第14話 収集
十数分後。
あじバーグは結局よく分からないまま食べ終えてしまった。一口目はたぶん美味しかったと思う。
ユウの制止を振り切って洗い物を済ませて、濡れた手をタオルでふく。
「そのくらい僕がやっておきますから」
「大丈夫」
そんなに私は忙しい人間じゃない。まったくもって大丈夫だ。
ユウの狙いは分かっているのであんまり頼りたくない。
奴はことあるごとに私に尽くそうとしてくるのだ。掃除、洗濯、片付けやその他もろもろ。「歯も磨いてあげますよ!」なんて言われた日は鳥肌が止まらなかった。発想がイカれている。
なんでもユウに任せていたら私はダメ人間になってしまう。これがエスカレートすれば、私はユウがいなければ何も出来ない仕様にされてしまうのだろう。
それだけは避けたい。私は自立するために一人暮らしを始めたんだから。
「遠慮しなくてもいいんですよ。僕はほら、居候みたいなものですし」
「まあ……平日は、助かってるよ」
自分で言っておいて頭を抱える。
もっと厳しく言うつもりだったのに、どうしていざ本人を目の前にすると変なフォローが出てしまうのか。小心者め。
案の定ユウは喜んでしまった。
「もっと頼っていいんですよ! 僕がしたいだけなんですから」
「え、ああ、うん……」
僕がしたいだけ。
その言葉に嘘偽りは無いと思う。実際にユウが率先してやりたがるのは洗濯である。どんだけ自分に正直なんだこいつは。
まあ、掃除はありがたいのが悔しいけど。現に私はここへ来てからろくに掃除をしたことがない。やろうと思う前にユウがすべてやってしまっているのだ。行動が早い。
……なんでほめているんだ?
ため息ひとつ。もうユウの事を考えるのはやめよう。
私はベッドまで移動してごろりと横になった。
「寝る」
「ご飯を食べてすぐ昼寝なんて……」
「それ以上は言うな。成仏したいか」
ご飯を食べると眠くなる。会社でもそうだ。だから普段は昼休みの十五分くらいは分析室の隅で仮眠をとっている。
それなのにユウにとり憑かれてからというもの奴にずっと話しかけられて、一秒たりとも眠れなかった。
だから久しぶりにこの感覚を味わいたいのだ。
「大丈夫、すぐ起きるから」
「本当ですかねえ」
「おやすみ」
寝返りをうって無理やり会話を終了させた。目をつぶって眠りの準備に入る。
ああ、もう寝れる。
その時、ユウが動く気配がした。目を閉じているのに、風も音もないのにそう感じてしまうのは私がとり憑かれているからだろうか。気になって少しだけ目を開けた。
「おやすみなさい」
優しい声と共にリップ音が降ってきた。なんということだ。これは俗に言うおやすみの……
「あは、顔が赤くなった」
流されちゃダメだ。流されちゃダメだ。流されちゃダメだ。
私は断じて頬を染めてなどいないぞ。絶対にだ。
なにもなかったことにして、私は硬く目つぶった。
***
「……ん」
意識が浮上する感覚。ゆったりと目が覚めるこの感覚は好きだ。
目覚ましで叩き起こされるのは辛い。あれは無理やり引っ張りあげられるような感覚だと思う。
何はともあれ、ゆっくりと目を開けた。
……あれ、ユウがいない。
いつもは気持ち悪いくらい至近距離で私の一部始終を見つめているのに。
もしかして、知らぬ間に勝手に成仏したのか! ひゃっほう私は自由だ!
と、喜んだのも束の間。視界の端にユウの背中が見えた。
まあ、そうだよね。私は寝ながら百面相をする。これはひどい。
「……」
声をかけようかと思ったけど、どうも様子がおかしい。部屋の隅で何かこそこそしている。私に背を向けているので、こちらからは何をしているのかは分からない。
よし、確かめてやろう。
ほんの少しのイタズラ心が悲劇を生むとは知らず、私は音をたてないようにベッドから這い出たのだ。
「……」
どうやら私が起きたことに気がついていないようだ。ユウは動かずに、下をずっと向いている。そんなに夢中なのか。
ちょっとずつユウに近づく。音をたてないように細心の注意を払い、一歩ずつ四つん這いで進んでいく。
ついにユウのすぐ後ろまで近づいた。どれどれ、何をしてるんだ? そっと横に回って覗き込んだ。
ユウは何かの小箱の中身をじっと見ているようだった。ああ、あれはずいぶん前に貰ったお菓子の缶だ。手の平サイズのお洒落な缶だったのでもったいなくて捨てられなかったやつ。
でも、なんでそんなものを……ーー
「っ!!」
人は驚きすぎると悲鳴など出ないことを実感した。息を吸うかすれた音だけが口から出て、それだけだった。
しかしユウは気づいたようで私の方を振り返った。怖くて顔が見れず、小箱をただ凝視する。
「あれ、起きるの早いですね」
正直、ユウがここまで危険な人物だとは思わなかった。嘘で、夢であって欲しい。
「それ、なん、で」
からからにかすれた声でそう、絞り出すのがやっとだった。
「あっ! 見ないでくださいよ! 恥ずかしい」
ユウは子供のようにはしゃぎながら小箱のフタを閉めた。楽しそうな笑い声がむしろ恐ろしい。
あの中に入っていたのは、あれは。
私は震える手で小箱を指差した。
「それ、私の……?」
小箱の中に、黒く光沢のある細長いものと、白く小さな三日月状の欠片がぎっしりと詰まっていたのだ。
ユウは「ああ」となんでもないことのように笑った。
「ええ、そうですよ」
そしてうっとりとした眼差しで小箱を見つめ、手に取る動作をする。動きに少し遅れて小箱が宙に浮き、まるでユウの手のひらに乗っているかのような位置に収まった。
「貴女には触れないのに、貴女から離れた貴女の一部には触れるなんて不思議ですねえ」
よく好きな人のグッズを収集する人間は見たことがあるが、好きな人の一部を収集する人間は始めて見た。
私は有名人でも芸能人でもないし、そんな狂気じみた人間に遭遇するなんて思わなかった。しかも私が被害者である。
目眩がしそうだった。
「この部屋を掃除したがってた理由って……」
「いやだなあ、これはあくまで副産物ですよ」
「捨ててほしいんだけど……」
「もちろん、嫌です」
ですよねえ。勝手に捨てたら呪われそうだし、また収集されそうである。
生きている上で絶対に生み出してしまうそれらを、頑張っても止めることなんてできない。
見なかったことにしなきゃいけないのか……嫌だなあ。
「気持ち悪い……」
「傷付きますねえ。まあ、当然の反応か」
せっかく心地よい昼寝ができて気分スッキリだったのに、ひどい話だ。寝る前よりもどっと疲れが押し寄せてきた。
もちろん、精神的な疲労だ。
長いため息が出て、がっくりと私はうなだれた。ユウの顔が近づくのが視界の端に見えた。
笑いながら、楽しそうに囁く。
「でも、貴女はもうあきらめているんでしょう? きっとこれ以上は責めない。分かってますよ」
頼む。誰か助けてくれ。
心の願いは聞き入れられずに、ユウは満足したように笑った。
きっと神はユウの味方をしている。ちくしょうめ。
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