第41話 暴露


 病院に運ばれた後は目まぐるしかった。処置をされて検査をし、さまざまな人と話して事故の後処理がなされていった。


 医者は「奇跡ですね」と驚いていた。どうやら車は私を直撃したわけではなく、最初に電柱に激突したあと私を跳ねたらしい。そのワンクッションがなければ死んでいたかもしれないと聞いた。

 思えばその電柱は直前まで体調不良でよりかかっていたやつだ。その上私の盾になるなんて大した奴だな。人間だったら惚れる案件だろう。


 運転者の男性や保険の人たちともスムーズに話は進んでいった。

 男性は何度も謝罪してくれた。事故の原因はスピード違反とブレーキの故障とのことだったけれど、「もしかしたら幽霊ユウの仕業かもしれない」と思ったら私の胃がキリリと痛んだ。けれどそんな証拠なんてあるはずないし、ユウ本人も力を使った自覚がないのでなんとも言えない。あまり深く考えないようにしよう。

 私は心の中で大破した男性の車に合掌する。 男性が無傷だったのがせめてもの救いだった。


 これからあと何回かは念のための通院が必要で、検査や爪の消毒など繰り返しするそうだ。

 命に別状はないとはいえ、結果的に私の右の足の爪が三枚犠牲になったのは辛い。あの痛みはこの世の終わりかと思った。

 処置が終わった今も違和感と戦っているのだから、これ以上のケガはしたくないものだ。


 そして今、すべてが終わり脱け殻のような状態で病院の休憩ルームで横になっている。


 疲れた。ただこの一言に尽きる。家を出たときは午前中だったというのに、もう窓の景色はオレンジ色に染まっている。


「おなかすいた」

「そういえばお昼食べ損ねましたね、夕飯は何がいいですか?」

「考える行為を拒否してる」

「相当疲れてますねえ……すみませんでした」


 するりとユウの手が私の頬を滑る。なんとなくヒンヤリした空気を感じたような、気のせいのような。

 この部屋には私とユウしかいないので、私もかまわずユウの頬に手を伸ばし返した。


「どうしました?」

「なんとなく」

「そう、ですか」


 そんな嬉しそうに笑われると、私の感覚までマヒしてくるんだよ。

 先程までの目まぐるしく変わる状況で、その合間にユウとも少しだけ話をしていた。家族はいるが不仲なこと、ここからそう遠くないところにひとり暮ししていたこと。そして……


