ハロウィン・ホロウ

えすの人

第1話 首無しパンプキン

 ホロウの噂を知ってるか?

 首無し騎士のデュラハン・ホロウ。

 光る眼をした馬に乗り。

 己の首を小脇に抱え。

 次から次へと人を狩る。

 残虐非道の亡霊ファントムさ。

 腹斬り、人斬り、首を斬り。

 老いも若きも男も女も。

 みんな平等に価値がない。

 みんな平等に斬り捨てる。

 血も涙も慈悲も情けも容赦もない。

 霧のたち込む森の奥深くで恐怖の叫びが木霊する。


 と言うのはすべて噂に過ぎない。事実はこんなに角ばったものではない。実際はもっと丸くて可愛らしい。デュラハン・ホロウはみんなが言うほど恐ろしい存在ではない。

 そのことは私の目の前にいるが証明している。

 光る眼をした馬の代わりに、お菓子でできた四つ足の生き物に跨っている。キャンディ、クッキー、ドーナツ、チョコレート、ジェリービーンズ等々。子供であれば目を輝かせる代物ばかりだ。この生き物が何であるかはわからない。馬に似せた形跡はあるが、明らかに私の知っている馬とはかけ離れた形をしている。そもそも「四つ足の生き物」というところ以外馬の面影はない。これをと認識できるのは私くらいだろう。

 そして最も重要なデュラハンの部分だが、こちらも音に聞くものとは大きく異なっている。噂に聞くのは「首無し騎士」。だけどこいつは首無し道化師ピエロだ。愉快で剽軽な笑われ者はひらひら縞々の服を着てお菓子に跨っていた。ずんぐりむっくりとした体からは、心なしかポップコーンの匂いが漂ってくるようだ。サーカスの帰りなのだろうか。

 そして腕に抱えた彼の首。それは確かに首だった。首だったのだが――。


 カボチャでできたジャック・オー・ランタンだった。


 私はとっさに「ハロウィン・ホロウ」という言葉が頭に浮かんだ。浮かんだだけではなく、実際にポツリと声に出してしまった。

 擦れた声に気づいたのか、ホロウはこちらを認識したかのようにカボチャの首をこちらに向けてきた。まじまじと見るとおっかない顔をしているが、お菓子の馬に跨っている姿と漂うポップコーンの匂いのギャップが可笑しくてたまらない。ホロウのカボチャもにっこりと笑っているようだった。

 途端、摩訶不思議なことが目の前で起こった。ハロウィン・ホロウの存在自体が摩訶不思議現象ではあるが、それ以上に信じられない出来事だった。なんと、カボチャの口からじゃらじゃらとキャンディが流れ出てきたのだ。ポップコーンの香ばしい匂いから一転、辺りはキャンディの甘い香りに包まれた。ハロウィン・ホロウはお菓子の馬から降り、自分の頭をそっちのけに零れ出たキャンディを両手でかき集め始めた。ごろごろと転がるホロウの頭は、二転三転またまた転がり私の足元へと転がり込んできた。キャンディはもう零れていないが、笑顔は崩れていない。ランタンとしては眩しすぎるくらいの笑顔だった。

 ホロウに対する警戒心を解いた私は、彼の首を拾い上げると両手で抱えてキャンディを集める彼の本体を眺めた。わちゃわちゃと慌てたようにかき集めるその姿は、さながら石畳にばら撒かれた小銭を集める乞食のようにも見える。大変可愛らしい。可愛らしいが――。


 ――何故か涙が溢れてきた。

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