1-9 なりたがり屋のルル・ベル②

「どこから話せばいいのか、ちょっと迷っちゃうんだけど……そうだ。ねぇ、地中から汲み上げられた過脊燃料ギャソリンが、どういう過程を経て他のエネルギーに変換されているかは知ってる?」

 その会話を起点として進めていけば、彼女の依頼の真意が分かるのだろうか、などと考えてから、ラスティは口ごもり、質問の中身を頭蓋のへりに浮かべてみたが、輪郭はあやふやで、つまり答えられなかった。

 上層も最下層も関係なく、プロメテウスのエネルギー事情を一手にまかなっているのが、万能資源と称される過脊燃料ギャソリンであることは、むろん承知している。だが、それがどんな過程を経て二次エネルギーへ転換され、街中に張り巡らされたケーブルをつたって一般家庭へ供給されているかは、あまり考えたことがない。コンピューターの存在は知識にあっても、その基本構造が理解できていないように。

 場を乱した二人の客が、筋骨隆々とした体格のアルバイターに首根っこを掴まれ、外へ放り出される姿をルル・ベルの肩越しに見届けてから、ラスティは口をきった。

燃料精製所ギャソレイトで液状に加工されて、保管用タンクごとコンテナにまとめられて、トレーラーに詰め込まれて……その後の事は知らないな。考えたこともない」

 知った被りはせず、素直な感情を口にした。どうせまた、無知な自分を色々となじってくるのだろうと少し辟易としながら。

 しかし予想に反して、ルル・ベルは「そう」と、特に呆れるような風でもなく淡々としていた。それから、食事をする手を一旦止めて、慎重に言葉を選びながら、滔々とうとうと説明をしだした。

「トラックで運び出された過脊燃料ギャソリンは、階層間エレベーターを使って、レーヴァトール社が管理する最上層の貯蔵施設へ送られるんだ。そこを拠点として、各階層へ二次エネルギーを分配するシステムになっているの」

 分配、とルル・ベルは表現したが、それはもちろん『等分配』とイコールの意味ではないことを、ラスティは身を以て知っている。最下層に供給される家庭用二次エネルギー量は都市公安委員会の方針で非情なほど厳格に定められ、中層や上層、そして最上層のそれと比べてもずっと心もとない。

 プロメテウスのエネルギー産業は、企業連合体が小売市場まで独占している状況である。その音頭を取っているのが、都市最古の企業・レーヴァトール社だ。その怪物的規模を有する巨大企業が、都市公安委員会とも親密な関係にあることは都民にも知れている。

 しかしながら、委員会との癒着に疑義を申し立てたところで、最下層に住む弱者の声はかき消されるだけだ。今では面と向かって、レーヴァトール社を批判する論客など、メディアの中にさえほとんど存在しない。異議を唱えたらどんな目に遭うか、前例があまりにも多すぎたせいで。

 ルル・ベルは、鼻息荒く熱弁を振るった。

「わたしが所属する三統神局ゲル・ニカは、これまでずっと、企業連合体のエネルギー独占姿勢を厳しく批判してきた。特に、中心企業のレーヴァトール社をね。それで時々、奴らや、奴らの後ろ盾でもある都市公安委員会の連中と小競り合いを起こしてきたの。もちろん裏で色々工作して回っているから、表になんて出ないけどね。私たちは言うなれば、か弱き都民の刃の代わりとなって活動しているってわけ」

「それは、あくまで表向きの話なんじゃないのか?」

 先端の汚れたフォークでルル・ベルを差しながら、ラスティは醒めた調子で言った。

「利己的な目的が別にある。アンドロイドの活動源となるハイドレーションの安定供給路を確保したいってところが、本音じゃないのか」

「もちろん、アンドロイドであるわたしたちだって、れっきとした生き物だもの。ご飯がなくちゃ生活できないよ。生活の為に必要なハイドレーションやその他のエネルギーは、僭主様の素晴らしい政治手腕と、これまで局が開発してきた様々な技術を企業連合体の一派閥に提供する見返りとして、優先的に供給してもらっているけれど」

「君たちにエネルギーを横流しする企業があるのか」

「シルバー建設、アーバン・エンタテイメント社、メスメティウス電脳技研……いろいろとあるよ。企業連合体あそこも一枚岩じゃないから。でも、未だにレーヴァトール社の影響力が強いのは事実。逆に言えば、レーヴァトール社とその取り巻きを叩き潰せば、エネルギー自由化は速やかに進むって、僭主様は睨んでいる」

「そのためなら、どんな手も使う。それが三統神局ゲル・ニカの方針なのか?」

「そうそう」

「それじゃあ、まるで企業テロの真似事じゃないか」

 ラスティの責めるような言い方を心外だと感じたのだろう。

 ルル・ベルは、大袈裟なほど目を丸くした。

「でも、ハンターだって、似たような事をするよね?」

「俺達には仕事という業務上の理由がある。だが、君たちの方が『エネルギー自由化』という大義を笠に着てやっているぶん、ずっと質が悪い。どのみち、上手く行かないだろうし、成功したところで何も変わらない」

