第3話 優しい狩人

 冷たい雫がカボチャに落ちる。

 頭を伝い、目を伝い、ハロウィン・ホロウも涙を流す。次から次へと流れる涙。それは、私のものか。ホロウのものか。

 俯いた視線をホロウに向けた。潤んだ視線に映るホロウは、ぐよぐよしていて人型とは思えないほど歪んでいた。その両腕に抱かれた可愛い包みのキャンディからはフルーツの甘い香りが漂ってくる。

 食べたい。口に含んで転がしたい。

 泣き疲れた私にとって、甘いキャンディはとても魅力的なものだった。子供が目を輝かせて喜ぶはずのキャンディ。どうやら私も、まだまだ子供だったらしい。

 死んだ母に会いたい。


「アワセテ、ヤロウカ?」


 不意に語りかけてきたのは、私に抱かれたカボチャの頭だった。


「オレハ、オマエノ、ハハオヤヲ、シッテイル」


 私は恐怖に震えた。噂に名高いファントム・ホロウ。滑稽な姿だが、その一派であるハロウィン・ホロウが口を開いたのだ。

 殺される。

 殺される!


「アワセテ、アゲルヨ。ソノアメヲ、オタベ」


 食べたらどうなる?

 私は死ぬのだろうか?


「ドウシタ? ハハオヤニ、アイタクナイノカ?」

「オレガ、カワヲ、ワタシテヤロウッテ、イッテルンダゼ?」

「サァ。サァサァ」

「サァサァサァサァ!」


 キャンディも次々と口を開けて私を誘う。

 ホロウを抱えていたはずの手のひらには、いつのまにかキャンディが握られていた。


「アマァイ、アマァイ、キャンディダヨ」

「ミジメナ、セイカツカラ、ヌケダソウ」

「サヨナラ、サヨナラ」


 私はハロウィン・ホロウに促されるまま、キャンディの封を開け、中身を口に含んだ。ゆっくり、楽しむように、舌で転がして、甘美な風味を、味わった。

 気持ちだけがフワリと浮き上がったようだ。体は鉛のように重く固まり、全身の感覚は次第に鈍くなっていく。

 これが死か。

 そう悟ったのは、だった。

 死んだ母もこんな気持ちだったのだろうか。

 いい気持ちだ。安らかだ。もう何もしたくない。


「タベタ! タァベタ!」

「コレデオマエハ、オレノモノ!」

「サァ、ハハオヤニ、アイニイコウ」

「カワヲワタロウ!」

「デモ、ソノマエニ」


 ハロウィン・ホロウは1つのキャンディを口から取り出して私に渡した。

 包みには髑髏が描かれており、臭いも悪い。何かが腐ったような臭いだ。先程食べたキャンディとは正反対の代物を渡され、呆然とする。


「カエリタクナッタラ、オタベ」

「オレハ、ココデ、マッテイル」

「マチマデ、オクッテヤロウ」


○○○

 さて、少女はこの後どうなったのでしょうか。

 無事、母親に会えたのか。

 それとも、会えなかったのか。

 いや、会わなかったのか……。


 腐ったキャンディは食べたのでしょうか。

 キャンディを食べて、元の世界に蘇ったのか。

 それとも、死んだままなのか。

 魂はどこへ行ったのか……。


 彼女の行方は誰も知らない。

 それは、また別のお話。

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ハロウィン・ホロウ えすの人 @snohito

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