ダストボックス【お題:私の味方はいない】

 僕が彼と再会したのは、ほんの偶然のことだった。誰にでも優しく接する学級委員長。教師からの信頼も厚くて、当然のことながら僕だって彼のことを信頼していた。

 久しぶりに会った彼は、昔よりもずっと疲れているみたいだった。いつの間にか煙草を吸うようになっていて、目の下の隈は色が濃かった。

「やっぱり、忙しいの?」

 彼が大企業に就職したことは、いつだったか噂に聞いた。僕はそれを聞いたとき、感心しながらも、まあそうだよなあと思ったことを覚えている。

「ああ……仕事なら、辞めたんだ」

「え?」

 彼は紫煙と一緒に、言葉を吐き出した。僕はびっくりして、ジョッキに伸ばしかけた手を引っ込めた。

「おどろくよなあ」

 彼はすこしだけ笑ったけど、僕は一緒に笑うことなんてできなかった。誰もが認める優等生の彼が仕事を辞めるのは、なんだか意外だった。

「俺がいちばんおどろいてる。でもさ、俺は優等生なんて呼ばれたくなかったんだよ」

 ぎくりと心臓が揺れた。彼は誰から見てもきっと優等生だった。それは本人がいちばんよくわかっているだろう。彼の言葉にどんな意味が込められていたのか、僕にはよくわからない。

「俺の中には、いちばんってものがない。反対に、みんなの中で俺がいちばんになることもない。学校が社会の縮図ってのは、本当だよ」

 僕は彼を完全には理解できないけれど、なんとなくその言葉の意味はわかった。誰にでも頼られる学級委員長は、きっと社会人になってもそうだったのだろう。そして僕らと違って、はっきりとした逃げ場がなかった。僕は、何も言えなかった。

「俺はさ、高校生をやり直したいよ。そしたら今度はおまえらみたいに、笑えたらいいな」

 彼は昔、どういう顔で笑っていたんだっけな。思い出そうと彼を見たら、なんだか苦しくなった。

「なあ、煙草、もらっていい?」

 かけてやれる言葉を探したけれどなにも思いつかなくて、僕は掠れた声で呟いた。

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