第20話 窮地
分析室から歩くこと数分。私たちは目的の倉庫部屋の前で足を止めた。ガラガラとうるさく鳴いていた台車は収まったけれど、今度は製造ラインの機械の音がガコンガコンと休まず響いている。
まだ機械はここから遠い場所にあるのに、すごい騒音だ。
「意外と歩きましたね」
「他に大きな倉庫部屋もないしなあ」
だから面倒なんだ。少量の荷物なら分析室内に保管できるが、大きくかさばる物はそう多くは置いておけない。そこで、製造課の棟を入ってすぐの部屋を倉庫部屋として使わせてもらっている。
ここは以前は温度調節の出来る保管庫だったのだけど、年季が入り別の場所に新しい保管庫を建築したためもう使われることのない場所なのだ。今は色々な課の荷物が押し込められた倉庫と化している。
という経緯なため、ただの倉庫にしておくにはもったいないほど分厚く重たい金属の扉と壁、そして広々とした空間の部屋だ。
私は南京錠の番号を合わせて外し、もう一つやけに古風で重たい錠前を外して私の身長の倍ほどある扉をスライドさせた。改めて大きな扉だ。厚みも私の胴体よりあるし。
「あれ?」
灯りが付かない。扉のすぐ横のスイッチをカチカチ鳴らすが、何度やっても電気が付くことは無かった。
「困りましたねえ」
「まあ、開け放しておけば通路の灯りで見えるでしょ」
場所は把握している。私は気にせずに台車を前進させた。
がさごそと目当ての大きな段ボール箱を引っ張り出してその中の十箱ほどのペーパータオルを乗せた。あ、ついでにあれも。
せっかくここまで来たし、他にも数種類持って行こう。そうして台車の上がこんもりとしたところでひとつ伸びをして一息ついた。
「これで充分ですか」
「うん」
その時だった。
「やだ、開け放しじゃない」
ん? 入り口で大きな声が聞こえたので振り返る。製造課の制服を着たおばさま二人が仁王立ちしていた。お互いがお互いの顔を見ながら話しているため、私と目が合うことは無かった。
「私さっき閉め忘れたかしら」
「もうしっかりしなきゃー」
あろうことか「わっはっは」とおばさま二人は笑いながら扉に手を伸ばしたではないか。そしてそのまま扉をスライドし始めた! まずい!
「あっ」
私まだいますから! そう叫ぶより早く残酷にも勢いよく扉はガシャンと重たい金属音を響かせて閉められてしまった。
ご丁寧に錠前を閉める音も聞こえてくる。ということは南京錠もかけられてしまっただろう。
「あああああ……うそお」
見てくれ、確認してから扉を閉めてくれ。私は暗闇に取り残されてしまった。呆然と扉の方を眺めても、今は扉の輪郭すら見えない。
「電気が付いていなかったから、奈々子さんに気づかなかったんでしょうね」
「そんなあ……」
横着しなきゃよかった。しかし後悔してももう遅い。しばらくうずくまって視界が暗闇に慣れたところで、私はよろよろと立ち上がって扉へと歩いた。
「まあ、誰か気付いてくれますよ」
「多分、無理だと思う」
駄目もとで扉を叩いてみるけど、ぺちぺちと虚しく間抜けな音がしただけだった。
扉も分厚いが通路の騒音も中々だ。とてもじゃないが扉の向こうまで聞こえたとは思えなかった。数回叩いて手が痛くなってすぐやめた。
「あんなにうるさかった音が聞こえないし、叫んでも意味ないかも」
「言われてみれば無駄に防音ですね」
扉が閉まった瞬間から静寂の世界だった。状況は絶望的かもしれない。
閉じ込められてしまった。絶体絶命だ。
「出られなかったらどうしよう……」
「心中します?」
「しない!」
どさくさに紛れて私を殺そうとするな。振り返って睨みつけると、大して反省していない顔で「すみません」と笑った。
こんな暗闇でもユウの身体だけは青白く浮かび上がっている。不自然な光だけど、今はこれだけが頼りだった。
「しかし困りましたね」
「暗い……」
「少し外の様子を見てきますね」
「え、ちょっと!」
すでに扉に埋まりかけている体を引っ張るように、私はユウにしがみついた。とはいえ触ることはできないので両腕を情けなくユウに向かって伸ばしているだけだけれど。
それでも効果はあったようで、ユウは外に出るのを止めて私の顔を覗き込んだ。
「ユウがいなくなったら真っ暗になる」
「それはそうですが」
「……えっと」
私は何を言っているんだろう。自分でも何を伝えたいのか分からない。
けれどユウは理解したようで、「ああ」と納得したような声を出して笑った。
「大丈夫ですよ。すぐ戻りますから」
「……お、置いていかない?」
「当たり前ですよ」
「急に消えたりしない?」
「……ぐっ、うう」
ユウが突然胸を抑えて苦しみだしたので更に不安になる。おいおい、よりにもよってこんなところで私を置いて成仏しないでほしい。
大丈夫だろうかとユウの顔を覗き込む。
……あっ、大丈夫だ。興奮しているだけだった。
「はあっ、ああ……分かりました。ずっとそばにいます」
「あ、ええと」
「心中しましょう」
「お願いします! 様子を見に行ってきてください!」
しまった。気が動転していた。
暗闇の中に取り残されることと、ストーカー幽霊と強制的に二人きりになること。どちらが危険なのか判断を間違えてしまった。危ない危ない。
さっきまでの不安が一気にどこかへ飛んで消えてしまった。一人が寂しいなんてバカみたいだ。
ちくしょう! 私はその勢いでユウを扉の外へ追い出したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます