月影のメロディ【お題:ブラックペッパー】

 塩対応、砂糖食べてるみたい、辛口。そんな言葉があふれるようになったのはいつだっただろうか。そんな単純な言葉で片づけられるなら、誰も苦労なんてしていない。

 プールサイドに座ったら、足の浸かった分だけ水があふれてスカートが濡れた。冷たい水が気持ちいいのか痛いのか、今はよくわからなかった。それでも私はたのしい鼻歌を口ずさんで、水を蹴ってみたりする。揺れる水面は、月を消してまた描く。

 派手でも地味でもない水泳部、短すぎないスカート、良すぎない成績、ほどよい足の速さ。私はこうして自分をプロデュースする。本当の自分って何だと聞かれたら私は答えられないけれど、だからって困ることがあるわけじゃない。ずっと、そう思っていた。

 ――薄っぺらいね。

 何か考えがあって言ったのではないだろう。だけど、その言葉に私の心臓はどきりと大きく跳ねた。

 ――警戒心、強いよね。

 これは別の友達に言われたことだ。

 じゃあ、私はどうするのが正解だったのだろう。薄っぺらくても、警戒して心の底は打ち明けられなくても、楽しければそれで良かったのに。

 水に浸かったままの足が冷たくて、痛くて、私は立ち上がった。濡れてしまったスカートから水滴がこぼれ落ちる。

 人と付き合うことは、むずかしい。落ち着かないむず痒さがあって、なんだか心に刺さる痛みがあって、だけど全部が悪いわけじゃない。塩でも砂糖でもない。そんな単純なものじゃ、ない。たとえるなら胡椒だろうと思って、途端にそんな考えがばからしくなってしまった。

 水滴が落ちて水面が揺れるから、そこを思い切り蹴った。水が跳ねて、月あかりに照らされていた。きらきらと輝いて落ちる雫に見惚れていたら、すこしだけさみしくなった。

 私は息を吐いて、プールをあとにした。月あかりはやっぱり眩しいから、うつむいて歩いた。水の冷たさが痛くない代わりに、心がずきずきと痛む音がする。私はごまかすようにたのしい鼻歌を口ずさんでいた。

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