第13話 依存


 なんでこんな幽霊と一緒にいるんだろう、とふと考える。

 顔は良い。けれどその整った顔はよく狂気で歪む。ポルターガイストもなかなかに危険なものになりつつある。

 それによく脅される。これが一番の悩みだ。


 考えれば考えるほど、ユウの恐ろしいところばかりが目立つ今日この頃。

 それでもこの幽霊をそこまで憎んだりおそれたりできないのは……


「あ、良い焼き目になりましたよ」


 なんでだろう?


「ちょっと奈々子さん! これ以上は焦げますよ!」

「えっあ!」


 ユウの大声で我に返った。しまった料理に集中しなければ!

 フライパンに鎮座している今にも焦げそうなあじバーグ(アジのハンバーグの略)をひっくり返す。良かった、セーフ。


 あのあと放心状態のまま自然公園を出発し、スーパーで食材を調達して家に帰ってきたのだ。事故に遭わなくて本当に良かった。


 なんとなく魚が食べたい。そう思った私はスーパーの目玉になっていた安売りのアジをかっさらってきた。

 三枚におろして、冷蔵庫にあったしそチューブと梅干しを混ぜてハンバーグ状にして焼く。

 ネットで見つけた初挑戦の料理だったけど、まあアジだし、たぶん味は大丈夫だろう。ユウは私の横で大根をすりおろしてした。


 こういうときポルターガイストは便利だなあ。力作業はやってくれるし。


「奈々子さん、アジを三枚におろせるんですね。ビックリしましたよ」

「あまりの手際の悪さに驚きを隠せなかったか」

「なんでそこでドヤ顔……?」


 できない訳ではないが、私は料理の手際が悪い。慣れていないだけ、と友達は言うが恐らく違う。皆には言わなかったが私は初心者ではない。

 単に、本当に下手くそなだけだ。

 実際にさっきのアジも結果的には三枚におろせた。しかしモタモタしてこねくり回してしまったのも事実だ。ごめんよ、アジ。


「まあ、細かいところは良いじゃないですか。どうせハンバーグとしてこねてしまったんですし」

「……うん」


 あじバーグを皿に乗せると、タイミングよく大根おろしがその上にちょこんと乗った。


 ユウはよく、私の欲しい言葉をくれる。

 今のも「慣れれば上手くなるよ」とか、「頑張ろう」とか、そうじゃない。「気にしない」と言って下手くそな私も責めないでくれるのだ。


「ユウはフォローが上手いよね。嬉しくて惚れそう」

「本当ですか!?」

「いや言いすぎた、ごめん」

「……」


 私はユウの顔を見ずに、盛り付けた皿を持ってちゃぶ台まで運んだ。ジト目で私を睨んでいるのが視界の端に映るがもちろん無視する。

 更に茶碗や箸を用意して、席についた。


「いただきます」


 ユウは私の真正面に座り、大人しくしている。最初はじっと見られるのは嫌だったけど、もう慣れてしまった。

 何をするにもピッタリくっつかれて観察される。もうそのくらいでは私の心は動じない。

 一週間でずいぶんと鍛えられたものだ。


 あじバーグを口に入れる。

 ……まあ、悪くはない。ご飯は進む。失敗してはいないようで安心した。


「どうですか」

「おいしいんじゃないかな」

「へえ」


 ユウは楽しそうに両手で頬杖をついて私が食べるのを観察している。


「私のこと、ずっと見てて楽しい?」

「もちろん」


 私がその立場だったら悔しくて見れないと思う。だって自分は食べたくても食べられないのだから。


「貴女の口の中や舌や上下する喉をこんな近くで見ていられるんですから」

「えええ……」

「その口に僕の指を突っ込んでみたいですねえ」


 しかしユウは私の予想のはるか上、とんでもなく不埒なことをいつも考えていたらしい。一気に食べづらくなった。


「一気に食欲なくなった」

「どうしてです? 食べてくださいよ」

「し、視、姦」

「おや、そんな言葉を知ってるとは」


 動揺を隠そうとすればするほど、普段の振る舞いが分からなくなってきた。

 白米が上手く箸で掴めずに、ぽろぽろと何度も茶碗の中に逆戻りする。だめだ、分かりやすすぎる。


 ユウはだんだん前のめりになって、ついに目と鼻の先まで近づいてきた。嬉しそうに細められた目が、私を見上げている。

 性的な目で見ていることを隠そうともしない。むしろそうして私の反応を見て楽しんでいる。その事が恥ずかしくて居心地が悪い。


「見ていれば分かります。奈々子さんはあ、処女ですよねえ」

「うっ!」


 図星だ。悲しいけど図星だ。

 二十代後半にして男の扱いが全く分からない。そんな機会もなかったし、積極的でもないし。

 しかしそれをユウの前でおいそれと認めるわけにもいかないので、無駄だと知りつつ一応抵抗はしてみる。


「なんでそう思ったの」

「分からないと思ったんですか? 男慣れしていないのが丸分かりですよ」

「くっ……」

「僕に冷たくすることも、軽くあしらうことも出来ないなんて可哀想ですねえ」


 ユウは私に右手を伸ばしてきた。その手は私の頭から頬、顎、首までねっとり撫でる仕草をする。

 何も感触はないけどぞくりと背中が震えた。ふふ、と嬉しそうな声が ユウの歪んだ口元から漏れた。


「良識ある大人の女性なら、僕がどんなに犯罪めいたことをしているか分かるでしょうに」


 そんなの私も分かってるっつーの。


「僕を受け入れてくれる貴女はやさしくて、そして馬鹿な人ですよ。大好きです」


 ほめられているのか、けなされているのか。いや、これは付け入られているのだ。私が上手く断れないのを知っていて、困らせて楽しんでいる。


 それでもユウを完全に憎むことができないのは、私が甘いから? それとももう私は毒されているのだろうか。

 独りは寂しいと、心のどこかで思っているのだろうか。さっき見た公園の親子みたいに、誰かと一緒にいたいのだろうか。

 悩んでも答えは出ない。まあ、出ていたらきっとユウにも付け入られずに済んでいるのだろう。


 私はどうしたいのだろう。何も分からないけど、でも。

 こんなに私に執着しているユウを、なぜか無下にはできなかった。


 せっかくのご飯が、味も分からず喉を通過していった。

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