抱きしめたい【お題:琥珀】
僕の弟は、琥珀色の瞳を持っていた。
幼い瞳は、じっと僕を見つめる。ときどき僕のズボンの裾を引っ張ったりする。僕はそのたび挙動不審になって彼を見下ろすけれど、彼がにこにこと笑うものだから振り払うこともできない。友人は僕の弟を珍しがって家にやって来たが、弟は僕以外に懐かず部屋に隠れてしまった。
「でもさ、再婚して家に来た弟ってなんかやじゃない?」
「似てないしな」
友人たちがそう笑うものだから、僕も合わせて苦笑いを浮かべるほかなかったが、実際そんなことはなかった。幼い弟は僕と話すため一生懸命言葉を覚えたし、僕が部活を終えて帰れば玄関まで飛んでくる。人懐っこい笑顔は、きっと誰から見てもかわいかった。
「は? スペイン?」
「ごめんな、父さんにもどうしようもないんだ」
血のつながらない僕らの別れは、案外早いものだった。
文化の違いからすれ違いの多かった両親は、別れることを決めたらしかった。僕らがそれを聞かされたとき、母と弟のフライトはもう一ヶ月先まで迫っていた。父に別れを切り出すより先に、飛行機のチケットだけは取っていたらしかった。それを最後の切り札として使うつもりだったのかもしれないと思って、僕はすこしだけ父に同情した。
僕らはどうしたらいいのかわからないまま、ふたりだけ取り残されてしまった。
「父さん」
父は応えず、視線だけをこちらによこす。家族がふたりきりになってから、父の口数は減った。
「スペインってさ、どれくらいかかるのかな」
「たぶん、父さんが知る限りどこよりも遠いさ」
父は笑っていた。だから僕は、それが嘘だとわかった。
僕らは確かに兄と弟だった。琥珀色ってどんなのだったかなと思って調べたら、琥珀の石言葉を知った。あの子の瞳から涙がこぼれるのは見たことがないなと思ったら、僕もすこしだけ笑ってしまった。最後に抱きしめてやればよかったかな、そうしたら僕らはちゃんと泣くこともできたのかもしれない。
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