「ねえちゃん!」

「ぎゃっ」


 いきなりの大声に思わずひしゃげた声を出してしまった。病院で大声だすな、とにらむと「あ、しまった」と弟は呟いた。


「様子見に来てくれたの?」

「そう! あとねえちゃん帰れないかと思って車で迎えに来たんだよ」

「助かるう」

「思った以上にピンピンしてんなあ」

「足の爪が三枚お亡くなりになっただけだよ」

「げええ」

「キレイに剥がれた爪もらったけどいる?」

「いるわけあるか!」

「えっ、ちょっと。僕は欲しいです」


 お前にはやらん。自然に会話に入ってきたユウを無視して私は起き上がって啓太の方を向いた。

 よく見ると啓太の後ろに誰かが隠れている。


「あの……」

「あっ!」


 啓太の肩からひょっこり顔をだしたのは、つい先日写真で見た人物だった。そう、今日会う約束をしていた……


「そうだった。初めて紹介するけど、俺の彼女」

「こんなドタバタした中ですみません」

「あっ、いえ! はじめまして。迫間萌花はざまもえかさん、でしたよね」

「えっ?」

「あっ」


 しまった。“はじめまして”と言ってるのにフルネームを答える奴があるか。完全に墓穴を掘ってしまった。

 というのも、ついさっきユウから話を聞いていたのだ。彼女は奴の妹だったのだと。


 さっそく不審がられた。どうしよう。

 でも取り繕えばするほど取り返しがつかなくなりそうだったので素直に白状することにした。


「えっと、あなたのお兄さんのこと、ちょっと知っててね……」

「そ、それってまさか……!」


 「お兄さん」という単語を出した瞬間、彼女の顔がみるみる青くなっていく。私はなんでもないように言ってみせたのだけど……

 やっぱり家族の仲が良くないのは本当らしいなあ。


「兄のこと知ってるんですか!」

「まあ……うん」


 幽霊になってから、だけどね。


「すみません! ほんっとうにごめんなさい!」

「ん!?」

「ご迷惑おかけして! 本当に何て言ったらいいのか……」


 彼女・萌花さんが勢いよく頭を下げて謝罪を繰り返した。突然のことに私はたじろいで一歩下がる。

 いきなりなぜ彼女が謝ってきたのか理解するのにしばらく呆然としてしまった。

 ……あっ、ユウのことか! 奴は生前も今と変わらぬストーカーだったと白状したことを思い出した。我に返って私もあわてて彼女のそばに歩み寄る。


「待って待って! あなたが謝ることじゃないし、大丈夫だから。ね?」

「でも!」

「萌花に兄貴いたの? どゆこと?」

「ごめん。今は彼女と話をさせて」

「お、おう」


 いたたまれなくて急いで彼女に顔を上げてもらった。目がうるんで今にも泣きそうである。

 ……もう、本当に。ユウと血を分けた兄妹とは思えない。人として重要な部分が妹にすべて注がれてしまったのだろうか。少しでいいからその常識を兄に分けてあげてほしかった。


「もう何年も会ってないはずなんですが。萌花はいつ知ったのでしょうね?」


 他人事のようにぼやいているユウはもちろん無視。あとで土下座を所望する。


「もしかして今日会おうとしてたのも?」


 私の問いに彼女は小さくうなずいた。


「私が知ったのはつい最近なんです。兄が何年も前に家を出てからはずっと会ってなくて。でも事故に遭った日、兄の持ち物からあなたの、あなたの……」

「うん、だいたい分かった」


 私は彼女の話に丁寧に相づちを打ちながら聞いていた。あれかな、遺品整理とかいろいろあるもんらしいし。大変だなあ。


「そっか。あなたも大変だったんだね」

「あ、その。兄が事故に遭ったのは知ってますか?」

「なんとなくは。事故だったんだ」

「私すごく怖くなっちゃって……その、お姉さんが事故に遭った場所、兄もそこで交通事故で」

「えええ……呪いかなあ」

「ひぃっ!」

「ごめんごめん! 冗談!」


 まさかそんなに驚くとは思わなくて不謹慎な冗談をかましてしまった。ものすごく後悔するけどもう時間は戻らない。


 部屋に妙な沈黙が流れてしまった。確実に私のせいだ。しまったどうしよう。

 この気まずい雰囲気を何とかしなければ。もうおばかの話を締めくくろうと言葉を探した。


「その、なんだろう。色々あったけど残念でしたよね。お兄さんのこと」

「……本当にすみません。直接謝らすことができればいいのですが」


 それは出来るだろう。帰ったらやっぱり土下座だな。


「えっと、四十九日は過ぎちゃったと思うけど……私もお線香とか、あげてもいいかな」

「へ?」

「ん?」


 申し訳ない顔から一変。萌花さんが急にすっとんきょうな声を出して私の顔をまじまじと見た。

 困惑すること数秒。今度は「しまった」と言わんばかりの焦り顔に変化した。百面相だ。


 ……なんて、私は冷静に考えていたのだけど。

 一日の最後にして最強、いや最凶の爆弾発言を聞くことになるとは思わなかった。




「ごめんなさい。兄はまだ生きてます」

「……は?」

「しかもここの病院で入院してるんです。目が覚めずにずっと寝たきりですが」



「い、生きてる!!?」


 そんなバカな!

 見事にユウと同時に大絶叫した。


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