第2話 街の乞食

 右から聞こえるは侮蔑の声。左から聞こえるは怨嗟の声。

 打撲が痛み、切傷が膿み、擦り傷からは血が滲む。

 貧相な布きれ纏い、寒さに体を蝕まれる日々。

 その眼に映るは金とパン。

 暴力、窃盗、強奪、裏切り。生きるためなら外道にもなる。

 外道にならねば生きてはいけぬ。この街では生きてはいけぬ。


 しかし、私は外道になれなかった。

 非力な腕では力で勝てぬ。遅い脚では逃げきれぬ。

 モノがなければ脅迫できぬ。邪心がなければ裏切れぬ。

 この街でずっと私はだった。でありたかった。


 遠い記憶の幼き日の、母の教えが私を引き止めた。

「リョウシン……優しい心をどうか無くさないでちょうだい。困っている人を助けてあげて。悲しむ人を慰めてあげて。決して人を恨んではいけない。決して人を憎んではいけない。全てを受け入れられる、綺麗な人になってちょうだい。たとえそれが、どんなにつらいことであっても」

 母はその言葉と私を残して、この世を去った。

 叶うなら、もう一度会いたい。


 生者と死者の世界を隔てる境界は、あまりにも曖昧で透明だ。

 厚いのか薄いのか。高いのか低いのか。私にはわからない。

 しかし、境界の飛び越え方なら知っている。

 生きているのなら、必ず越えられる壁なのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る