神様が死んだ日【お題:神様】

 あの日ぼくは、かみさまと出会った。

「君が書いたの?」

 彼は困った顔で、ちがうよと笑った。

 すこし前、隣の高校の文化祭で手に取った冊子を、ずっと大切に持ち歩いている。人のほとんど訪れない文芸部のブースで、いくつか積まれていた小冊子だ。中には何篇か小説が載っていて、僕は流し読みしたのを覚えている。だけど、いちばん後ろに載っていた小説は、僕の手を止めた。文字が、映像で流れ込んでくる。それも透きとおった、淡い色につつまれた景色だ。サイダーみたいに、ふつふつと泡が浮いて、消えて、さわやかな後味を残していく。

 僕は思わずそこにいた文芸部員に声をかけた。大人しそうな男子部員は、ありがとうございますと笑って、僕が書いたんですと小さくつけ足した。

 こんな才能が、見向きもされないような冊子に載っていていいのか、僕は本気で思ったくらいだ。

 そして今、大学の教室で僕の前に座った明るい髪の集団に、見覚えのある顔がいたのだ。僕はあわてて冊子を取り出して、彼の背中をつついた。

 だけど、彼は何度も首を横に振った。

「見間違えるはずがないんだ。だって」

「小説とか読まないし。人違いじゃん?」

 それから僕と彼の攻防戦が始まった。目立つ集団にいる彼は、どこにいても見つけやすい。そもそも学科が同じだから、授業もいくつか被っている。目立つ見た目とは反対に、彼は真面目に授業を受けていたから、声はかけやすかった。

「あのさ」

「また君? 懲りないね」

「俺の神様だったんだ。あのとき、やりたいことがなくてさ。今ここで出版メディアの勉強してるの、あの小説のおかげなんだ」

 彼はじっと僕の顔を見つめて、それから小さく息を吐いた。

「わかった。降参」

「え?」

「俺も君のこと、覚えてるよ。あんなに必死で興奮を伝えてきたやつは忘れない」

 ぼくのかみさまはやっと、笑ってくれた。

「でも神様はやめてね。……友達として、よろしく」

 差し出された右手を、僕は離さまいと掴んだ。

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