風船の落下音【お題:風船】

 青い空に向かって落ちていくみたいに、坂道を駆け下りていく。自転車が加速するから、白いシャツがなびいて気持ちいい。

「あ」

 思わず声をこぼした私に、彼がブレーキを踏んだ。私は慌てて手に力を込め、振り落とされないようにする。

 彼が私の視線を追いかけるように横を向く。小さな子供が風船を手に抱えていたのだ。今の風船は空を飛ばないんだっけなと、ぼんやりと思った。しばらく子供を見つめていた彼は、突然ペダルを踏んで、よろめきながら自転車を動かし始めた。

 高校から家に帰るまでの間は、私と彼のふたりの時間だった。幼馴染というだけでその特権を得られるなんて、私はきっと幸せ者だった。

「なあー」

 前から間延びした声が聞こえ、私は顔を背けた。ずっと見ていたのがバレてなければいいんだけど。

「明日ってさ、確か花火大会だよな」

「そうだけどー?」

 地元の花火大会なんて、小さい頃に行って以来だ。友達に彼氏がいたから、誰を誘えばいいかわからなかったのだ。

「一緒に行かない?」

 私は彼に回していた腕に、力がこもるのを感じた。花火大会なんて、まるでデートみたいなことを言う。

「それってさ」

「デートだよ」

 聞く前に答えられてしまったので、私は黙るしかなかった。

 彼は何もわかっていない。私は唇をかんで、答えるべき言葉を考えていた。

「……もっと早く言ってくれたらよかった」

 ああ、なんて報われない恋なのだろう。彼と決別するために、この地に戻ってきたというのに。堪えきれない涙が、彼の白いシャツを濡らしていく。彼はぎょっとしてブレーキを踏んだ。

「本当に、高校生に戻れたならよかったのにね。……私ね、結婚するの」

 白いシャツも、ふたりで乗る自転車も、どれも忘れられない思い出だ。最後にもう一度、その景色を見たかった。

 止まっている間に私たちに追いついた子供の手から、風船がこぼれ落ちるのが視界の隅に写った。

「そうか」

 彼は少しだけ笑って、もう一度ペダルを踏んだ。

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