放課後狂想曲

やおき

第1話


「はぁ....はぁ....」

 自分の鼓動が聞こえるほどに早くなっているのが分かる。額からはべっとりと汗が垂れ、足は全速疾走したせいでピクピクと震えている。

 壁にもたれかかり呼吸を整えて、身体を落ち着かせる。ゆっくりと壁から顔を出し走ってきた廊下を見渡した。追っては来ていないことを確認して安堵のため息をつく。

「なんだったんだ。いったい…」

 今から数分前の出来事を思い出してみる―


∵  ∵ ∵


 夕日がゆっくりと沈んでいくと空は赤と黒が入り交じった色を帯びていた。窓から差し込む光は学校の廊下を赤く照らしていつもと違う雰囲気に満ちていた。

 反射した光が眩しくて手で顔を抑えて目を細めながら廊下を見渡している。

「ここも綺麗でいいな。一枚撮っておくか」

 ポケットから携帯を取り出しカメラのアプリを開いた。ぶれないように両手で携帯をおさえながら一歩後ろに下がって、撮る角度やタイミングなどをはかっている時だった。

 誰も居ないはずの教室から机を蹴ったような大きな音が聞こえてきた。

「何の音だ?」

 驚いて写真を撮るのを中断する。何の音だったのか疑問に思い携帯をポケットにしまい音が聞こえた教室方へと歩き出す。

 教室のドアに手をかけゆっくりと開く。中は電気が消えていて真っ暗だった。顔だけ出して中を確認する。

 教室の中は人の影も気配も無かった。

「なんだよ。誰も居ないじゃないか」

 軽くため息をついた。

「聞き間違いかな・・・」

 扉を閉めようとしたドアに手をかけた時だった。目の前に滴が落ちてきた。

 ポタポタと天井から水が滴り落ちてきている。

「なんだ。この水」

 手の平で水を受け止め天井を見上げてみる。

 天井を覗いた彼は目を見開きその場に転がるように倒れた。

 天井には口を大きく開けた女がはりつきこちらをじっとみているのだ。壁を徘徊する蜘蛛のように天井にはりついていた女はゆっくり地面に降りてきた。

「ア"ァ"....」

 口を開けたままゆっくりと床を這いずってくる。

「っ....あっ....!!」

 声を出そうにも声は出ず、腰を抜かし逃げようにも立ち上がれない。腰を引きずりながら後ろに下がっていく。逃げるように下がるが壁にぶつかり逃げられない。蜘蛛のような女は這いずってこちらに近づいて来ている。

「っあ....く....来るな!」

 大きな声を出した彼だが女は動くのを止めない。誰か居ないのか左右を見るが人が来る気配もない。女の手が彼の足に届いた。

「ア"ァ"ァァ!!」

 女は口を大きくあけて彼の足を食べようとしていた。

 彼はもがいて女から離れようとするが力が強く離れない。

「くそ、この!」

 捕まれて無い方の足で女の顔を強く蹴った。

「ア"ア"ァァァ!!」

 女はその衝撃で足を離して自分の顔を抑えた。

 その隙をついて彼は窓のふちに手をかけ立ち上がり階段の方へ全速で走る。

 階段を降り廊下を一直線に走り途中の曲がり角で立ち止まった。

 そして現在へ―


∵ ∵ ∵


「あの化け物はいったいなんなんだ」

 追って来てないことを確認してゆっくりと立ち上がる。

「ささっと帰らなきゃ殺されちまう」

 彼は体力を少しでも回復するために階段まで歩いた。

 一階に降りる階段まで来てひと安心する。

「これであとは下駄箱まで走れば大丈夫だな」

 彼が一歩踏み出そうとした時だった。

「その階段はダメ!」

 女の声が後ろから聞こえてきた。

 声に驚き彼は踏み止まり声の主の方へ向いた。この学校の制服を来た女が後ろに立っていた。

「あんた。誰だ」

「私は…」

「あー待て!ちょっと待て!」

 彼は手を前に出して守る姿勢をとる。

「こっちはさっき死にかけたとこなんだ。あんたは本当に人間か?」 

 彼は一歩後ろに後ずさり女がいつ仕掛けてきても逃げられるように階段に近づいた。

「私は人間よ」

 女は腰に手を当てこちらを覗いている。

「本当に、本当だな!?」

「いいから早くこっちに来て!早くしないと喰われてしまうわ!!」

「は?」

 彼は彼女の言葉に首を傾げ、階段の方へ顔を向ける。

 後ろの景色は階段、のはずだ。段差も見える。誰かか居るわけでも無い。なのに、なんで下が見えない?。階段の下は暗く先が見えない。光のせいでも暗いからでも無く闇が広がっている。

 彼は急いで女の方へ走る。

「な、何がどうなってんだ!?」

「降りたら終わりだったわよ。一歩でも降りると戻れない。喰われてしまうわ」

「どういうことだよ」

「いいからこっち!」

 女は彼の手をひいて廊下を走る。

 引っ張られながら走る彼はふと窓の景色を見る。太陽があれから沈んでいない。彼は自分の携帯で時間を調べるがさっきから時計が進んでいない。

 ずっと夕方のままだ。

(どうなってんだ?時間がさっきと変わらずあれから進んでいない)

「お、おい。ちょっと待ってくれ」

 女の手を引っ張り二人とも足を止める。

「なによ。急がなくちゃいけないのに」

 女は手を離して彼を見る。

「いったい、この学校で何が起こってるんだ?ずっと夕方のままで時間は進んでないし化け物には殺されかけるし、あんたはなにを知ってるんだ?」

 女は窓の方を見つめて一呼吸置いてから彼を見つめる。

「これは戦争よ」


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放課後狂想曲 やおき @Nao2

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