第21話 暗闇
勢いでユウを追い出したのは良かったけど、暗闇が平気になったわけではない。より一層暗くなった倉庫の中で一人きり、私は立ち尽くしていた。
私が音を立てなければ、ここは怖いくらい静かだ。時間も分からず、ただ私はユウを待つことしかできない。
でも案外ユウはすぐに戻ってきた。奴の事だからわざと焦らされるだろうと予想していたのでちょっと驚いた。
「やっぱり扉はしっかり鍵がかかっていましたよ」
そこに障害物など何も無いかのようにユウは扉をすり抜けて歩いてきた。あまりに自然な動きだったので、思わず私も扉に触れてみる。
当然すり抜けられるはずもなく、硬く冷たい扉の感触がした。
「そっか……ねえ」
「どうしました?」
「ユウのポルターガイストでなんとかならないの?」
そう、私が冷静さを取り戻したのはそれを思い出したからだった。もし本当に万事休すだったら、今頃泣きながら発狂していたかもしれない。
普段私の部屋で掃除機やら洗濯物やらが飛び回っているのだから、こういうこともできるはずだ。
期待を込めてユウを見つめる。けれどユウはその期間に応えられないらしい。
気まずい顔で目を反らされた。
「う、うそ。できない?」
「ああいえ。そういうわけではないんですが」
それはとても歯切れの悪い返事だった。どうした。まさか、まだあきらめていなかったのか。
「閉じ込めて殺す気じゃ……」
一気に血の気が引いた。二歩ほど後退りをして距離を置くと、ユウは「そうじゃないです!」と首を勢いよく振って弁解した。
「違うんです! 鍵を外したいのは山々なんですが」
「できない?」
「いえ、多分できると思います」
じゃあなんで? 私の
「外でまだ、さっきの女性たちが立ち話をしていたので」
「そっか、見られたらマズイか」
「そういうことです」
おばさま二人の気持ちを想像してみた。自分達が鍵をかけた倉庫の錠前が突然勝手に動き出して外れる。そして開いた扉から私が出てくる。
……間違いなく超能力者だ。
理由を聞かない内から疑ってしまったことを申し訳なく思った。まあ、もとはといえばユウの日頃の行いが悪すぎるからなんだけど。
「その……ごめんね」
「いえ、いいんです……」
自分では冷静だと思っていたけど、その実ずいぶん苛立っていたらしい。反省する。
気まずい空気に堪えかねたのかユウもうつむいて体を背けてしまった。
強く言いすぎちゃったかなあ。せっかく協力してくれていたのに無下にしてしまった。
おそるおそる近づいて様子を伺うと、小刻みに肩が揺れていた。
えええ、そこまで傷つけちゃったのか。私は急いでユウの前に回り込んだ。
「ほんとにごめん。そんな泣くことないじゃ……って笑ってる!?」
「ご、ごめんなさい」
こんな気まずい雰囲気で肩を震わせていたものだから、てっきり泣いていたのかと思った。これは私のミスだ。この幽霊がそんな繊細なはずがなかった。
地団駄を踏みたい気持ちを必死に抑える。
「ちょっと強く当たりすぎたかなって後悔してたのに!」
「ぶ、くく、あは」
ユウは必死で笑いをこらえようとしているらしいけどすべてムダに終わっている。とても楽しそうだ。そんなユウを無言で眺める私の気持ちは氷点下まで下がりまだ止まらない。みるみる内に私たちのテンションの温度差が開いていった。
この男には非情でいようと思いながら、いつもそれを実行できない。甘い人間だ私は。だからこうして付け入られるというのに。
「貴女は自力で出ることができない。つまり僕に生殺与奪を握られているかと思ったら、こう」
「私の反省の気持ちを返して」
「いいんですかあ? 僕にそんなことを言って」
心底楽しそうに邪悪な笑みを浮かべている。長い前髪から覗く三白眼の瞳が見開かれて、まるで銃のスコープの照準のように私を捕らえていた。
私は思わずため息がもれてしまった。ユウはすかさず眉をつり上げて目を細める。
「もういいや。出る方法を考えなきゃ」
ユウと不毛な言い合いをするのは時間のムダだ。私は近くにあった大きなダンボールの箱に腰かけた。箱は人が一人入るくらい大きい。何が入っているのだろう。
ユウは不満げな顔で私の体に絡みついてきた。
「とにかく思いつくのは動くか、待つかだなあ。ユウにここを開けてもらうか、誰かが助けに来てくれるのを待つか」
「まあしばらく閉じ込められていれば、異変を感じた貴女の同僚が迎えに来てくれるかもしれませんね」
待つのが一番安全なのだろう。けれど私は「でもなあ」と言葉を続けた。
「仕事がまだ残ってるんだよね。あんまり長時間ここにいたくないなあ」
「でも僕が開けたら貴女に変な噂が立ってしまいますよ」
「そうなんだよね……」
結局振り出しに戻ってしまった。ユウはもう一度扉をすり抜けて外の様子を伺って「まだ人がいます」と報告をくれた。
他にすることもないのでその一部始終をぼんやりと見つめる。あ、目が合った。
「どうしました?」
「ううん、別になにも」
今何時なんだろう。ここには時計がないので時間を知ることができない。あ、でももしあっても暗すぎて見えないかな。
「なんですか……情熱的ですね」
「ごめんそんなつもりじゃなかった」
ただ考え事をしていただけなんだ。そう早口で否定してもユウの頭にはインプットされなかったようだ。更に距離を詰められてしまった。
「ああ、初めて貴女と見つめあった気がします。いつもは恥ずかしがってすぐ目を反らされてしまうので 」
「そうだったかな」
「ほら、もっと僕の目を見てください」
残業を覚悟で、誰かが助けに来てくれるのを待とうと思っていた。けれど、ちょっと私の身がもたないかもしれない。ユウはお構いなしに私に詰め寄って満足げである。恍惚とした表情の中、瞳孔が底無しに暗く開いていた。
私はまるで猛獣のエサだ。その猛獣は「待て」に従い、必死で衝動を抑えてエサの目の前で牙を向いている。
この状況、あと何分耐えればいいんだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます