクトパシーの千切れ飛んだ上半身を伸ばした触手で掴み、ゴミ袋でも放り投げるかのように投げ放った。死者に対する一切の敬意を捨てた攻撃手段。仲間意識の強い狩人たちに対する、精神的なダメージも考慮しての奇襲。

「エヴァ! 立て!」

 叱咤の声を上げ、左手を彼女の右脇の下に通して無理やり起き上がらせ、右手を運転席ドアのカギ穴へ近づける。触手を展開・変形。その先端部が、まるでスライムのように鍵穴へ浸透。瞬く間に構造を記憶。右手を軽くひねり、ロックを解除。人外のピッキング。

「すまねぇ、ベル」

「御託はいい。さっさと乗り込め。ほら、お前も」

「ちょっと! 押さないでください! 狭っ苦しいんですけど!」

 エヴァと二コラを助手席へ押し込む。ちらりと敵方の様子を伺う。アンジーとムルシエラが揉みくちゃになって争っている。ボルケイノは、うまいことキャッチしたオクトパシーの亡骸へ、じっと視線を落としたままでいる。強襲をかけてくる気配はない。

 だだ、隠しきれない濃密な殺意だけが、見えない波動となってベルハザードの横っ面を叩いた。それだけは確かな感覚だった。

「(少々、刺激し過ぎたか)」

 焦る気持ちを宥めつつ、操縦席へと乗り込む。触手のキーで点火。ターボシャフトエンジンが作動。メイン・ローターとテール・ローターが回転速度を速め、ブレードが大気を切り裂く。操縦席の左に設置されたコレクティブ・レバーを操作。ブレードの角度を調整し、揚力を増加――離着陸用の車輪が、宙に浮いた。

「やった!」

 左腕の痛みも忘れて、思わず歓喜の声を漏らすエヴァ。

 しかし、ベルハザードの表情は、以前として険しい。

「どうした?」

「……何か来るぞ」

 その言葉が呼び水となったのか、不安を覚えて窓の外を見たエヴァの目に、異様な光景が飛び込んできた。

 上空から輝いて降り注ぐ、流れ星のような一条の火線。それは三角屋根の倉庫へ鋭く直撃して、盛大な轟音と爆発をあたりにまき散らした。

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