「僭主様は間違ったやり方を絶対にしない人だよ。一方的な憶測で語らないで」

「いや、言わせてもらう。そんなやり方じゃ、都民に恩恵が下るとは限らないだろうな」

 特にこれといった感情を露呈することもなく、ラスティは静かに言い放った。

「なんで言い切れるの?」

「きな臭いからだ。人間は、善性の奥に悪性を隠している生き物だ。一見して利他的に見える行動も、実は利己的な行動に繋がっているという場合が多い」

「わたしたちが、エネルギー関連の利権を買い上げるだけだと疑っているの? そんなの誇大妄想が過ぎるよ。トップの首を挿げ替えただけで、システムは現状維持なんて。そんなことをしたら反感を食らって、組織が立ち行かなくなる」

「君の意見はともかく、上でふんぞり返っている奴はそれでいいと思っているさ。権力者という生き物は、下々の都合なんか考えやしないのだから。それに、三統神局ゲル・ニカがエネルギー業界を支配したら、過脊燃料ギャソリンの変換リソースをハイドレーション側に割き過ぎて、今まで以上にガスや電気の供給量が不安定になるかもしれない」

「さっきから勝手な事ばかり言って……僭主様をこれ以上侮辱したら、いくらあなたでも、ただじゃ済まさないよ」

 ルル・ベルの眉間に深い皺が寄った。怒気が顔に滲み出ている。大切な者を馬鹿にされた時に見せる、後先を考えない怒りの発露である。

 言葉の地雷を踏んだ感覚はあった。それでもラスティは、遠慮や臆するという言葉を忘れてきたかのように、ずかずかと相手の言質を割っていく。

「先ほどから話に出ている『僭主』というのが、君たちのボスか」

「そう。プロメテウス建都の初期から、都市の上層で辣腕を振るっているお方。かつてこの世界に到来したとされる異世界転移者(デジョン・シフター)の末裔。先祖を辿れば、レーヴァトール社の創業者とは兄弟関係にあるって言われているけれど、あの人はいつだって、恵まれない人達の苦境を心の底から案じている。この超々高層階級都市に君臨する救世主メシアにして、偉大なる神の声の伝道者アヤトラだよ」

 異名にしては仰々しいにもほどがあると、ラスティは感じた。言葉にしなかったのは、それを口にしたら取り返しがつかないくらい、ルル・ベルが激怒するのが目に見えていたからだ。

「僭主様の願いを叶える為にも、三統神局ゲル・ニカはレーヴァトール社を打倒してエネルギー自由化を達成し、最下層の都民に『恵まれた生活』を実感させる必要がある。でも、それで終わりじゃない。やがて、彼らは知ることになるよ。物質的快楽を幾ら貪ったって、本当の幸せには辿り着かないことを。そこで、精神的豊饒性を得ることの方が重要であると教え込む。その普及の為に、魔導機械人形マギアロイドは造り出されたんだ。精神的豊饒性を得るのに何が必要なのかを学べば、この都市は清潔さを取り戻せる」

 ラスティは動物実験に取り組む研究者のようにルル・ベルを注視し続けたが、当の本人は見られているという意識がないのか、懸命に舌を回し続けた。どうやら、一度喋り出すと止まらないタイプらしい。神の為に身を粉にする献身的な信奉者。視野狭窄の宗教勧誘。そう見られても仕方ないほどの力の入れ具合だった。

「なるほど」と、話を聞いてラスティは淡泊な相槌を打った。「ここにきて、君たちの組織とレーヴァトール社、ひいてはその取り巻きの企業と、バックにいる都市公安員会との対立構造が見えてきたな」

「もうずっと続いている。わたしが生まれる前からね。でも、いつまでも計画を先延ばしにするわけにはいかない……わたしは何時ものように僭主様に命じられて、運動の一環として、仲間を引き連れてレーヴァトール社が抱える貯蔵施設と、エネルギー供給量を調整しているディバイド・シュミレーター施設を襲撃したんだ。それが、今から数時間前の話だよ」

「その時に、何かがあったんだな?」

 話が本筋に戻りかけているのを意識して、ラスティの眼差しが真剣さを帯びる。ルル・ベルは頷き、それから何かを惜しむように、長い睫毛を震わせた。

「わたしが率いていた魔導機械人形マギアロイドの部隊と、レーヴァトール社の警備部隊が戦闘を継続している最中に、突然、現場に乱入してきた奴がいたんだ。わたしは直ぐに方針を変え、その乱入者を迎え討った。向こうの警備部隊も、こちらとの戦闘を一時中断して、乱入者を討伐しようとした……でも無駄だった。戦闘はたったの三分で終了した。警備部隊の全滅という形でね」

「企業連合体が保有する私設部隊が、全滅?」

 ありえない、との思いがラスティにはあった。機動警察隊クリミナルに匹敵する人員と、強力な武装を誇ることで知られる大企業の私設部隊が膝を屈するなど、そう簡単にあることではないからだ。

「何者だ、その乱入者というのは」

「……カイメラ」

 ラスティの電子義眼が、わずかに緊張の色を帯びた。驚きで、唇が少し開いた。この場でその名を聞くことになるなんて、これっぽっちも頭になかったと言わんばかりの反応だった。

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