第27話 写真
爆弾発言を投下して数秒。少し遅れて予想通りの反応が返ってきた。
「ええええええ!」
「ぎゃあああああ!」
「えええ……」
だけど、まるで化け物でも見たかのような叫び声はさすがに傷つくんだけどなあ。まあ本物の化け物は君たちの真後ろにいるわけだけど。
「えっ、え、いつから?」
「うわあああああああ」
「お姉ちゃん落ち着いて」
「奈々に裏切られたああああ」
この場をさっさと収束させようとしたのに、むしろ更に事態は悪化の一途をたどった。さながら阿鼻叫喚の地獄の底である。
「いや認めろって言ったから」
「奈々だけはって思ってたのにいいい」
「どんな人? 写真は?」
「そんなもんないよ」
「なんで!」
なんでと言われても写真にも鏡にも映らないのだから仕方ない。発狂し続ける姉は放置して会話は続く。
「あくまで影だから。そんな深く追求しないで」
「闇が深いのか……」
そう、影だから。実体はないから。優子姉は力尽きたのか今度は真顔で紅茶をすすっていた。
「いいんですか? 奈々子さん、そんなことを言ってしまって」
私の言葉にさすがのユウも驚いたようで、いつの間にかジリジリと私の隣に這い寄ってきた。
困惑半分、嬉しさ半分といったところだろうか。また体に絡みついてきた。私はなすがまま、特に気にしない。
「で、いつから」
ものすごい威圧感だ。優子姉の眼力がビリビリ私を貫いている。
どうして不機嫌になるだけと分かっていながらこの話題を続けるのだろう。お互い気持ちの良い会話をするべきじゃないか。
そんな事を思うが、優子姉にはもちろん届かない。
「そ、それよりさ、啓太は? どうなの?」
「なぜ話を反らす」
「時期が来たら言う! ちょっと今は説明しづらい!」
頼む! と土下座をする勢いで姉に向かって飛び付く。するといきなりの攻撃で驚いたのか「うびゃああ」と間抜けな声を出してひっくり返った。
まあ上出来だ。話の腰は折れた。
優子姉ももうピリピリした空気ではなくなったので一安心する。
「悪かった奈々。ちょっと焦っちゃったわ」
「ごめん。ちょっとまだ言える段階でもなかったけど、嘘もつけなくて」
「そっか」
穏便に成仏するか。それともあの世に道連れにされるのか。もしくはこのまま一生取り憑かれてしまうのか。
どちらにせよ救われない結末になる気がする。だから詳しくなんて言えない。
「事情がありそうだし。もうそっとしとこうよ」
「ねえ奈々、不倫じゃないよね?」
「絶対に違う!」
「ならいいわ。次に奈々が言うまで何も聞かない」
「助かる」
本気で心配をしてくれている二人に罪悪感が込み上げてくる。でもこの問題は私が受け入れてしまったものだから、もう投げ出すことはできない。
耳元でユウの微笑む声が聞こえた。
「あいしています」
「……ありがとう」
ああもう。私は長い間取り憑かれて心までおかしくなったらしい。素直に嬉しいと声に出してしまった。ユウに真っ直ぐな言葉をささやかれると、どんな場所でも嬉しくなる私がいる。我ながらおかしい。
二人は自分たちにお礼を言ったのかと勘違いして、私に呆れた笑みを返した。本当にごめん。
「こ、紅茶おかわりいる?」
急いで立ち上がってポットを電気ケトルへ持っていく。まだ二煎目もいけるだろうし、そのままお湯を突っ込んだ。後ろでお礼を言う声が二つ。
「奈々子さん可愛い」
「……っ」
さっきの私の困惑や羞恥を理解したのか、さらにユウは追い打ちをかけてくる。何も反応ができずに、顔が熱くなるのが自分でも分かる。
「可愛い。好きですよ。顔が赤いですねえ?」
「くっ」
ユウは私の真正面に回り込んで顔を覗き込んでくる。家電をすり抜けながらニヤニヤと笑っていた。悔しい。
「すみません。ついからかってしまいました」
謝っているのに顔は笑ったままだ。とても満足そうである。
「僕は今すごく幸せですよ」
耐えきれず何か文句を言おうとしたとき、二分を知らせるタイマーが鳴った。紅茶の蒸らし時間を設定してたんだった。
我に返ってほっとする。危ないところだった。
二人がいるのに、盛大な独り言をかますところだった。
紅茶を淹れてまた二人のところへ戻る。すると啓太がなぜか正座をしていた。
さっきまでダラダラと寝転がっていたくせに。
「ねえちゃんたち、今なら悩みを打ち明けられる」
「おう、決心がついたか」
啓太がきちんと座っていたので、つられて私もしゃんとする。できたての紅茶をすすりながら次の言葉を待った。
あ、うん二煎目もいけた。
「俺、どうしたら良いのか分からなくて」
「彼女のことか」
「えっ! よく分かったな!」
優子姉がキリッとする方向を間違えて眉間にシワが寄りすぎている。ゴルゴか。
そのノリで次々と啓太の話を進めていくのを私は何も言わずにただ傍観していた。
「そうなんだよ! 最近なんだか様子がおかしいっていうか元気が無いっていうか……」
「ほう」
「それとなく聞いても何も言ってくれないし、でも俺自身に心当たりないし」
「マンネリか」
「おいやめろよそういうこと言うの!」
「認めてしまえ」
「ぐうう……」
彼女とは啓太が高校生の頃からの付き合いのはずだけど、今までそういった不穏な空気などひとつもなかった。珍しい。
首をかしげて話を聞く私の耳元で「ただの心変わりじゃないですかあ」と身も蓋もないことを呟いた。
「でもさあ、それは本人のみぞ知るってやつじゃないの?」
「そうだねえ。あとは啓太に関係ない所でトラブルに巻き込まれてるとか」
「まさかストーカー!?」
「ぶふうっ」
「ストーカー」という単語に過剰反応して紅茶を吹きこぼす。違う、それは私だよ!
突っ込みたいところだけど咳払いをしてごまかした。
「確かに、それはあるかもしれない……実はさ、この間俺たちもその夜景見に行ったんだ」
「へえ」
「その時は楽しそうにしてたし、俺が原因じゃないかも。今度もっとちゃんと話し合ってみる」
「これがほんとの自虐風自慢」
「あ、その写真見る?」
不安を話してスッキリしたのか、もう啓太の顔は晴れやかだった。おいどこが重たい話だったんだ。
その前に私が根掘り葉掘り事情聴取される意味はあったんだろうか?
そんな私の心を無視して奴は楽しそうにケータイの画面をいじりだす。そう時間もかからずに「あったあった」と喜んで私たちに画面を差し出した。
心配して損したわあ。ラブラブじゃないか。優子姉も酸っぱそうな顔をして声を絞り出した。
「うわあ。リア充だあ」
「まあ、楽しそうで何より」
私たちが苦渋の賛辞をのべている真上で、ユウが画面を覗き込んできた。
「興味はないですが、世間一般のカップルとやらは……」
「ん?」
また大した興味もなく死んだ目で見ているんだろう。そう思っていたけれどどうも様子が違う。
気になってユウの顔を確認する。
……石化、といった表現がしっくりくる。目を見開いてずっと画面の中の幸せそうなカップルを凝視していた。
私はまた画面に視線を戻す。いたって普通のリア充だ。
「……が、……て」
何を言ったのか聞き取れなくてもう一度ユウの顔を覗き込もうとしたとき、
ビシリッ!!
部屋全体が軋んで大きな音を立てた。
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