協力・特大ブーメラン炸裂

第29話 相談


「え、誰かの視線を感じる?」

「そうなんですよー」


 午前中の仕事場にて。カチャカチャと器具の音が響くだけの分析室で、結城ちゃんはおもむろに相談を始めた。


「なんかこう……会社にいて、ふとした瞬間に見られているような気がするんです」

「そんなバカな」

「市瀬さんや篠目しのめさんは感じません?」

「感じたことはないわね」


 先輩の篠目さんの後に続いて私もうなずく。そんな第六感めいたことを言われても、私たちには霊能力なんてものはない。まあ、例外はあるけれど。


「それ、犯人は分かるの?」

「分かったら苦労しないですよ! 振り返ったらいないんですもん」

「ホラー番組の見すぎじゃない?」

「信じてないですね!」


 私たちの否定にも屈せずに「ほんとにいるんですから!」と結城ちゃんは胸を張る。

 彼女の妄想かもしれないし、もしかしたら本当に被害に遭っているのかもしれない。けれど犯人の顔はおろか姿も見たことないのではどうすることもできない。


「困った人もいるものですねえ? もちろん、奈々子さんにそんなことをする輩がいても僕がいるので大丈夫ですよ」

「……ねえ結城ちゃん。例えばどんな時に視線を感じたりする?」

「やっぱり市瀬さんなら話を聞いてくれると思ってましたよ!」


 よほど嬉しかったのか結城ちゃんは手に持っていたシャーレを危うく落としかけて「おっとっと」と謎の躍りをしながらキャッチした。うまいなあ。


「こう、集中して作業をしてるとですね。そこの窓に人影がいるような気がするんです。でも見ると何もない」

「……へえ」


 彼女が指を差すのは、ちょうど私の後ろの窓だった。振り返って窓を確認するとユウとばっちり目が合う。

 私の背後の窓の縁。そこはユウの指定席だ。


「Oh……」

「あと帰りに駐車場とか、○△□スーパーとか。つけられてるんですかね?」

「か、考えすぎじゃないかな」


 ちなみに私と結城ちゃんの駐車場の位置は近い。スーパーはこの会社から一番近いので私も帰りがてらによく行く。


 ……どうみても犯人はユウじゃないか。


「この人、つけられてるかもしれないですねえ」


 いやキミだから。素知らぬフリしてニヤニヤするな。


 私だけは理解したけれど、説明の仕様がない。犯人は幽霊で、しかも結城ちゃんを狙っているわけではないなんて言えない。完全におかしな人間である。


 篠目さんに助けを求めると、大きなため息をつかれた。


「用務員のおじさんとかじゃないかしら。さ、仕事に戻るよ」

「えええ!」


 いやあ助かった。結城ちゃんはまだ文句を言っていたけれど、大先輩の強制終了によりしぶしぶ仕事を再開し始めた。


 ……それにしても、だ。

 私は後ろを振り返りユウの姿を確認すると、笑って首をかしげている。とても機嫌が良さそうだ。


「そんなに見つめられると困っちゃいますねえ」


 姿形は出会ったときと変わらない。けれど、確実に幽霊としての力は強くなっている。とうとうユウの気配を感じる人物も現れてしまったみたいだ。


 どうしたものかなあ。

 私は深くため息をついた。



 ***



 そしてその数時間後、私は再び深くため息をつくことになった。

 結城ちゃんから「お願いします今日だけでいいんで!」とスーパーでの買い物の同行を頼まれてしまったのだ。


 打ち明けたら急にまた怖くなったらしく、店に着いた今もキョロキョロと落ち着きなく辺りを警戒している。

 可哀想に。ストーカーされているのは私なのだから、結城ちゃんに被害はないはずだった。しかも私を連れていると余計に気配を感じるというのに。けれどその事実を証明するものがなかった。


 そして頼みを断りきれずに今に至る。


「ちゃっちゃと買っていきますね!」

「はいはい」


 一旦私はできるだけ距離を取ることにする。彼女が視界から外れたところでユウにこっそり耳打ちした。


「結城ちゃんのこと見ちゃだめだからね」

「可愛いですねえ、そんな嫉妬せずとも僕は貴女しか見てな」

「なら良し」


 ユウの意思を確認したところで私も歩き出した。せっかく来たのだから私も何か買っていこう。


 特に何か事件が起こるわけではないのだから私は呑気に歩き回る。そして結城ちゃんに引っ張られながら安売りを吟味しているところで、とても特徴的な人影が見えた。


「わお」

「えっ? ……あっダメですよ市瀬さん。さっさと行きましょ」


 ボサボサの長い髪でゆらゆら歩く後ろ姿はなんだか見覚えがあった。けれど結城ちゃんに強く引っ張られてバランスを崩している間に、その人は角を曲がって見えなくなってしまった。


「ちょっと何してるんですかもう。目が合ってケンカでも売られたらどうするんですか」

「ごめんごめん、知ってる人かもと思ったらつい」

「ええ……嘘ですよね……」


 私の謝罪にジト目で返事をされた。どうやら納得はしてくれないらしい。

 その上「私より市瀬さんの方がヤバいのに絡まれそうで心配ですね」と謎の評価まで下された。しかし残念ながらそれは正解だ。実際にヤバいのに取り憑かれている。


 私はさっきの人を例の謎の人物、仙人に見間違えてしまったけれど別人だと思い直した。容姿は全然覚えていなかったけれど、服装も普通のスウェットだったし。

 インパクトのみが強烈にあって、しかもこの間ユウにその話をしたから余計に思い出してしまったのだと思う。


「確かによくよく見たら別人だなあ」

「よくよく見ないと分からないくらい似てたんですか……?」

「まあまあ。とりあえず行こっか」


 話題を強制終了させて買い物を再開させる。ふと横を見るとユウが結城ちゃんと同じくらい神妙な顔をして呆然としていた。

 ちょっと気にはなったけれど、そのままにして歩みを進めたのだった。


 今日は結城ちゃんの付き合いでスーパーに来たわけだけれど結局自分も多くの買い物をしてしまった。全くもっておそろしいものだ。

 そして約束通り、私たちは建物の外で現地解散だ。


「じゃあまた明日ね」

「今日はありがとうございました。ちょっと私の考えすぎかもしれないですね」

「それは良かった」

「むしろ市瀬さんの方が心配です……それじゃあお疲れ様でしたー」

「えええ……」


 おいおいそれはないんじゃないかなあ。結城ちゃんは私を可哀想な人を見る目で見て、穏やかに微笑みながら去っていった。

 ため息をひとつついて、私も車に乗り込む。


「奈々子さんって、人の顔を覚えたり例えたりするの苦手なんですか」

「ユウまでそんなこと言うか」


 ここまでテンションの低いユウは初めてだ。助手席で頬杖をつきながら遠い目をしている。


「なんでユウにまでそんな哀れまれてるのか……」

「え、ああ。まあ……そうですねえ。実物仙人もそんなものかと思いまして」


 そんなに期待していたとは思わなかった。ちょっとビックリした。

 もしかして某漫画の亀の仙人や、そういったキャラクターが好きだったのかもしれない。それは悪いことをした。


「ごめん、白髪ではない」

「ふふ、何真剣に謝ってるんですか。ほら出発しましょう」

「うん……」


 今日は人助けをしたつもりが、なにやら釈然としない終わり方になってしまった。


 なんだよもう、皆して。

 私はモヤモヤとした気持ちを抱えながらエンジンをかけたのだった。


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