　好きだった。と、思う。

　彼女から注がれる愛をうまく受け取ることができないまま、気がつけば彼女から離れてしまった。

　あたりまえのように注がれてきた愛情が急になくなってしまうのは、こわい。肩の荷が軽くなった代わりに色をすこし失ったこの世界は、なんだかアンバランスだった。僕はなにを気にして、彼女を手放したのだろう。

「それで、俺を呼び出したんだ？」

「はは、そんな大げさなものじゃないよ」

　僕は紫煙を吐き出して、曖昧な言葉で笑った。

「追いかけないの」

　彼は煙を手で払いながら、なんでもないことのように言ってのけた。彼が出す答えはいつもシンプルだから、僕は困ったとき決まって彼を呼ぶ。

「立場とか、捨てられたらよかったんだけど」

　芸能人と一般人の恋。簡単には許してくれない世間と、気持ちを認めて欲しい僕らは、どうしたって一緒に生きられない。彼女はしずかに笑って離れていった。天秤にかけたとき、重かったのは世間体だったのだろう。

「つりあう、つりあわないじゃないよ。つりあわせてみせる、でしょ」

　彼はもしかして人の心でも読めるんだろうか。僕は煙草を灰皿に擦りつけた。すこし前に出た熱愛報道を思い出す。事務所から注意も受けたし、記者にはしばらく追いかけられた。そして離れていく彼女に、僕は何も言えなかったのだ。

　彼女と生きる道と、芸能人として生きる道、このふたつを天秤にかけて、僕はすこし考えた。目の前の彼はいつの間にか僕に興味をなくして、追加のお酒とつまみを頼んでいた。

「俺はこんな欲張りでいいのかな」

　彼は何も言わなかった。ジョッキを手に持ったまま動かず、僕のほうを見ていた。

「うん、やっぱりおまえはすごいや」

「あはは、褒めてくれてありがと」

　彼は相変わらずうさんくさい声で笑うけれど、だから僕はなんだか安心してしまった。ひとりで唐揚げの皿を空にしてしまった彼に文句を言って、僕はこのあと彼女に電話しようと決めた。

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