第3章 そして動き出す
議題・茶化すのはほどほどに
第26話 投下
先日、ストーカー幽霊にほだされて告白をしてしまった。けれども特にこれといった変化もなく週末を迎えた。
今となってはいつも通りの茶化されて怒っての繰り返しだ。
ただひとつ、胸に残る不安以外は。
調べものをするとすぐユウにばれてしまうので元からある自分の知識に頼るしかないけれど、たしか幽霊は四十九日を節目に成仏するのが一般的だ。
……実際に幽霊に会ったことなどないけれど。
しかし今のところユウに変化はない。というよりいつが四十九日なのか気がつかなかった。何もなかったのだ。
両想いになったことで満足して天に召されるわけでもないし、悪霊になっているわけでもなさそうだった。
とりあえずこの件は保留にしてさらにユウに注意することにする。
……普通の人を好きになってたらなあ。こんな変なことで悩まなくても良かったのに。
「おはようございます」
「おはよう」
まぶたを開けるとユウが満足そうに見下ろしていた。伸びをして起き上がる。
のそのそと朝の支度を始める私の横で、ユウが私の服を引っ張り出していた。
「今日は、少し寒いですからね。これとかどうでしょうか」
「勝手に選んでる……」
こっちは寝起きだ。文句を言う元気はまだない。面倒なので仕方なく服を受け取る。
今日は休日だ。久しぶりに三姉弟がそろって会う日だったな。三人がそろうのは盆休み以来じゃないだろうか。
とはいえどちらかとは頻繁に会うのでそんなに特別感はないけど。
ぼんやりと考え事をしていたら、ケータイが短く連続した音で鳴っていた。姉・優子と弟・啓太とのグループメッセージの通知だ。
[集合は奈々ねえの家でいい?]
[いいね! まだあたし行ったことない]
[OK]
[じゃ奈々はそこで待ってて]
「えええ……」
OK出すな家主は私だぞ。とりあえず神妙な表情をした顔文字を送っておく。まったくやりたい放題だな。
と、ぼやきはするけど正直嫌ではない。私は振り回されるのが案外好きなのかもしれないなあ。
「ここは奈々子さんと僕だけの場所なのに……また来るんですか」
「姉弟だから。そんな嫌な顔しないでよ」
「努力します」
ユウはユウで
「着替えるから後ろ向いててね」
「努力します」
「いやそこはちゃんと誓ってくれ」
そっぽを向いたままなので表情は見えないけれど、ユウが私のツッコミでくすくす笑う声が聞こえた。
***
「おじゃましまーす」
十時を過ぎた頃に二人はインターフォンを鳴らして訪ねてきた。突然の訪問に焦ったけど、ギリギリで掃除と洗濯が間に合って良かった。
私はにこやかに二人を招き入れる。
「抜き打ちしようと思ったのに案外部屋はきれいね」
「なんでつまんなそうな顔なの」
「いいじゃん、感心感心~」
「もう」
まるで審査員の如く二人は私の部屋の中をチェックして回る。奴らは二人そろうと悪ノリをしはじめるのだ。
「んっんん~」とか楽しそうに指で窓のフチをなぞってホコリを確かめたりしている。お前らは姑か。
そしてもっと厄介なのは言わずもがなユウだ。今もリビングの隅でこの姉弟の様子をにらみ続けている。「勝手に触るな」と言わんばかりの憎しみに満ちた眼差しだ。
やっぱり奴は社会不適合者である。普通の人間だったら好きな人の親族にそんな目は向けない。
それともやっぱり悪霊化してるのか?
じっと観察しているとユウと目が合ってしまった。ぱっと表情が明るくなる。いやいや、騙されませんから。
「どうしたの奈々。部屋の隅っこになんかいた?」
「まさかゴキブ……」
「なんでもない」
声は出さずに口の動きだけで「ま・た・ね」とユウに伝える。理解したのか笑って手を振られた。
「さてと。今日の議題はなんですか。それと座って」
皆の前に紅茶を出しながら、ちゃぶ台テーブルに座るように促した。いい加減落ち着いてくれ。
おい啓太、寝転がるな。
「そうそう、啓太が呼び出したんじゃない」
「えー、もうちょっと場が温まってから……」
「なんじゃそりゃ」
要するに何やら言いづらいことらしい。啓太の心の準備が整うまで待つことになりそうだ。
「そういや姉ちゃんたち二人で夜景見に行ったの」
「なに、優子りん写真送ったの?」
「優子りん言うな。まあね」
「どういう風の吹きまわしで?」
「それは聞いてあげないでよ。お姉ちゃん悲しむでしょ」
「ああ……」
「ねえちょっとあたしまだ何も言ってないんだけど!」
それはまるで漫才のように矢継ぎ早に繰り出される会話の数々。こうなったら私たちは止まらない。
「まあいいわ。あたし気にしてないし」
「それは良いことだ」
「どうせ啓太が一番乗りでゴールインでしょ? 親もうるさくなくなるわ」
「う、うん」
優子姉の言葉に啓太が少しどもった返事をした。おやおや?
けれど若干の微妙な空気を無かったことにしようと啓太は次の話題を急いで振り始める。なんかあやしいな。
「奈々姉は? 一人暮らししてどう?」
「どうって……」
「なんかないの?」
「なんもないよ」
取り憑かれたなんて言えるわけもない。ましてやそのヤバイのは君たちの真後ろで睨みを効かせてますよ、なんて。
「でもなんかこの部屋男の影が見え隠れすんのよ」
「は?」
「でも歯ブラシは一本しか無かったよ」
「隠したかもしれないじゃない」
「なんて所まで見てるんだ!」
「男の影」と言われてビックリしたけど、ユウが見えているわけではないらしい。
あくまでごく一般的な、「同棲してるかどうか」という意味だった。紛らわしい。思わず叫んでしまった。
「いやでも実際よ? 奈々の性格上もっとだらけた暮らしぶりでも良いはずなのよ」
優子姉が得意げにカップの紅茶をぐるぐる回しながらしゃべる。ええそうですね、最初はそうしようと思ってましたさ。
「でも部屋もちゃんとしてるし食器も服もだらしなくない。おかしくない?」
「おかしいな」
「疑われる基準……」
今日の本題はどこへ行った?
二人はいつの間にか私を尋問するのが楽しくなってしまったらしい。テーブル越しにどんどん距離を縮められて思わず仰け反る。
話を反らしてみても、強制終了しようとしてもダメだった。万事休す。
二人が納得いく答えが導き出せるまで、つまり二人の主張を認めるまでこの話題が終わりそうにない。
某有名RPGの選択肢で「いいえ」を選ぶと永遠に話が終わらない展開に似ている。
二人の背後でユウがこちらを見つめていた。顔に「うらやましい」と書いてある。
誰かいたらユウを構えないから、いじけてしまっているんだ。しょうがない奴だなあ。
もうこうなったら少しは認めてしまおう。私は覚悟を決めて、今世紀最大の特大爆弾発言を投下したのだった。
「うんそうだね。いるよ、男の影とやらが」
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