春の踊り子【お題:運命】
音を立てて電車が揺れるたび、私の背中は押し出されるように壁にぶつかる。ドアを挟んで、向こう側。それが私たちの距離なんじゃないかとふと思った。疲れているから壁がほしかったとか、大きな荷物を角に置いておきたいとか、明確な理由すら輪郭を失ってぼやけている。
「やめようかなって、思って」
大学に入って約半年の間、私と彼女は完全に同じ方向を見つめていたとは言えなかった。それでも彼女の演技を、撮っていたかった。
「外で」
「うん?」
「外で演じることに決めたの」
彼女の演技はうつくしい。上手かどうかは素人の私にはよくわからない。それでも彼女には、私を惹きつける何かがある。
「そう」
私はそれきり何も言えなかった。
外の景色は、流れていく。普段はじっくり眺めない景色がなんとなく新鮮で、私はずっと外を見たまま電車の揺れる音を聞いていた。
いくつか駅を見送って、彼女が電車を降りていった。じゃあね、という声はいつも通り明るかった。私も笑った。彼女は小さなバッグひとつを手に持って、ひょいと電車の外へ降りた。私は大きなキャリーバッグを持って、空いた席に座った。
外へ飛び出す彼女はうつくしい。身軽に飛び出せる彼女がうらやましかった。
もしもこの出会いを運命と呼ぶのなら、あまりにも胸が苦しい。私は彼女のことは人並みにしか理解していないけれど、彼女の演技や見据えている先の理解者でいたかった。
もしもさっき、私が大きな荷物なんて置いて彼女を追いかけていたら、何かが変わっていたんだろうか。カメラだけを抱えて、彼女の描く世界を見つめ続けることができたんだろうか。
電車が大きな音を立てて揺れたから、私はキャリーバッグをぎゅっと握りしめた。結局のところ、そういうことなのだ。私は彼女の背中を思い出す。重荷なんて捨てて自分の世界を追いかける後ろ姿がうつくしくないはずがない。私はキャリーバッグを握る手に力を込め、電車の揺れる音に耳を傾けていた。
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