ラブソング【お題:透ける】

 彼女の歌が好きだ。カラオケで何気なく歌っていたラブソングを、今も忘れられない。彼女が歌手を目指し始めたと知ったのは、何年前のことだっただろう。僕は少し考えたけれど、だいぶ前のことだから思い出せなかった。売れないミュージシャンの彼女は、今日も深夜にコンビニでアルバイトをしている。僕は今日もじっと夜を見つめて、彼女の帰りを待っている。

 彼女のオリジナルの曲はどれも似たり寄ったりで、口ずさんでいると、次第に別の曲に変わっていたりする。あれ、いまどれ歌ってたっけ、なんてのもまれじゃない。そんなところも嫌いじゃないけれど、世間はそれじゃいけないのだろう。失恋の歌はどこにでも溢れているから、みんなにとっては、別に彼女の歌である必要なんてないのだ。彼女だって、わかっていて同じような曲をつくっている。いつの間にか彼女の歌は夢なんてきれいなものじゃなくなって、ただの過去になってしまった。歌に縛られてしまった彼女に、僕はもういいんだよと言いたいけれど、彼女の歌が好きだと言ったのは僕だったし、彼女がかなしい歌ばかり作るようになったのも僕のせいだった。

 彼女のバイトは三時に終わる。だけど必ず寄り道をするから、帰ってくるのはその三十分以上あとだ。僕はその時間、たまらなくなって彼女に会いに行ってしまう。彼女は今日もやっぱり、寂れた街灯の下で手を合わせていた。そして立ち上がると、必ずここに歌を残していく。うつくしい横顔に、僕は泣きたい気分だった。

「いつまでそんな曲つくってるんだよ」

「私は、こんな曲しかつくれない」

 彼女は僕を振り向いた、気がした。

「いつまでも未練がましいよね。笑われちゃうかな」

「……笑わないよ」

 だって、僕も同じだから。

 彼女が僕の方に向かって歩き出す。思わず手を伸ばしたら、僕の体は透けてなくなって、今日も抱きしめることができなかった。

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